ビッククロウ2
MIP社のプレゼンは概ね順調に進んだ、懸念されたアナハイム社員からの横槍もなく極めてつつがなく順調に進んでいったと言える。
共和国軍開発局局長ジョン・コーウェン准将は既に目を通していたプレゼン資料のページを捲る手もそこそこに、視線は壇上の人物に注がれていた
案内に引き続きプレゼンに当たって壇上では社長自らが説明する気の入り用で、ともすればその必死な姿はある種の滑稽ささえあるが内容それ自体は極めて魅力的であった。
現在共和国軍の編成はMSとMAの複合であるが両者の質には大きな差が生じていた、先のコンペイトウの戦いでMA隊が被った被害はMS隊のそれを優に超え、全体の被害の過半数がMAパイロットだという統計は今後の作戦指揮に大いに関わる。
事実前線指揮官の間ではMA不要論やパイロット達の意図的なサボタージュが問題となっているのだ。(サボタージュしたパイロットの処遇は敢えてここでは述べない。常に鉱山は人手不足なのだから)
そのタイミングでのMIP社の新型MAのお披露目である、それがどのような物であれ今の共和国軍は一二もなく目を引きなんなら直ぐにでも飛びつく者もでる、それを押し留め慎重に公平に審査する立場にあると、ジョン・コーウェンは息迫る周囲の軍人達を説得しこの場にいるのだ。
最もコーウェンの審査とは決められたプログラムに沿って粛々と進行する様なものではないです、アナハイム社をここに連れてきた理由がすぐこの後に分かるのだから。
一方コーウェン准将の思惑を知らないMIP社の社長は、軍人達の掴みも上々と本人が会心の出来だと思うプレゼンを終え次に実際の機体を見てもらおうと場を移す。
コロニー側面に設けられた窓、外部のテスト風景を観測する管制室に軍人一行とオマケのアナハイム社員を連れた社長は、早速試験プログラムを始めさせる様管制官に伝えるのであった。
MIP社所有コロニーそのドッグでは準備万端整えた新型MAビグロが、管制室の指示に従いカタパルトに乗せられていた。
『こちら管制室、これより試験飛行を行う。機体各部に異常はないか?』
「管制室、こちら一番機テストパイロットのトクワン大尉だ。機体に今の所異変は見られないしパイロットの体調も特に問題はない」
「トクワン大尉、こちら二番機のデミトリー曹長です。その分なら自分の出番はありませんな」
管制室とのやり取りを聞いていたのか二番機のデミトリーが通信に割って入ってくる。
「デミトリー、貴様の二番機はお客さん達には少々刺激が強すぎる。そこで大人しくしておけ」
「はっ、ですが自分の機体には愛着を持てと教えたのは大尉であります」
減らず口を、とトクワン大尉は顔を綻ばせながら静かに笑った、まだ管制室との通信は繋いだままであったからだ。
デミトリーとの通信はまでは聞かれてはいないが、気合いの入っている社長とお客人の軍のお偉方の面々の前で笑い声を聞かれるほどトクワンも迂闊ではない。
テスト前に緊張させないようテストパイロットには今日来た面々の詳細については伝えられてはいないのだが、人の口に戸は建てられないもので既に社長と軍のお偉方一行とそのオマケの話はトクワンにも伝わっていた。
『トクワン大尉、機器に不調か?先ほどから声が小さくて聞き取れない』
「こちらトクワン、特に異常なし。すぐにでも始められる」
管制室との通信を切りこれで少しは気を使わなくなって清々すると、トクワンは改めて機体の操縦桿の握りを確認しフットペダルを何度か試すように踏んだり離したりした。
出力を段々と上げ機体の大型ジェネレーターから伝わる振動音は真空であってもパイロットシート越しにトクワンにその鼓動を伝え、スラスターノズルの噴射はこれまでにないパワーを発揮し今日の為機体に充填された実弾の数々はテスト飛行とは言え実戦さながらの高揚感を与える。
『進路クリア、発進を許可する。離陸のタイミングはパイロットに一任する』
「了解、進路良好機体オールグリーン、ビグロ出るぞ!」
スロットルレバーを思いっきり引き上げ、MAビグロはその巨体を虚空へと躍らせる。
カタパルトから発進したグラブロは驚くべき推進力を発揮し、この時管制室ではマッハ8を記録していた。
加速によるGがトクワン大尉に襲いかかるも彼は平然とそれに耐え切っていた、トクワン大尉が共和国軍からMIPのテストパイロットとしてスカウトされたのは彼がMAの操縦に熟達しているだけではなく極めて肉体的に頑強な為だ。
無論トクワン大尉はコーディネイターではない、スペースノイドには長年宇宙で生活してきた結果極めて高い空間認識能力を持つ者が多く生まれるがトクワンはその中でも肉体の頑健性ではコーディネイター並みかそれを凌駕する。
結果彼は爆発的な加速を実現したMAビグロのテストパイロットに選ばれ、見事この怪物の加速について行って見せたのだ。
『これよりテストプログラムを行う。C01から始める侵入角度は…』
管制室の指示に従いトクワン大尉が駆るビグロは次々と試験をクリアしていく、実弾を使うとは言え標的の殆どはデブリや一部撃ち返してくる小型衛星などであり歯応えの無い相手であった。
その後の運動試験では急加速してポイントを通り過ぎてからのその場で180度ターンを決め、MS相手の
機体の燃料を半分程過ぎる頃には粗方試験科目はクリアし、トクワンとビグロにとってこの程度造作もない事であった。
管制室ではMIP社長は得意満面であった、彼の会社がその総力を上げて開発した新型機は順調に試験科目をクリアしその姿に軍人達は皆驚嘆の声を漏らしていたからだ。
既に受注は貰ったも同然だ、とこの時社長は内心皮算用を行なっていたがその一方でアナハイム社員達は周囲の気が逸れた所で何やら通信機に向かって指示を出していた。
それを目敏く見ていたジョン・コーウェンは敢えてこの場で指摘せず、寧ろ漸く動いたかとここから先が試験の本番と管制室のモニターを注視するのであった。
コーウェンが何故関係の無いアナハイム社をワザと参加させたのか?その理由はまさにこれから起きる出来事が関係していた、彼らの強欲さならばコトを起こさざるを得ないと百も承知である。
兵器開発とは蠱毒である、優れたモノが生き残りそれ以外は必要ないそして往々にして優れた兵器とは実戦でもって証明されるのだから。
次の指示が出るまでの間、ビグロのコックピットの中で栄養チューブを飲んでいたトクワン大尉は突如としてレーダーに謎のノイズが走るのを見た。
「こちらトクワン大尉、レーダーの不調か何かか?エコーがかかって計器が正常に作動しない」
『ザ..こち…管制…在急速ザザ…ニュー…ザ濃…試験を…止ザザザ…直ち…繰り…帰投せよ』
「こちらトクワン大尉、どうした?ノイズまみれでよく聞き取れないぞ」
故障か何らかのトラブルにより管制室との通信が取れなくなるトクワン大尉、しかし彼はこの現象に心当たりがあったしかし如何に本土から離れているとは言えこんな所でその現象は本来あり得ないはずであった。
「
現代地球圏ではその名を聞かない日は無いほど有り触れていてそれでいて危険なそれは、プラントのザフトが地球に打ち込んだ核分裂抑止装置でありその副作用として有りとあらゆるレーダー、通信、電波、赤外線が阻害され精密誘導のミサイルが無力化されて以降戦闘は有視界レベルにまで後退していた。
地球から最も離れたコロニーであるここ共和国は月の影にある為NJの影響を殆ど受けない稀有な立地であったが、その常識は今まさに音を立てて崩れ去っていく。
兎に角状況が掴めない以上トクワンは予め定められた通りドックのあるコロニーに戻る必要があった、雇われ人のテストパイロットである以上機体の保持は何よりも優先されたからだ。
しかし実戦経験者特有の危険を察知する鼻が、頭で考えるより先に体を動かした。
「ちぃっ!?」
機体を素早くロールさせたトクワン彼が先ほどまでいた空間をその瞬間幾つもの光の帯が過ぎ去った、曳航弾の光の数と方向からそれが複数機からの攻撃だと気づいたがそれ以上に彼は有るモノの正体に気がついて背筋が凍る。
謎の襲撃犯の正体、機体のモニターで確認出来るだけでザフトの主力MSジンタイプが4機、それも明らかにカスタマイズされた特別機でありその内の1機は見慣れないしかしトクワンが今ここで一番遭遇したくない武装を手にしていた。
相手が銃口の先をこちらに向ける前にトクワンは機体のスロットルを全開にしその場を急いで離れようとする、しかしトクワンの気持ちとは裏腹に機体の加速はゆっくりとしたものである。
MAビグロは大型な機体ゆえ十分な加速を得るまでに時間を必要とする、本来なら僅か数分で最高時速に達するハイパワーのエンジンもこの様な1秒を争う場面では全くモノの役には立たず単なる足枷でしかない。
その隙を逃さず4機のジンタイプの内3機が向ける銃口から次々と砲弾が放たれビグロの機体を揺らす、「ヤられる」とトクワンは内心でそう思ったが一方手足はこの場を切りぬける最適な操作を行なった。
砲弾が直撃する反動を利用し、敢えて機体を横滑りさえるようにロールさせ十分な加速を得るための距離と相手との間合いを稼ごうとしたのである。
そのトクワンのビグロの目の前を一条の光が過ぎ去った、あのまま撃たれっぱなしであれば容赦なくあの光が機体を貫いたはずである。
「ビーム兵器まで持ち出しやがって、奴ら何者だ!?」
先ほどトクワンが回避した攻撃の正体、それはビーム兵器であった。
現在MSが携行可能な小型ビーム兵器を搭載しているのは連合のG兵器とそれを奪ったザフトである、共和国は何度もそれらと交戦しビーム兵器の脅威は嫌と言うほど経験している。
トクワンもテストパイロットであるからして、最新の兵器事情には自然と詳しいがこれらのビーム兵器は共通として連合がGと呼ぶ特別なMSのみが搭載可能で、ザフトのジンの様なMSにはまだ搭載が確認されていなかった。
しかし目の前の4機のジンタイプの内少なくともその内の1機はビーム兵器を携行していた、ビームを扱うジンなどトクワンはこれまで一度も聞いたこともなかったのである。
絶体絶命の中、それでもトクワンは生き残るための最善の行動を取らなければならなかった。
時にC.E71 共和国の片隅で今生死を賭けた激闘が繰り広げられようとしていたのである。