暇だったはずなのに……【艦これRPGリプレイノベル】 作:卯木卵木
呆れかえるほど穏やかな海。近頃は観光客も減ったが、それでもここの海には多くの人が居て、私はそこを守るべく此処にいる。
長門型戦艦一番艦 長門、私の名前だ。
艦娘として、湘南沈黙プロダクションの一員として、この海を守り深海棲艦――陸を侵食する海の怪物――と戦っている…はずなのだが。
「目線、こっち下さい」
今は、ポスターの撮影をしている。
湘南沈黙プロダクション。
海軍の施設として整備されたものの、このあたりに深海棲艦が出没したとの情報は既に五年以上無く、指揮する提督すらも居ない状況で私たちは地域の広報活動に従事してきた。有り体に言えば、地元アイドルと言ったところで、まさに施設の名に偽りなし。
平和なのは喜ばしい限りなのだが、私とて艦娘であり、海での戦いを経験し活躍したいと言う想いは確か燻っている。
だが、今日も何も変わらない平和な日常だった、一日の疲れを洗い流す浴場に行くまでは。
「長門さん、そういえば明日ここに提督が着任されるそうですよ?」
湯船に浸かる私を見つけるなり口を開いた高雄の発言に、恐らく私はずいぶん間抜けな顔をしていただろう。
「それは……本当なのか?」
「はい、あなたが先に浴場に向かった直後に連絡がありまして。」
彼女は、高雄。高雄型重巡洋艦の一番艦だ。私もスタイルには自信がある方だが、彼女の前では、少々それを保つのが難しくなる。それほどだ。
その高雄の報告には、驚きがあった。そして、戦いの予感を思わせるものでもあり、不謹慎ながら心が燃え上がりそうだった。しかし、少しの拍の後、疑問も湧き出てきた。
「そうなのか……。しかし、何故今更、ここに提督を派遣するんだ?」
「細かいことは気にしちゃダメぴょん!」
湯船から、ざばっと飛沫を上げて私にくっついてきたのは、睦月型駆逐艦四番艦 卯月。どことなく小動物を思わせる言動に和みそうになるのだが、特徴的な語尾や彼女の雰囲気がそれを邪魔する。
「こら、卯月。湯船に潜るな、行儀が悪い。」
「だって、提督が来るならうーちゃんたちも、深海棲艦をちぎって投げて大活躍だぴょん!」
私の注意を聞いているのかいないのか、返事もせずに提督が来た後の事を言う。だが、そうであってほしい自分も居る。注意を続けることなく、それに賛同した。
「そうだな、これで私たちも戦える!」
「そうですね…!何でも変えてしまえそうな、素敵な気持ち…!」
高雄も同じ想いのようだった。私たちは、突然ながらも確かに感じた変化のきっかけに、高まる期待を抑えられないでいた。
***
翌日、私は予定の時間よりも少し早く起床していた。我ながら子どものようだが、楽しみで目が醒めてしまったのだ。着替えを済ませ、談話室の自動販売機でコーヒーを買い、工廠へ向かう。朝一番の静かな、凛とした空気が逸る気持ちを落ち着けてくれる。そして、今一度艤装の整備を始めた。不思議といつもよりも集中できた気がした。これならば、いつも以上の力を出せるだろう。
朝礼の時間となり、会議室――応接室を兼ねているが――へ入ると、高雄と卯月が既に入室していた。きっと、彼女らも気が急いていたのだろう。
「おはよう、高雄、卯月。本日はここ湘南沈黙プロダクションに提督が着任する。今までの訓練の通り、持てる実力を発揮してほしい。以上だ。」
旗艦として規律に従いやってはいる。だが、たった三人の朝礼で、いつも顔を合わせているのだから、いつも通り短く終わる。普段ならそのまま、各々の自由時間であったり、撮影やイベントなどのアイドル活動になるのだが今日は違う。艤装、機関を全備しいつでも提督を迎えられるようにした。
そして、提督を乗せたタクシーが到着する。
「待っていたぞ。私は戦艦長門、ここの旗艦だ。」
「私は重巡洋艦高雄です。着任されたのがあなたのような素敵な方で良かったわ。」
「駆逐艦卯月で~すぅ、うーちゃんって呼ばれてます!びしぃっ!」
各々の挨拶を聞き、共に来た艦娘に続いてタクシーから降りた提督は優しい笑顔で敬礼した。
「出迎えありがとう。今日からからここを指揮する、よろしく頼む。こちらは私の秘書官を務める赤城だ。」
提督に紹介された艦娘も挨拶をする。
「航空母艦赤城です、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく頼む。早速だが、ここを案内しよう。」
「ああ、お願いする。」
「では、私は周辺の哨戒に。」
「頼んだ。敵影はないと聞いてはいるが、十分気をつけてくれ。」
そうして赤城の哨戒出撃を見送った後、施設を案内した。応接室を兼ねた会議室、最低限の設備の工廠施設、ほんのわずかばかりの資源が仕舞われている倉庫、自販機やいくつかのソファが有るだけの談話室、空き部屋の多い艦娘の私室、今後は時間ごとに男女を分けるであろう浴場。
いずれに於いても、提督は設備や様子を細かく記録していく。少々配慮の無い場面もあったが、今後を思えば仕方ないと思うことにした。そして最後に、たまに私が使っていた執務室を案内したのだった。
提督はそのまま執務室で作業を始める。鞄から取り出した書類と、今まで私が作成した誰に渡すでもなかった資料を見比べながら。
日々の任務を疎かにしなくて良かった…。そう胸を撫で下ろしていると、ふいに提督が気付いた。
「そろそろ赤城も戻ってきても良さそうな時間だが…。」
提督のその言葉に、壁に掛けられた簡素な時計を見れば、針は四時を指している。既に三時間が過ぎていた。
「念のために誰かを向かわせるべきかもしれないな…。」
「では、高雄に出撃してもらう。万が一も想定するならば、速力と攻撃力を併せ持つ重巡洋艦の彼女が最適かと。」
「分かった。では、すぐに頼む。」
「いいだろう。」
私は直ぐに執務室を後にし、私室に控える高雄へ急いだ。準備を整える間に事情を説明し、極力の時間短縮を図る。
そして、説明をし切った頃には彼女の出撃準備も整っていた。
「高雄、出撃いたします!」
勇ましく声を上げた彼女の後姿に、無事を祈りながら見送った。
***
出撃してしばらくは、定期的な哨戒の航路をなぞっていた。しかし、その周りには何の異変もありはしなかった。より外洋へ向かうしかない…。高雄がそう考えた時、間もなく日も沈みそうな水平線に艦影が見えた。
そちらへ向かえば、そう時間はかからずその影は赤城だったことが分かった。向こうもこちらに気づく。
「赤城さん!ご無事でしたか!」
「高雄さん、ご心配をおかけしました。」
言葉を交わし、何事も無かったと思った矢先に赤城さんの受けた、軽微だが確かにある損傷に気付いた。この湘南沈黙プロダクションの艦娘に深海棲艦との交戦経験は一切ない。情けない限りだが、身近なところで戦いがあったと言うだけで緊張が身体中を駆け巡る。
そんな私を見抜いてか、先に切り出してきた。
「この程度であれば問題はありません。敵の深海棲艦も、撤退に追い込みましたから。」
「そうですか…。」
戦闘経験を感じさせる言動に、緊張を解けないでいた。なんとか、話をしなければ。そんな義務感にも似た感覚で、赤城さんに問いかける。
「敵の深海棲艦と言うのは…。」
どういう構成だったのですか。ただそれだけの二の句が継げなかった。それほどに、戦いがあったという事実は、身体を強張らせ頭を真っ白にしたのだった。
そんな私へ、赤城さんのほうから続きを察し、話かけてくれた。
「駆逐艦ハ級が四隻でした。うち一隻からは、オーラのような気配を感じました。恐らく、エリート級でしょう。」
交戦しながらも、敵の実像を把握する。言うには易いが、もし自分がその立場ならと考えるととても出来るとは思えなかった。
恥ずかしい話、私が来た時に交戦中でなくて良かったとすら思っている自分が居る。艦娘として、どうなのか。
目の前の武勇の存在と自分を見比べて、そんなことすら考えてしまう。自分から始めた話への返事は、自分の思考の海の中に沈んでしまっていた。
「では、戻りましょうか。」
その声で我に返った。赤城さんは優しく微笑んでいた。その姿にも、どうしようもない差を感じながら、私と赤城さんは港へと帰投した。
それほど時間は経たぬうちに、日が沈む。それとほぼ同時に、私たちの母港は姿を現した。
「報告には私一人で行きます。あなたは先に戻っていて。」
「はい、ありがとうございます。」
気を使ってくれたのだろう、戻るなり私にそう声をかけ赤城さんは執務室へと向かった。戻ってきてようやく身体のこわばりが落ち着いてきた私は、素直にその言葉に甘えることにして、すぐに整備とお風呂を済ませた。あとはもう休んでしまおう…。そう思って私室に向かった私を、卯月が待っていた。
「おつかれさまで~すぅ!」
「お疲れ様です。待っていてくれたのですか?」
「もちろん!うーちゃんは高雄にやらなきゃいけない大事なことがあるんでっす!ささ、こっちにくるぴょん!」
「え、あの…」
是非を問うでもなく、私の腕を引いていく卯月。一体、何があると言うのだろうか…。この小動物のいたずらの可能性に少し不安でいると、談話室に連れてこられた。
「卯月、ここに何があるのですか?」
「いいから!ここに座るぴょん!くしし!」
そうして、何が起こるかも分からないままに、笑いを隠さない卯月にソファに座らせられた。ああ、今日はどんないたずらをされるのだろうか。とりあえず、座った瞬間には何もなかったけれども。目を閉じて心の準備をする私は、不意に肩に刺激を感じた。想定外の事態に思わず、声をあげてしまった。
「ひゃあ!」
「おつかれさまって言ったのにぃ~、信じてくれないのは悲しいぴょん…」
肩の刺激は、すぐに心地よいものに変わった。卯月が、肩を揉んでくれていたのだ。この子がこんなことをしてくれるなんて。
「お客さぁ~ん、ずいぶん凝ってますねぇ~!」
卯月の軽口もまた、心地よかった。心の緊張が解れていく。仲間が居て、良かった…。そうして、私はそのまままどろみの中へ落ちて行くのだった。卯月の声を遠くに聞きながら。
「ちょっと~!このまま寝ちゃったら、うーちゃんじゃ高雄を運べないぴょん!起きてぇ~!」
***
翌日、やはり私は予定の時間よりも早く目が醒めていた。昨日と同じように談話室の自動販売機でコーヒーを買い、昨日から提督のいる執務室へ向かった。その部屋で仮眠を取っただけであろう提督だが、疲れや気分の乱れはなく、昨日と一切変わりなく見えた。
「おはよう、長門。」
「おはようございます、提督。」
「高雄は大丈夫だったかい?」
「はい。昨晩、談話室で寝てしまっていたので、部屋まで運びました。」
朝の挨拶を交わしつつ、昨晩の心配ごとの報告をする。卯月の頼みで、寝てしまった高雄を彼女の部屋へ運び入れたのだ。慣れない環境となった上に急な出撃で、少しばかり疲れたのだろか。尤も、私とて人の心配が出来るほどの余裕がある訳ではない。提督が居るとなると、やはり緊張はする。
「そうか、ありがとう。ところで。」
提督はその報告を聞くと、短く礼を言った。それから、続いて言葉を紡ごうとしたところで、建物内に響くサイレンで遮られることとなった。
「これは…。」
提督は険しい顔をしながら、サイレンを聞いていた。私はここの施設に居て初めて聞くサイレンによって、燃え上がる心と逃げ出したい心の二つが呼び起されていた。これは、深海棲艦の接近を告げるサイレンだ。
「長門、出撃は君たちだ。赤城はここの防衛に当たらせる。」
「いいだろう、直ぐに支度する。」
「頼むぞ。」
「任せてもらおうか、私たちの力をお見せしよう。」
旗艦としての誇りか、艦娘としての意地か、提督からの任務に大見得を切る。そして、少しばかりは直前の自分の言葉を取り消したいと思った。
「良い答えだ。では、マルハチマルマル出撃だ。準備を。」
提督はその見栄を評価し、出撃の指示を下した。自分の発言を取り消すことはできなさそうだ。
「うむ、戦艦長門、出撃する!」
そう自らを鼓舞するように声を上げ、敬礼をし、執務室を去った。その直後、高雄と卯月に出会った。彼女らも、昨日と同じく早く目が醒めたのだろう。サイレンに、二人とも不安そうな表情をしていた。
「高雄、卯月。直ぐに出撃準備だ、私たちが出る。いいな。」
旗艦として、出撃の指示を出す。きっと私も不安な顔をしていただろう。
それから十数分後、工廠には艤装を装備した全員の姿があった。いざこの場に居ると、恐怖心が大きくなってきている。しかし、逃げ出すわけにはいかない。
「湘南沈黙プロダクション旗艦長門、出撃するぞ!」
「高雄、抜錨します!」
「うーちゃん、がんばるぴょん!」
各々が、自らに言い聞かせるように叫び、そうして、私たちは海に繰り出していった。
***
沖合に発見された深海棲艦。この近海で深海棲艦が最後に発見されたのは五年以上前のことだ。それは、私たちが着任する前のことでもある。提督の命で出撃したものの、私にも、そして高雄にも卯月にも、緊張の色が濃く浮かび上がっていた。このままでは、いざ対峙した時に、満足に戦えないかもしれない…。そんな不安が脳裡を掠める。ならば、私がやるべきは…。
「高雄、卯月。そう堅くなるな。いままでの訓練を思い出せばいい。私たちなら出来るさ。」
そう声を掛け、ふたりに向けて微笑む。いや、微笑んだつもりだった。
だが、それは失敗していたらしい。高雄は、微笑み返してはくれず、苦笑いを浮かべている。卯月に至っては涙も見えた。緊張や戦いへの昂りからか、ひどく邪悪な顔になっていたのだろう。そのことにショックを受けた私は、不意に足元へ大きな波が来ているのを見落としていた。そのまま波に躓きバランスを崩し、海面に身体を打ちつけ、全速で進んでいたために何回か海面を転がってようやく止まった。まさか、コケるなんて。顔から火が出そうだ。
「ふふふ、だ、大丈夫ですか?ふふ…」
「くしし、長門すごい勢いで転がっていったっぴょん。面白かったぴょん!」
ふたりの笑い声が聞こえてきた。過程は違えど、求めた結果は同じだ。心の中で繰り返しそう唱え、恥ずかしさで逃げ出したい気持ちを必死に平静に見せた。ほんの一部ではあるが、艤装がひしゃげているのは見ないことにした。
「そうですね、私たちなら出来ます!」
「せっかくのチャンスっぴょん!がんばりまぁ~すぅ!」
まるで私が励まされているみたいだ。
「……進むぞ。」
そうとだけ言い、再び進行を開始した。
それから少ししたら、敵の艦影が見えてきた。サイレンを鳴らした奴らだ。その姿は、影だけを見れば魚か、あるいは、オタマジャクシのようにも映るかもしれない。しかし、黒い外骨格を思わせる装甲と巨体、怪物の歯牙、不気味な緑や赤の眼光がそれを否定する。今の私たちには、恐怖を具現化した存在のようにも感じられた。緊張が走るが、待ち望んだ実戦でもある、と心を勇気づける。
「高雄、接敵するぞ!偵察機を!」
「はい!お願いね!」
高雄に偵察機を飛ばすよう指示を出す。間もなく、高雄が言う。
「偵察機より!敵艦の進行方向、九時の方向です!」
「分かった。このままなら十分に追いつけるな。敵の旗艦は私が引き受ける!」
高雄の報告を受けて敵艦隊を追う。さて、いよいよ主砲の射程に敵艦を収めた。心臓の鼓動が強くなるのを感じつつも、敵の旗艦に狙いを定める。今だ。
「全主砲、斉射!てーーっ!」
ずどん。身体を今までに感じたことのない衝撃が襲う。訓練では感じたことの無い手応え。実弾の手応えだ。そして、その衝撃の主は、橙色に輝きながら弧を描き、狙いの通りに着弾した。直撃弾と爆風、そして強烈な波で敵旗艦にはかなりの傷を与えたはずだ。怪物のように歯が並ぶ口から吐き出す黒煙も、その証左だ。かろうじて轟沈しなかった、その敵の旗艦と、その横に居た随伴艦の目は、こちらに向いた。
「いいぞ!私はここだ、狙って見せろ!」
「砲撃戦、用意!」
二隻を引き付けた直後、高雄の切り裂くような声と、再びの轟音が聞こえた。高雄が後列の敵艦を撃ったのだ。その曲線は、敵を轟沈せしめることは無かったものの、多大なる傷を負わせた。私の切った啖呵が、彼女の勢いを後押ししたのだろう。
そして、敵艦隊もこちらを射程に収めるように進路を変更した。いよいよ敵からも攻撃が来るのだ。傷を負っていない後列の深海棲艦が、啖呵切った私に狙いを付ける。いざ狙われているとなると、身体が強張るが…。
「ながぴょん!危ないぴょん!」
その声で、我に返った。もう、弧は放たれた。全力で波を蹴る。次の刹那、背後に波飛沫を感じた。
「卯月、ありがとう。だが、なんだその呼び方は。」
「かわいいかなぁ~って。」
お礼と疑問を同時に投げかける。この小動物は、初めての実戦だと言うのに物怖じをしていないのか。とは言え、今はそれに助けられたのだが。
「そんな攻撃、当たりませんわ!」
高雄も捉えられていた。だが、直前に与えた損傷のおかげか狙いは甘かったようだ。これなら、行ける。相変わらず緊張はしているが、それほど気負うものではない。そういう感覚が、芽生え始めてきた。
「うーちゃんの本当のちからぁ!見るっぴょん!」
卯月が射程に敵艦を捉える。目標は、先ほど私が大破させた敵旗艦だ。そして、叫び声と同時に主砲を放つ。
「念のためぇー、こっちも!」
がしゃん。太腿の魚雷発射管を回転させ、敵へ向ける。そのまま、魚雷を発射、海面に跡を残しながら水中を進んでいった。そして、砲弾と魚雷の二段攻撃は、瀕死の敵艦を確実に沈めたのだった。
「やったぁ!これがうーちゃんの実力ぴょん!」
やはり、この野うさぎは物怖じしていない。普段は少々鬱陶しく感じるのだが、この状況では頼もしさすら感じる。
そうして安心していた私を、不意の衝撃が襲う。迂闊なことに、頼もしい仲間の様子に少々油断をしていたようだ。体勢を崩したが、損傷はない。自分の頑丈さを誇りに思いつつ、すぐに立て直した。
衝撃が知らせた方向を見れば、先の敵艦が私に狙いを付け続けていた。そして、いよいよ距離は詰められた。一層の緊張感と高揚感が身体中に広がった。
後列の敵艦が再び主砲を構える。巨大な顎と見える部分が開き、鉄の火が私たちに向けられる。そして間もなく、それが空気を振るわせる。狙いは……高雄だ。
「当たらないと言ったでしょう!」
蛇行や加速減速を繰り返し、砲撃をやり過ごした彼女は、そう言いながら砲を構えた。一拍の後、再び空気を振るわせる轟音が響く。その音の余韻が消え去らぬうちに、爆発音と虫を思わせるような甲高い断末魔が聞こえてきた。
高雄の砲撃で、敵艦はまた一隻、海の底へと沈んでいった。
「馬鹿め、と言って差し上げますわ!」
「高雄やるぴょん!うーちゃんももっとがんばりま~すぅ!」
その高雄の戦果に対抗するように、小うさぎが張り切る。が、調子に乗ったためか、あるいは焦ったのか。射撃体勢が整わないままに撃った彼女は反動でバランスを崩し、そのまま海面に叩きつけられた。無論、その弾が命中することはなかった。
「うぅ…痛ぁい…」
「さっき礼を言ったと思えばそれか。無理に撃つからそうなるんだ。」
転倒で艤装にもダメージが行ってしまった卯月をかばうように立ち、こちらに狙いを付け続ける深海棲艦へ砲撃を行う。もちろん、しっかりと射撃体勢を整えて、だ。しかし、その砲弾は、敵へ当たることなく巨大な水柱を上げながら海中へと消えて行った。
「格好を付けたと思ったらながぴょんも外してるぅ~」
「まぁ、時の運もある。」
締まらない自分を恨めしく思いながら、とりあえず取り繕う。この戦いが終わるまで卯月とは目を合わせないようにしておこうか。そう考えている間に、さらに敵艦隊との距離は詰まった。
「卯月!転んでいる場合じゃない!雷撃用意だ!」
「うーちゃん、魚雷はもう装填済みだぴょん!」
そう合図する。卯月がはしゃぎ応え、そして発射音がした。直後に飛沫の音がし、水面に線を引きながら敵艦隊へと進む。
その線が幾らか進むと、向こうから引かれた線と交差する。敵の雷撃の狙いは――私だ。今からでは回避は間に合わない。ならばと、歯を食いしばる。足元に衝撃が走り、身体が吹き飛ばされそうになる。視界が衝撃と水柱で霞む。だが…。
「…その程度か。痒くも無い。」
身体にも艤装にも、傷はない。少し前にも思ったことを再び思う。長門型の、私の装甲は伊達では無い。
私が無傷を確認した時、敵艦隊からも爆発音と悲鳴が聞こえた。卯月の放った魚雷が命中したようだ。
「当たったけど、沈められなかったぴょん…」
「構わんさ。敵艦隊撃沈数二、撤退を始めている。私たちの勝利だ。」
「私たちの初陣を勝利で飾れて良かったです。お疲れさまでした。」
すこし不満げな卯月を宥める。自分の言葉と、高雄の言葉を深く噛み締めていた。初陣での勝利。訓練が無駄でなかったこと、そして自分たちの実力。たとえ全滅は出来ていなかったとしても、これを証明するには十分な戦果だ。
「さて、帰還するぞ。」
ふたりにそう声をかけ、来た海路を引き返す。道中の時とは正反対の気持ち、満足感と達成感に満たされていた。
***
プロダクションにはすぐに着いた。要した時間は出撃した時とさほど変わらなかったのだろうが、気分がそれを感じさせなかった。補給や整備も後回しに、艤装のままに執務室へと向かった。逸るのは高雄と卯月も同じだったのだろう、私の後についてきた。
「提督、作戦終了だ。勝利を持ち帰ったぞ。」
「御苦労さま。それは素晴らしい限りだ。」
突然に扉を開けるや否や、私は勝利の報告をした。その不躾を提督は咎めるようなことも無く、労いの言葉をかけてくれた。
「無事、帰還することが出来ました。提督のお陰です。」
「うーちゃん、頑張ったぴょん!」
「そのようだな、よくやった。」
提督の労いの言葉は高雄と卯月にもかけられる。
「ありがとうございます!…しかし、敵艦隊を全滅できなかったということは、私たちの情報が知られたということでもありますが。」
「そうだな。だが、私たちなら負けはしない。敵が攻めてきたとしても、これから此処へ配属される者もいるだろう。待ちに待った艦隊決戦だ、腕が鳴るな。」
「…実はそのことなのだけどね。」
高雄の懸念はもっともだが、それでも今後の展開を思えば胸が熱くなるというものだ。そう盛り上がる私を、提督が遮る。なにか、とても言いにくそうな様子だ。
「ここは、私から。ここ、湘南沈黙プロダクションは解散となります。」
「はい?」
「え?」
「う?」
言いにくそうにする提督から受け取った指令書を説明する赤城に、私たちの頭上にいくつものハテナマークが浮かぶ。勝利に沸き立っていた私たちの心は、水を打ったかのように静まり返っていた。
「周辺海域の深海棲艦は殲滅したと判断、この拠点の役目は完了しました。よって、解散ということになります。」
「私は解散に当たって設備確認や後処理に来ただけでね。」
提督と赤城の話している言葉が理解できなかった。頭の中で聞こえた言葉を繰り返し、少しずつ噛み砕いていく。ここの解散と言った、そして提督はその確認に来ただけであり、私たちの指揮などしないのだ。時間をかけて、そのことを飲み込んだ。
「それはどういう意味なのだ…」
飲み込めはしたが、認めたくない。私はその一心で確認した。何かの勘違いか、聞き間違いであってほしい。だが、そんな淡い期待は赤城の返答により泡沫と消えた。
「御説明したとおりです。深海棲艦出現の情報はこの周辺では確認されていませんでした。これを本部はこの海域の深海棲艦の脅威は排除されたと判断し、解散の決定を下しました。」
整然と話され、これは現実に違いなく、聞き間違いや勘違いでは無かったと思い知った。そして、ついさっきの出来事で反論を試みる。
「だが待ってほしい。今日、すぐそこに、深海棲艦が来たのだぞ。」
「それは正直なところを言って予想外だった。だが、決定が覆ることはないだろう。」
「何故です!」
提督の冷酷なまでの物言いに、私も少し語気を強めて食い下がる。
「そうだね、君達には説明しないと納得もできないだろうな。」
提督はそう言うと、鞄をごそごそと探り、すぐに一冊の資料を机の上に出した。それの表紙には、朱の㊙が書かれていた。
「提督、これは?」
「近海に整備中の洋上基地だ。ここに任務が一本化される運びになっている。もっとも、まだ完成には時間がかかるけどね。」
物言いたげな私の顔を見て、少し思案し提督は続けた。
「そこに配属される艦娘は練度も高いが…君達も配属されるように掛けあってみよう。」
そして、一拍の無言の後にこう続けた。
「だが、期待はしないでくれ。」
その言葉には、これ以上の有無を言わせぬ意思が感じ取れた。提督はそれを隠そうともしなかった。その言外の強い言葉に私たちはただ黙ることしかできなかった。
-中編へ続く-