機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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4話

4話「参戦」

 

月面都市グラナダの巨大なクレーターに積み重なる様に建てられた工場群は、連日連夜の大忙しである。

 

納期に間に合わせようと次々と加工された部品が組み立てられ、幾つもの工程を経て完成されたそれは共和国の主力MSハイザックであった。

 

工場の視察に来ていたメラニー・ヒュー・カーバイン現グラナダ支局長は、その様子を満足気に眺めていた。

 

しかし、彼の側に慌てた様子の秘書が駆け寄り、何事かを耳打ちすると。

 

メラニー支局長は顔色を一変させ、秘書を連れ立って工場を後にしグラナダ支社へと車で向かうのであった。

 

 

 

C.E.70 5月 勝利の勢いに乗るプラントは宇宙での覇権を確実なものとすべく、月にある連合軍宇宙艦隊最大の拠点、プトレマイオス基地を攻略すべく艦隊を差し向けた。

 

そしてその橋頭堡として月の裏側にあるローレンツ・クレーターに基地を建設し、以降月ではプラントと連合軍による小競り合いが頻発。

 

後に、グリマルディ戦線と呼ばれる戦いの始まりである。

 

一週間続いた小競り合いの後、両軍共に本格的な戦力を投入する段階になり、情勢は一転激しい攻防が繰り広げられ、そうした中月面都市グラナダにプラントと連合軍の双方からある勧告が出された。

 

その勧告の内容を極秘のルートでいち早く入手したメラニー支局長は、目を通すなり紙を待つ手が震えるのを抑えるのに苦労した。

 

そこに書かれていたのは、要約すればグラナダを期限までに引き渡せよ(尚何方かについた場合もう一方が制裁を兼ねた攻撃を行う模様)であった。

 

グラナダにとって到底受け入れ難い内容であったが、それと同時にメラニー支局長の頭の中にもこの時が来たかと言う思いが浮かんでいた。

 

グラナダは月面都市の中でも2番目の人口を持ち、地球とコロニーを股にかける重要な工業都市でもある。

 

つまりここをプラントが手に入れれば、人的資源で劣るコーディネイターが月の労働力を得て、更なる攻勢をかける事が出来る。

 

連合軍にしてもグラナダは戦線の丁度裏側に位置し、此処が連合軍に付けばプラントを挟撃出来、それだけに留まらず連合の勢力が月の裏側にまで及ぶ事を意味していた。

 

両軍共にグラナダを、今後の戦局を左右する重要な戦略拠点と見ていたのだ。

 

(冗談では無い、折角ここまで育てたグラナダを今更手放す事など出来ん!)

 

メラニー支局長は怒りに手を震わせたが、しかし次の瞬間にはかれが取るべき行動に出ていた。

 

「ああ私だ、グラナダ議会に繋いでくれ」

 

秘書を電話で呼び出し、そしてグラナダ議会に繋ぐと彼はありとあらゆる方法で議員達を脅し、或いは懐柔し始めた。

 

月世界にその名を知らぬ者はいないと言われるアナハイム社は、それだけ月社会に強い影響力を持っている。

 

メラニーはその力を使って議会に圧力をかけ、政治工作を行い自らが望む方向へと動かそうとしていた。

 

そしてその策謀の手は、遠く離れた共和国にも及んでいた。

 

 

 

 

共和国首都ズムシティー首相官邸の会議室にて、バハロ首相以下閣僚達が集まっていた。

 

「諸君、面倒な事になった。月面都市グラナダが共和国に対し救援を求めて来たのだ」

 

首相の口から告げられたグラナダからの救援要請に、さしもの共和国閣僚達も騒めきを隠せないでいた。

 

「詳しい事は外務大臣から話してもらうが、心して聞いて欲しい」

 

バハロ首相の普段とは違う様子に、閣僚達も覚悟を決め身構えた。

 

そして、バハロ首相の後を継いで外務大臣後任のポストに収まったゾロモフ大臣が話し始める。

 

「首相閣下が既に要点を呼べられているが、私からは事の経緯を説明したい」

 

そう前置きを述べてから、ゾロモフは蓄えた口髭をモゴモゴと動かしながら事の経緯を説明する。

 

「さる5月3日、月のローレンツ・クレーターに降下し基地を建設したプラントはグリマルディ・クレーターにて連合軍と戦闘に入ったのは既に知っての通りだ」

 

「で問題はここからなのだが、一週間後情報部からの報告ではプラント連合軍共に主力を投入して大規模な会戦を行ったらしい。詳しい結果は分かってはいないが、この前後からプラント連合軍双方がグラナダに対し圧力をかけ始めた」

 

「書かれていたのはこの様なものだ」

 

そしてゾロモフ大臣は、グラナダが突きつけられたプラント連合軍からの要求のコピーを閣僚達に回した。

 

そしてその内容に目を通すに連れ、閣僚達の顔は見る間に赤く染まった。

 

「何と不遜な⁉︎連中は礼儀を知らないのか?」

 

「幾ら戦時とは言えこれは流石に…」

 

「どちらにしろ、これではグラナダは無事では済まないではないか!」

 

そう口々に漏らす閣僚達、一方でバハロ首相も憤慨遣る瀬無い気持ちを抱いていた。

 

そもそも共和国とグラナダの関係はコロニー創立期にまで遡る。

 

元々後の共和国となるコロニー建造用に作られたグラナダは、その縁から非常に共和国と関係が深く、また同じスペースノイドと言う事から、同胞意識が市民の間で共有されていた。

 

市井から政治レベルに至るまで交流も活発であり、近年月のアナハイム社と手を結ぶ事でその結び付きはより強固なものとなっている。

 

「国防大臣としてはグラナダが戦火に巻き込まれるのは、安全保障上の観点から言っても容認出来ない」

 

と国防大臣が発言し、他の閣僚も次々に同意した。

 

実際グラナダが失われれば、現在共和国が進めているMSの生産が滞り国防に重大な支障をきたす事になる。

 

その事をこの場にいる閣僚全員が分かっていた、しかしその中にも難色を示す者もいた。

 

「だが我々がグラナダに手を差し伸べることで、プラントや連合の心象が悪化はしないか?」

 

「最悪、即開戦と言う流れになるやも知れない」

そう懸念を示すのは財務大臣と、内務大臣の2人であった。

 

彼等は内政を司る者として共和国国民が戦火に巻き込まれるのは事を、何よりも恐れていたのだ。

 

「実際の所、如何なのだね?外務大臣」

 

バハロ首相はゾロモフ大臣にそう聞くと、ゾロモフ大臣もその可能性は高いと伝えた。

 

「はい、外務省としてはその可能性は非常に高いと思われます。昨今プラントや連合の外交を見るに、彼等は非常に好戦的でまた高圧的です」

 

「外務省独自のルートで中立国を通して両国にコンタクトを取りましたが、そもそもどちらも一方的な言い分ばかりで話になりません」

 

とゾロモフ大臣が当時の事を思い出して憤慨するも、そもそも相手はコロニーに対し核を撃ち込んだ狂人集団と。

 

その報復に地球に核分裂を抑制するニュートロンジャマーを無秩序にばら撒き、地球全土でエネルギー危機を引き起こし無関係な市民を死に至らしめた自称新人類。

 

同じ人間と思い、話が通じると勘違いした当時の自分が恥ずかしいとさえゾロモフは思っていた。

 

そしてゾロモフの話を聞いた閣僚達も「国家に真の友好はないとは言え、未開の蛮族でも無いだろうに。最低限の守るべきルールさえも忘れたか?」と呆れ返る始末。

 

しかしそれで事態が好転するはずも無く、国防大臣も一歩も引かないと言う態度で。

 

「プラントと連合の感情的対立に巻き込まれては敵わんが、しかしそれでも私はグラナダに派兵すべきと考える」

 

と断言した。

 

「何にしろグラナダの事は国民に直ぐに知れ渡りましょう。そうなれば世論は過激な方向に流れ兼ねません、ご決断を首相閣下」

 

他の閣僚からの援護射撃もあり、最終的な決定はバハロ首相に任された。

 

今まで会議の成り行きに任せてきたバハロ首相は、暫し腕を組み目を瞑って考える。

 

(故デギン首相が仰った通りだ。プラントは最早信用ならず、連合も今やならず者の集まりと化した。ならば共和国の進むべき道は…!)

 

「我が国はこれより、建国の国是に従い宇宙移民スペースノイド保護を名目としてグラナダの要請に応えるものである」

 

バハロ首相は寸分の迷いも無く、断固たる決意をもって共和国史上初の軍の派兵を決めた。

 

それは、事実上今次大戦に共和国が関与すると言う事を指し示していた。

 

「国防大臣」

 

「は!」

 

「直ぐに軍に動員をかけたまえ。どの様な事が起きても直ぐさま対応出来る様に準備を整えるのだ」

 

「分かりました、直ぐに取り掛かります」

 

この時より、共和国は戦時体制に移行したと言っていい。

 

共和国のありとあらゆる物流や人の移動はこの時より制限され、航路の規制も行われる事となる

 

「ゾロモフ外務大臣、君は引き続きプラントと連合との交渉を続けたまえ。最悪時間を稼いでくれるだけでいい」

 

「外務省の総力を挙げてやってみせます」

 

或る意味ゾロモフ大臣の役割はこの中で一番重いと言える。

 

何故なら彼の交渉次第で平和的に解決する可能性も、決して0ではないからだ。

 

しかも、それが無理ならありとあらゆる手段を使って時間を稼がなくてはならない。

 

どの相手に対し何方の方向でどれに比重を置くか、そのサジ加減とバランス感覚が求められる正に外交の見せ場である。

 

「財務大臣は国会で緊急予算の承認と、内務大臣には国内の物流の安定をやって貰いたい」

 

「分かりました、直ぐに本年度予算案に組み込みます」

 

「当面は備蓄を解放して何とかしますが、最悪配給制もお覚悟下さい」

 

難色を示した2人も、事此処に至っては政治家として各々の務めを果たす覚悟を見せた。

 

「諸君、我が国始まって以来の戦争にこれから入る事になる。国民や諸君にその家族にも大きな負担をかけることになるだろう」

 

「しかし父祖の代から掲げるスペースノイドの自由と独立を勝ち取るため、我が国は今こそ立ち上がらなければならない。最後に、共和国に宇宙に散った父祖達の魂の加護があらん事を」

 

バハロ首相は会議の最後をそう結び、閣僚達は各々の仕事に散って行った。

 

時にC.E.70 5月10日 史実ではあり得なかった共和国の参戦は、今後の歴史を大きく左右する事となる。

 

しかしそれを知るのは、共和国を除いてまだ誰もいなかった。

 

 

 

 


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