六日目断章 『序章 始まりの夢』
ふと、気が付く
……これは夢だ、と。明晰夢という奴だろうか。何度か経験した、記憶を夢見る感覚。さて、今回はセイバーのものか、それとも……
と、考え、どうしようもない違和感に気が付く
サーヴァントとの繋がりを通して見る夢は、サーヴァントの視点であるはずだ。当然である。サーヴァントが見てきたものを、俺が覗いているのだから、彼女の視点でなければ可笑しい。だというのに、此処は……
あの森、俺がセイバーと出会った、ヴァルトシュタインの森だった
違和感は無い。俺は俺、ザイフリート・ヴァルトシュタイン。俺の視点で、俺を見る明晰夢
有り得ない。だが、叫ぼうにも言葉が出ない。これは、誰かの記憶を覗き見る、あの明晰夢の特徴
これは……誰の記憶だ?どうして俺が俺を見る?何故、こんなものを見る?これは、俺が俺として完全にサーヴァント擬きになった証だとでもいうのか?
……分からない。答えなど、今出るわけがない
そんな中、とりとめもない思考は置いておいて、世界は進んでゆく
……強烈な違和感
こんなもの、俺は見たことがない。こんな場面、こんな視点、俺が遭遇した訳がない
夢の中の俺の眼前には、木にもたれ掛かり、魔獣に腕をかじられ今にも消えそうな一人の少女が居た。いや、これはボロボロの男性だ
そんな訳はない、彼女は線の細い長身のイケメンだ
……ああ、そうか。一人納得する。最近は俺の前では認識阻害を抑えているのか、それとも大体フードを取っているからか、或いは単純に見なれただけなのか、基本的には核とした誰からしき青髪に澄んだ赤い瞳の少女の姿としてしか認識していなかった以上違和感があるが、この正しい認識の出来なさはアサシンの特徴。つまり、眼前の達人らしき死にかけの老人の正体はサーヴァント、アサシン。だが、まだ森に居た頃の俺は、そんな事は知らず……
いや、待て、可笑しい。そんなはずがあるか。俺が俺として森に居た頃に、セイバーと契約する前に、アサシンと遭遇などしていない。こんな過去はあったはずはない
そもそも、アサシンはサーヴァント。こんな、ヴァルトシュタインの魔獣なんてサーヴァントにとっては雑魚同然の有象無象扱いされうる存在に、一方的にかじられ消滅しかける程に弱くはない、はずだ
「っ、らぁぁっ!」
俺の体が、切っ先を地面に向けた体勢から剣を跳ね上げる。纏われた淡く赤い光が飛刃と化し、アサシンをかじる獣の首を、半ば両断した
……弱い。あのレベルの魔獣擬き、俺でも首を跳ねられたはずだ。無理矢理の夢幻召喚を経て俺という存在の基準が上がった上で語っている以上少しはズレがあるかもしれないが、こんなにもあの時の俺は弱かっただろうか。まともに
『……
体を食らっていた獣が倒れ、解放されたアサシンは、ぼんやりと濁った碧眼で俺を見上げる。フードは、既に取れている。だというのに、最初からフードを被っていなかったというのに、俺という明晰夢視点ですら、アサシンの姿はぼんやりとしていた
此方を見上げる濁った黒目を見返しながら、夢の中の俺は返す
「理由がいるのか?」
と
生気が無い。意思もない。なにもない、虚無の瞳。どれだけ外見を認識し続けられずとも、一瞬の後に認識する姿が別人に変わり続けようとも、そこだけは一切変わらない絶望のみを湛えた眼。俺の知るアサシンの、澄んだ赤い瞳とは完全に別物。一瞬だけ、あのアサシンとほぼ同じ姿をした瞬間があったが、あの瞳は決して綺麗だなんて言えはしない
『価値、ない』
「そんな事はない」
俺の体が、勝手に首を振る。干渉出来ず、ムービーを見せられている感覚
「理由が要るか?と言ったが、こちらに理由がある」
反応はない。アサシンは何も反応を返さない。俺の知るアサシンなら、あまり口数はなくとも、しっかりと理由を聞くだろうに
「俺はサーヴァントが欲しい」
……それは、明らかに俺であって俺でない者の発言だった
俺がサーヴァントを当てにした事は、セイバー召喚以前にはまず無い。自力で片を付けるしか無い、最低限それが絶対に不可能ではない力はある、最悪他のサーヴァントと同盟も上手くすれば行けると認識していたのだ。そもそもセイバーと契約できた事自体が嬉しい誤算に当たる
だというのに、アサシンに向けてそんな言葉を吐くのは可笑しいのだ。そもそも、この言葉からすれば、これはセイバー契約前なのだし
『役立たず』
「例えそうでも構わない。今はそうで良い
だから、召喚されたというアサシンを追ってきた」
アサシンが、眼をしばたかせる
『「
「誰でもない、俺と同じだな」
自嘲するように、夢の中の俺が、そんなことを呟く
不意に、少しだけアサシンの瞳に光が揺れた
「誰でもない、自分ですらない。ならば、俺のモノになれ、サーヴァント、アサシン」
アサシンが、応じるように、木にもたれ掛かったまま右手を延ばす
雲の切れ間から、ふと淡い月光が射し込んだ
夢の中の俺の背側から、アサシンの足元までが、微かな光に包まれる
「何もないというならば、問いかけはしない」
延ばしたアサシンの手だけが、暗がりを出て光に照らされる。その手は、一瞬の後に変化する事はなく、あのアサシンの姿のままで……
「言おう、俺がお前のマスターだ」