68話「天の輪」
コンペイトウ要塞を巡る戦線のうちの一つ、地球方面戦線ではマウゼル艦隊は正面のエイノー艦隊から逆侵攻を受けていた。
「奴等をデブリに入れるな!ここに釘付けにするんだ」
被弾を重ね、装甲のあちこちが剥がれ落ちたローラシア級は、まるで最後の力を振り絞るようにビームを放ち続ける。
しかし共和国からは、その十数倍ものビームやミサイルが絶え間なくデブリに注がれており、最早正面戦力差は覆しようがない所まで来ていた。
皮肉にも侵攻時には自分達の不利に働いたデブリが、今や最後の砦としてマウゼル艦隊最期の抵抗を支えていた。
何倍ものビームやミサイルはデブリに防がれ、それらを盾にし必死にしがみつく事で何とかザフトは生き永らえていたのだ。
しかし補給も途絶えがちとなり、戦力を消耗しきった彼らには、最早デブリの中に僅かに残された拠点の確保さえ覚束なかった。
そんな中増援艦隊到着の報は、まさに天から降りた蜘蛛の糸。
マシュタイン艦隊と連携し、早くこの地獄のような戦場から撤退することこそ彼らの希望となっていたのだ。
マウゼル隊長は最前線に自ら立ち、指揮を取りながらも平行して撤退の準備を進めていた。
撤退に際し多くの物資を放棄しなければならなかったが、背に腹は代えられず
人員を最優先として準備は進められていた。
物資を放棄または破壊し、代わりに空いたスペースに人員を詰め込む事で何とか撤退に必要な船を揃えたマウゼルだが、彼にはこの時幾つかの懸念事項があった。
その一つに、撤退はマシュタイン艦隊と連携して行うと決めていたが、その肝心のマシュタインから何ら連絡が来ないこと。
次に撤退完了までに、果たして殿部隊が持ちこたえられるかどうかと言うこと。
最後に、大半の装備や物資を投棄する関係上撤退する艦隊は殆ど無防備に成らざるを得ず、万が一敵に襲撃された場合抵抗する手段が残されていないこと。
マシュタインについては、最悪独自の判断で撤退を開始することとなり、殿部隊には本隊撤退完了後は降伏を許可していた。
しかし最後の護衛戦力については、マシュタイン艦隊から融通を受けるわけにもいかず、背後の宇宙要塞ボアズを信用するしかないと言う状況であった。
(月の連合軍が動いたと言う報告はない、奴等が漁夫の利を得ようとして月から艦隊を出せば、必ずやボアズも艦隊を出してくれる筈だ)
マウゼルはそう自分を納得させるように心の中でそう呟いたが、しかしこの時彼らの背後には月からスイングバイを使って後方に回り込んだワッケイン司令の艦隊が既に攻撃準備を整えていた。
「諸君、ここまでの隠密行動よくぞ耐えてくれた。しかしこれからは我々の反撃の番だ、共和国は各員の奮励努力を期待する」
ワッケインは旗艦レナウンのブリッジから、全艦隊に向け最後の演説を行い士気を高めた。
ワッケイン艦隊には、元々ルナツー駐留の艦隊以外にも、再編成中の部隊や或いは再訓練用に招聘された教導部隊までもが含まれている。
ハンガーデッキに固定された愛機の中で、教導団所属のガイア、オルテガ、マッシュはこれかは初陣を迎える生徒兼部下達に対し、最後の講義を行っていた。
「貴様らはこれから初の実戦を迎える事となる。しかし心配するな、貴様等には俺達がついている」
「何かあったは家にいるママに泣きつくような声で助けを呼ぶんだぞ」
「ママー、たしゅけてー」
とガイアが訓示を垂れている最中、マッシュ、オルテガの二人はそう茶化す。
特に最後のマッシュの下手くそな声真似に、緊張のあまり顔がひきつっていた新米パイロット達の顔にも笑いがこぼれた。
「オホン、兎に角貴様達は訓練通りやれば大丈夫だ。以上で訓示を終わる、各員機体に搭乗せよ!」
出撃前の最後の訓示が終わり、新米パイロット達は慌ただしく機体へと急ぎ、ガイア達もまた乗機へと乗り込んだ。
教導団の機体は他との区別を付けるため機体が黒く塗られており、またノーマルスーツも機体と同様に黒である。
故にこの色はガイア達のパーソナルカラーと言う訳ではないのだが、しかし非公式ながらもガイア、オルテガ、マッシュこの三名による連携の見事さから「黒い三連星」と呼ばれていた。
「MS隊はカタパルトに移動してください」
ブリッジのオペレーターからの指示に従い、機体をハンガーデッキから動かす黒い三連星。
「ガイア機、先に出るぞ」
カタパルトに黒く塗装されたハイザックを乗せ、勢いよく虚空へと飛び出す。
続けざまにマッシュ、オルテガ機も発艦し、その後遅れて新兵達も宇宙へと飛び出したのであった。
時にコズミック・イラ71年3月の終わり頃、その攻撃は正にマウゼル艦隊にとって青天の霹靂であった。
「奴等にこの宇宙が本来誰のものであったのかを、思いださせてやるのだ!」
後方に展開した共和国軍ワッケイン艦隊30隻余りは、全くの無防備な背後を晒すザフト艦隊に完全な奇襲を成功させた。
撤退用に待機していた輸送艦に幾つものビームが突き刺さり、周囲の他の艦を巻き込みながら大爆発を起こす。
負傷兵を乗せた病院船も爆発時の流れ弾に当たり、大勢の兵士達が生身のまわま宇宙へ吸い出される。
突然のこの奇襲に、ザフトは全く対応できずまたそのための戦力はまるで足りていない状態であった。
その為、何ら有効な手段が取れないまま混乱ばかりが助長され、更にそこに共和国軍はMSを投入した。
「こりゃまるで七面鳥撃ちだな、奴等が動き出す前に全部墜とすぞ!」
燃料節約のため、多くの艦がエンジンの火を落としていたことが災いし、この時ザフトが動かせる艦は殆ど皆無であった。
「敵MSの動きも鈍い、やれるぞ」
何とか艦隊をまもろうと、なけなしのMSが出撃するが、度重なる戦闘によって機体もパイロットも限界を超えており、それは如実に機体の動きとなって表れた。
「くそ、動きが鈍い」
満足な補給も整備もまして休息さえ望めない中、それでもザフトパイロットは仲間の盾となるべく機体を動かす。
しかし、それらの献身的な行動も圧倒的な物量と言う名の暴力の前には、全くの無力であった。
「ふん、遅いな」
両肩のアーマーを外し軽量化されたハイザックが、相手の後ろに回り込み両手のヒートホークで十文字に切り裂く。
グラナダ基地所属のMSパイロット、マレット・サンギーヌは全く無抵抗な獲物を相手にしているかのようなつまらなさを感じていた。
彼の機体はグラナダ所属と言う事もあり、他の機体とは違い内装や外装にアナハイム社製のパーツで強化されていた。
最新の高効率マグネットコーティングが施されたその機体の性能を試すのに、丁度いいと喜び勇んで参加したのだが、その結果がこれであり、彼は周囲に己の失望を隠そうとはしなかった。
彼は極めて愛国心の高い男であり、同時にプライドが高くまた戦いに執着するタイプであった。
軍人としては有能な為若くして一部隊を預けられているが、本人の気性が荒くその苛烈さのあまり彼の部下は直ぐ転属してしまう事で有名であった。
しかし、今回彼の回りには他に3機の機体の姿があった。
「マレット隊長、敵の動きは思った以上に鈍いです。我々も艦隊攻撃に回りますか?」
隊内唯一の女性パイロット、リリア・フローベールが近づいてきてそう言う。
優れた操縦技術を持ち、その腕前は隊長以上とも目されている。
「戦いはまだ始まったばかりですが、時には勢いに乗ることも重要です」
隊の最古参にして最年長パイロット、ユイマン・カーライルもリリアの意見に同意を示す。
「ま、別に俺達がやらなくても他の誰かがやってくれますけどね」
と、斜に構えた発言をするギュスター・パイパー。
実は隊内で一番の家族思いの男である。
彼ら彼女らの3人は、マレット自身が選んだ選りすぐりのパイロット達であり、この4名で結成された通称「グラナダ特戦隊」は月の連合軍相手に活躍していた。
「ふん、当然アレは全て我々の獲物だ。遅れて来るヤツには後で容赦せんぞ」
そう言って、マレットはさっさと自分一人で敵艦隊へと向かって行ってしまう。
その後に3機のMSも続き、戦場は益々共和国有利に傾いていった。
最前線で殿部隊を率いエイノー艦隊を食い止めてきたマウゼルの元にも、共和国軍に奇襲を受けたとの報告は直ぐ様飛び込んだ。
「一体奴等はどこから表れたのだ!?いや、今はそれよりも混乱を収集せねば...」
しかしマウゼルはそれをやりたくとも出来ない状況であった、今相対している敵に背中を晒す隙を見せれば、それこそ全軍崩壊が起こってしまう。
守勢の名人たるマウゼルをして、エイノー艦隊の苛烈な攻撃は、自身が前線に張り付かねば防げない程であった。
しかし、そこに殿部隊の各艦からマウゼルの元に次々と通信が入る。
「マウゼル隊長!ここは我々にお任せを」
「隊長一人抜けた程度の穴なんか、我々は気にもしませんよ」
「隊長、今同胞を救えるのは貴方しかいないのです。ここは我々に任せどうか撤退を!」
各艦いや各部隊のMSパイロット一人一人からも、同じような通信が入る。
「く...!済まない」
それは別れの言葉であり、また悔しさから出た言葉でもあった。
今ここでマウゼルが抜ければ、 殿部隊は全滅してしまうだろう。
かろうじて、マウゼルだからこそ何とか戦線を維持する事が出来たのだ。
それを失った時どうなるかなど、想像に容易かった。
しかし彼らの覚悟を無駄にする事も、またマウゼルには出来なかった。
「艦の進路を変更する。いいか、必ず助けにもどる、それまで持ちこたえてくれ」
それは決して果たされないであろう約束を、しかしマウゼルは口に出してそう言わずにはいられなかった。
これから死に行く者達に対するせめてもの慰めとして...。
マウゼルが乗るアドラー号はその進路を転じ、前線から離れていく。
背後ではエイノー艦隊の突入が始まり、ザフト艦隊と激しい砲火が交わる。
その後、残された殿部隊の彼らは文字通り己が身を盾にしてまで最後まで抵抗し、誰一人として降伏することなく全滅した。
しかし、彼らの決死の戦いによって、マウゼルは無事に前線から離脱することには成功したのであった。
「兎に角連絡が取れる部隊と通信を繋げ!体勢を一刻も早く建て直すんだ」
この時のマウゼルの指揮は正にカミガカリ的であった、彼は混乱する通信を整理し即席ながらも指揮系統の回復に成功したのだ。
そして当然のことながら、それは共和国軍に対する抵抗を増すこととなる。
マウゼルが乗るアドラー号を中心に、再編成され体勢を建て直すザフト艦隊、しかしそれは同時に強敵を引き寄せる結果ともなってしまう。
「ガイア!ザフトの連中が集まって何かやろうとしているぜ」
「何?それは本当か」
マッシュ機が指し示した先、それはアドラー号を中心に体勢をたと直そうとするマウゼルの艦隊であった。
「丁度いい具合に敵が密集しているな。よし例のアレを試すぞ!」
黒い三連星の3機は、縦に一列に並ぶフォーメーションを取る。
「マッシュ、オルテガ!ジェットストリームアタックだ」
一列に並んだ黒い三連星の機体は、しかし敵からは無謀にも1機のMSが接近戦を仕掛けてきたかのように誤認させる。
アドラー号から敵を追い払おうと対空砲火が飛び交い、しかし先頭のガイアは一見隙の無いように見える敵艦の中で、対空砲火の薄い箇所を見つけそこから攻撃を仕掛けた。
「喰らえ!」
ガイア機のハイザックが、肩に担ぎ両手で構えたハイパーバズーカを撃つ。
撃つと直ぐに横にズレ、その背後からマッシュ機が跳びだし攻撃を加え、更にまたその背後からオルテガ機がエンジンを狙う。
ガイアが放ったバズーカは対空砲火に迎撃され、マッシュ機が放ったものも敵の目眩ましにしか為らなかった。
しかしこの2機のサポートがあったからこそ、最後のオルテガ機の止めが出すが出来たのだ。
3機からの連続攻撃によってアドラー号の対処能力はパンクさせる、正に三位一体の息のあったコンビネーションの成せる技であった。
この攻撃によってアドラー号は機関部に被弾し、身動きが取れなくなり戦場で単なる鉄の棺桶と化した。
そしてそこに、再度ジェットストリームアタックを仕掛けた黒い三連星の攻撃が決まり、マウゼルは地獄の業火と共に船と運命を共にしたのであった。