届け言の葉、君の音   作:姪谷凌作

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『さっきあんなやつを書いて、すぐに来られると恥ずかしいな』

 

着替えや差し入れを持ってきた葵に、すぐにそんなことを書いたノートが渡された。手紙のことを言っているのだろう、葵も顔が熱くなるのを感じた。

 

「私も・・・好きだから・・・・・うれしい」そう言うのが、口下手な葵の精一杯だった。

 

それに対し茜は余裕綽々・・・なふりをしながら、必死によそ見に努めていた。やはり茜は嘘隠し事が苦手である。

 

二人とも、ずっと昔から気付いてはいたのだ。

 

ただ、それを言いだすきっかけというか、タイミングが無かっただけである。と、言い訳して今までやってきたのだ。

 

実は二人とも何度か言おうとしていたのだが・・・・・色々と運が無かった。

 

『素直になるって、大事やな』

「そうだね、お姉ちゃん」

 

葵が茜の手に触れようとする―――――

 

「はーい、お薬の時間でーす」

「ひゃああ!?」

 

入ってきたのは、金髪巨乳の赤い服を着たお姉さん・・・・・明らかに看護師ではなかった。

 

「な、何してるんですかマキさん」

「いやー、ゆかりんが心配してたからねー。来てみたらねー。なんだかねー」

 

チラチラとこっちを見てくる。見ていたぞということだろう。

 

「ど、どこから見てましたか?」

「えーとね、葵ちゃんが荷物もって病院に入って行くとこから」

「最初の最初じゃないですか!?」

 

茜は恥ずかしさの余りうつぶせになって枕に顔を埋めてしまった。

 

「ま、あたしも他人のことは言えないけどさ」

「えっ!? どういうことですか!?」

「ずっと前からゆかりんと実況してたし、最近は話さなくてもお互いのこと分かるようになってきたし、そろそろいい頃なんじゃないかなー・・・って」

 

独り言のように話すマキの表情は、普段の快活なものとは少し違って、恋する乙女のようだった。

 

「そ、そうだったんですか・・・確かに仲がいいなとは思ってましたけど」

 

葵がそう言うと、マキは「照れるなぁ」と手を振る。今日の葵は来客に振り回されっぱなしである。

 

「そんなこと言ってたらきりちゃんとかずんちゃんのこと好きじゃん」

「そう言えばこの前会った時そんな感じでしたね。でも、まだ小学生だし、そういう気持ちじゃないんじゃない?」

「うーん、あの子を見てるとそうは思えなくなってくるんだよねー。ま、変人揃いの東北一家だし、何とも言えないんだけど」

 

あはは、とマキさんが笑う。普段通りの快活な笑いだった。

 

「茜ちゃんも気を落とさないで、退院したらまた一緒にゲームとかしようねー。それじゃ、私はそろそろ帰るから、後はごゆっくり」

 

愛用しているギターであるむすたんを担いで、そのまま部屋を出ていってしまった。マキは台風のような子である。

 

「・・・・なんだか疲れちゃったね、お姉ちゃん」

 

茜はまだうつ伏せで枕に顔を埋めている。茜は意外と大胆に見えてシャイなところがあるので、まだ気にしているのだろうか?

 

「どうしたの?」

 

返事は無い。そのままもぞもぞと布団にもぐって行く。「眠い?」と聞くと頷いたようだった。

 

「それなら私はもう帰るね。今日はありがと、お姉ちゃん」

 

葵は引き止められるかと思っていたが、意外にも何の反応もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それから数週間が経った。

 

無事茜も退院し、その日にはゆかりさんたちも呼んで退院祝いをした。相変わらず声は出ないけれど、十分楽しそうだった。

 

葵の仕事も順調のようで、茜が居なくなった分を埋め合わせるように人気を獲得し、ファンも増えた。

 

葵は実はそれをちょっぴり寂しく思っていて、でもそれ以上に茜が喜んでくれるので、楽しい日々を過ごしていた。

 

そんなある日・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん」

 

葵が声をかけると、茜は驚いたように振り返った。

 

当然だろう。茜は葵がここに来るなんて思ってもいなかったはずなのだから。

 

「今日は収録が早く終わっちゃった。一緒に帰ろう? 買い物してから帰る?」

『どうしてウチがここに居ることを知っとったん?』

 

困惑した茜が、訝しむ様な目で葵を見る。

 

「お姉ちゃんの妹だからね。時々ここにきて外を眺めては、私の仕事が終わる前に帰ってるの、知ってるよ」

 

ここは事務所の屋上だ。地下にはスタジオがあるので葵は基本はここに通勤しているのだが、茜は正式に引退をしてから、ここに来る必要はもうないはずだ。

 

多分、茜なりの未練や、羨望の解消法なのだろう。葵は屋上の冷たい風が心に吹き込むのを感じた。

 

『ごめんな。隠すつもりやなかったんや』

「うん。でもばれないように気を使っていた事、私は知ってる。私も怒ってたわけじゃないから、別にいいよ」

 

怒っていたわけじゃないのは、本当だ。だけど、葵は胸がちくりと痛んだ。

 

風に吹かれる茜の後ろ姿が、とても悲しそうだったからだ。辛いとか、怖いといった感情が見て取れた。

 

『今日はウチが腕によりをかけて作ったるで。葵、なんがいい?』

 

無理して明るく振る舞ってるのはわかったけど、こんな時にそれについて言及する勇気はない。

 

「お姉ちゃんの好きなものでいいよ」

『そか。じゃあ今日は天ぷらにしようか』

「お姉ちゃん、本当に揚げ物好きだよねー。太るよ?」

『太るのは葵やないか? 最近ウチが夜ご飯作るようになってからよく食べるようになったやん』

「お姉ちゃんがいつも作りすぎるだけですー。それに私は運動するから全然太ってない・・・はず・・・・」

『ははは、今日お風呂の時に調べたろうかー?』

「そういう恥ずかしいことを外で言わないの!」

『誰もおらんしええやろ』

「そういうことじゃないもん・・・」

 

赤面する葵の手を楽しそうに引いて歩く茜。その足取りは軽かった。

 

言おうと思っていたことを呑み込んで、葵は手を引く茜に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

暇だ。

 

声が出なくなってからというものの、寂しいと感じる時間が増えた。

 

仕事を辞めたせいもあるが、それ以上に、ふとした時に寂しいと感じることが多い。音ではなく文字を使うようになったことで深く考え事をする機会が増えたからかもしれない。

 

葵がいたらまだいいのだが、今日も葵は仕事だ。やることも、やりたいこともない。

 

暗い部屋でつけっぱなしになっていたパソコンを消して、代わりにテレビを付ける。芸能人のスキャンダルが扱われていた。

 

ソファーに寝転がってザッピングしながら、ぼんやりと考える。

 

なにか、できることは無いだろうか。

 

役に立てることは無いだろうか。

 

あの時、声を出して葵を止めたことに後悔はない。もし黙っていたら、もっと悲惨な結末が待っていた。そうなれば自分は躊躇いもなく自殺していただろう。そんな自信があった。

 

けど、夢を諦めた身にだって、できること、やるべきことはあるはずだ。

 

いつの間にか茜はザッピングを止めていた。

 

元々自分は葵より活動的なつもりだ。葵が消極的すぎるのかもしれないけど。葵のためにも、自分が頑張らねば。

 

葵の役に立ちたい、その一心で何かに急かされたように頭を巡らせ、体を動かす。家事を済ませて、身支度ももう済みそうだ。

 

結局今日も何も思いつかずに、屋上で一日をぼんやりと過ごしてしまうのだろう。そうわかっていても、焦燥と不安に追い立てられていた。

 

唯一の自己表現手段である茜色のノートをバッグに投げ込んで、茜は家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

葵は困惑した。

 

家に帰っても、茜が居なかったのだ。

 

出かける時も、葵が返ってくる前には帰ってきていたし、遅れるなら連絡するだろう。

 

家中を一通り探した後、電話をかける。家で鳴りだした。携帯は持っていっていなかったらしい。

 

となると、近くのコンビニに出かけただけかな・・・?

 

そんな希望的観測に安堵する気にはならなかった。たまによそ見をしているときの、茜の辛そうな表情が、不安を燻らせた。

 

どうしようと焦る間にも、時間は過ぎていく。とりあえず友人をあたってみよう。葵はゆかりさんに電話をかけた。

 

「もしもし、ゆかりです。葵さんですか?」

「はい。実は――――――――――――ということで」

「それは心配ですね。茜さんの財布はありますか?」

「えっ―――と、ありました!」

「それなら遠出の線は薄いですね。近くに出かけただけとか、、だれかが家まで迎えに来て出かけたとかが考えられますね。私は茜さんの知り合いをあたってみます。葵さんは近所をさがしてみてはどうですか?」

「はい。そうしてみます。ありがとうございます」

「いえ、困った時はお互い様、ですよ。それでは」

 

葵は荷物を投げ出すようにして、そのまますぐに家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

居ない。居ない。居ない・・・・・

 

自転車は置きっぱなしだった。財布も携帯も家にあった。あまり遠くに入っていないはずだ。コンビニ、スーパー、用がありそうなところは大体行ったが、茜は居なかった。

 

葵はまだ探していないところがないかを考えながら暗い道を自転車で突っ切る。

 

候補が一つ減る度に追い詰められていき、悪い予感が胸を埋める。葵はもう泣きだしそうだった。

 

そうして最後に、家の近くの池のある少し大きな公園へとたどり着く。ここは時々、茜が散歩しに来ることがあった筈だ。

 

薄気味悪い夜の空間を、走って回る。童心に帰るなんてものとは程遠い走りだった。

 

姉の姿は無かった。

 

双子は互いの位置と安全がなんとなくわかる、なんて話があるが、そんな奇跡はそうそう起きない。

 

「どうして・・・・・・・」

 

息を切らしながら、悔しさの余り涙が零れた。

 

空はどっぷりと藍色に暮れていて、満月が映えている。この景色を、姉と見たかった。

 

葵は、入れ違いになったという最後の希望に縋って、ふらふらと家に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

その希望は、意外にも的中していた。

 

消してから出たはずの電気が、灯っているのだ。

 

呆気にとられる・・・と同時に、安心からくる脱力と、心配したことからくる怒りが同時にわいてきた。

 

鍵を回す間ももどかしく感じながら、家にはいる。

 

茜は料理をしていて、なんの悪びれる様子もなくおかえり、と手をあげて見せ、そこでやっと葵が泣いていることに気付いたようだ。

 

さっとノートを手に取り、『何かあったんか?』と書いて渡す。自分を探していたということには気づいていないのだろう。

 

葵は大きく息を吸い込み、近所迷惑なんて放り捨てて、叫んだ。

 

「お姉ちゃんの、バカあーーーッ!!!」

 

いままで出したこともない位の大声に、自分でもびっくりする。茜も目を丸くしていた。

 

「私、いったん帰ってきたんだよ? 居なかったから探してきたんだよ? 連絡なかったから、心配したんだよ!?」

 

またぼろぼろと涙が零れてくる。茜は火を止め、手帳に何かを書き記した。葵はごしごしと涙を拭ってそれを読んだ。

 

『心配かけとったんか。ごめん。ちょっと出かけとったんや』

「それだったら遅くなるってちゃんと連絡しといてよね!?」

『うーん、実は・・・あー、まだ言うつもりやなかったんやけど――――よく見とってな』

 

茜は火を止め、自分を落ち着かせるように深呼吸して、

 

「あ」

 

「お」

 

「い」

 

と苦しそうに、一文字ずつ発声した。

 

それは掠れていたけど、紛れもなく姉の、自分そっくりの声だった。

 

『何とか発声法ってやつでな、実は、これを練習しとったんや。まだヘタクソやし、母音しか出せへんからあおいってしか言えへんけどな』

 

と、照れて見せる。葵にはそれが、久々の心からの笑顔に見えた。

 

けど、代わりに、やはり姉は声を失ったことを気にしていた、声を出すことに執着していたという想像が、葵を責めた。

 

自分の不注意で姉の夢を奪い、自分はのうのうと生きているという事実が、重くのしかかった。

 

「ご・・・・・・ごめんなさい」

『?』

「お姉ちゃんも頑張ってるのに、怒鳴りつけちゃって、ごめんなさい」

『ええって。ウチも連絡忘れとったしな』

「自分しか見てない馬鹿な妹で、ごめんなさい」

『そんなことないで。葵は頑張ってくれとる』

 

茜がフォローしているが、葵は俯いたまま涙で歪んで見えていない様子で、謝罪の言葉を紡ぎ続ける。

 

「お姉ちゃんの”声”を奪ってしまって、ごめんなさい」

「・・・・・・・・」

 

茜は答えなかった。代わりに――――

 

パン、と平手で葵の頬を打った。

 

そのまま怒鳴りつけてやりたいと思ったが、喉はそれを許さない。茜は文字を書きつけるまでの時間をひどくもどかしく思いながら、思いをノートにぶつける。

 

『ウチだってずっとずっと辛かったし、死のうかとも思ったんよ!』

 

そう思いを連ねて、手帳ごと葵に投げつけようとして初めて、その字面の阿呆さ加減に気づいた。

 

違う。ウチが葵に伝えたかったんは、こんな格好悪いことやない。そう思い直し、ページを引きちぎって、次の言葉を紡ごうとする。

 

『葵が辛いのよりも、ウチの方が辛い』違う。

 

『ウチが頑張っとったのは、葵のためなんや』違う。

 

いくら文字におこしても、葵に本当に伝えたいこととは違うものになってしまう。

 

最適な言葉が見つからない。何を言いたいのかも形にならない。こんな時自分は何と言うのだろうか。どうすれば葵に伝わるのだろうか。わからない。

 

伝えたい。その気持ちはあるのに、その手段がないのだ。

 

声が出ない。それは致命的だ。ノートにかかれた文字と、喉から、本人の心から出る言葉は、やはり違うのだ。

 

()を失った自分には、ノート(言葉)でしか伝えられない自分には、(想い)を伝える手段なんて無い。

 

――――――いや、声なら、出るじゃないか。

 

そうだ。一番伝えたいことは、それじゃないか。

 

茜は想いのままに、感情のままに、体を動かす。

 

俯く葵の顎を持ち上げ、自らの唇を重ねたのだ。

 

「―――ッ!?」

 

驚きの余り、葵はぺたりと座り込んでしまう。

 

茜もすぐにしゃがみこみ、葵を押し倒すようにして、抱きしめる。

 

そして、耳元で、

 

「あ、お、い」

 

前よりも幾分か通った、それでもまだか細い声で、もう一度そうささやいた。

 

 

 

 

 

 

 

それからどのくらい経っただろう。料理は作りかけのまま、もう冷めているだろう。

 

茜はなにやらノートにさらさらと書いた後に、それを葵に渡した。

 

『ウチが声を出すんは、葵って呼びたいからなんよ? 葵が気に病むことは無い。葵が無事やったんが、お姉ちゃんは一番うれしいんや。だから、ウチの声が出なくても、葵は気にせんでええ。気にされる方がよっぽど辛いんや・・・』

 

読み終わるや否や、葵は頬を手のひらで挟まれる。こっちを見ている茜は、泣き笑いだったけど、幸せそうに見えた。

 

もう一度、二人は口付けを交わす。お互いに涙の混じった、塩辛いものだった。

 

けど、茜にはそれが幸せで、

 

葵にも、それは紛れもない幸せであった。

 

 

 

 

 

 

 


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