最近北上の様子がおかしい。今までは演習なんかは適当に理由をつけてサボっていたのに積極的に参加しようとする。そして強い。勿論、この鎮守府でも最高クラスの練度を誇る上に重雷装巡洋艦だから強いのは当たり前だ。だけどそれを加味しても強すぎる。相手の艦隊六隻をほとんど一人で倒す程だ。あまりにも異質で異常な強さ。鎮守府最強と噂される龍驤ですら、今の北上には敵わないかもしれない。
出撃の理由を聞いても「いや〜? アタシって艦娘じゃん?じゃあ戦うために存在するし〜? じゃあお仕事しますよ〜」と適当宣う始末。
北上が変になったのも、あのはぐれとの戦闘の後だ。若葉や叢雲に相談してみても分からないらしい。ここは作戦に参加した球磨型の姉妹に頼るしかないだろう。
そう思って大井を呼んでいたのだが……。
「で、アタシ抜きで大井っちとどんな話をしようとしていたのかな?」
まさかのいきなりラスボス登場である。隣には気まずそうな顔で俺を見つめる大井がいる。
「ね〜え〜てーとく?いつも教えてよ?アタシを抜きにして二人でどんな話をするつもりだったのかなぁ〜?」
「北上……お前……」
「てーとくが最近アタシを気にしてるの知ってるんだよ?……ほっといて」
あまりにも短くキツイ拒絶の言葉。驚きで言葉の出ない俺を睨みつけながら続ける。
「アタシはもう半分深海棲艦なんだよ。あの時の戦闘で死にかけた時に……ね」
「……恐らく、はぐれの能力だろうな」
「うん……アイツは自分の手で沈めた艦を深海棲艦化させて隷属させる力があったみたいだね」
「その力が中途半端に現れて……」
「うん。やっぱり提督は気づいていたんだね」
そう言って北上は艤装を展開する。
通常、艦娘は提督である俺の許可が無いと艤装の展開ができない。
しかし、深海棲艦は別だと考えられている。明確な指揮官である提督が向こうにはいないため、こちらほど組織的な動きが出来ない変わりに己の意思のみで艤装の展開が出来る。
そもそも、艤装の展開は艦娘なら一人でに出来るはずなのだ。それを提督と契約する事で通常以上の力を発揮出来る代わりに提督の許可無くして艤装の展開が出来なくなるのだ。
しかし、艦娘であるはずなのに若干深海棲艦化してる北上にはその常識が通用しない。艦娘である故に己の能力を限界ギリギリまで引き出せる上に、深海棲艦である故に己の意思のみで艤装の展開ができる。
「……北上……お前……もう」
俺がようやく絞り出した言葉に北上は泣きそうな笑顔で応える。
「うん……アタシはもう提督達の敵なんだよ深海棲艦に侵されて戦いへの衝動が止まらないんだよ……いつか、本能のままに戦う深海棲艦に全てを奪われる。その前に、アタシを解体して。お願い」
「……それは出来ない」
俺が絞り出すようにそう言うと、北上は予想していたかのように振る舞う。
「やっぱりね。アンタは誰も死なせない道を探すと思っていたよ。でも……もうダメなんだよ。深海棲艦の部分がドンドンアタシを奪っていく。もう数ヶ月もすればアタシという人格は無くなって完璧な深海棲艦になる」
「それでも……俺は誰かを切り捨てるような事は出来ない……大井に誓ったんだ」
「………………なら……その大井っちを沈めたらいいの?」
衝撃的すぎる北上の発言に俺も大井も驚愕の表情を隠せない。北上は大井に向きながら虚ろな目をしながら言う。
「提督を縛るのが大井っちなら、アタシが大井っちから提督を解放してアタシも旅立つ。その前に一隻でも多くの深海棲艦を沈める。それが今のアタシに出来る唯一にことなんだよ」
泣きながらそう絞り出した言葉からは悲壮的な覚悟が伝わる。俺はこのまま何も出来ずに北上が死んでいくのを見届けるしかないのか……?
その時、ふと俺の頭の中に一つのアイデアが浮かんだ。しかし、それは余りにも突拍子でくだらないことだ。だけどこのまま手をこまねいているよりましだ。そう思い俺はそのアイデアを実行に移す。
「なぁ、北上。お前麻雀打てるか?」
流石に北上もその質問は予想外だったのか、イ級が単装砲食らったような顔をした。
「はぁ?麻雀?まぁ……一応打てるけど……」
北上のその返事を聞いて俺はよしと手を打った。
「じゃあ打とうぜ?なんだかんだ俺たち打ったことなかったじゃん?」
そう言って半ば強引に北上を引っ張っていく。
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「……ロン。タンピンドラドラで満貫」
「うわ、それ待ちかいなー読めへんわー」
「…………」
「なぁ、北上。折角満貫でアガったんだ。もうちょい喜んだらどうだ?」
「てーとくが勝手に始めたんじゃない。別に麻雀なんて楽しくないし」
俺がそう言っても北上は浮かばない顔をしている。龍驤は北上と打てるのが楽しくてしょうがないと言ったような表情をしている。
「いんやー、北上がまさかこんなに麻雀上手いなんてなぁー。お姉さん、ちょっちびっくりや」
「……別に普通だし」
北上がそうぶーたれるも、龍驤は気にする様子もない。
「またまた〜、提督を見てみ?もうすぐハコテンやで?東場まではもってな?」
「くっ、見てろよ!こっからだよ。……よし!リーチだ!」
「それロン。チートイドラドラで満貫、トビだよ」
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「よし、次は街に行こうぜ?麻雀の勝ち分位は奢るよ」
俺がそう言うと北上は観念したように言う。
「はぁ……分かったよ。てーとくの好きにしていいよ」
「よし!決まりだ!じゃあ十五分後に駐車場に集合な!」
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非番の時にたまに着る私服に着替えて待つこと五分。パーカーにスタジャンという出で立ちの北上が歩いてきた。
「そのかっこ、似合ってるぞ」
「褒めても何も出ませんよっと。じゃあ行こっか」
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「北上もアクセとか着けるんだな」
「球磨ねぇとか木曾っちがたまに着けてるのを真似してみたの。まぁ木曾っちも球磨ねぇを真似したみたいだけどね」
「へぇ意外だな、多摩はどうなんだ?」
「多摩ねぇはガーリーな格好が多いかなぁ。あ、一回球磨型だけで出かけた時に猫耳パーカー被って「ネコじゃないにゃ」って一発芸してたよ」
「ははっ!アイツ言われるのは嫌いなのに自分ではネタにするのか!」
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「ねぇ〜てーとくー?次はどこに行くの?」
「次は立ち飲み屋だ。美味いぞ」
「え、せっかくの女の子とのデートでそんな所に連れていくの?」
「そんなとことはなんだ、俺の行きつけだぞ?」
「……おっさん」
「ぐっ」
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「いやー昼間から人のお金で飲むお酒は美味しいねー」
「くそう……結構な量食いやがって。まぁいいや。次、どっか行きたいとこあるか?」
「アタシ次はゲーセン行きたい」
「お、いいぞ」
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「よっほっとぉ!」
「むっくっっぐぅ…負けた……」
「やった!三連勝!」
「いやー強いなぁ」
「ふっふっふー♪ご褒美が待ってますからねぇ?」
「ぐっ、分かったよ。『負けた方がなんでも言うこと聞く』何がいい?一クレか?」
「ん……と、その……ね?嫌じゃないなら……一緒に……プリクラをね?」
「ああ、分かった一緒に撮ろうか」
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「もうすっかり夕方だな。飯、どうする?」
「ん……とね?アタシとしてはもうちょいいたいなーって」
「ん、分かった。適当なバーでいいか?」
「うん」
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「ふぅ……初めて入ったけど結構いい店だな。タバコ吸って良いか?」
「うん、アタシにも一本ちょーだい?」
「珍しいな。……ん」
「ありがと、火頂戴?」
「咥えたままで、顔こっち向けてみ」
「ん?何をって……ん!」
「……っふう。案外綺麗につくもんだな」
「てーとくがそんな人だとは思わなかったよ。乙女の唇に何てことを……」
「タバコ越しなのに何言ってんだ」
「む〜。……ねぇ今日はどうしてアタシを連れ回したの?同情?」
「んー何でだろうな?正直よく分からん。でも同情じゃないのは確かだ」
「そっか……優しいね」
「…………」
「もういいよ。そろそろ帰ろうか」
「……そうだな」
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そうして俺達は鎮守府内の海岸まで来た。少し肌寒い時期に加え月が全く見えない新月の夜でタバコの火が一層暖かに光っている。北上は何をするでもなく自分の三つ編みの先っぽを弄っている。
お互いに何も話さない。風も無くタバコに火をつける時のジッポの甲高い金属音が響く。
「ねぇ、てーとく?そろそろ良いんじゃない?」
北上が沈黙に飽きたと言うように切り出す。俺は加えているタバコをゆっくりと吸い、言葉と共に吐き出す。
「……ふぅ。俺が何を言っても聞かんだろう?お前は、自分はもうもどきになって深海棲艦どもを出来るだけ多く道連れにして死ぬことしか考えてない。実際にあの戦場を見ていない提督の俺が何を言っても、言葉は届かないだろう」
俺がそう言うと北上は弾けるように俺の胸ぐらを掴み食ってかかる。
「じゃあ黙ってろよ!そうだよ!艦娘でもない、深海棲艦でもないアタシの気持ちなんて誰にも分かんないんだよ!」
「じゃあお前は!俺やお前の姉妹の気持ちが分かんねぇって言うのかよ!多摩はあの戦いで足でまといになった事を今でも悔いているんだぞ!木曾は多摩を必死に守ってあの海域から戻って来たんだぞ!それこそが自分に出来る最前の手だからって!球磨がどんな思いでお前に自分の妹の敵を譲って、その妹に手をかけたと思っているんだよ!大井は!着任当時からずっとお前のそばにいてお前の事を見守って支えていたんだぞ!それを!その思いすらわからないって言うのか!北上ぃ!」
俺が
は
俺はそう言って北上を抱きしめた。
「お前ははぐれの深海棲艦なんかじゃない!俺の鎮守府のエースの球磨型軽巡洋艦三番艦北上だ!」
俺がそう言うと、北上は何も言わずに俺にしがみつくように抱きつき、ワンワンと泣き出した。
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その後いつも通りの北上に戻り、適度にサボりつつ、のほほんと出撃をこなすようになった。一つ変わったのは、出撃から帰ってくると必ず俺のところに来て、タバコ越しのキスをねだるようになった。