72話「デスマーチ」
パールス艦隊改めナイブズ艦隊は宇宙要塞コンペイトウへと突撃していく。
残り少ない燃料をかき集め、物資を昨日までの同僚たちと奪い合い進むその様は、まるで餓鬼の群れのようであった。
後方からはコンスコン艦隊が迫り来る中、彼らにとって最早退路はなく前に進むしか活路はなかったのだ。
この余りにも軍事的常識から外れた無謀な突撃に対し、当時勝利を確信していたコンペイトウ要塞司令部はその対策に追われた。
「敵にはまだ余力があったのか!?このままではコンペイトウが飲み込まれてしまう」
「コンスコン艦隊は何をやっている!奴等が敵を抑えている筈じゃ無かったのか!」
「敵の激しい突撃する速度が速すぎる...対応が間に合わないんだ」
「そんなことよりも、現有戦力でどうにか出来ないのか?」
「不可能だ、我々は予備戦力を全て吐き出してしまった。これ以上一体何処から出すと言うのだ!」
参謀達は各々意見を言い合うが、しかし一向にその解決策が見いだせなかった。
「ラコック大佐、現在我が方に残っている戦力はどれ程か?」
「は、MS30機しかしこの内半数は分解整備中であります。それと修理中のアレキサンドリア級重巡2隻とサラミス級巡洋艦3隻の計5隻であります」
「それと全要塞砲はいつでも使用できる状態にあります」
ワイアット司令の問いに対し、ラコック大佐は予め調べていたのか淀みなく答える。
(実質MS1個大隊未満の戦力...たったそれだけしか残っていないのか!?)
参謀達の頭の中ではこの時「撤退」の二文字が浮かんだ。
「ワイアット司令、ここは悔しいですが臥薪嘗胆し一度撤退なさるのが定石かと」
「我々が残って時間を稼ぎます。その間にエイノー提督とコンスコン提督の艦隊を糾合し失地挽回をお図り下さい」
しかしそれらの意見に対して、ワイアットは何ら興味を示さなかった。
寧ろ、彼はまるで参謀達があせっているのを不思議がっていた。
「諸君、何を慌てる事がある。窮地に嵌まったのは我々ではなく寧ろ奴等の方だ、見ろ」
とワイアットは手元の機械を操作し、各人のディスプレイに現在コンペイトウ要塞に突撃する敵の様子を写し出した。
「見るがいい、敵の配置はバラバラで陣形も形を成していない。単に前に進むしか能がない烏合の衆だ」
確かにワイアットの言う通り、戦艦の隣に輸送船がいたり各艦の速度もバラバラで、艦隊から落伍する艦も出ていた。
「しかしそうは言っても敵の数は此方の2倍や3倍と言う数では無いのですぞ」
「成る程、確かに数は多い。しかしあれは単に数が多いだけの武装した暴徒と同じだ。諸君らにはそれをこれから証明しようではないか」
ワイアットの意味ありげな自信に、参謀達は顔を見合せながらも兎に角命令に従うしかなかった。
コンペイトウへと向かうザフト艦隊、しかし満足な補給や整備を受けられなかった為、艦隊から次々と落伍する艦やMSが出始めた。
「こちらボイジンガー、もう燃料がない救助を求む」
「誰か、誰か予備のエアーを持ってないのか!艦の酸素生成機が故障して稼働していないんだ!」
「置いてかないでくれー!頼むこのままじゃ敵に捕まってなぶり殺しだ!」
満身創痍のザフト艦隊は、あちこちの艦から助けを求める悲鳴の様な通信が旗艦に集中した。
「各艦から救難信号が出ています。如何いたしますか?」
旗艦のオペレーターは、恐る恐るといった様子で艦長席の横に自分の席を用意させたナイブズに向かってそう聞いた。
「ほおっておけ」
「は?」
「ほおっておけと言っている。どのみち助からん、なら精々敵の足を止める為の犠牲になってもらおうではないか」
席に座ったまま、ヤスリで爪を削りながらナイブズはそう言ってのけた。
流石にその返答を予想していなかったオペレーターは、面食らってそれ以上何も言えなくなった。
「...分かりました旗艦に向けた通信を全てカットします」
(ふん、小物が)
ナイブズはこの時オペレーターの対応を、内心でそう吐き捨てた。
(誰も彼も無能ばかりだ、この私の正しさに気付こうともしない)
自尊心の塊であるナイブズは、この時一人薄暗い情念にとらわれていた。
(私を認めぬ者、評価しない奴等全員をこの戦いで見返してやる。そして私こそが、新人類の次なる光となるのだ!)
(その為の鍵は、既に我が掌中にある)
ナイブズが鍵と呼ぶそれは、彼が本国から出立する前、パトリック・ザラ国防委員長より極秘利に託されたとある装置の事である。
それは今ハンガーデッキで調整が進められている物とはちがい、それとはまた別の巨大な物体で旗艦に曳航され戦場に持ち込まれようとしていた。
ふとここでナイブズは旗艦が全体から遅れ始めている事に気が付いた。
「おい、遅れているぞ。何をやっている」
彼はそう操舵手を叱りつけた。
「しかし本艦は曳航していますし、これ以上速度をあげようとすれば推進剤の消費が...」
「構わん、やれ」
だが今のナイブズには何を言っても自分の邪魔をしようとする言い訳にしか聞こえず、彼は操舵手に強い口調でそう命令した。
苦虫を百匹、いや千匹噛み潰したかの様な表情になった操舵手は、それでも命令通り船の速度をあげる。
無理に速度を上げた結果船の燃費は急速に悪化し機関部にも負担がかかったが、それでも何とか遅れを取り戻す事は出来た。
さて先にも述べたが、現在ザフト艦隊は隊列もなくそれぞれの船が単に真っ直ぐコンペイトウ要塞を目指していると言う状態であり、船の速度の違いから各艦の間隔は開く一方であった。
全体の先頭を行く艦、高速艦ナスカ級はあと少しでコンペイトウの防空圏内に入ろうとしていた。
「敵のスナイパーと攻撃衛星に気を付けろ、奴等何処から撃って来るか分からんぞ」
遮るものがない宇宙で、姿が見えない敵ほど怖いものはないと、ザフトはこれまでの戦いでそれをイヤと言うほど思い知らされていた。
時に戦線を飛び越え後方まで浸透する共和国スナイパーは、ザフトに大量の出血を強いており、そればかりか隕石に擬装した攻撃衛星の不意打ちにによって、MSパイロットにかなりの犠牲が出ていたのだ。
彼らが慎重になるのも頷けると言うものである。
だがこの時彼らは知らなかった、共和国軍は既に彼等の近くに潜んでいることを。
「敵艦隊、先鋒集団がコンペイトウ防空圏内に入りました!」
「やれやれ我々の出番がきてしまったか、出来れば彼等には素直にお帰り願いたかったが」
まだ修理中であったアレキサンドリア級の内の一隻、グラーフ・ツェッペリンの艦長であるフォン・ヘルシングはそうボヤく。
グラーフ・ツェッペリンは修理中であったため、戦闘力など皆無に等しい常態であり、出来ることと言えばMSを乗せる事くらいしか出来なかった。
「しかしワイアット司令からの命令とはいえ、こんな作戦が上手く行くのか?」
ヘルシングはそう疑問に思いつつも、しかし命令通りMS隊を発艦させていく。
航続距離を延長するため大容量プロペラントタンクを2本バックパックに接続したハイザック達が船から離れるのを見送ったヘルシング達は、敵に悟られぬようその場を後にするのであった。