機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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62話

62話「会議は踊る」

 

エリアB7R「円卓」で両軍のエース同士が激しいぶつかり合いを演じている中、その少し前戦場より遥か遠く離れた後方のルナツー基地では、ワッケイン司令がティアンム提督に対し度々出撃命令の許可を求めていた。

 

「ティアンム提督、我々に出撃の許可を下さい。聞けば我が軍は予備戦力を投入してまで押し込められているとか」

 

「ワッケイン君、何度も言うがそれは許可できない。大本営からも我々に対し『動くな』との命令が来ている」

 

「くっ」

 

とワッケイン司令は悔しそうに歯噛みし、ティアンム提督の方もこう何度も繰り返されたやり取りにうんざりとしていた。

 

ティアンム提督も内心ではワッケインと同じように、窮状にある味方を何とかしたいと考えていた。

 

しかし状況がそれを許さなかった。

 

「ワッケイン司令、このルナツーを預かる君に言うのも何だが、今の我々は軽々しく動くことは出来ない」

 

ここルナツーに集結中の宇宙艦隊は、来るべき反攻作戦の要となる重要な戦力であり、未だ再編と訓練が完了していない現状戦場に出ても足手まといになる可能性が強かった。

 

更に言えば、ティアンム達が動けない理由は軍事的なもののみならず、政治的な理由もある。

 

「分かっています、今我々が動けばコロニー市民の間に動揺が広がります」

 

共和国が保有する3つの宇宙要塞のうち、ルナツーはL4方面抑えのみならずコロニー「ザスカール」の治安を維持する役目も負っていた。

 

多くの難民や移民を受け入れている反面やはり様々な問題が生じ、また時おり連合軍やザフトのちょっかいもあり、内外の驚異に対し目に見える武力でそれらを押さえ込まねば成らなかったのだ。

 

そしてもう一つに、ルナツーから出撃した場合、本国~グラナダ間を横切らなければ成らなかった。

 

今や共和国の生命線となったグラナダは、それらを支えるため日々大量の船舶が往来し、軍事作戦の通行のため一日でも遅れが出れば、社会に深刻な影響を及ぼす恐れがあるのだ。

 

逆に言えば万が一コンペイトウを突破され、例え一隻でもザフトの船が姿を見せたならば、途方もない混乱が生じるだろう。

 

そうなった時、船団護衛の為の戦力を何処から引き抜くか等火を見るより明らかであり、だからこそワッケインは何度でも提督に上申しているのだ。

 

実を言うとティアンム提督の元にはワッケイン司令が入手した以上の精度の高い情報が集まっており、提督自身再三に渡り本国に指示を仰いでいた。

 

しかしその度に繰り返される命令は「待機せよ」であり、中々重い腰を上げようとしない大本営に対し、ティアンムも苛立ちを覚えはじめていたのだ。

 

「ワッケイン司令、君に暫し艦隊を預けようと思う」

 

突然、ティアンム提督がそんな事を切り出した。

 

「提督、この非常時にどちらに行かれるので?」

 

ワッケインはティアンム提督の真意を図りかねた様子だが、しかしこの時ティアンムは彼にしては珍しく少し茶目っ気を含んだ表情を浮かべながらこう言った。

 

「何、会議室だけで戦争をやっている気分の連中に、現実を教えに行くだけさ」

 

 

 

 

 

ティアンムに「会議室だけで戦争をやっている」と揶揄された大本営では、連日何ら進展を見せない会議を開き時間を浪費していた。

 

事前に敵の作戦計画を入手し、防衛準備と計画を十全に整え、戦力も増強し反撃手段も用意しありとあらゆる手段で万全の備えをしたはずが、蓋を開けてみれば一部優勢なれども敵に押し込まれる始末。

 

一時は現場指揮官のコンスコン准将や防衛作戦全体を指揮するワイアット少将を更迭する等と言う議論も上がるほど、大本営は混乱していた。

 

そうして何も決められない中、時間だけが無為に過ぎて行く。

 

「だから一刻も早く本国艦隊を増援として送ってはどうか」

 

「バカな、今送れば本国市民の間に動揺が広がるぞ!内外に我々の窮状を態々知らせてやるようなものだ」

 

「そうだ、月のプトレマイオスに引きこもっている連合軍も、漁夫の利を狙おうとばかりに度々月の領域を侵している。本国艦隊の後詰めがなければグラナダも危ういぞ」

 

「それに本国艦隊は万が一コンペイトウが陥落した場合、グラナダ~本国間航路の盾となる存在だ。今動かす事は出来ん」

 

旧ダイクン邸に置かれた大本営に集まった議員や軍官僚達は、もういくどとなく繰り返した議論は平行線をたどり、何ら解決策を見いだせずにた。

 

本来この様な場の混乱を納める年長者や、経験豊富な長老各がオブバーザーとして参加するものだが、しかし共和国は大粛清によりそのような人材は全て除かれてしまっていた。

 

無論粛清によって強制的にしろ組織の若返りや、ドラスティックな改革により国全体が活性化した面もある。

 

特に今の軍や政府高官は40代前半から30代が占め、他国よりもフレッシュな人材が多いといえよう。

 

しかし彼等は若い余り、困難にさいし頼るべき精神的な支柱を欠いていたのだ。

 

大本営を設置し、本来一致協力すべき政府と軍部との確執も大きく関係していた。

 

ダルシア・バハロ首相と統帥本部長ゴップ大将との確執は、半ば公然の秘密と言ってもいいものであり、其々の派閥が水面下で国家の主導権を握ろうと影で様々な暗躍や闘争を繰り広げているのだ。

 

表面上はなんら問題のない共和国においても、その裏ではこの様な事態に陥っていた。

 

さてルナツーから高級将校専用の高速宇宙艇を使ってズムシティの宇宙港に降り立ったティアンム提督は、久方ぶりに嗅ぐ油と機械オイルの混じった懐かしく芳しい匂いを鼻一杯に吸い込む。

 

本国を離れてそう長くもないのに、もう何年も帰ってきていないような感情を抱くのは、矢張自分がルナツーに赴任する前と今とでは空気が違うからだ。

 

当時はまだ戦時でありながらも、人々は戦争を地球の事だと感じ、何時もより少しだけ忙しない日常を過ごしていた。

 

しかし今は、やっと自分達が戦争をしているのに気づいたのか、宇宙港を訪れる人々の顔や喧騒には不安が滲み出ており、一種の焦りのようなものを感じさせる。

 

人々はこれからの行く末に不安を抱き、しかしどうすることも出来ない現状に鬱屈しはじめていた。

 

(なるほど、私が本国を離れている間に随分とあったようだな)

 

戦場にいては分からないことが、ここでは起きているのだ。

 

迎えの車の中で、ティアンムは一人そう考えながら大本営を目指した。

 

大本営が置かれた旧ダイクン邸に着き、そこでティアンムは独りの男とすれ違った。

 

猛禽類を思わせる鋭い目付きをしたその男の名はジャミトフ・ハイマンと言い、若くして准将にまで昇進した新進気鋭の将官の一人である。

 

部屋から出てきたジャミトフはティアンムに気付くと敬礼し、ティアンムも答礼で返した。

 

「ティアンム提督、いつ本国にお帰りに?」

 

「今朝だよ、君は相変わらず忙しそうだね」

 

「お陰様で、若輩の身ながら日々誠心誠意勤めております」

 

と「ドライアイスの金庫番」と渾名される男が態々朝から職場ではなく大本営にきているという事は...。

 

そこまで考え中は相変わらず権力闘争に明け暮れている様子であり、ティアンムはこれから骨を折らねばならない事を切り出し想像し内心ため息をついた。

 

彼は一応政府よりの立場とはいえ、本心では一軍人である事を望んでいた。

 

しかし自身の能力と周囲の期待とが、彼に単なる軍人でいることを許さなかったのだ。

 

そしてジャミトフと会議室の扉の前で別れた後、彼は意を決して内部に踏み込んだ。

 

一歩踏み込んだ瞬間、まるで突然暗闇に放り出されたかの用な視界が真っ暗に染まる感覚を味わう。

 

次に背筋がゾクリとするほどの寒気が走り、部屋の暗闇の中から幾つかの眼がティアンムをジロリと見る。

 

目が慣れてくると、それは人の顔であり部屋が暗いのはカーテンを締め切っているからであった。

 

部屋が冷たかったのも、締め切った内部と廊下との温度差だと気付く。

 

ティアンムはなんら臆せず、自らに用意された席についた。

 

その様子に、幾人かが値踏みするような視線で追っていたが、席について彼はふと気が付いた。

 

二つに別れた席の中で、明らかに勢力が分かたれていたからだ。

 

軍部と政府、いやゴップ大将とバハロ首相どちらの陣営に与するのか、それがこの会議室では如実に浮かび上がらせてしまっていた。

 

ティアンムは、ここに来て初めて錯覚からではなき冷や汗を垂らした。

 

今この国で巻き起こっている争いの渦中に、自らが巻き込まれてしまったのだった。

 




最近女性キャラが少ないことに気付く今日この頃、ベツノ作品で女ばっか出しすぎた反動です。

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