どうぞお楽しみください。
春眠暁を覚えずとはよく言ったものだ。春はどうも昼飯を食ったあとの数時間後、丁度二時から三時にかけて非常に眠くなる。それは常日頃「二十四時間、寝なくても大丈夫」と言っている俺の嫁艦の初春型駆逐艦三番艦「若葉」も例外では無いようだ。お気に入りの椅子を窓際に持って行き、春の麗らかな気温の下、太陽光を一身に浴びて寝ているさまはさながら光合成をしている植物のようだ。しかし、やはりそこは秘書艦の意地が有るのか、俺が小声でも若葉の名を呼ぶと直ぐに飛び起きて眠たげな目を擦りながら仕事をこなす。
「なあ。眠いんなら仮眠室で寝てきても良いんだぞ?今日は仕事量もあんまり多くないし」
俺がそう言うも、若葉は首を縦に振らない。
「そうはいかない。提督が仕事をしているのに若葉がサボる訳には……いか……な……い」
前言撤回。若葉は首をこっくりこっくり船を漕ぎ出した。しょうがないから若葉を抱え、俺の仮眠用に備え付けてある布団に寝かせ、代わりの秘書艦を誰にするかとタブレットを操作して今日の全艦娘の予定を調べる。……。ふむ、初春、子日は非番だけど初春は出撃予定は無く、待機となっている。ちょうど良いから彼女に手伝って貰おう。
数分後、呼び出しに応じて初春が執務室に到着した。
「で、若葉の代わりに今日一日秘書艦をして欲しいとな?」
「ああ、頼めるか?」
俺がそう言うと初春は優雅に扇子を煽りながら言った。
「可愛い妹の夫の頼みじゃ。一も二もなく答えるのが姉の役目というもの……。しかし、今日は『長女会』があるから無理なのじゃ」
「長女会?」
俺が聞きなれない言葉に思わず聞き返すと初春は頷いて説明してくれた。
「そう。名前の通りに各姉妹艦の一番艦が集まって情報交換をする会じゃ。と言っても、情報交換なんて物は建前で実際は月一のおしゃべり会みたいな物になっておるし、既に一番艦以外の娘らも参加しておるから『長女』なんてものはとうに無くなっているのじゃがな」
「へぇ……そんなもんがいつの間に……」
思わず俺が零すと、初春はクスクスと笑った。
「おや?この会はそもそもそなたが言い出したのが発端じゃぞ?」
無論、俺はそんなこと言っていない。
「どういうことだ?俺はそんな会今初めて聞いたぞ?」
「会そのものは、確かに。そなたは初耳じゃろうてな。しかし、この会が出来たのは常日頃から言っておる「退役後に文化的な生活が出来るように趣味を持っておくこと」そなたの言葉を聞いて暁や吹雪ら駆逐艦の一番艦が主体に動いて作られたのじゃ」
確かに俺は退役後に自由に生きて欲しいと願って趣味を持つことを推奨していた。皆の要望にも出来る限り応え、時雨は大型のカメラを購入。色んな風景を写真に収め、それを姉妹に見せている。写真の師匠が青葉なのが不安だけど……。
それにより驚くべき発見も多かった。夕立なんかは時雨の写真を見てそれを油絵にする事を趣味にしている。普段はやかましく走り回っているのに絵を描いている時は静かで出来も素晴らしい物になっている。
「そうだったのか。……ん?」
俺は首を傾げながら再度聞いた。
「その趣味と、長女会にどんな繋がりがあるんだ?」
「それはのう……」
と、初春が説明しようとした瞬間。執務室のドアがコンコンとノックされた。
「開いてるぞ、入ってくれ」
開いたドアの先にいたのは、丁度話に上がっていた暁型駆逐艦一番艦の暁だった。長い黒髪に幼い顔つきながらも立ち振る舞いにはどこか大人っぽさがある。常日頃から大人のレディーであろうとし、意識しているが故に身についた所作は堂に入っている。
「暁か、ちょうどお前の話をしていたんだ。どうした?何か用事か?」
暁はピョコンと可愛く俺に向かって礼をした後に初春に向いた。
「司令官。御機嫌ようなのです。今日は長女会っていう集まりがあって。初春さんもいつも参加してくれているから呼びに来たのよ。……もしかして、初春さんは今日は来れないかしら?」
机の上の書類を見て察したのか問いかけてくる。まぁ別に今日の書類はそんなに多くないから大丈夫かと思い大人しく初春を解放し暁に渡す。
「いや、今日は仕事もほとんど終わってるし、1人でやるよ」
そう言って二人を見送ろうとしたら暁が目を煌めかせて詰め寄ってきた。
「そうなの!なら司令官、今日は一緒に長女会に参加してみない?皆司令官ともお話したがっているわ」
姉妹共々いつも俺を手伝ってくれる暁の珍しいおねだり。……まぁ書類は最悪今夜か明日にでもやればいいか。そう自分に言い訳して暁主催のお喋り会に参加することになった。
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「なぁ、暁」
「なにかしら、司令官?」
道すがら、初春にしかけた質問をすることにした。
「その長女会は俺が趣味を持った方がいいぞって言ったから出来たんだろ?それがどうしてお茶会に繋がるんだ?」
「そうね、最初は私と吹雪ちゃんが吹雪ちゃんのお菓子を一緒に食べるところから始まったのよ。吹雪ちゃんは叢雲さんにお菓子を作ってあげてたら凄く喜んでくれたらしくて、それからいろんな人にお菓子を作って食べてもらうのが趣味になったのよ。で、私の趣味はいろんな人とお話しする事。でも私はお菓子も作れなければ美味しいお茶も入れれない……。そんな時に吹雪ちゃんと白雪ちゃんがお菓子を作ってお茶会をしようって。白雪ちゃんの入れるお茶は本当に美味しいのよ!」
珍しく暁が熱く語っている。俺の言い出した一言で色んな人が交流できるなら嬉しい限りだ。
そうこう話しているうちに長女会に着いた。もう皆めいめいに席に着いてお喋りに興じたりお菓子に舌つづみを打ったりしている。
「お!今日は提督も来たのか!ここはいいぞー!肴はクッキーがいくらでもあるし酒が美味い!」
早速飲んでいやがる隼鷹がそう叫ぶとその声に反応して数人がこっちにやってくる。
「おや?司令官がここに来るのは初めてですよね?記念に一枚いいですか?」
そう言いながらカメラのシャッターを切るのは青葉。
「あら、来たのね。吹雪の作るクッキーは美味しいわよ。アンタも早く食べないと無くなるわよ?特に今日は赤城さんと加賀さんが来ているし」
そう言いながらキッチリ自分の皿に大量のクッキーを確保しているのは叢雲。お言葉に甘えて一枚貰い、サクサクとした食感と程よい甘味を堪能しながら適当に歩いていると金剛四姉妹がテーブルで暁達四人と紅茶を飲んでいた。
「ネー、そしたら……あ!テートク!来てたのネ!ウェルカムネー!座って座って!」
そう招待されたので大人しく座ることにする。
「今響が美味しい紅茶の飲み方をレクチャーしてくれるって言うから教えて貰っているんデスよ」
「ロシアンティーっていう紅茶にウォッカを入れてジャムを舐めながら飲むというロシアの飲み方だよ。温まるよ、はいこれ、司令官の分」
例を言ってジャムをひと舐めしてから紅茶を一口。
「お、美味いな。いい感じに体がポカポカする」
「スコーンも欲しくなるネー」
「スコーンですね?分かりました!次回までに練習しておきます!」
ちょうどそこを通りかかった吹雪が金剛のリクエストを聞きつける。そのまま十人の大所帯でお茶会を楽しんだ。
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長女会も終わり、次回も是非参加してくれと皆に頼まれて解放され、執務室に戻ると今起きましたと言わんばかりにぼんやりしている若葉がいた。
「ようやく起きたかお姫様?」
俺がそう言って茶化すも寝起きの若葉には何も聞こえていないようだ。フラフラと俺の前までやって来て櫛を渡してきて俺の膝の上にストンと座った。
「今日な、長女会に行ってきたよ」
俺がいつも通りに寝癖を直してやりながら今日のことを話してやる。
「長女会。……ああ、初春姉ぇがいつも言っているあれか。なんだかんだ参加した事無かったな」
「そうか、今度は一緒に行くか?」
「ああ。悪くない」
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翌日。案の定終わらなかった昨日の書類と今日の分に押しつぶされていたら昨日に引き続きコンコンと控えめなノック音が聞こえる。
「入ってくれ!今手が離せない!」
「失礼するわ、司令官」
そう言って入ってきたの暁。昨日の違って若干眠そうだ。
「暁か、昨日はありがとうな。で、どうした?」
「えっと……今日は私も仕事を手伝おうと思ってきたの」
「そりゃ有難いけど……。今日は確か非番だろ?」
「そうだけど昨日私が長女会に誘ったせいで終わらなかった訳だし……」
「そうか、ならちょっと手伝って貰おうか。若葉、椅子もう一個用意してくれ。……若葉?ね、寝てやがる」
昨日あんなに昼寝してたくせに……。
「司令官、大丈夫よ。若葉さんは布団に寝かせてあげてそこでお仕事するわ」
「ああ、そうしてくれ」
そう言って暁が若葉を抱き抱えて布団まで運ぶ。抱え方が完全にレスキュー隊員のそれなんだけど……。良いのか?
「よいっしょっと。司令官?先ずは何をすればいいかしら?」
「あ、ああ。とりあえず若葉がやっていた書類の続きから頼む」
「了解なのです」
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数時間にわたる激闘の末ようやっと全ての仕事を終わらせた時には夕方になっていた。
「やーっと終わったか。ありがとうな、暁。……暁? 寝ちまっているか」
恐らく昨夜は片付けと次回への反省会でもしていて寝不足だったのだろう。労う意味で暁の頭を撫でてやる。
「ありがとうな。暁」
「司令官。もっと……頼っていいのよ」
「それは雷だろうが……案外4人とも似たものなんだろうなぁ……。姉妹……かぁ」
春の足音が近づくにつれて太陽が昇っている時間も伸びてきた。もうあと数ヶ月で梅雨になり、夏が来る。まだまだこいつらには世話になるなと思いながら暁を若葉が寝ている布団まで運んでやった。