暇だったはずなのに……【艦これRPGリプレイノベル】 作:卯木卵木
「国際ブラック砦…?」
解散の決定を、私たちにとっての最後通告を、下されてから一月。ようやく私たちは整備中の洋上基地の名前――尤も、これは通称で正式名称も極秘扱いなのだが。――を知ることとなった。ずいぶんふざけた名前とも思うが、提督は大真面目に続けた。
「そうだ。以前資料を見せた時には決まっていなかったからね。」
「しかし、本来そちらに回される任務まで私たちに来るなんてな。」
「長門、すまない。正直なところ私もどこまで進んでいるのか分からないのだ。何しろ、極秘中の極秘だからな。」
提督は軽く私に詫びた後、皮肉を続けた。ここ、湘南沈黙プロダクションはその新基地が完成するまでのつなぎのような扱いとなっていた。
それだけでも快くはないのだが、基地の運用開始が遅れているのか、あるいは着任する艦娘の集まりが悪いのか、そこに課される予定の任務がこちらに流れてきたのだ。
「そして、その任務が要人の御子息のお迎えか。」
「ああ、建設中の基地の視察に来るらしい。その間のお守りをってことだろう。君達に任せるのも変な話だけどね。不服かもしれないが…。」
「もちろん任務だ。全うして見せよう。」
提督を遮ってまで伝えた言葉には、自分でもわかるほど苛立ちが滲み出ている。悔しさと、ばつの悪さから返事を待つことなく執務室を後にした。
朝礼を高雄、卯月と済ませてから訓練を始める。先日からは提督と一緒に来た赤城に対航空戦力を想定した稽古を付けてもらっていた。私達には航空戦力を扱ったことはおろか、それに備えた訓練すらもしたことが無かった。複雑な気持ちを引き摺りながら、訓練用の砲弾を撃ち出す。
「長門さん、それでは何の対策にも成りません。」
「そうか、慣れないものだな。」
赤城の何度目かわからない指摘にもやもやした気分を抱えつつ、訓練を続けた。少しばかり艤装に損傷が目立ってきた頃に、赤城の放った航空機部隊が何かを発見した。
「長門さん、沖合に誰かが…。負傷しているようです。」
「何だと、卯月、向かえるか?」
「了解でぇーす!」
空からの負傷報告に旗艦として卯月に指示を出す。その負傷者、綾波型駆逐艦 潮は卯月の肩を借りて私たちの前にやってきた。傷は深く自力で移動することすら困難な有様で、沈まずにここまで来れたことが奇跡と言えるものであった。
「大丈夫か?すぐに入渠の手配をする、もう少しの辛抱だ。」
「いえ…それよりも先に…。伝えたいことが…あります。」
「そんな傷ではまともに話せんだろう、とにかく休め。高雄、提督への報告を頼む。」
「はい!」
「あ、あの…。」
急く潮を遮り、卯月が肩を貸していた少女を抱え上げ工廠へと向かった。それからしばらくし、入渠の準備をする私たちと潮の下に、高雄と提督がやってきた。応急処置を受け少し余裕の出来た彼女が話し始めた。
「皆さん…、ありがとうございます…。私は、通称国際ブラック砦所属の駆逐艦、潮と申します。皆さんにお伝えしたいことがありまして…。」
少し自信なさげに話し出した潮の口から語られたのは、にわかには信じ難いものだった。
「実は…私たちの建造中の基地に、突然深海棲艦が現れて…壊滅させられてしまったのです…。」
そこにいる艦娘は高い錬度を誇っていると聞いていた。声には出さなかったが、驚きと、不謹慎ながらもチャンスと捉える心があった。
「あんなに強い深海棲艦が居るなんて…思わなかったです。お願いします、私の仲間を…曙ちゃんと時雨ちゃん、最上さんを助けてください…。」
私が口を開くよりも先に提督が言った。
「赤城、潮の入渠後、ここの周辺の警戒を頼む。長門、高雄、卯月。すぐ出撃して、彼女らを救出するんだ。」
「もちろんだ。」
提督よりも先に切り出せなかったのは悔しいが、言おうとしていたことは同じだった。すぐに答える。それに頼もしさを感じてもらえたのか、提督はこう続けた。
「無理しない範囲で深海棲艦も沈めてしまえ。それは君達の戦果だ、君達の希望を通す材料にも成りえる。」
「ああ、私たちの力をお見せしよう。」
「はい、お任せ下さい。」
「うーちゃん、がんばるぴょん!」
初陣の時と同じ見栄を切り、敬礼をした。何を言うでもなく、高雄と卯月も続き、彼女らも敬礼した。
***
あれからすぐに私たちは出撃した。海は突然に発生した重大な任務の今後を予感させるような酷い雨と波で、恐らくは基地襲撃の際に流出したのだろう、無人のクルーザー船が漂う荒れ様だった。
しばらく進むと、屋根やクレーンの先端だけが海上に伸びている様子が目に入るようになってきた。
「どうやら、襲撃された基地はこの下のようですね…。」
高雄が海図を少し広げながら言う。出撃前に渡された最新版の海図は、風雨によって使い古したもののようにも見えた。それによると、もうその基地内に差し掛かっているということなのだが。
「この下…ということは。」
「はい、襲撃され、水没したということでしょう。」
「ながぴょん…、高雄ぉ…。うーちゃん、ちょっと怖いぴょん。」
私が言いたいことを、高雄は海図を仕舞いながら言う。卯月は、少しおびえた様子だ。しかし無理もない。深海棲艦がもたらす被害と言うものを、私たちは始めて目の当たりにしたのだ。陸を侵食し、海へと還す。そう理屈の上では聞いていたが、実体験したのはわけが違う。私もプライドや立場が無ければ弱気を口にしていたかもしれない。
「む、無事な建物があるようだが。」
「ええと、それは。」
やはり先に預かっていた海図とは別の、基地の地図を取り出し、その建物を探す高雄。それによると、ファッションセンターだという。艦娘や人員のための商業施設であったようで、大きな建物であったのが幸いし、三階より上が水没することなく残っていた。
「ながぴょーん、少し休憩していくぴょーん…。」
建物の無事な様子を見て、卯月が音を上げた。とはいえ、悪海象の中を全速力で来たのだ、私も少し疲労感がある。
「そうだな、中に敵が潜んでいるかも知れん。後顧の憂いがないように確認しなければな。」
「ふふ、そうですね、長門さん。少し休憩していきましょうか。」
それらしい理由を付けたことをあっさりと看破されながら、壁面に空いた穴から中へと足を踏み入れた。
「中はあまり荒れていないようだな。」
洋服はほとんどがそのままの様子で、ハンガーやマネキンに掛かったままだった。
「撮影でも、あまりこういった洋服は着ませんでしたね。」
高雄が洋服をいくつか手に取りながら言う。彼女の言うとおり、つい先日までしていたアイドル活動では普段の格好で参加することが殆どだった。軍に身を置く者、関係ないと思い込むようにしていても、やはり可愛らしい洋服には心を惹かれる。
「こういうのはいかがですか?」
「勝手に手に取るな。それに、私には似合わないだろう。」
高雄が手に広げたのは、ニットのワンピース。胸元が深めのVネックで、袖もひらひらと可愛げがある。似合わないとは言ったが、膝くらいまで来るサイズで長身の私でも違和感なく大人っぽさを演出して着られるだろう。そんなことまで考えてようやく、高雄に乗せられていることに、その服を上から下まで吟味している自分に気付く。
「今年のトレンドだそうですよ?」
「流行りだろうと何だろうと、私は着ないぞ。」
「ながぴょん、顔が赤くなってるぴょん!着てみたいのにぃー、恥ずかしいのかなぁー。」
うさぎと女子力が私の包囲網を狭めてくる。
「分かった。今回だけだ、それにこれはあくまで作戦中に発見した拾得物だ。」
そうふたりに念を押し、恥ずかしさを隠すあまりひったくるような勢いで高雄の手からニットワンピースを受け取り、試着室の脇のベンチに艤装を一旦置き、カーテンを閉めた。次にカーテンを開けた時、ふたりの顔はぱっと明るくなった。
「長門さん、とても似合っていて素敵です。」
「ながぴょん、かわいいぴょん!」
「五月蝿いぞ、ふたりとも。」
騒ぐふたりの前に姿を見せた事を少し後悔しつつ、十秒ちょっとでカーテンを再び閉めた。そしてふと鏡を見ると、紅潮した顔はまんざらでもないといった表情をしていた。そんなことはあり得ないと言うかのようにすぐに着替え、艤装を再び背負った。
「さて、もう行くぞ。十分休憩はできただろう。」
もはや、ここに入った理由はすっかり忘れていた。そして、後ろで辛うじて生きていたレジスターにクレジットカードを通し、ニットワンピを持っていこうとしていた高雄は残念そうにそれを畳み直していた。
***
休憩していた間に少しは風雨が弱くなり、相変わらずの荒れ模様ではあるものの先の時よりも楽にはなっていた。そうしているうちに、背の低い鉄塔が見えてきた。
「あれは…見張り櫓のようだな。ほとんどが沈んでしまっているが。」
「ながぴょん、そこに誰かいるぴょん!」
現状を確認するや否や、少し先行している小うさぎが人影を見つける。間もなくして、私にもそれが分かった。基部が水没し、海面から伸びている一メートルほどの梯子の上の物見台に居るのは艦娘だ。
「君たちは誰だい?」
そう問いかけながら、飛び降りてきたのは白露型駆逐艦の二番艦、時雨であった。国際ブラック砦から逃げてきた潮の探す仲間の一人であった。
「湘南沈黙プロダクション、旗艦の長門だ。」
「そうか、助けに来てくれたんだね。ありがとう、でも…。」
時雨に返事をする。彼女はお礼こそ言ってくれたものの、ひどく落ち込んでいる様子だ。
「僕は、不幸だ…。みんなが辛い時に、戦っている時に、一緒に居られなかった…。今も、誰も見つけられなかったんだ。」
その口ぶりからは、彼女は任務に出ていたのか、ここを離れていたのだろう。それが、罪悪感として圧し掛かっている。
「気にしちゃダメっぴょん!」
卯月が時雨の手を握りながら、いつもの調子で打ちひしがれる彼女を元気づける。
「ずいぶん変わったしゃべり方だね。」
潤む目で笑いながら、卯月の言葉を揶揄するように返す。この隔意の壁を軽々と飛び越えられるのは、卯月だからこそ成せる技なのかも知れない。すこし打ち解けたところに援護射撃をする。
「時雨が無事で良かった、これで入渠して待つ潮にいい土産が出来たというものだ。」
「潮は無事だったのかい?良かった…。」
これで勇気づけられた時雨は、ぱぁっと表情が明るくなった。
「ありがとう、僕も少し、強くなれたみたいだ。」
「まずは時雨さんを保護できましたね、一度プロダクションに…。」
高雄が進言し終わるを待たず、時雨が何かを見つけた。
「危ない、魚雷だ!」
その警告に辺りを見れば、いくつかの雷跡が向かってきている。間一髪にそれをかわす。敵艦影はつい直前まで見当たらなかったはずだが、今は深海棲艦の輸送艦が波間からこちらを窺っていた。しかし、雷撃をするような艦種は見当たらない。
「また来たよ!」
さらに時雨の声が響く。やはり何もないところから突如現れた魚雷は卯月に迫っていた。時雨が卯月を突き飛ばし、時雨は魚雷の直撃を受けてしまった。これは、間違いない。
「卯月、爆雷用意だ。敵は潜水艦だ、お前が頼りだ。高雄と私で輸送艦を沈める。」
辛うじて動ける時雨が退避したのを確認しながら、指示を出す。
潜水艦、気付かれることなく忍び寄り、痛撃を狙う海中の暗殺者だ。私や高雄にそれを攻撃する手段はない。敵としてはこの上なく厄介な者だ。
「行くぞ。」
先陣を切って、砲を構える。卯月に対潜に集中してもらうべくする、全力の露払いだ。実弾の反動が身体を振るわせる。その弧は的確に着弾した。しかし、大きな損傷にはなったものの、活動を止めることはなかった。
「高雄、続けろ!」
「もちろんです!」
高雄の砲撃が続き、輸送艦は黒煙を濛々と上げながら水中へ消えて行った。
「卯月、潜水艦の位置は必ず見つけてやる、確実に落としこめ!」
「任せるっぴょん!」
魚雷に捉えられぬように走り回る卯月のために、周辺に目を凝らす。併せて、ソナーでの探索も行う。三つの反応があった、その尻尾をついに捉えたのだ。
「卯月、そこだ!」
「了解でぇーすぅ、やっちゃうぴょん!」
知らせた位置を駆け抜けざまに爆雷を投下していく。幾許か後に、水柱が上がり、ソナーの反応もひとつ消え去った。
「いいぞ、卯月。その調子で、もう一度だ。」
しかし、その後、損傷は与えたものの、ソナーの痕跡が消えるには至らなかった。敵の魚雷が来る。
「旗艦はここだ、逃げも隠れもしない。」
反応を見失った辺りの海に対し、挑発をする。それが聞こえたのか否か、二束の雷跡は私に向いていた。何度目かの魚雷の衝撃。だが、不思議なものでこれほどの衝撃であっても身体は慣れていくようだ。
「効かぬわ。」
水煙が落ち着くころに、そう決めた。敵からのさらなる攻撃は来る気配はなく、こちらには損害はない。それは、私たちの勝利を意味していた。
「みんな、無事で良かったよ。」
「時雨ぇ~、大丈夫?」
「なんとかね。」
卯月が時雨を心配し駆け寄る。出会った時の見張り櫓に退避していた彼女の艤装は大破していたが、なんとか航行はできそうだ。
「では、時雨さんのためにも一度帰港しましょう。」
「そうだな。」
目標はひとつ達成した。巡回する潜水艦隊も退けた。まだまだやるべきことは残っているが、第一段階としては十分だろう。徐々に弱まりつつある風雨の中、来た海路を四人で引き返して行った。
―後編へ続く―