74話「射程」
前線へと急ぐナイブズ率いるザフト本隊、ナイブズが乗る旗艦を守るようにいや旗艦が曳航する物を守るかのように周囲をプラント本国から送られた増援艦隊が取り囲む。
彼等はマシュタイン麾下の艦隊とはまた別の、コーディネイター至上主義者であるパトリック・ザラの私設親衛隊とでも言うべき存在であった。
「全くこの船の足の遅さはなんだ?クルーは怠け者の集まりか」
とそもそもの原因であるナイブズに、ブリッジクルーの反感が高まる中オペレーターの一人がおずおずといった風に言った。
「あの、そもそもアレは何なのですか?」
それは誰もが疑問に思っていたことだ、一体ナイブズは何を運ばせているのか。
「何だ知らなかったのかね?全くこれだから仕事が遅い人間は困るよ」
と嫌味たっぷりに勿体つけるナイブズに、益々ブリッジクルーの反感が高まる。
「アレは我が優秀なるザフトの技術者が開発した試作攻城兵器バルムンクだ」
「アステロイドベルトから地球に向け打ち上げられるマスドライバー技術を流用した、言うならば巨大なマスドライバー砲だな」
「アレは本来軌道衛星上から地表を攻撃する代物だよ」
だが意外にもアッサリと自分達が運んでいるものを教えるナイブズ。
彼にとって自分のオモチャを自慢するようなものだが、最も彼の本命はマスドライバー砲ではない事も関係していた。
「マスドライバー砲でコンペイトウ要塞を攻撃すると?」
MS主体のザフトにとって、固い守りの要塞をどう攻略するか常に問題となっていた。
確かに巨大な質量兵器によって、敵の固い守りごと吹き飛ばすように事が出来れば、それまでよりも遥かに手間が係らずにすむ。
「まあ、所詮試作兵器だ。アレほどの大質量を打ち出すには相当な電力が必要になるがな」
が逆に言えば電力の問題さえ解決すれば、彼等はコンペイトウ攻略にも希望が持てると言うことである。
そうならそうと何故最初から説明しないのか?ブリッジクルーはそういぶかしがったが、それ以上ナイブズが答える事はなかった。
何故なら、先にも言った通り本命は旗艦のハンガーデッキで調整が進められている物にあったからだ。
コンペイトウ要塞に迫り来るザフト艦隊は、要塞からの砲撃を物ともせずにジリジリと接近する。
機動戦力無きコンペイトウ要塞の弱点を突き、ザフトMSは次々と浮遊砲台を潰してその火力を削ぎ、戦艦は要塞と激しい砲火を交えながらも着実にその歩みを進めた。
しかしいまだにザフトは誰一人としてコンペイトウ要塞に取りつく事は出来ていなかった、それは何故か?
コンペイトウ要塞司令部では、紅茶を飲み終わったワイアット司令が珍しく指揮を取っていた。
「次エリアB9に砲撃を集中、Fire!」
「浮遊砲台は陣地転換、L字型に変更せよ」
普段は人任せな所のあるワイアットと、真面目なだけで取り柄が無いように見られていたラコック大佐の二人が、実に見事な指揮を取っていたのだ。
ワイアットが要塞砲の攻撃目標を指示し、接近して来ようとする敵の動きを封じ、その間にラコックが残った浮遊砲台を再編し敵の側面に配置せしめる。
こうして出来た理想的な十字砲火の前に、ザフト艦隊は中々接近出来ずにいるのだ。
グリーン・ワイアット、彼は個人としては様々な問題のある人物ではあったが、将を見抜く目とそれを適切な場所に配置する手腕は共和国軍でも一、二を争う実力の持ち主であった。
そのワイアットに見いだされた将帥の一人であるラコックもまた、単なる凡庸な男ではなかったと言う事だ。
しかし二人の奮闘にも関わらず、ザフトの接近を完全に止める迄には至らなかった。
「せめて要塞主砲が使えれば...」
と参謀の誰かが小さくそう漏らした言葉に、何人もの参謀達が同意した。
現在とある理由により使用不能になっているコンペイトウ要塞最大の火力、ヨルムンガンド。
NJによって砲弾である核弾頭が無効化された為、今や単なるバカでかい置物と化していた。
本来の実力を発揮すれば、超長距離から敵艦隊を文字どおり消滅させる事も出来たかも知れないロマン兵器。
今や時代の流れから取り残され、虚しく砲口を敵に向けるしか出来ないでいた。
敵MSもちらほらと要塞地表間際まで姿を表し始め、このままでは白兵戦を覚悟しなければならないと、司令部の参謀達が覚悟を決める最中、一方ナイブズ本隊を見つけたヘルシング達はと言うと...。
アレキサンドリア級グラーフ・ツェッペリンから西後に残った火器を満載したハイザック達が、重そうな機体を虚空に飛ばしていく。
カタパルト使用可能重量を遥かに越えているため、ハイザック達は自力で出撃しなければならず、その分余計な推進材を使った。
しかしハイザックのパイロット達は、誰一人として帰還する事を考えていなかった。
何故なら、これから向かう先は敵の本隊、つまりは敵の旗艦が存在する。
それさえ沈めてしまえば、この長く苦しい戦いを終わらせる事が出来る、しかも自分達の手によって。
自らが歴史を作るのだと、信じて疑わぬ共和国軍パイロット達は、己が野望と希望とを旨に出撃していくのだ。
そう気負う彼らの背中を、ヘルシングが一抹の不安を抱いて見送っていた。
「古来より英雄になろうとしたものは多い。しかし、実際に成れた者のなんと少ないことか...」
そして彼の不安はある意味で的中してしまう。
出撃した共和国軍パイロット達は、旗艦とその周辺にいる部隊もこれまでとどうように、連戦で疲れはてた相手だと思い込んでいたのだ。
しかし実際には増援艦隊から引き抜かれた、士気練度共に非常に高いエリート部隊であり、彼等はそれを直ぐ様思いしる事となる。
ハイザックが持っていたライフルの照準に相手を合わせようとする、しかし素早い黒い影のように敵が中々レクテルの中に収まらない。
「くそ、これでも食らえよ!」
焦れたパイロットが、肩のランチャーからロケット弾を連射する。
戦艦の近接対空砲を流用したその弾幕に、さしもの黒い影もひとたまりもないかに見えた。
しかし...!
「んな!?」
何と敵は避けるでもなく、逆にロケットの嵐のなかを掻き分けて近づいて来るではないか。
咄嗟に、パイロットはライフルで迎撃しようとするがその前に懐に飛び込んだ敵MSが振るう剣によってライフルが切り裂かれる。
「くっ!」
使い物にならなくなったライフルを捨て、腰の3連装ミサイルを撃って敵を牽制するハイザック。
よく見れば敵MSか振るった剣がかすったのか、装甲の一部が切り裂かれていた。
「気を付けろ、こいつら今までの奴等とは違う!」
そう味方に注意を促す間に、剣を掲げた黒いMSが突っ込んでくる。
そしてそれをヒートホークで迎撃しようとするハイザック。
剣と斧とがぶつかり、プラズマが弾ける。
ナイブズ本隊を守るザフト部隊は、コーディネイター至上主義者であると同時に、パトリック・ザラの私設親衛隊としてどのザフト部隊よりも優先して最新鋭装備が与えられていた。
先の黒いMSもその一つ、ザフトの高機動機であるジンハイマニューバの改良型、ジンハイマニューバ2型である。
よりMSとの接近戦を意識して手が加えられたこの機体は、その先行量産型が配備されていた。
共和国軍は始めてみるMSに翻弄され、また非常に練度の高い連携と対空砲火の前に中々旗艦に取りつく事が出来ずにいた。
そうこうしている内に、別のMS隊に包囲されそうになり、結果としてハイザックのパイロット達は自力で最後に大きな犠牲を出して英雄になり損ねてしまった。
しかし、この時に生じた戦闘の光はコンペイトウ司令部でも確認され、それはザフトの本隊の位置が共和国軍に露見した事を意味した。
そしてこの瞬間を、ワイアットは待っていたのだ。
「ラコック大佐、アレの用意できているか」
「は、いつでも使用可能と言う事です」
同じ頃、自分達の位置が露見した事を悟ったナイブズだが、彼もまた余裕の表情を全く崩さなかった。
「此方の位置がバレたとて構わん。直に奴等は絶望を知るのだ」
漸く前線に到達した「バルムンク」は、その禍々しい砲口をコンペイトウへと向け、旗艦から持ち込まれた装置がバルムンクへと運び出されていく。
運び出されていく装置には、特徴的なハザードシンボルが書き込まれていた...。