機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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48話

48話「黒い噂・後編」

 

有史以来、月は全人類の憧れであった。

 

古来より人々は月に憧れを抱き、時に富や美の象徴として語り継いできた。

 

宇宙にその生存領域を広げた今日でもまた、月は特別な存在である。

 

北米に本社を置く大手電子・電気機械メーカーアナハイム・エレクトロニクス社は、月に二つの支社を持っていた。

 

一つは月の表側にある月面都市フォン・ブラウンにある支社、もう一つは現在共和国に編入された月の裏側に存在する工業都市グラナダにある支社。

 

大きくこの二つの社が、アナハイムを支える両輪であった。

 

しかし、大戦勃発により社は月の表側と裏側に二分され、特にグラナダ支社は半ば本社から独立した立場にある。

 

フォン・ブラウンにある支社もまた連合軍の月面支配に協力を強いられており、この両者間の温度差はそのまま月の表側と裏側にある各都市で起きている現状とソックリであった。

 

さて、そうは言うものの元は同じ企業である。

 

当然の事ながらも、それなりに行き来や情報のやり取りをもあり、それなりの友好関係を築いていた、そうある事件が起きるまでは…。

 

時はコズミック・イラ71年一月、月の表側フォン・ブラウンではとあるMSが完成していた。

 

GM(ジム)と名付けられたそれは、主に連合系及び月面表側のアナハイム系列企業の技術で作られた物である。

 

元々、グラナダ支社が共和国についた事で何かと苦しい立場にある北米本社の命令で、連合軍に対する恭順のアピールの意味も込めて作られた物であり、採用されれば連合軍初のMSとなる筈であった。

 

しかし、月企業の躍進を快く思わないロゴスを始めアズラエル財閥のムルタ・アズラエル氏並びに国防産業連合理事会のロビー活動などの妨害。

 

更に言えば、連合軍のMS開発を大西洋連邦軍主導で握りたいデュエイン・ハルバートン提督等が行っているG兵器に対し、カログスペック上で負けしかも肝心のOSが共和国規格と言う事もあり、結果不採用となる。

 

更に悪い事に、この時アナハイム社に損をさせようとロゴスをはじめとした各界の欺瞞情報に踊らされ、採用されると信じたアナハイム社がGM用の生産レーンと資材の調達を行った。

 

が結果は知っての通りであり、アナハイム社は採用競争に敗れるどころか莫大な負債を被り、最早企業の進退は極まったかに見えた。

 

しかし、もう後が無くなったアナハイム社はなりふり構わない策に出る。

 

丁度同じ頃、グラナダ支社が共和国向けに開発した新型機がお蔵入りとなったとの情報を入手した。

 

新たに新型機を開発する余裕のないアナハイム北米本社は、このMSの情報を入手した途端目の色を変えた。

 

ロゼットとコードネームを割り振られたそれは、カタログスペックではG兵器にも引けを取らないものであったからだ。

 

グラナダ支社は元々共和国のMS生産を請け負って来ただけの事はあり、メラニーの手腕もあってかMS技術は既に本社のそれを上回っている。

 

当初メラニーも新型機の性能に自信を持っていたが、しかし採用されなかった事からプランを捨てる事なく、寧ろ逆に「奇貨居くべし」の言葉の通り手元にとっておいたのだ。

 

彼は商売人のカンから、早晩共和国はこの新型機を欲しがると予想した。

 

確かにハイザックは優秀な商品だが、しかし今や生産コストが当初の半分であり、アナハイム社自体の利益が薄くなっていると言う問題を抱えている。

 

更に日進月歩の速度で進むMS開発競争の現状、余り進歩の無いハイザックは早晩姿を消すものと見られており、その様な時共和国は間違いなく新型機に飛びつく筈であった。

 

実際それを裏付けるかの様に、コズミック・イラは新年を迎えてから、連合軍のG兵器開発の露呈。

 

その次の月には今度はザフトが新たにゾノ、ラゴウ、ゲイツの三種類の機体を発表し、今後益々各国でMS開発が激化する事は必定であった。

 

これだけの材料があれば、メラニーがそう自信を持つのも無理は無い。

 

新型機採用の暁には、グラナダに莫大な利益を齎すと、この時の彼は画策していたのだ。

 

だが、彼の考えを根底から崩す自体がこの時月の表側で動いていた事を、この時のメラニーはまだ知らない。

 

事はグラナダ支社に悟られぬ様、慎重に運ばれた。

 

新型機の設計図を入手すべく様々な手が尽くされ、二月にはついに役員の一人の買収に成功。

 

後は設計図と試作機を受け取るだけの段階となった時、事が共和国軍情報部に露見したのだ。

 

この時、何故共和国軍情報部に事が露見したかと言うと、共和国とアナハイム社との最初の渡りをつけたジャミトフ・ハイマン准将のお陰である。

 

彼は、当初からアナハイム社を信用しておらず、その浸透を防ぐ為軍の予算の一部を割き、対アナハイム社に対する情報収集に充て、それが今回功を奏した形となったのだ。

 

グラナダのメラニー支局長にとっても事は正に寝耳に水であった。

 

彼は共和国と軍双方に対する釈明に追われ、追求の矛先をかわす為設計図と共にドミンゴと呼ばれる試作機を、共和国軍に無償で差し出さなければならなかったのだ。

 

しかし、この重大な背信行為に対し共和国の怒りは収まらず、結果メラニーとグラナダ支社はかなりの譲歩を強いられる。

 

この件を切っ掛けに、アナハイムのグラナダ支社と北米本社の仲が決定的となり、グラナダ支社は完全に独立。

 

アナハイム本社は月の片割れを失い、益々苦しい立場に追いやられるという最悪の結果となったのである。

 

この様な背景を持って生まれたMSマラサイは、その誕生の後ろ暗さからあまり歓迎されはしなかった。

 

一次生産分は主に戦力不足で悩む地上に配備され、その中にはアラビアでストライクと激突する事となるランバ・ラル大尉もいた。

 

その結果マラサイがどんな運命を辿るかは…まだこの時点では誰にも分からなかった。

 

 


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