50話「工作」
さてプラント評議会で共和国コンペイトウ要塞攻略が可決され、その一週間後にはクライン議長に提出された計画書と同じ物が、バハロ首相の執務室の机の上に置かれていた。
プラントにいる協力者、通称ゾルゲと呼ばれる者から(個人なのか複数人なのか、それとも組織なのか今持って分からない)、彼等の活躍により、共和国は作戦計画書を入手したのだ。
スペースノイドの庇護者を自認する共和国は、それだけに宇宙にシンパが多い。
当然の事ながら、それはコーディネイターも例外では無く、プラントの中にも共和国やスペースノイドに同調する者達もいた。
彼等は各方面に潜入し、絶えず情報を送り続けており、上記のゾルゲなどクライン派重鎮のかなり近い所にいたと思われる。
さて作戦計画書を入手したバハロ首相ら政府中枢は、当初これをプラントの偽情報だと疑っていた。
外務大臣ゾロモフ曰く、「プラントが共和国へ侵攻するなどあり得ない。彼等の敵は連合であり、その目は地球に向いている」彼はこう主張して譲らなかった。
事実この時共和国は疎か、誰しもが次はパナマ攻略だと信じていたのだ。
だがその後共和国情報部からも、プラントの侵攻を裏付ける兆候が示唆された。
更に言えばあのアナハイム社からさえ、「防衛」準備の為の商品購入の計画書、なるものが渡される始末。
日を追うごとにゾロモフの主張は陰り、反対にプラントの侵攻がまじかとなる証拠や情報が続々と送られた。
ここに来て、バハロ首相ら共和国政府はこう結論付けなければならなかった。
「プラントは遅くともここ1ヶ月以内に攻めてくる。その目標は恐らくはコンペイトウ要塞だろう」と。
共和国では直ちに「国家総動員令」発令の準備が進められ、万が一に備えられた。
総動員令が発令されるのは建国から初の事であり、これはプラントの侵攻と同時に直ぐさま発令される予定であった。
国内の凡ゆる物資、物流、情報、経済や文化といった凡ゆる活動が軍事優先となり、挙国一致内閣が設立され、大本営が今後の戦争指揮を取ることとなる。
前線の各要塞に警報が発せられ、特にコンペイトウ要塞は敵の攻撃を正面から受ける公算が高かった。
同要塞司令兼駐留艦隊提督であるグリーン・ワイアット少将は、速やかに防衛の準備を進めるも、明らかにその準備期間が不足していた。
ザフトは少なくとも後3週間以内には攻撃すると見られており、これを少しでも引伸ばすべく共和国大本営は、その総力を結集してプラントに対する凡ゆる時間稼ぎの工作を展開。
プラント国内に潜伏する協力者達にも働きかけ、内外からの情報工作は思わぬ形でその萌芽を見る。
その日、パトリック・ザラはアプリリウス市にある最高評議会に出席する為、エレカで移動中であった。
そしてパトリックの乗ったエレカが最高評議会の前で止まると、いつもの様に運転手が車のドアを開け、彼は一歩エレカの外に出るや否や大勢のマスコミに取り囲まれた。
「パトリック国防委員長!あの話は本当なのですか?」
「委員長、一言!一言コメントをお願いします!」
「ジャーナリストのベルナデット・ルルーです。パトリック議員、この時期の出兵は国防委員長直々の提案だと言う噂についてどう思われますか?」
「委員長、パトリック国防委員長!何かコメントはありませんか!」
パトリックのボディーガード達は、文字通り体を張って記者達を押し留めようとする。
「これは一体何事だ!」
エレカから降りるなり記者達に取り囲まれたパトリック国防委員長は、少し語気を強めてそう言った。
彼の目には、自分を取り囲む記者達が下世話なパパラッチにしか見えなかったのだ。
「パトリック国防委員長!質問にお答え下さい、何故この時期に出兵を?」
「何?」
先程から記者達が口々に叫ぶ「出兵」と言うキーワードに、パトリックは心当たりがあった。
しかしパトリックはそれを表に出す様な男ではなく、普段と変わらない厳しい表情のままこう返した。
「何を言っているのか分からない。済まないがそこを通して貰おう、議会に遅れてしまう」
ボディーガード達が記者達を押しのけて道を作り、パトリックは評議会に急ぐ。
一体何が起きているのか?彼はそれを早急に突き止めねばならなかったのだ。
評議会のエントランスホールに入ると、そこで待ち受けていたエザリア・ジュール議員がパトリックに駆け寄る。
「ザラ委員長!お話があります」
「誰も彼も一体何なのだこれは!誰か詳しく説明する者はいないのか」
朝から記者達に取り囲まれるというハプニングに遭遇し、内診気が立っていたパトリックの言葉には自然と怒気が滲んだ。
慌てて、エザリア・ジュール議員のは声を潜めパトリックの耳元で何が起きているのかを伝えた。
「例の出兵案が市民達にバレました」
「それでこの騒ぎか、誰がリークしたのか分かるか?」
「現在調査中です、暫しお時間を頂きたい」
「急げ」
パトリックはそうエザリアに指示すると、自身はそのままその足で評議会へと入室する。
評議会の中も、表と同様落ち着きの無い様子であった。
特に、パトリックが入ってからと言うものの、アマルフィ議員がチラチラと顔色を伺ってきおり、ジュセックとカシム両議員も座り心地が悪そうな様子である。
先に席についていたクライン議長は、瞳を閉じ何かしら考えている様子であり、その隣でカナーバ議員があれこれと側近に指示を出していた。
「遅くなった」
とだけ伝え、パトリックが席に着くと漸く評議員メンバーが集結する。
そうして会議が始まろうとした直前に、カナーバ議員が席を立ち集まった議員達にこう言った。
「評議会を始める前に一つ皆に知らせておきたい事がある。今朝知っての通りだが、我が国が出兵の準備を進めているなどとあらぬ噂が市民の間で立っていることだ」
カナーバ議員から発せられた予想通りの言葉に、然しながら知っていたとしても騒つく議員達。
特に評議会が始まってからと言うものの、アマルフィ、ジュセック、カシム、この3人の顔色は悪くなる一方であった。
「国防委員長としてはそんな事は初耳だ。一体誰が言い出したのだね?」
パトリックのそんなあからさまな言葉に、カナーバ議員は「よくもそんな口を」といった風に彼を睨んだ。
「これは異なことを。調べた所によると、ボアズのザフト部隊が何かしらの準備をしていると報告が届いているが、これについてザラ委員長はいかに考えている?」
「今はオペレーション・ウロボロス完遂に向けた重要な時期だ。部隊の移動など珍しくも無い、そもそもこの様な流言飛語などと言った瑣末な事に、こうして時間をかける必要ななど無いと思われるが?」
こう抜け抜けの返すパトリックに、カナーバの視線は益々厳しくなる。
他の議員達も、激しく干戈を交えるカナーバとパトリックのやり取りを固唾を飲んで見守っていた。
「カナーバ議員!いい加減にして頂きたい、先程からその様な物の言い方、まるでザラ委員長が独断でザフトを動かしたと疑っている様では無いか⁉︎」
が、ここに来て我慢しきれなくなったジュール議員が反撃する。
彼女は同じ女性ながら、ソリの合わないカナーバの事を一方的に敵視していたのだ。
「それは失礼した。だが、それならばこの事態をどう説明する?」
「う、それは…」
女議員同士のやり取りに、関わりたく無いとばかりに他の議員達は知らんぷりをした。
パトリック委員長でさえ、顔を背けて一切関わろうとせず、クライン議長は唯事の成り行きを任せるのみであった。
その間にも、激しさを増すカナーバ議員とジュール議員の戦いにら流石に黙った見ていられなくなった他の議員達の視線がクライン議長に集中する。
パトリックもその中の一人であり、二人の間でしか通じない目配せで「おい、どうにかしろ」と伝え、クライン議長もそれに返し「君がどうにかしたまえ」と互いに仲裁の役を押し付けあった。
誰だって女のケンカに首を突っ込みたくは無いのだ、それが例え評議会議員と言う国家の重要な職責にあったとしてもだ。
しかし結局の所、議長と言う役割が災いしてクラインが二人の仲裁に乗り出す羽目となった。
議長の役職には、評議会の円滑な運行もその役割の内に入っていたからだ。
「二人共、その辺にしないか?いやしくも評議会のメンバーならば、君達二人共良識を弁えたまえ!」
こう一喝する事で、この場を収めたクライン議長だが、これで問題が解決されたわけでは無い。
寧ろ、今まで水面下で起きていた対立が浮き彫りとなってしまった形となったのだ。
「事は最早評議会で抑えられるものでは無い、見たまえ」
とクライン議長は評議会に設置された大型モニターに、今朝の国営ニュース報道を映し出した。
『おはようございます、早速ですがますば今朝のアプリリウス市の様子からどうぞ』
朝の顔である泣き黒子が特徴的な美人アナウンサーの挨拶から始まったニュースは、カメラが切り替わりそこにアプリリウス市のメインストリートが映し出され。
本来ならば、まだ人で賑わう時間では無い筈の通りが、集まった大勢の群衆で埋め尽くされていた。
「共和国を倒せーっ!」
「我々はザフトを支持するぞ‼︎」
「プラントに勝利を!」
デモに参加した人々はそう口々に騒ぎ立て、手にもったプラカードには反共和国の文言が並ぶ。
それを遠巻きに見守る一般生活者や会社員、そしてデモの秩序維持に努める保安局員等が、彼等との間に入って歩道に人が溢れない様に努めていた。
『この様に、今朝からアプリリウス市を始め各コロニーでは、届出の無いデモ或いは抗議活動や集会などが行われています』
『これらについて、専門家はビクトリア攻略成功によるナショナリズムの勃興との関連を示唆し…』
ニュースの映像を食い入る様に見ていた議員達は絶句した、さしものパトリック・ザラも事態が此処まで大きくなった事に冷や汗を流し、内心焦りを隠せないでいた。
「これは…一体…⁉︎」
「治安担当は何をやっている!我々には一報も無かったぞ!」
「兎に角、これは緊急治安出動に備え各所に準備させなければ」
議員達はざわざわと焦りながら、それでも与えられた職分の範囲内で出来る事をやろうとした。
しかし、そこにクライン議長は『逃げ』を見た、彼の目には議員達は治安回復を名目に、本題から目を逸らそうとしていると見えたのだ。
「問題はそこでは無い。こうなってしまった以上最早出兵は不可避だ!」
普段物静かで思慮深いと言う印象のクライン議長が、この時ばかりはテーブルをバン、と手で大きく叩き感情を露わにした。
「本来市民を導く我らが、その市民達に踊らされる。これでは国家の秩序が保たれない、一体評議会とは何なのだ、君達はそれを分かっているのかね!」
クライン議長の言葉の一つ一つに滲むこれまで受けた鬱憤と、評議会への怒りと失望。
それらを浴びた議員達は表情を暗くし、顔を俯かせた。
「私は…この戦争を始めてしまった私には、残念ながら最早国家を導く資格が無いと思う」
「私は次の議長選を待たずに辞職する…」
「待ってくれ、クライン議長!」
クライン議長の辞職に、流石にカナーバ議長は口を挟まずにはいられなかった。
しかしクラインは止まらない、寧ろこれが最後とばかりに彼の口は動き続ける。
「無責任に思うかもしれない。だが私がこれまで受けてきた苦痛に比べれば、誰も私を止める権利などない」
そこには、嘗て若く理想に燃え、プラントの独立に命を賭けた男の姿は無かった。
ここにいるのは、疲れ果て打ち拉がれた孤独で哀れな老人でしかない。
「それでも私に留まってほしいのならば、その気持ちのほんの少しでもいい。真にこの国の為になる事に使ってくれ」
評議会を去るクラインの背中を、誰も止める事は出来なかった。
これ以降、プラント評議会はこの件の収集に向け奔走する事となり、それは皮肉な事に市民達が望んだ筈の出兵の遅れを意味した。
そして同時に、共和国が千金を積んでも得られなかった時間を、この時共和国は得る事が出来たのだ。
記念すべき50話で書いたこと。
皆んな皆んな(政治的に)グチャグチャになーれ。