『そこから先については私からお話ししよう』
本殿奥の天井から吊るされたモニターに光が灯り、そこに一人の男の姿を浮かび上がらせた。
「レヴァン...フウ...僧正!?」
思わぬ人物の登場に、カウフマンは思わずたじろいだ。
モニターに映る人物は歳若く僧衣も一枚纏っただけのどちらかといえば修行中の坊主に見えたが、しかしモニター越からでも分かる清らかな空気と相手の背中からまるで光でも発せられているのかと思えるほどの目に見えないオーラでカウフマンはまるで金縛りにあったかのように身動ぎ一つも出来ず、相手が常人では有り得ない存在だという事を頭ではなく心で理解した。
この人物こそ短期間で組織を立ち上げ急速に信者を増やす南洋同盟の指導者レヴァン・フウ僧正その人である。
『共和国からの援助によりこのリグもそして多くの信者達が漸く立ち直りつつある、しかしそこに今悪意あるもの達の手が迫って来ている』
いつの間にか本殿からハリク住職は疎か他の僧侶達の姿も消え、カウフマンとレヴァン・フウと二人だけになっていた。
『か弱き門徒達を守るには未だ我らは非力、故に私はあなた方に頼みないのです。どうか彼らを救ってはもらえぬか』
「私たちにその相手をしろと言うのか!?我々とて唯無償で援助していた訳ではない」
漸く金縛りがとけたカウフマンは思わずそう反論した。
「今回だけで我がマッドアングラー隊が譲渡したMSゴブリン8機、マリンハイザックと陸戦型ハイザック5機に空中専用のフライトユニットやSFSドダイそれと武器と弾薬に食糧」
「それだけじゃない!僧兵達への軍事訓練だってやっているんだ。あなた方が非力なものか」
カウフマンは怒気を孕ませ一息に言い切ったこと、それは南洋同盟のそしてこの国の裏の姿であった。
共和国は地上に軍を派遣した当初から北は連合軍カオシュンのマスドライバー、東にオーブ首長国、南にはザフトのカーペンタリアと三方に通じる国際海峡であるマラッカ海峡を擁する赤道連合に目をつけていた。
中立を標榜するもオーブ程の技術も軍事力も持たないこの国は早晩何かの陣営に与することは必定であり、地上に長く連合とザフトの戦力を釘付けにしたい共和国にとって正にこの点を利用した。
南洋同盟を介し極秘裏に軍事援助を行うことで連合とザフトどちらにも付かせず、極秘裏に南洋同盟領域内に軍事基地を建設しまた僧兵達を軍事組織化する事で最悪現政権転覆までをも目論んでいたのだ。
しかし現役軍人の怒気を受けても僧正は身動ぎ一つもしない。
いや寧ろカウフマンの方が僧正の涼やかなそれでいて心の奥底まで見透かす眼に見られて気圧されてしまう。
『あなたの言う通りだ、しかし私には「刻」が見える。そして私の「予見」によれば我らが立つのは未だその時にあらず』
『これを見ればその理由が分かるだろう』
「刻」「予見」一体何の話をしているんだとカウフマンの頭の中は疑問でいっぱいになるが、僧正を写していたモニターの映像が切り替わり別のモノを映し出した時彼はそんな疑問も一瞬で吹き飛んでしまった。
「で坊さんに諭されて態々オレ達が出ばるハメになったと言う訳ですかいカウフマン少佐?」
「愚痴をぼやくなブーン艦長、しかもこれは
共和国地上軍潜水母艦マッドラングラー級マッドアングラーの通路を肩を並べて歩くフィリップ・カウフマン少佐とフラナガン・ブーン大尉。
マッドアングラーを預かるブーン艦長は年の頃40近い、海の男らしく日に焼けた浅黒い肌をしていて頭の中ほどまで左右に後退しつつある黒い頭髪に、熱い南洋にそぐわない厚着をしているのは普段は冷たい潜水艦内にいるからだが、分厚い服の上からでも分かる肉の盛り上がりはMS乗りのカウフマン少佐とはまた違った方向の鍛え方をしているからだ。
”ジャブロー”と単語を聞いてブーンは顔を顰め不満を顔面いっぱいに浮かべた。
快適な空調の効いたオフィスで戦争をしているつもりになっている連中からの命令に、彼は幾度となく苦汁を飲まされてきた経験があるのだ。
地上に送られてからと言うものの地球の漁村出身だと言うだけで潜水艦に配属され、爾来ザフトの水中用MSがウロウロする危険な海を越えて味方拠点に武器や弾薬を送り届けると言う無茶で単調な任務についている。
「俺たちの任務はここ水上都市リグから敵を遠ざける事だ、そう難しい話じゃない」
「ですがこのマッドアングラーの図体で水中戦なんて土台無理ですよ、それとも体当たりでしますかい?」
マッドアングラー級潜水母艦は全長だけでも宇宙戦艦クラスの超大型艦であり、元は南アメリカ連邦が大西洋連邦に対する抑止力として設計建造を進めいていた大型弾道ミサイル潜水艦である。
大戦勃発後連合軍によるパナマ侵攻と一方的な併呑の混乱の最中に建造途中で破棄されていたこれを、南米に降下した共和国軍が接収し新たにMS搭載能力を持たせ超大型潜水母艦として就役させ、以来地球各地の共和国軍拠点との輸送や連絡船として運用していた。
そうでなくとも場所によっては深さが100mにも満たないマラッカ海峡の水深では潜水艦は満足な機動なぞ出来ない、出来るとすればザフトMS位だと皮肉を吐きながら内心そう思うブーン。
「例の”木馬”は空を飛ぶそうだ。そんな相手に一体どうやって体当たりをするんだ?」
「けっ、冗談ですよ。」
皮肉が通じなかったブーンは苛立ちを紛らわせるために後頭部を掻いた。
「で実際問題どうやって”木馬”とそれを襲うザフトの両方の相手をするんですかい?ハッキリ言ってウチのMSじゃ役不足どころか棺桶同然ですよ」
共和国地上軍が配備したマリンハイザックはハイザックを水中用にカスタムした機体だが、その性能はお世辞にも高くなく当然水中用MSの先駆者たるザフトとそのMSグーンとでは雲泥の差があった。
今や地球の海はザフトのモノであり、彼らマッドアングラー隊が今日まで無事だったのは敵の勢力圏を大きく迂回したり中立地帯を経由したりしていたからであり、これと真っ向からぶつかった連合軍海軍の再建は未だ目処が立っていない。
「その”棺桶”の隊長は一応俺なのだがなブーン艦長、だが今回はMSは使わん、いや時間的に使えんのだ」
「は?ですが...」
MSを使わないでいったい全体どうやって敵と戦おうと言うのか?まさかさっきの皮肉を本気にしたのではあるまいかとブーンは不安に駆られた。
そんなブーンの不安をよそにカウフマンは僧正から得た”予見”と偵察部隊から送られた情報から敵のマラッカ海峡侵入を阻止するのは不可能であり、これを迎撃するにもマッドアングラーのMSでは性能実力共に不足していること。
今から出撃しても敵と会敵するのはマラッカ海峡出口付近になり、このままでは遠からずリグが戦火にまみれるのは必定でありそうなる前に敵を遠ざける必要があること、と分かり易く説明するカウフマン。
時間という制限がかかる中、彼にはこれを解決するアイディアがあった。
「本国からテストを頼まれた試作兵器があるだろう?カタログスペック通りならアレを使うのが一番だ」
カウフマンの言うそれは、最近本国で試作された大型MAそれの水中仕様のものであり彼自身も含めると幾人ものパイロット達がそれに搭乗していた。
マッドアングラーはその巨体さ故大量の物資の輸送のみならず、本国やジャブローから送られる試作兵器を実戦で試すためのテスト任務も請け負っている。
以前持ち込まれたモノは水中でビームを撃つ試作兵器であり、見事に爆発事故を起こして実験は中止されていた。
今回そんな事故を引き起こしてはいないので、カウフマンとしても実戦に投入することにはあまり不安を感じてはいなかったのだ。
「アレですかい、良い性能をしていますがまあアレを使うのは良いとして肝心のパイロットは誰を選ぶおつもりで?」
どんな強力な兵器もそれを操る者がいなければただの鉄屑なのはどの時代も一緒である、ブーンはシミュレーションを受けた中から誰を選ぶのだろうとそれともシーホース隊の中からかと思ったが、カウフマンはその誰でもない思いがけない人物の名をあげた。
「決まっている、お前が乗るんだブーン艦長」
ブーンはこの日一番の驚きの顔を浮かべた、そして彼の毛髪はさらに一歩後退することを余儀なくされたのである。