機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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第16話

藪を突いて

 

共和国ズムシティ郊外に置かれた共和国軍最高司令部にて、共和国軍統帥本部長ゴップ元帥は自身の執務室で午後の決済を行っていた。

 

部屋の主の趣味を反映してか名家ゴップ家らしい品の良いしかも最高品質の調度品類に飾られた部屋の内装は、この部屋に立ち入れる数少ない人物達の感性に深い感銘とも或いは部屋の主が保有する呆れる程の権勢を感じさせざるを得ない。

 

本来ならば個人の所有物などではなく美術館や博物館など国家に納められるべき品々が、ここではまるで無造作にしかしながらそこにあって当然だと言わんばかりに部屋を飾り立てているのだ。

 

どれもこれも彼個人のコレクションだが価値がわかる者達はそれだけで圧倒されゴップのいい操り人形となり、或いは俗世間的野心と関心がある者達ならば彼の本邸には果たしてどれ程のモノが隠されているのかと思いを巡らせるだけで目眩を起こし、そのおこぼれに預かろうと必死に彼の元に参内するものが後を絶たないのである。

 

最もここにある品々はゴップ本人に言わせれば無味乾燥と成りがちな軍務にささやかな潤いを与えてくれるに過ぎず、これらの目眩ましに騙されるような輩かどうかを判断する程度の舞台装置でしかない。

 

表面的な事象に騙される相手か、そうではなく裏の真意に気付ける人物なのかどうか?

 

多くの者達は駒に成り下がり、そうではないごく一部の人間だけがゴップ元帥と親しくする栄誉に浴する事ができるのだ。

 

こうした判別方法でゴップは手駒と味方とを増やし増々盤石となった基盤により今日軍部内最大派閥を形成するに至っている。

 

 

 

さらさらと高級紙の上を流れるペンの音が流れる執務室、ありとあらゆる電子化が進んだ現代であっても機密保持や保管などの電子にはない様々なメリットから宇宙時代においても紙は現役であった。

 

特にプラントの手によってユニウス7*1の報復としてNJ(ニュートロンジャマー)が地球に散布されてからというもの、原子力発電に頼っていた地球各国が深刻なエネルギー不足起こしたの勿論のこと戦前地球圏を覆っていた巨大ネットワークは崩壊し、結果として紙の復権がなったのである。

 

最も月の裏側L3に位置しNJの影響を殆ど受けない共和国本土宙域では戦前と同程度のネットワークを確保されており、民間においては変わらず電子メールや各種ネットワークが使用され、軍や政府においても紙の意義は儀礼的な面が強く格式や権威的な意義づけがなされているに過ぎない。

 

さてゴップ元帥がサインし終えた書類を元帥付きの秘書官セシリア・アイリーンは恭しく受け取り、小脇に抱えたファイルにシワが残らないよう決済済みの書類を納め本日の決済はこれで最後ですと告げた。

 

若く有能な秘書でるセシリア・アイリーンは、その美貌から一部ではゴップ元帥の愛人の一人ではと噂される人物である。

 

本人も特段それを否定することも無いのでこの噂は広く共和国指導部内に浸透しているが、若い愛人を側に置く俗物軍人と周囲からは見られ政敵からも侮られるもそれが故に致命的な隙をゴップ元帥に晒すこととなるのだ。

 

そう言った意味ではゴップ流のハニートラップとも言えるだろう。

 

「次の予定につきましては変更が無ければ16:00からとなります、ですので少々お時間がございます」

 

因みにゴップ元帥閣下の本日の御予定は起床後朝食を軍参謀達と摂りながら参謀本部より戦局の報告を受け、午前中は議員達や軍官僚、時に前線から帰還した将兵との会合を重ねバハロ首相と昼食会を共にした後午後からは業務の決済と場合によっては各方面の視察、夕方からは晩餐会に招かれている。

 

概ねこのようなルーティーンで一日が過ぎ、本邸宅に戻るのが深夜を超え4時や5時近くになることも珍しくはない。

 

これで愛人の相手もしているとされているのだから”モグラ”と揶揄される生活も中々に大変なのである。

 

「うむ、予定時刻が来るまで下がって良いぞ」

 

秘書が一礼して執務室を去るとゴップ元帥は徐に執務机の引き出しからシガーケースを取り出し、蓋を開けて一本の葉巻を取り出す。

 

愛用品で火をつけ紫煙を曇らせながら一息つく元帥、南米から取り寄せた最高級葉巻(コイーバ)の香りが執務室に漂う。

 

人工的な環境再現によって製造法されたコロニー産の模造品などではなく、本物の地球産の嗜好品は戦時中でもあるがそれ以前から進む開発による環境破壊と未だ地球に残る前大戦からの汚染地域による住環境悪化も重なり、地球に住む権力者達であっても中々手に入らない逸品であった。

 

無論コロニー内での喫煙など厳に戒められ払拭されるべき悪習なのだが、ゴップ元帥程の人物となるとこれを公然と非難するものは余程の覚悟があるか或いは自殺志願者の狂人である。

 

葉巻やタバコに関わらず、戦前こういった個人向けの嗜好品の数々を共和国は地球から多く輸入していた。

 

反対に共和国からは宇宙で採れる資源やそれらを加工した工業製品、全スペースノイドを養って余りある水耕栽培式農業コロニーがもたらす豊富な作物などを輸出していたのである。

 

しかし戦争が長期化するにつれ中立国経由での輸出入が困難になるとその多くがコロニー産に置き変えられており、どうしても本物と比べると一歩劣る代替品に対して今では地球産というだけで一般市民の間ではちょっとしたステータス扱いである。

 

それらを踏まえ、ゴップ元帥一人の無聊を慰める為に一体どれ程の時間と膨大なコストがかかったのかは想像に難くない。

 

ゴップ元帥が一本で中流階級の月給に相当する葉巻の香りを楽しんでいると「コン、コン」と部屋の扉をノックする音が響いた。

 

彼の個人的な楽しみの時間を邪魔されたのにも関わらず、気分を害した風もなく「入りたまえ」と入室を許可するゴップ元帥。

 

「元帥閣下、お寛ぎのところ申し訳ありません。しかし参謀本部よりこのような物が...」

 

先程とは違うファイルを持ち入室するアイリーン秘書官、努めて普段通りの冷静さを装っているもその声から困惑の色を隠せない秘書官の様子に常ならぬモノを感じたゴップ元帥は、火をつけたばかりの葉巻をクリスタルの灰皿に無造作に押し付けた。

 

差し出されたファイルを受け取ったゴップ元帥は内容に素早く目を通し、そして彼の秘書がここまで動揺しているのかを察する。

 

「アイリーン君、貴官もこれに目を通したのだな」

 

「はい閣下、申し訳ありません。参謀本部より火急の内容との事でしたが、秘書として取り次ぐ為にこちらで内容を確認しないわけにもいかず...」

 

「それは良い、しかし思い切った決断をしたものだね」

 

ゴップ元帥はとある作戦計画が記載されたファイルをテーブルの上に投げ出した、普段昼行灯を装っている男らしからぬ行為だがこの場には彼とその親しい者しかいない。

 

作戦計画はまさにティアンム大将が予想した通りの内容であった*2、違うとすればより具体的な内容で全軍を一挙に投入して華麗な勝利を収めようという実に稀有壮大で誇大妄想的代物であった。

 

「この作戦立案者のスプーン准将*3というのは誰かね?」

 

「確か士官学校を主席で卒業した秀才で、今は参謀本部に勤務している筈です」

 

アイリーン秘書官は手元の端末を操作して軍人事部の名簿ファイルを呼び出し、ゴップ元帥に詳細な経歴が表示された画面を見せる。

 

一眼見て実に神経質そうな男の顔がまずあり、士官学校での成績は主席と悪くはないが人物評に少し気になる点を見つけた。

 

『極めて強い自己顕示欲求あり』とハッキリと記載されているのである。

 

事実彼は配属された部署で度々同格の人間や部下との関係で諍いを起こしている記録があり、しかしながら参謀本部に勤務できる位には上官からの受けは良い輩だと経歴から見て取れた。

 

実際に会ったことは無くとも、この手の輩は多少勉強はできるが自分よりも下位の者を見下し上司に取り入るのが上手い典型的な小吏タイプでありと相場が決まっている。

 

簡単に事態を推測すれば、つまりは功名心に駆られた多少弁が立つ一参謀の口車に参謀本部の歴々がまんまと乗った挙句、こうして正式な作戦計画風に仕立ててゴップの認可を得ようとしているのだ。

 

「ティアンム大将といいコーウェン准将といいコレといい最近の我が軍は軍規が緩むこと甚だしいな」

 

若干の呆れも含め小さく笑うゴップ元帥、先のコンペイトウでのメモの件や本土での事件といい共和国軍内の動きは稚拙にすぎるきらいがある。

 

最も大粛清と火星内戦以来共和国軍の軍規などあって無きがごとしでありそれを今ここで言っても詮無いと、彼は内心思うだけにした。

 

「元帥閣下、如何なさいますか?」

 

アイリーン秘書官は声に若干の不安の色を滲ませていた。

 

取り次いだ彼女から見ても流石腐っても参謀本部、計画書の体裁は実によく出来ておりもし日常の決済業務に計画書を紛こまされでもしたら、正式な手順を経たものなのかどうかすら判別できなかっただろう。

 

わざわざ参謀本部から出向いて件の准将が計画書を直接渡そうとしなければ...もしほんの少しでも歯車がかけ違えれば...それを思うと彼女は背中に流れる冷や汗が止まらないでいた。

 

「安心したまえ、貴官が思ったことにならない筈だ。」

 

「は?ですが元帥閣下...」

 

秘書官の様子から何を心配してかと直ぐに予想がついたゴップ元帥は、彼の部下を安心させる意味でも言葉を続けた。

 

「この手の輩は最終的に自分の手柄で無ければ気が済まないタチなのだよ。」

 

「この作戦計画書にしてもそうだが、本来席次的にここに名前が載るはずが無いのに上官達を抑えて態々目立つ場所に自らの名をの載せる。目立ちたがりやの典型だな」

 

だから書類を紛れ込ませるような地味な手は使わない、故に貴官が気を揉む必要はないと暗にゴップ元帥はそう伝えているのだ。

 

その意を察しアイリーン秘書官も心のつっかえが少しだけとれ「これからより一層職務に邁進する所存であります」と一礼し新たな意気を明らかにした。

 

ゴップ元帥は伏魔殿の主と恐れられる事もある人物だが、彼の周囲に対しても魔王的かと問われればそれは違う。

 

部下を気遣い時に優しくする、常に周囲に対する気配りを欠かさないからこそゴップ元帥の体制は強固なのである。

 

 

 

「時にアイリーン君、貴官は今回の件どこが仕掛けたと思うかね?」

 

「それは、矢張り閣下を貶めるべく敵対派閥のどれかでしょう。それにしては些かやり方が稚拙と言いますか...」

 

と彼女は僅かに違和感を覚えるようにそう答えた。

 

「正解は、”どこの派閥でもない”だ」

 

ゴップ体制は強固だが、何も敵なしという訳ではない。

 

近年結成されたバハロ首相と組むティアンム大将ら軍改革派に本土艦隊を預かるジーン・コリニー司令と同盟を結ぶジャミトフ・ハイマン准将らタカ派軍人、ゴップ元帥に次ぐ名家でありコンペイトウ要塞司令と連合艦隊を預かり次の元帥の座を虎視眈々と狙うワイアット提督の中道派。

 

それぞれの野望と野心を胸にゴップ元帥の牙城を崩さんと長年に渡る権力闘争を繰り広げる彼等諸派閥は、軍人でありながらも確かな政治センスや政治力を併せ持つ油断のならない敵へと成長していた。

 

大体の軍人は何処かの派閥に所属するか或いは日和見を決め込むかの違いではあるが、ゴップ派閥対その他という構図は単縦であるが故に勢力の均衡をもたらしよって軍部内に一定の秩序が存在し得たのだ。

 

複数の派閥争いがあるゆえの勢力の均衡を保とうとする安定性、政治力に熟達し素人ではないからこそ働く組織内での勉強と教育による秩序や暗黙の了解(ルール)の存在。

 

しかしながら、昨今軍の大幅な拡大によって従来の派閥体制に変化が生じそれは目に見える形で現れ始めていた。

 

軍組織に大量に流入する即席軍人と能力不足の士官、拡大ペースに対して管理側の人手不足故に経験不足な若手士官達が次々と配属され軍参謀本部にすらその例外ではない点。

 

そこに共和国軍組織の特異性が加わるとどうなるのか?

 

簡単に言えば各派閥が抱えきれない程の人員が一度に流入し、結果対応がパンクし派閥内の統制が取れず組織が機能不全を起こしているのだ。

 

これは何も軍部に限った話ではない、政府超党派議員の多くは戦争支持を声高に叫んで当選した所謂人気取り政治家が多く各省庁の官僚も似たような傾向が強い。

 

この派閥主義が罷り通る共和国内において数だけは多数派を占めた政治素人集団達は離合集散を繰り返しながら各所へと広がり、例えば親派閥から子派閥へ、孫派閥から曾孫...と細分化されその詳細を誰にも掴むことが出来ない程だ。

 

「元帥閣下、どこの派閥でもないとすれば何故参謀本部は協力したのでしょう?」

 

「簡単なことだ、我が国の官僚機構は極めて優秀だ。書式と規則にさえ従っているのならばどんな内容だろうと構わないのだ、後は粛々と所定の手続きを踏んで律儀なほど対面を整えてくれる」

 

つまりゴップの言わんとする所は派閥の原理も理解し得ないような個人の利益のみを追求するエリートによる制度の乗っ取り行為である、なまじ参謀本部に入れる程度には優秀な小吏ほどこの手の制度の穴を利用した自己への利益誘導を行い易い。

 

戦時であり多少の粗は見過ごされる中、ゴップの手元にある計画書は微に入り細に入り優れた出来具合であるが、それが逆に異彩を放っているとも言える。

 

平時ならば小遣い稼ぎ程度見過ごされたことだろう、しかしどんな相手であれ知られてはならない時に知られてはならない相手に知られてはならない方法を暴露するような輩は共和国では長生きできない。

 

「少々足元の掃除をする必要があるな」

 

ゴップはそう呟いた後、しばし考えこんだ後ティアンム提督と会合のセッティングを命じた。

 

この瞬間1人の士官の運命は決まったも同然だった、いや最も今回は1人だけでは済むまいとアイリーンは生贄の子羊を見るような気持ちでもう2度と見る事はないであろう先ほど自分に自信満面の笑みを浮かべてきた男の顔を思い出した。

 

そうしてゴップ元帥の命令に従い粛々と会合のセッティングを進める、それはこれから処刑台に送られる囚人のリストを作る作業に似ていてアイリーンにとってこれが最初ではないし恐らく最後でもないであろう。

 

 

 

 

 

 

 

戦後、公開された共和国の戦死者や行方不明者リストには驚くほど高級士官の名が並ぶ。その殆どが碌な調査もされない中MIA戦闘中行方不明と判断され、真相は殆ど闇の中と言える。敢えてこれを解明しようという無謀な者は共和国ではその後も現れなかったし、国外の正義感の強いジャーナリストは不思議とその消息を絶った。そうして原因不明のまま犠牲者の名は忘れ去られる事となるのだ。共和国で“知りすぎる”事は今も昔も明るい未来は決して訪れないのだから…。

 

*1
プラントが禁止された農業生産を行うべく極秘裏に建造した農業コロニー。連合軍の核攻撃により崩壊しその残骸は今も地球軌道上を周回している

*2
第二部第3話参照

*3
親戚にフォークと言う名の人物もいる

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