暇だったはずなのに……【艦これRPGリプレイノベル】   作:卯木卵木

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暇だったはずなのに…… 後編

 風雨が収まってきたものの、損傷の激しい時雨を保護していた帰り道は思うように速度は上がらなった。しかし、私も高雄も卯月もそれを不満に感じることはなかった。ある意味では憎らしい敵とも言える国際ブラック砦だが、そこの所属艦娘であろうと救出できたことは喜ばしいことだった。

 悪海象に足を取られていた往路とほぼ同じだけの時間を経て母港へ戻ると、傷の癒えた潮が、赤城と提督と共に帰りを待っていた。

「時雨ちゃん、良かった…。無事だったんですね!」

「潮、きみが助けられたって聞いて僕も安心したよ。」

「救援が来るって聞いてたけど、これだけなの?たいしたことないわね。」

 再会の挨拶を交わす潮と時雨。そこへつっけんどんな声が割り込む。そちらを見れば、交戦をくぐり抜けてきたのか、傷だらけでぼろぼろの姿の曙が居た。

「曙ちゃん!」

 潮がその姿を見て、歓喜の声を上げる。彼女は綾波型八番艦の曙。潮が言っていた生き残りのうちの一人だ。どうやら、私たちが基地に辿り着く前に離脱し、ここへ辿り着いたようだ。

「長門だ。提督から救援の任務を命じられている。」

「ふん、ここで何もしてこなかったビッグセブンに何が出来るっていうのよ。」

「曙ちゃん!」

 自己紹介に噛み付いてくる曙を、潮が諌める。その様子を見るに、彼女が矢鱈に突っ掛かるのはいつものことなのだろう。

「まあ、いいわ。あたしたちの鎮守府があった場所に、深海棲艦が集結中よ。敵の親玉らしいヤツの姿も見つけたわ。ツインテールの嫌なヤツ。」

「ツインテールの?」

 もたらされた情報に私は心当たりが無かった。高雄や卯月を見ても、分かっていない様子だ。だが、潮や時雨の顔には、緊張感が張り詰めていた。そこから察することのできる、敵の強大さ。だが、臆する訳にはいかない。

「敵の拠点が分かり、敵の大将も分かったのだ。どうせこのままではいつか攻められ、持たなくなる。一気に攻撃しようじゃないか。」

「馬鹿言わないで。もう相当数の敵艦が集結してるのよ。あんたたちみたいな未熟な奴らが行ったって、蜂の巣になるだけってことも分からないの?」

「だが、このままでは緩やかに負けるのを待つだけだ。違うか?」

 曙の物言いに少しばかりかっとなる。正しいことを言われているのは、それも私たちよりも実力のある者が言うのは、理解できる。だが、それをすぐに納得できない自分が居た。

「ふたりとも、やめなさい。」

 納得できないでいる私と曙が睨みあう中に、ぴしゃりと鋭い声が私たちの動きを止めた。提督が私たちの帰還の報で、こちらに来たようだ。お互いに不服面で見合わせる。

「…でも、手段が無いわけじゃないわ。」

 先に重苦しい膠着状態を破ったのは、曙だった。

「囮で深海棲艦を親玉から引き剥がすの。あんたたちには無理でも、私たちなら出来るわ。その間にあんたたちが本丸を攻撃するの。」

「長門、聞いたな?」

「ああ、私たちを舐めないでもらおう。」

 曙はこう言っているが、恐らくどこかで私たちを信用してくれたのだろう。あるいは、現状を打破するために、私たちに賭けたのか。

 どちらにしても、私たちがやることになったのだ。提督と曙に言い放った後、振り返り高雄と卯月の顔を見た。ふたりとも、熱意に満ち満ちている。

「見ての通りだ。私たちは負けなどしない。」

「ふん、そっちが負けそうになったら私たちは勝手に逃げるわ。それから潮、あんたは頼りない艦隊について行きなさい。」

「え、曙ちゃん?」

 敢えて突き放す言い方をしたであろう曙からの突然の指名に、潮が困惑の声を絞り出す。

「この頼りない奴らに負けられちゃ困るのよ。あんたの腕は信じてるから。」

 ぶっきらぼうな言葉。だが、それに慣れている潮にはその言外の意味も通じているようだ。ぱぁっと表情が明るくなり、

「曙ちゃんも気を付けてね。」

 と、優しく微笑んでいた。

「あとは最上と合流できれば万全だね。」

 時雨が当面の目標を確認するように言う。

「そうだな、ならば直ぐにでも出撃せねばな。」

「だが、指揮官としては今の君達をそのまま送り出すわけにはいかないな。物資や修理が必要な者もいるだろう。」

 急く私を止める提督。考えてみれば、私は訓練の際の傷もそのままに出撃していたし、時雨や曙は大破した状況である。

「作戦開始は明朝だ。今のうちにすべての支度をすること。恐らく、ここ湘南沈黙プロダクションの最後にして最大の作戦だ。全員の無事を祈っている。」

 提督は、秘書官である赤城に。今や攻撃目標となった国際ブラック砦の潮、曙、時雨に。そして、この湘南沈黙プロダクション所属の私、高雄、卯月に。この場に居るすべての艦娘にそう伝えた。

 その晩、整備を終えた私は潮に割り当てられた部屋を訪ねていた。未熟なのは百も承知だ。だからこそ、少しでも何かを学び、明日の決戦に臨みたかったからだ。

「私も、あんまり艦隊の指揮は執ったことが無くて…。」

 潮にそう答えられ、少しばかり肩すかしを食らってしまった。ならば、と続けてそこにあったチェスを見つけたので、その勝負に誘った。

「それなら…。」

 そう応じてくれた。たかが盤上の戦争ゲームではあるが、これも何かに繋がるかもしれない。そう肩肘張っていた様子を、潮に見抜かれていた。

「あの…もっと気楽にやりませんか?」

「ああ、そうだな。いや、すまない。明日のことを考えれば、ちょっと不安になってな。」

「そうでしたか。じゃあ、尚更このゲームを楽しみましょう。」

 潮はそう言って、ゲーム途中の白と黒の盤を指し示す。

「気負わないように、と言っても難しいでしょうから。ですから、せめて今はいろんなことを忘れてください。」

 そうだな、と相槌を打ち、そのままゲームを進めて行った。

 

 

***

 

 

 翌朝、私たちはすべてを整えて港に居た。強敵の存在、私たちの今後が決まること、それらの事実がひどい重圧のように感じられた。

「長門、出撃する!」

「高雄、出撃します!」

「うーちゃん、抜錨でぇす!」

「潮、参ります!」

 そういうプレッシャーを振り払うように、出撃した。青空と白い雲が広がる下を、一路進む。昨日と同じ海域というのが、まるで嘘のようだ。昨日はしゃいだショッピングセンターを過ぎてから、最上捜索のために進路を昨日と別方向に取った。そうして辿り着いたのは、倉庫が並ぶ区画であった。

「最上さん、この中に隠れているとか…」

「そうだな、捜索していこう。」

 そうして、水没しかかった倉庫群へと進路を取った。いくつかは砲撃を受けたのか崩壊しており、辛うじて無事なものの中にも、少しばかりの資源が残っているだけ。そこに最上の姿はなかった。

「最上さん…。」

「諦めるな。行っていない場所はまだあるんだ。」

「そう…ですね。」

 落ち込む潮を元気づけながら、去ろうとする。だが、高雄と卯月に呼び止められた。

「待って下さい!なんだか声が…。」

「こっちだぴょん!」

 高雄が気付いた声の方に卯月が駆け寄る。皆でそちらへ行き、何が入っているのか分からない箱をどかすと、そこには一人の少年が怯えきった目でこちらを見つめていた。

「ほら、もう大丈夫だ。」

 そう声をかけながら、手を伸ばす。しかし、この少年はより怯えるばかり。

「まいったな。どうしたものか。」

 襲撃に巻き込まれ、落ち着くことも出来ず、心細い思いをしていたのだろう。だが、こうまで拒絶されると事情を分かっていても堪える。

「ほら、もうだいじょうぶっぴょん!」

 手をこまねいている私に代わって、野うさぎが少年へと話しかける。

「怖かったのかなぁ~、でも、もううーちゃんたちが来たから安心ぴょん!」

「…お姉ちゃん、もう、大丈夫なの?」

 少年が初めて、控えめにだが私たちに口を開いてくれた。

「もっちろん!うーちゃんにオマカセでぇすぅ!」

「卯月、これから決戦に行くんだぞ。」

 今にも少年を連れて行こうとする卯月に、元の目的を思い出させる。このような場所に残して行くのは一抹の不安もある。だが、私たちの向かう先は海の上なのだ。

「ああ、そうだったぴょん…。」

「そう落ち込むな、敵に勝ってこの少年を迎えに来ればいいんだ。」

 そう卯月を励まし、改めて少年を見る。攻撃に巻き込まれた故か、衣服は少し汚れが目立っていたが仕立ては良さそうなものだ。おそらく、それなりに裕福な環境に居た子供なのだろう。私は、提督に噛み付いた日のやり取りを思い出していた。

「私たちは任務中故、現在は保護できません。ですが、必ずや勝利と共に再び参ります。どうか、今しばらくお待ちください。」

「大丈夫、うーちゃんたちは強いから!」

 私が伝えた言葉に、卯月が自信満々につなげる。

「うん、お姉ちゃんたち、気を付けてね。」

 少年は、変わらずおろおろとはしていたが、少しは心細さも晴れたのかもしれない。そんな気配を感じさせた。やはり、人との壁をうさぎ跳びのごとく超えてしまうようだ。

「負けられない理由が、またひとつ増えてしまいましたね。」

 高雄が、倉庫からの去り際にそう声をかけてきた。大きくうなずき、まだ見ぬ敵の首魁への闘志を燃やしていた。

 

 

***

 

 

 憎らしくさえ思っていた件の要人の息子だったが、戦闘に巻き込まれ怯える姿を見れば、守るべき者と何一つ変わり無かった。自分の見識の狭さを少し恥じつつ、基地だったはずの海を進む。

 程なくして、水没した建築物群が目立つ場所へと辿り着いた。クレーンの鉄塔やビルなどの軍事的な建築物が並んでいる区画だったが、深海棲艦の侵食により、まるで熱帯のマングローブの林を思わせるような光景となっている。

「そこに誰かいるのかい?」

 ビルの谷間を行く最中、不意に声をかけられた。動揺しながらも周囲を見渡せば、ビルの壁面に空いた大きな穴からこちらを見る最上の姿があった。

「最上さん…!無事だったのですね!」

 潮の嬉しそうな声が、あたりに響いた。

「うん、少し怪我はしちゃったけどなんとかね。でも機関が故障しちゃって。故障さえしなければ、ボクも突撃できるのになー。」

「それじゃあ、故障していて良かったです。」

 最上の無謀な発言を、笑顔でいなす潮。私たちがそうであるように、彼女らも軽口を叩き、冗談を言い合えるかけがえのない仲間なのだ。そう思っていると、潮と再会を喜んでいた最上は、私たちにも気付いたようだった。

「キミたちは、潮と一緒に助けに来てくれたのかい?」

「ああ。だが、それだけじゃない。敵の親玉をぶん殴りに向かうところだ。」

 そう強気に語る私を、最上はきょとんとした顔で見つめ、そして笑顔になり、続けた。

「へぇ、じゃあボクも手伝うよ。」

「ありがたい。」

「最上さんなら、そう言うと思っていましたよ。もちろん、曙ちゃんも時雨ちゃんも。」

 私の礼に、潮が笑顔で重ねる。やはり、彼女らも強い絆で結ばれているのだろう。数多の戦場を乗り越えてきたが故の、お互いへの信頼と敬意。私と高雄、卯月とは違う形のものだ。

「そうか、曙も時雨も無事だったんだね。」

 晴れやかさの戻りつつあった最上の顔に、さらに喜びの色が浮かぶ。仲間の無事の知らせは、何よりもうれしいものなのだろう。つられて私の緊張も緩んできた。だが。

「皆さん、敵影です。準備を!」

 高雄が知らせた敵接近の報せに、一気に緊張感が戻る。その方向を見やれば、ビルや鉄塔の向こうを駆け抜ける深海棲艦の姿があった。

「やれやれ、どこにでも現れるな。」

「偵察機よりさらに入電、敵艦隊の挙動から見て私達には気づいていないようです。」

「なら機を見て迎え撃つぞ。建物を盾にされたら厄介だ。」

 敵艦隊は軽巡洋艦と駆逐艦二隻。迂闊に打って出て相手に地形を利用される不利を被るよりは、多少戦いにくくとも建造物を利用した方が被害を抑えられるだろう。そう考え、皆に指示を出す。気配を消し、敵の動向をうかがう。そして、そのタイミングはすぐに訪れた。

「行くぞ、捉え次第に総攻撃だ。」

 ビルの陰から飛び出し、一気呵成に砲撃。T字陣形で有利に位置取りできたこともあり、苦戦することも無く勝利を収めた。敵からの反撃こそあれど、それが私たちに傷を負わせることも無かった。

「ふん、他愛も無いな。」

 幾度かの戦闘をしてきたことが、徐々に自信として身についてきた。

「ありがとう、これでボクの機関でも航行できるよ。」

「うん?ということは、目的地が決まっているのか?」

 最上の発言はまるで行き先を知っているようなものだった。その真意を確認すれば、この基地の工廠が損傷が比較的少ない状況とのことだった。期せずして、敵の中枢へ挑む橋頭保を確保できそうだ。

「そうそう、ボクの瑞雲もそこに仕舞いっぱなしだったんだ。助けてくれたお礼に、それをあげるよ。」

「いや、渡されても使える者が居ないんだがな。」

 本当に礼の気持ちを込めて言っているのか、分かってて言っているのかを計りかねながら、実情で返す。

「そっか、残念。」

 やはり、どちらの意図かは分からなかった。

 故障で速度の上がらない最上を守るように陣を組み、海上を進む。敵と遭遇することも無く、放棄された工廠施設へとたどりついた。砲撃を多少ながらも受けた痕跡があり、すべての設備が使用できる状況では無かった。

 だが、勝手知ったる潮や最上の整備により、大した時間を掛けずとも最低限の基地機能は復旧した。そして、水上爆撃機瑞雲はしっかり手渡された。

 機能が復旧した工廠で、私たちは最後の休息を取っていた。すっかり手持無沙汰になった私は、退屈や重圧を忘れるために卯月と共に簡単な訓練をしていた。

「卯月、もっと走りまわれ。狙われれば装甲に頼れない以上、回避するしかないんだ。」

「でも、ながぴょん…。うーちゃん疲れたぴょん…。」

「心配するな、ここにも入浴施設はある。問題は無い。」

「そう言う問題じゃないしぃ~!」

 とは言え、根を詰めて後に影響しては元も子もない。卯月が二度目の弱音を吐く前に、切り上げる。使える物資や装備が無いかを探していた最上と潮、それを手伝っていた高雄と合流し補給を行う。

「それで、何か使えそうなものはあったか?」

 補給作業の最中、色々と物資や兵装を持ってきた高雄達に訊く。

「はい、いろいろありましたよ。」

「うん、スツーカとかね。」

 高雄が答えながら小ぶりな主砲と緊急時用の応急資材を示す。その一方で、最上は見たことも無い航空機を見せつけていた。

「いや、使えないと言っている…。」

 と、まで言ってから貰えば私たちの本拠地を守る赤城への土産にもなるな、と考えた。

「まあでも、貰っておこうか。」

 どうやら工廠の資材を用いて、入渠を済ませてきたようだ。すっかり元気な様子の最上から航空機を受け取る。さて、今はどこに仕舞おうか。そう少し悩む私に、殴りつけるような声が聞こえた。

「使えないものなんか持って行って、どうする気よ。」

「まあまあ、何かに使えるかも知れないよ。」

 その声は曙と、それを制止する時雨のものだった。手筈通りに囮を引き受けるメンバーと合流出来たのだ。ならば準備は整った。高雄も、卯月も、同行する潮も、そして私長門も、万全。それは、つい先ほどに修理を終えた最上も、駆けつけた曙も時雨も同じ。思うことこそあるが、今は自分たちのため、共に戦ってきた仲間のため、決戦に集中しよう。

 

 

***

 

 

 陽が傾き、空は茜色に染まり、夕闇が近づいてくる。ついに、国際ブラック砦の司令部があったという場所まで目前のところまでやってきた。しかし、数多の深海棲艦が敵の中枢への一切の接近を許してくれそうも無かった。確かに曙の言う通り、無策で来れば直ぐにでも蜂の巣だろう。

「じゃ、手筈通り行くわ。負けんじゃないわよ。」

「任せておけ。そちらも負けるなよ。」

 返事を言いきるよりも早く、曙は時雨、最上と共に一気に接近を仕掛けていった。直ぐに敵艦たちは曙たちの迎撃に動いた。食いついたのを確認して、彼女らは徐々に後退しながら攻撃を続ける。その手際は、実に見事なものだった。少しした後には、交戦の音はいくらか遠くにフェイドアウトし、敵本陣へ至るまでの道が開けられていた。

「高雄、卯月、潮。行くぞ。」

「はい、何があろうと負けません。」

「うーちゃんに、期待するっぴょん!」

「が、頑張ります!」

 皆の力強い返事を聞き、私たちも疾風迅雷のごとく接近を始めた。

 行く道を阻む有象無象を蹴散らし、中心部と思しき場所へ辿り着く。おそらくは司令部の中枢となる場所だったのだろう、時計塔や出窓が、無残にも破壊されて海上に横たわっている。その残骸の上に腰かけている、ツインテールの髪型の深海棲艦。その容貌は、装甲や衣服を纏わぬ生気の無い白い肌と、怪物の口を思わせる両手の漆黒の装備と一体化した無数の砲塔、そして紅く燃える恨みに満ちた眼光。不気味で、とても美しかった。

 波が残骸に打ちつける音だけが響く。頬から首筋にかけて、冷や汗が滴る。身動きを取る、それだけのことが出来る気がしなかった。それだけ、目の前の美しき深海棲艦の物言わぬ威圧は、凄まじかった。睨み合う静寂のなかで、口火を切ったのはその美しくもおぞましい首魁、南方棲戦姫だった。

「何度デモ、水底ニ…。堕チテイクガイイ…。」

 純粋なる敵意が詰まった、呪詛の言葉。それを吐きながら、彼女は残骸を降り、海面へと降り立った。それと同時に、嫌悪感を抱く笑顔と、襟巻き、そしてやはり怪物を思わせる尻尾を持った戦艦級の深海棲艦も現れた。恐怖心で潰されそうな心を鼓舞すべく、声を張り上げる。

「行くぞ!私たちの進退、興亡、この一戦にあり!」

 それを合図に、皆の顔に、ようやく重圧以外の色が浮かぶ。そして、戦闘行動を始めた。

「偵察機、発艦してください!」

 高雄が偵察機を出し、相手の出方を見極めようとする。

「愚カナ…!」

 南方棲戦姫が掌にあたるはずの場所を空に向けぐっと拳を握るように怪物の口を閉じ、再び開くと、そこから多数の深海棲艦の戦闘機が発進した。高雄の放った偵察機は、一切の情報をもたらすことなく黒煙と紅炎を噴きだし、墜落していった。

「そんな…!」

「まさに、規格外だな…。よし、卯月と潮は残骸を盾にするよう心掛けろ。」

 驚く高雄に、声を掛け、指揮を出す。もっとも、驚きの声を上げたいのは、私も同じなのだが。旗艦と言う立場が、それを飲み込む心の強さとなった。だが、開幕からの予想外の出来事はこれだけに止まらなかった。

「敵爆撃機、来るっぴょん!」

 卯月の叫びに空を見れば、敵の爆撃機がすぐそこまで迫っていた。

「散開、回避だ!」

 すぐさま指示を出す。幸い、ギリギリのところで回避が間に合った。

「ようやく砲撃戦に持ち込めるな。」

 そうひとりごちる。だが、それすらも裏切られた。先ほどまで何もないところから現れた、数本の魚雷。それは、特殊艇による雷撃だった。あまりにも近すぎる。かわせない。姿勢を低くし、衝撃に備える。次の刹那、幾度目かの、しかし今までのどれよりも強い衝撃に襲われた。

「長門さん!」

「大丈夫だ、多少は驚いたがな。」

 潮の心配そうな声に、強がりで返す。実際のところ、機関や砲塔に少しばかり損害があったのだが、幸いにもさほど影響はなさそうだ。

「これで、間もなく射程に捉えられる。」

 水煙が落ち着きつつある中、姿勢を整えて敵に向かう。だが、私の視界に入ったのは、既に砲撃の態勢に入っていた敵の姫と、笑顔の戦艦だった。

「馬鹿な、もうこちらを捉えているのか?」

「堕チナサイ…!」

 まるで私の漏れた声に答えるかのように、姫の砲撃が始まった。敵の砲火は、まっすぐと私達へ向かって、後わずかのところでようやく狙いが誰かが分かった。

「高雄、逃げろ!」

「は、はい!」

 話せたのはそれだけだった。直後には、巨大な水柱が上がり私たちの視界を奪った。

「高雄、無事か?」

「はい、なんとか。」

 声だけでやり取りをし、無事を確かめる。だが、戦艦の主砲も高雄を狙っていたことに気付いていなかった。ずどん。砲撃の閃光から数拍おいて、空気を振るわせる音が聞こえた。直前の攻撃が、目くらましとなっていた。

「回避を、きゃっ!」

 慌てて回避姿勢を取り直す高雄。だが、姫の砲撃が彼女のすぐ近くの海面に巨大な波を起こしていた。突如消えた足元の海。崩れたバランス。迫り来る橙の弧。すべてが、スローモーションのように見えた。そして、次の光景に私はすべての感覚を失った錯覚さえ覚えていた。

 

 

***

 

 

 長門さんの声が無ければ、相手のペースに呑まれ戦意を失っていた私は、直撃弾を受けてだろう。すぐ横で上がった巨大な水柱と水煙に包まれる中で、そう考えていた。

「高雄、無事か?」

「はい、なんとか。」

 水の壁の向こうから聞こえてくる長門さんの声に、無事を知らせるべく答える。しかし、事態は私に立て直す暇を与えてはくれなかった。ようやく視界が確保できた時には、すぐそこに砲弾が迫っていた。

「回避を、きゃっ!」

 なんとか回避をしようと試みる。だが、直前の至近弾で海面が荒れ狂っていた。そうとも気付かずに駆け出そうとした私は、波に揺られ、バランスを崩した。海面に叩きつけられ、振り返った時には目の前に敵弾が来ていた。脳裡を今までのアイドル活動が、提督が来た日が、つい先日の戦闘が過ぎ去っていく。これが走馬灯と言うものなのか、と理解出来るほど、不思議と時間が極限までゆっくりと進んでいるような感覚さえあった。そして、砲弾が私の身体に接触する。爆炎が私の衣服を、身体を焼いていく。立っていることすらままならず、そのまま膝をつく。視界が夕日に染まった海の橙色に、それから黒に染まっていく。痛みすら感じなかったまま、事切れるのか。

「私…沈むのね…。」

 声になったかすら怪しい最後の言葉を残して、意識を失った。

 気がついた時には、海面に倒れ伏して居た。痛む身体を動かし、手元を見れば、妖精さんがやりきったような表情でこちらを見ていた。たしかに応急処置資材を持ってきていたが、まさか使う羽目になるなんて。

「高雄、生きてたっぴょん!」

「高雄、良かった…。」

「高雄さん!」

 仲間の声が聞こえる。ほっとして、そして、身体中の痛みに、涙が出そうになった。直ぐに動けないでいる私をかばうように、長門さんが前進しながら砲撃を敢行した。

「長門さん、あなたの攻撃なら…きっと!」

「ながぴょん、やっちゃえぇ~!」

「ああ、任せておけ。」

 私と卯月の思いを乗せた長門さんの一撃、しかし損傷こそ少なからず与えども、敵の長を沈めるには至らなかった。

「だったら…!」

 痛む身体を押して、立ち上がる。衣服は爆炎に焼け焦げ、もはや洋服としての体を成していない。機関は応急処置のお陰で、辛うじて稼働はしている。だが、主砲はとても使い物にならない。

「卯月、お願いがあります。とにかく、相手の目を引き付けてください。」

 卯月は、突然のお願いに目を丸くしていた。しかし、私の顔をまじまじと見ると、すぐににへらっと笑い、返事をした。

「わかったぴょん!何考えてるか分からないけどぉ、頑張るぴょん!」

 そう言って卯月は、一気に敵艦との距離を詰める。先行した長門さんと、縦横無尽に戦線を乱す卯月に、敵の視線は逸れた。やるならば、今しかない。

「高雄、突撃いたします!」

 身体と機関が悲鳴を上げる。お願い、もう少しだけ持って、と祈りながら、全速力で敵将へと突撃する。

「高雄さん、援護します!」

 潮の後押しを受け、みるみるうちに距離を詰める。敵の迎撃にも、幸い捉えられなかった。そして、懐に潜り込む。捕まえた。

「逃がしませんわ!」

「ワタシハ…モウ…ヤラレハシナイ…!」

「黙りなさい!」

 私を振り払おうと伸ばした腕の砲塔を掴み、圧し折る。自分でも、それほどの力が残っているのが不思議だった。間髪入れずに自分の砲を引き剥がし、打撃武器として振りおろす。痛みと憎悪に顔を歪ませた深海の姫は、さらに力強くもがく。この最後のチャンス、離してはなるものかと必死に掴むところを探す。辛うじて、腕を掴む。そこに力を込め、足元を払えば、白い身体と黒い武装が海面を離れ、紅い空を舞った。

「馬鹿め、と言って差し上げますわ!」

 遠心力と敵の体重を威力にしながら、海面へと叩きつける。背から伝わった衝撃が腕や武装に強烈な損傷を与える。苦しそうな姿を見せ、悶え、のたうちまわった。その身体へ向け、今度は私が片足を海面から跳ね上げ、そして体重と艤装の重量を乗せ踏みつけた。

「オ前モ…共ニ…堕チテ…イケ…」

 断末魔の言葉と共に、踏みつける私の足首を腕の怪物が力なく噛み付く。しかし、その最期の一矢は何か変化を起こすことなく、深海へとまた帰っていった。その時の表情は、悲しみなのか、憎しみなのか、あるいは別の感情なのか、私には判断がつかなかった。そして、戦意のままに、あるいはもっと純粋な殺意だったのかもしれないが、悶える敵へ躊躇なく追い討ちを仕掛けた自分を少し恐ろしくも感じた。

「高雄、見事だ。」

 長門さんの声で、轟沈せしめた余韻から現実に引き戻される。そうだ、目標こそ達成はしたが、まだ戦闘は終わっていないのだ。しかし、身体を動かす気力も無ければ、魚雷も砲塔も使える状況ではなかった。

「卯月と潮さんを、ここで見守ります。」

 歯がゆさを覚えながらも、後は機動性に優れた彼女らを見ていた。

 

 

***

 

 

 敵の親玉は沈んだのに、変わらずニヤニヤ笑いを浮かべる戦艦。やっぱり怖くて、ムカつく。けれども、高雄の戦い方がとても面白く、そして勇気づけられた。それは、うーちゃんだけじゃなかったみたいだ。

「わたしも…が、頑張ります!」

 叫びながら打ち出した主砲、そして畳み掛けるように飛ばした魚雷。それが、ニヤニヤ戦艦に、結構な衝撃を与えていた。こうなったら、うーちゃんも負けていられない!意気込んで射撃の準備をしていると、ながぴょんが卯月の主砲に手を乗せる。

「大丈夫だ、絶対に沈められるさ。」

「はい、卯月さんなら大丈夫です。」

 潮も、こっちに来て長門と同じく手を乗せた。そして高雄もぼろぼろの身体のまま手を重ねた。

「あなたならきっと出来ると思います。」

 あと一歩の勝利へ向けて短い間に起きたいろんなことを思い出した。提督や、赤城や、囮を引き受けてくれた向こうのチーム、ついさっき会った少年。

「卯月のぉ、本当の力ぁ!見るっぴょん!」

 ニヤニヤ戦艦へ向け、みなの手と想いが重ねられた主砲を撃ち、その直後に魚雷を放つ。

「行っけぇー!」

 想いを込めた砲撃が放物線を描き、想いを実現するための魚雷たちが海面に航跡を残しながら進む。それらが届くまでのわずかな時間は、この湘南沈黙プロダクションの行く末を決するまでの時間は、とてつもなく長く感じた。固唾をのんで見守る。うーちゃんも、長門も高雄も、潮も何も言わなかった。少しして、水柱が上がり、爆音が聞こえてきた。あのニヤニヤ笑いの戦艦は何を思っているのか、その表情のまま海の中へと沈んでいった。

「…やったぴょん?」

 終わりはあっけなかったので、少し実感が湧かない。

「大丈夫だ、卯月。私たちは勝ったんだ。」

 長門も、言い聞かせるように言っている。戦闘の音を聞き湧き出した深海棲艦たちは、将が沈んだことを悟り、散り散りに撤退していった。そして、少し後には卯月たちだけがそこの海に立っていた。

「帰ろう、私たちの鎮守府へ。」

「はい。」

「帰るっぴょん。」

「みんなが無事で、良かったです。」

 長門が、高雄が、卯月が言う。そして、潮が続けた。半分近くが水平線に隠れた夕焼けの赤に照らされてみんなの顔が紅潮しているように見えた。きっと、うーちゃんもそうだったんだろう。

 

 

***

 

 

 それから数日後、私たちの湘南沈黙プロダクションに国際ブラック砦の再建が始まったとの報告が入ってきた。

「思えば、イレギュラーの敵を討伐すれば尚の事こちらは不要になるのだな。」

「仕方ない。あの状況で対抗できる戦力だったのは長門達だけだったからね。」

「おかげで、ここも無事でした。」

 敵将を討ち取ったはいいものの、深海棲艦の脅威は大きく削がれることとなった。喜ぶべきことなのだが、その戦況の変化は私たちの居場所が閉鎖となる根拠を強めるものであった。執務室の机で書類に目を通す提督と、補佐をする赤城。そのふたりを睨みつけるしかできない私に、ノックの後に入ってきた潮が声を掛ける。

「長門さん達も、国際ブラック砦に来ませんか?きっと、今回の戦果があれば希望は通るのではと思います。」

「そうね、まああんた達も頑張ってたのは分かってるから。」

「そうそう、瑞雲もちゃんと使ってもらわなきゃだしね。」

「きみたちと一緒になれるなら、きっともっと強くなれるよ。」

 潮の提案はもっともだ。皆も歓迎してくれていることは分かる。

「お姉ちゃんたち、来てくれないの…?」

 件の少年も、すっかり私たちに懐いてくれた。少年の目を少し潤ませたお願いには、心が揺れるものがある。だが。

「どうだろうな。」

 すぐにイエスと答えられない自分が居た。

「そうですね、どうなるか分かりませんね。」

「そうだったらぁ、どうするかはぁ~。」

 いつの間に後ろに来ていた高雄と卯月の言葉と、笑顔。そうか、私の仲間たちは迷わなかったのか。ならば。

「潮、曙、最上、時雨。それから、赤城、提督。」

 この場に居る皆を見て、一拍を置いてから決意の言葉を伝える。

「この長門ら、湘南沈黙プロダクションの所属艦娘は……。」

 空いていた、ここの設備を見渡せる窓から一陣の風が通り抜ける。私たちの決断を祝福しているかのようだった。

 

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