機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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70話

70話「乗っ取り」

 

パールスの乗るナスカ級に船を横付けし無理やり接舷したマシュタインは、そのままブリッジへと乗り込んだ。

 

「パールス隊長はいるか!」

 

怒髪、天を衝くと言う昔の諺があるが、今のマシュタインは正にそれを体現した姿であった。

 

ナチュラルで老体の一体どこに、これほどまでのエネルギーが潜んでいたのか?

 

マシュタインの長年に渡って練り上げられてきた軍人としての覇気が、今やブリッジ全体を覆っていた。

 

「マシュタイン隊長...増援艦隊はどうしたのです?あなた以外の姿が見えないようだが」

 

しかしそんな中、まるで幽鬼のような表情をしたパールスが何も感じさせない声でそう言った。

 

マシュタインはパールスの異常な様子に、今まで体の中に充満させていた怒気が霧散するのを感じた。

 

「パールス...貴様何があった?」

 

一刻も早くパールスを説き伏せ、撤退させなければならない中、しかしマシュタインはそう聞かざるを得なかった。

 

「マシュタイン隊長、兵は兵はどうした?」

 

「パールス?」

 

「あと一息、あと一息なんだ。それには兵が足らない...」

 

焦点の定まらぬ目で、うわ言のように同じ事を聞くパールス。

 

明らかに、正気を失っている様子であった。

 

「いつからだ、いつからこうなったのだ!」

 

マシュタインの問いに、ブリッジにいたクルーは誰一人として顔を俯かせて答えようとしなかった。

 

それは完全にパールスが部下から見捨てられていることを、まざまざとマシュタインに見せつけられたのだ。

 

「しっかりしろ!貴様がそんな様子ではついてきた部下達に示しがつかんぞ!」

 

マシュタインは自失呆然としたパールスの肩を掴んで揺さぶり、正気に戻らせようとした、しかし...。

 

「そこまでですマシュタイン隊長、たった今プラント最高評議会から貴方は指揮官を解任されました」

 

ブリッジの扉が開き、そこから今マシュタインが最も見たくない顔が表れた。

 

「ナイブズ!?貴様なんの権限があって...!」

 

「おや歳をとって耳が遠くなり増したかな?私は先ほどプラント最高評議会の

命令と申しあげましたがね」

 

その慇懃無礼でしかもあからさまに挑発するその態度に、ナイブズの底意地の悪さが滲み出ていた。

 

「隠れて何かこそこそやっていると思ったが...私を解任してどうする?パールス隊長がこんな様子では指揮など到底出来んぞ」

 

「そこはご安心を。この私が万全のサポートを致しますので」

 

とそうぬけぬけと言ってのけるナイブズ。

 

マシュタインはこの時この彼の話など半分も聞いておらず、しかし妙な自信の裏に何かかくし球を持っているのではと疑った。

 

最高評議会が動いた以上、彼には最早どうしようもないが、せめてナイブズが何をやろうとしているのかを探ろうとしたが...。

 

「さて、老人にはご退場願いましょう正直、ナチュラルと同じ空間にいるだけで空気が穢れる」

 

と一方的な論理でブリッジから追い出されるマシュタイン。

 

結局、ナイブズの腹のうちを探るまもなかったが、それでもまだマシュタインは諦めては居なかった。

 

何とか残された手で出来ることがあるか、まずそれを探そうと船に急ぐのであった。

 

しかし船に戻ったマシュタインは、待機していた艦隊から驚愕の知らせが舞い込んだ。

 

『共和国軍によってマウゼル艦隊が包囲された』

 

その知らせに、マシュタインは脳裏に『全滅』の二文字が走るのであった。

 

 

 

 

 

マウゼル艦隊が包囲され、旗艦が轟沈しマウゼル隊長が戦死したとの報告は無論パールスとナイブズの耳にも入った。

 

しかしそれでもなお、ナイブズはコンペイトウ攻略を断行しようとした。

 

この無謀な攻撃に流石に何人もの部隊長達が考え直すよう意見書を送ったが、しかしそれらはパールスの目にはいる前に全てナイブズに握りつぶされてしまった。

 

しつこく食い下がろうとする者には、最高評議会の権威の笠に抑え込み、逃げ出そうとするものや意図的なサボタージュを行うものには『反逆者』の烙印を押し、軍事裁判や本国の家族を人質に取るような卑劣な方法を取った。

 

今や、パールス艦隊の全てがナイブズ一人に乗っ取られていたのだ。

 

パールス隊長はブリッジの席に拘束され、ナイブズに無理やり命令された軍医にクスリを打たれ、ただ頷くだけの人形と化していた。

 

「私に必勝の策あり、全艦隊はただ真っ直ぐにコンペイトウ要塞に突撃せよ」

 

今や誰一人としてナイブズを止めるものなく、残った艦隊は唯命令のままにコンペイトウに向け突撃を敢行するしかなかった。

 

ナスカ級やローラシア級のエンジンから光の帯がコンペイトウに向けて延びる様は、ある種壮観であった。

 

例え内情がどんなに悲惨であれ、ナイブズからすればそれは関係なく単に自らの虚栄心を満足させるに過ぎなかった。

 

軍人ならば大軍に号令を発し、万の軍勢を指先一つで動かすのは、ある種の夢である。

 

最も動かされる方にすれば悪夢だが、一人悦に浸るナイブズはオペレーターにとあるものの進捗状況を聞いた。

 

「例の物はどうだ?」

 

「はい全工程の30%を終了しました」

 

「遅い、急がせろ」

 

自分は全く悪くないのに、ナイブズにそう睨まれて心臓が鷲掴みにされたかのような恐怖を味わうオペレーター。

 

急いで格納庫の作業員に急ぐよう強ばった声で伝えるなか、その格納庫ではとある装置が運び込まれていた。

 

ナイブズが特別に運ばせたそれは、本来のデッキクルーではなく、本国からナイブズと共についてきた別の人員達の手によって調整が行われていた。

 

周囲を銃で武装した兵士達に囲まれ、物々しい空気のなかそれはこの世に再び生まれでようと、産声を上げようとしていた。

 

かつて禁忌の一つとされた、その力の一端がひっそりと静かに甦ろうとしていた。

 


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