目の前が敵の砲弾で埋め尽くされる。耳は既に砲撃の音で潰れている。硝煙の匂いで鼻はとっくに麻痺している。アタシは死に包囲されている。
敵のいやらしいニヤニヤと聞こえそうな笑いから放たれる砲撃を、避ける術はもうアタシには無かった。
目の前まで死が迫った時、大井っちが何かを叫んでアタシと死の間に飛び込んで来た。
あの時大井っちはなんて叫んだのか、アタシはなんて叫んだのか覚えてない。でも、一つだけ覚えている。あの時のアイツの笑い声、アイツへの殺意だけは……
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「……ん。……さーん。北上さーん?朝ですよー」
朝、いつも球磨型ではアタシか多摩姉ぇが最後に起きる。どっちが最後でも大井っちが丁寧に起こしてくれる。
「んにゅ……大井っち……ほはよー」
と寝ぼけるふりをする。すると、大井っちは困ったような嬉しいような顔をしながらもう一回起こしてくれる。
「北上さん?もう朝ですよ?今日は私達全員非番だから出かけようって言ったの北上さんですよ?」
「大井っち〜」
ダメだと分かってはいるけどなけなしの抵抗を試みる。だけど大井っちはどこか推しが強い面もある。抵抗虚しくアタシの恋人お布団は剥ぎ取られて行く。
「ダメですよ。今日はいい天気なんですからお布団も干します。ほら、敷布団も干すから手伝ってください」
「はーいお母さん」
「妹です」
「大井姉さん。布団干し終わったぞ。後は北上姉さんの分だけだ」
「ほら、木曾も手伝っているんですよ?」
「木曾っちは働き者だねぇ」
「北上さんが働かないだけです。ほら」
そういって布団が剥ぎ取られる。文句を言いながらもこんな何ともない会話を出来ることが心の底から嬉しい。
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全員で部屋の掃除をして、布団も干し終わり、5人で外のちょっといいレストランてお昼を食べる。実は球磨姉ぇがマナーにうるさいからアタシ達もマナーを叩き込まれた。
「美味しかったねー」
「そうですね。あ、北上さん。ほっぺに付いてますよ。取ってあげます」
「木曾、最近は所属が違うけど調子はどうクマ?」
「心配無い。姉さん達に教えこまれたからな。部隊が変わったくらいでへこたれる球磨型では無い」
「流石だにゃー」
店を出た後も適当に街を歩き回り、大井っちがアタシ達の服を見繕ってくれた。大井っち以外はアタシ含めて服に関心が無いから私服を買うのはいつも大井っちが一緒にいる時だ。
「木曾、これとか似合うんじゃない?」
「い、いや、姉さん。そういう可愛い系は俺じゃなくて多摩姉さんとかが着るべきじゃないのか?」
「たまにはいいじゃない♪早く着替えて」
そういって木曾を試着室に放り込む。服装番長大井っちの時は球磨姉ぇどころか多摩姉ぇすら逆らえない。
「大井っち、アタシちょっと外出てるね」
「はい♪多摩姉さんの次は北上さんですからね?」
「……はーい」
どんなコーデになるか期待半分怖い半分で外に出る。
夏はすっかり過ぎ、秋を通り越して冬の足音が聞こえそうな程だ。
ポケットからシガレットケースとライターを取り出し、煙草を咥える。
安タバコに火をつけ、肺に煙を送り込む。
煙草の匂いを嗅いでいるとあの時を思い出す。匂い、音、熱気、そしてあの光景。全て鮮明に覚えてる。
そして何より忘れられないのがあの時の恐怖とそれを塗りつぶすほどのドス黒い殺意。今のアタシはそれだけで動いている。大井っちを沈めたアイツを。そしてなにより大井っちを沈められても恐怖で動けずにただ逃げるしか出来なかったアタシ自身を。
「北上さーん?次は北上さんの番で……」
大井っちがアタシの顔を心配そうに覗き込む。でも絶対に何も言わない。ただ目で「大丈夫?」と聞いてくれるだけ。
アタシは煙草を指で弾き足ですり潰す。そして大井っちにハグしながら応える。
「大丈夫だよ。アタシは……大丈夫……だよ」
アタシがそう言うと大井っちはやっぱり何も言わずにアタシを抱き締めてくれた。
大井っちの選んでくれた服はアタシによく似合っていて、5人とも新しい服に着替えた状態でこのあとのショッピングを楽しんだ。
それでも、アタシの心には怨嗟の炎が燻っていた。
その炎はいつかアタシを焼き尽くすんだと思う。その時には……アイツ諸々……
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数日後、鎮守府の最高戦力達が緊急招集された。もちろんアタシも招集がかかり、作戦会議室に入ると、珍しく暗い表情をした提督と、若葉。その横には時雨と夕立、空母は一航戦の2人と、もうこういう所には顔を出さないと思っていた龍驤。鎮守府最高火力の大和、武蔵。重巡からは妙高型の4人。そして球磨姉ぇたち4人もいた。どうやらアタシが最後らしい。
「北上、座ってくれ」
緊張したような声で提督が言う。
「どうしたの?こんなメンツ集めて」
アタシがいつもの口調で聞いても特に何も言わずに、資料を渡してくる。
受け取ったそれには、とある敵戦艦の情報が書かれていた。
「先日、上からコイツの討伐命令が出た。ココ最近また出てきてここ周辺の艦娘を襲うはぐれらしい」
はぐれとは、通常の敵のように艦隊を組んでおらず、単独で行動しているやつの事だ。単独でも艦娘達を跳ね返す戦闘力、単独ゆえにできる自由で読めない行動。そしてなによりコイツらにはれっきとした感情がある事が特徴だ。
でも、確かにはぐれ種は強敵だけど、わざわざ上から命令として降りてくることは無い。それほど強敵なのか……
そう思いながら資料をパラパラと捲って、ロングからの写真のアップを眺めていた……。
……!この顔!画質は悪いけどそれでも分かるこのニヤケ面!
「流石に気づいたか……本当は北上は今回の作戦には参加させたくなかったんだけどな」
「……アタシが単独行動して特攻するから?」
「……」
無言の肯定。でも、アタシもそうすると思う。
写真に写っていたのは、あの時の戦闘でアタシを庇った大井っちを沈めて、突如として消えたあの戦艦だった!
アタシは資料を握りつぶしながら笑った。アイツの笑顔みたいに。やっと……やっとだよ!大井っち。やっとアイツを……沈めることが出来る!
アタシはアイツとまた会えることに喜んでいる。アイツを沈めれるとか、大井っちの仇とかじゃない(勿論それもあるけど)。
アイツと怨嗟の炎で作ったダンスフロアで砲撃の旋律で踊ることが出来る。その事に歓喜している自分がいる。
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怪物と戦う時は自らも怪物にならないように気をつけなければならない。
己が深淵を覗く時、深淵もまた、己を覗いているのだから。
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それからは忙しかった。駆逐艦は近海の哨戒任務。工作艦の明石と夕張はアタシ達主力の艤装の整備に忙しいらしい。特に今回はアタシ達球磨型が決戦主力らしくて、アタシ達の艤装に色々手が加えられるらしい。
提督も会議室に籠りっぱなしでアイツの予想ルートを計算している。でもアタシはまだ何もしていない。だって……気づいたんだもん。アイツが近くにいるってわかった瞬間から、アイツの居場所が。多分、アイツもアタシの位置が分かっている。アタシとアイツは同じ怪物だから。
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それからまた数日、遂にアイツの補足に成功した。アイツはやっぱりここを目指して真っ直ぐ進んでいる。その時、奇妙な報告が出てきた。どうやらアイツは横に雷巡を連れているらしい。その事を聞いた瞬間、提督の部屋に駆けつけた。
「提督!」
「北上……」
「……アイツが連れている雷巡……あれって……もしかして……」
「……まだ決まった訳では無い。落ち着け」
「落ち着け!?この状況で?落ち着けるわけないじゃん!アイツは!大井っちを!あんな姿にして縛り付けているんだよ!」
そもそも、艦娘はどうやって生まれているのか、深海棲艦はどうやって生まれているのかは定かではない。しかし、起源は分からないが艦娘が沈み、強く戻りたいと願うと深海棲艦に成り、元の居場所に戻ろうとする。深海棲艦が艦娘の強い正の力によって沈むと、禊が終わり艦娘として生まれ変わるらしい。
「アイツは……大井っちを……」
「分かっている……だけど、それでも落ち着いてくれ」
「…………うん。ごめん、取り乱した」
「……死ぬなよ。誰一人死なないでくれ」
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予定通り、アイツとの戦いには球磨型だけとなった。球磨型での作戦は大まかには雷巡には球磨姉ぇ、多摩姉ぇ、木曾がまず足止め。その隙にアタシと大井っちが戦艦レ級と交戦。その後、雷巡を仕留めた3人と合流して5人で沈める手筈になっている。
目的の交戦ポイントまでは若葉率いる初春型が露払いをしてくれたおかげで消耗一切なくたどり着いた。
「護衛、感謝するクマ。予定通り離脱、その後周囲の索敵を頼むクマ」
「了解…………北上」
「うん、分かってるよ若葉。アタシは沈まない。皆も沈まない」
「…………武運を」
そう言い残して若葉達は下がって行った。
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アイツが目視で確認できる距離まで近づいた。人型の本体による近接格闘。中、遠距離は尻尾の先に付いてる顔からの砲撃。まさにオールラウンダー。遠距離じゃ勝ち目が無いからまずは近づかないと。
そう言うと、球磨姉ぇもそう思っていたらしく、前進して距離を縮める。
「……来るニャ!」
多摩姉ぇが叫び一瞬遅れて全員が反応する。アタシ達が一瞬前までいた場所に砲撃が撃ち込まれる。
ほっとしたもの束の間、避けた先に雷巡からの魚雷が撃ち込まれ、多摩姉ぇが直撃を受ける!
「ちっ!多摩!動けるクマ?」
「……何とか中破止まりニャ」
「……球磨姉ぇ、アタシ行くよ?」
「分かった。木曾!魚雷用意!大井は北上に続け!」
「分かりました!」
「魚雷発射カウントするぞ!……2……1……今!」
木曾っちが魚雷を撃ったと同時にアタシと大井っちが飛び込む。雷巡の横を駆け抜ける時に確かに感じだ。アレは間違いなく大井っち。そして、あの時聞こえなかった一言をやっと聞こえた。
「……ありがと」
雷巡の横をすり抜け、レ級と対峙する。相変わらずのニヤケ面だ。
「アハァ!ヤットココマデ来タンダ!」
「あなたが……前の私を沈めた……」
「ン?アァ。マタ壁ヲツレテキタンダァ!イイヨイイヨ!ソレデコソダヨ!ヤットココマデ来タンダネェ!」
「……………………殺す」
「オイデ?オイシクコロシテアゲル!」
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「……木曾。多摩を連れて下がっててくれ」
「姉さん?いいのか」
「アタシを誰だと思っている。球磨型軽巡洋艦一番艦、球磨だ。そして、今相対しているあの雷巡の姉だ。確かにあの大井よりか生まれたのは後だ。だけどアタシは姉だ。アイツらのケツを拭いてやる必要がある」
「……了解。木曾、多摩を連れて撤退する」
そう言って木曾は多摩を連れて下がる。
「……初めましてだな。雷巡」
「……球磨……ねえ……さん」
「その姿でアタシの名前を呼ぶな。今のお前はただの深海棲艦。敵だ。球磨型に敵に容赦をするような愚か者はいない」
そう言って砲撃をしながら距離を詰める。雷巡も魚雷を装填しながら撃つ機会を伺っている。
「北上が……どんな思いでこの場をアタシ達に譲ったと思っている?かつての親友を、愛した姉妹を。それを目の前にして作戦のために動いたアイツの気持ちを!分かっているのかぁ!」
そう叫びながら球磨が全速力で突進する。慌てて雷巡が魚雷を撃つが、致命傷になる部分だけを艤装で受けながら構わず突進する。
球磨が拳を振りかぶり雷巡を思いっきりぶん殴る。雷巡の頭の装甲が砕け散り、同時に球磨の右手も潰れる。残った左手で雷巡の首を取り持ち上げながら締め上げる。
「これで終わりだ。目が覚めたら元に戻ることを祈る」
そう言いながら左手に力を込める。ミシッ!と音がした時、雷巡が苦しそうに話す。
「今の……ワタシを沈めても……大井にはもう……もどらない……ぞ?」
「………………何?」
左手は緩めないまま、球磨が問う。
「艦娘が……沈むと、元いた場所に戻りたいという思いから……深海棲艦になる。けどワタシは……レ級に深海棲艦にされた。この大井には未練が無かった。良いのか?この体を壊すと、二度とこの大井は海の輪廻に戻ることも出来ないぞ?」
雷巡がレ級に似たニヤニヤ面にする。
「…………だからどうした?」
「……は?」
再び球磨に目に火が灯り左手に力を込める。
「止めろ!良いのか!大井を、妹を手に掛けるというのか!?」
「お前が死んでも元に戻らないのは可能性に考慮していた。大井には未練はないことぐらい、北上は分かっていた。だけど沈める。だから沈める。大井の魂は輪廻から外れなければいけない」
「や、やめろ!やめて!ああああああああああああああああああ!あ……。……さん」
最後の言葉は首の骨が折れる音で聞こえなかった。
「……ふぅ、北上達は大丈夫クマか?」
その言葉は届くことは無く、海の漣に溶けていった。
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戦いは凄惨を極めた。アイツは尻尾は自立して動けるようで、尻尾を押さえるだけだ大井っちは手一杯。アイツは魚雷を簡単にはくらってくれない。
「大井っち!大丈夫?」
「はい。でもそっちに加勢には行けそうに無いです」
「うん。大丈夫。大井っちも尻尾を倒したら離脱して」
「北上さん?」
「アレはアタシの獲物だ」
自分の口角が釣り上がっていくのが分かる。あぁ。やっぱりアタシは化け物なんだ。これ以上アタシを見ないで大井っち。
大井っちはアタシの顔を見て、またあの「大丈夫?」と問いかけるような顔をする。でも、何も言わずに頷いて再び尻尾と戦う。
「優シインダネ。壁ヲ逃ガスナンテ」
「黙れ」
「モウ二度トアタシノ大切ナ人ヲ傷ツケタクナイヨ~ッテトコ?」
「黙れ!」
「ソレデアッケナクヤラレテハイ!オワリ!」
「黙れええええええ!」
思わず魚雷を放つけど難なくかわされる。アイツはニヤニヤとコッチに向かってくる。
「コレデモウ魚雷ハウチキッタネ?」
アタシはまたこいつに殺されるのか……。レ級がゆっくりとアタシの首を掴み締め上げる。首の骨が虚しい抵抗をするけどもうあと数秒で終わる。
「ダイジョウブダヨ?シンダラ仲間ニシテアゲルカラ」
……もうすぐアタシの人生は終わるのかな……?
まだ何かしなくちゃいけないことが……あった……よう……な……
アァ、ソウダ……敵ヲ、コロス
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス
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レ級は北上の首をへし折ろうと力を込める。
「バイバイ……!?」
しかし、どれだけ力を込めても全く折れない。
「……コイツ!」
再び北上の目に地獄の炎がともりレ級の腕を掴む。
「グッ……!?コイツ!ハナセッ!」
「黙れ」
グシャ
北上はレ級の腕を力任せに握りつぶし、そのまま肩から引きちぎった。
「ア、ギャアアアアアアアアアアアアガアアアアアアア!」
「煩い」
レ級を蹴り上げもう片方の腕を掴む。レ級は必死に北上を蹴るが、北上は意に介さず無造作に残った手も引きちぎる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア」
声にならない悲鳴を上げのたうち回るレ級。北上が手をかざすと空中から魚雷が生成され手に収まる。
「ソノ力……深海の力ヲ!」
「深海の?コレ、アンタらの力なんだ……ふぅん」
手にした魚雷で何回も何回もレ級の顔を殴打する。その度にレ級から悲鳴が漏れるが寧ろ殴る手に力がこもる。
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最後の一撃とばかりに渾身の一撃を心臓部にめり込ませる。
「サヨナラ、楽しかったよ」
「オ前ハ……ヤッパリ深海ノ側ダ……同族ゴロシの艦娘……メ」
ふぅん……やっぱりアタシはバケモノなんだ。じゃあもっと殺さないとね。もっともっともっと殺して……最後に……死んでやる。
魚雷の閃光に包まれて2人の姿が消えた。
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帰投したあと、すぐさま精密検査を受けたが、特に異常無し。戦闘データにも大きな変化は見られなかった。
でもアタシには分かる。アタシはまだバケモノだ。アタシの中の火はまだ消えていない。
それから、もうあの時の夢は見なくなった。でも、また新しい夢を見るようになった。レ級の格好をしたアタシが、深海棲艦相手に相打ちする夢だ。
その夢を見る度に早くその日が来ないかと待ちわびる。
アタシは自分の口角が釣り上がるのを抑えられなかった。