7話「交渉」
プラント、連合軍のグラナダ攻略が失敗した事で、月面の状況は一時膠着状態となりその間に一息つくことが出来た共和国は、グラナダに更なる増援を派遣し。
グラナダの守りを固めると同時に、コロニー本土や各要塞でハイザックの量産が本格的に進み、強固な防衛ラインを構築しつつあった。
連合軍やザフトも負けじと戦力の増強に努め、戦力が回復し終わる間三竦みの睨み合いが続く。
さしてその間隙を縫う様にして、ある意外な人物が共和国のコロニーを訪問する。
中立国の船でズムシティーの宇宙港に降り立った杖をつく盲目の男。
周囲にはかれの徳を慕う者達が先導しながらも周りを油断なく警戒し、男を迎えに来た者達も男を迎えるのに緊張した面持ちであった。
「ようこそ共和国へマルキオ導師。貴方の事を我が国は歓迎します」
「私こそ、お国が大変な中こうして面会の機会を頂き。私共も感謝しております」
「それは我が国も同じです。ささ、詳しい話は車内で」
そして迎えに来た男に案内され、マルキオ導師等一行は宇宙港からそのまま車に乗り込み。
ズムシティーの首相官邸を目指し、進んでいく。
その車内での出来事である、案内役の外務省の男が「ズムシティーは初めてでいらっしゃいますか?」と聞くと。
マルキオ導師は「いいえ」と首を振り。
「私がズムシティーに来たのはこれで2回目です。一回目はまだこのコロニーが出来たばかりの頃です」
ともう見えなくなって久しい両の眼を車の窓の外に向け、何処か遠くに思いを馳せるマルキオ導師。
その脳裏には若き日のコロニーでの日々が、ありありと蘇っていた。
「当時私は法衣を脱いだばかりで、これから何をすべきか世界を周り思索を深めていました。そしてこのコロニーで彼と出会ったのです」
「彼とその仲間達と過ごした日々は、私の良き糧となりまた世界を広げてくれました」
当時を振り返ると、若き日の自分は何と溌剌としていた事か、
仲間と塔に篭り、思索を深め議論を重ねる日々。
たったそれだけなのに、あの当時は何もかも眩しく輝いて見えた。
「その方とは今も」
と外務省の男が聞くと、マルキオは寂しそうに笑って首を横に振り。
「いえ、残念ながら彼は亡くなりました。そして多くの仲間達も同様に…」
「こうして此処に来たのも何か奇妙な縁の様なものを感じられます」
それっきりマルキオは口を閉ざし、目的地に着くまで一言も喋らなかった。
だが最早人々の記憶には残っていないその男との日々は、確かに今もマルキオの胸の内に息づいていた。
(ダイクン、こうして再びこの地を踏むこととなった私を、君はどう思うかね?)
それに答える声は、どこにも無かった…。
「良くぞ来てくださいました、マルキオ導師」
戦争が始まってから幾分か痩せた印象のバハロ首相は、マルキオ導師に歓迎の意を示した。
「いえ、私を求める声があるのならばそこに行くのが私の務め。感謝される事など何一つとしてありません」
と謙遜して見せるマルキオ導師の姿は、世間の評判通りの人格者然としていた。
「マルキオ導師、我が国には余り時間はありませんので早速話を始めたいのですが」
とゾロモフ外務大臣は、マルキオ導師を値踏みする様な目で見ながらそう言った。
彼にとって、この得体の知れない宗教家を信用する事も又頼る事も抵抗があった。
(人格者とだか現代の聖人だか知らないが、エセ坊主が一体我が国にどんな利益を齎すと言うのだ)
と最初から疑ってかかっているのだから、その語気が荒くなるのも当然の事であった。
「では私からお伝えした通り、連合でも貴方方共和国との戦争は本意ではありません。彼等は一刻も早く事態の収束を望んでいます」
「残念ながらプラントの方は芳しくありませんでしたが、それでも地球とそして宇宙に住む人々が一刻も早い平和を望んでいる事は確かです」
マルキオ導師は、その人柄と人脈から国連の特使にも任命されており、この様な立場から彼は各国の情勢に精通していた。
だからこそ、共和国は彼に連絡を取ったとも言える。
「それは共和国国民も同じ思いです。しかし我が国からでは幾ら彼等にメッセージを送っても、無視される始末。これでは和平の結び様もありません」
とバハロ首相は彼を呼んだ理由を正直に話した。
共和国は新興の国ながら国際的に認められたとはまだ言い難く、まして今は戦時である。
力や立場の弱い国の意見が通らないのは、当たり前の事となっていた。
「流石に特使殿と言えども、彼等を交渉の席につかせるのは出来ますまい」
と意地悪な事を言うゾロモフ外務大臣だが、彼とて此処に来るまで持てるだけの手を尽くし、人脈の数々を当たってそれでも芳しい成果を上げられなかったのだ。
外交のプロトとも言える自分達が出来なかった事を、「お前ならばできるのか?」と思うのも無理は無い。
「私1人では難しいでしょう、しかしこの話をオーブのウズミ様にも話した所是非協力させて頂きたいとの申し出を受けました」
実際ゾロモフが言う通り、マルキオ1人ではどうしようも無い事もあっただろう。
しかし此処に着くまでの間、彼は多くの国や組織の手を借りる事で交渉をまとめ何と借りる連合とプラントを説き伏せる準備を整えていた。
「ウズミ代表がですか、それは心強い」
「オーブは通商国家ですからな、戦争の長期化を懸念したのでしょう」
と其々の立場からの反応を示すバハロ首相とゾロモフ外務大臣。
しかし彼等にとってまさに天からの助け、蜘蛛の糸に他ならなかった。
「場所は追ってお知らせしますが、私が出来るのは此処までです。後は貴方方の努力にかっております」
「言われずとも、首相閣下それでは私は準備がありますので」
と一言言ってから部屋を出るゾロモフ外務大臣。
その後ろ姿を見送り、バハロ首相は「お気をわるくしないで頂きたいと」とマルキオ導師に謝った。
「いえ、各国を巡れば色々な方がおります。それに、世間一般で言えば私の様な素性の怪しいものが、こうしてこの場にいる事こそおかしいのです」
と何でもない風に笑ってみせるマルキオ導師だが、裏を返せば自分の様な立場の者に頼らなければならない程、今の世界は混迷しているのだ。
「感謝します、マルキオ導師。流石はダイクンの盟友だっただけあります」
バハロ首相は改めてマルキオ導師に謝意を伝えるが、その中には自然にダイクンの名が入る。
「⁉︎ご存知でしたか」
「私のような政治に関わる者にとって、彼は余りに有名ですから」
マルキオの中では、とっくに人々の記憶から薄れてしまったと思っていた男の名が、こうして直に耳にする事でその認識が間違っていた事を知る。
それと同時にその、彼の中で何か温かい気持ちが込み上げてきた。
「彼の事は、何と伝わっていますか?」
「偉大な先達にして今も私達を導いている人です。例え人々の中から忘れさられようとも、その意思は確りとこの国には根付いております」
「彼こそ正に、『ニュータイプ』だったのでしょうな」
マルキオは今日2度目の驚きを感じた。
亡き友ダイクンの名だけで無く、彼が残した『ニュータイプ』と言う単語の意味は、それを知る者にとって計り知れない価値があるからだ。
「矢張り、貴方方共和国民は真にダイクンの後継者なのですね」
マルキオは別れ際にそう言ってから、部屋を後にした。
帰りの車の中でマルキオは、一人物思いにふけり。
今日の出来事は、もしかしたら宇宙に漂うダイクンの魂が引き起こした奇跡なのかも知れない。
今も何処かで自分を見ているのでは無いか?
そう言う気持ちに晒され、自然とこの宇宙と自信とが一体となって感じられた。
「マルキオ導師、如何なさいました?」
と声をかけられ、急に現実に戻されたマルキオは、暫くの間呆然として先程の現象について考えた後。
「いや、何でも無い。少し疲れただけだよ」
そう言って相手を下がらせると、宇宙港まで続く道を車内から眺めていた。
マルキオ導師と中立国等の尽力により、共和国、プラント、連合との交渉が南極で行われる事に決まったのは、マルキオが共和国を去ってから3日後の事であった。