【ARIA】 その、いろいろなお話しは……(連作)   作:一陣の風

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「縁」-「えにし」もしくは「えん」という言葉が好きです。
「絆」-「band of」 と、いうほど強いモノはありませんが
「袖すり合うも…」くらいの軽やかさが好きです。
最後まで読んでいただけた後に、みな様が少しでも「縁」を感じていただき。
「アオイイロ」が少しでも、みな様の心に広がれば、これに勝る幸せはありません。
それではしばらくの間、お付き合い、よろしくお願いします。



第九話

 AQUAの空は、海の藍をも取り込んで、どこまでも青く輝いていた。

 

 

       

   第九話『 Indaco Io appaio ble 』

 

 

 惑星AQUA。

大規模なテラフォーミングの結果、水の惑星と化した、かつて火星と呼ばれていた、この惑星に、

人類の移植が始まって、はや150年。

今では、マン・ホームと呼ばれている地球。

同じく、ルナ・1と呼ばれている月と共に、AQUAは人類、第三の故郷として、多くの人々が暮らしていた。

 

そのAQUAの都市のひとつ。

ここネオ・ヴェネツィアにおいて、一人の少女が校舎の窓越しに、ぼんやりと空を見上げていた。

 

「藍より青し……かぁ」

どこまでも広がる青い空を見ながら、少女はひとりごちた。

 

どこまでも青く、藍く………

 

 

「おいっ。 ちゃんと聞いてるか!?」

 

-ばんっ

と、机が叩かれて、少女は我に返った。

 

「あら?」

「なぁにぃがっ、あら?-だ! 昼間っからボケるの禁止!」

「あらあら」

「あらあらじゃねええ! お前、ちゃんと私の話を聞いてたか?」

「うふふ」

「てめえ。みんながみんな、お前のその小悪魔スマイルに騙されると思うなよぉ!

 幼馴染の私には、そんなのは、きっかああああああああん!!」

「あらあらあら」

 

少女は、ぎりぎりぎり…と、腕を胸の前で組みながら、こちらを恐ろしい気な瞳で睨んでいる目の前の人影を、改めて見上げた。

 

美人-といって良いのだろう。

ショートな、けれど、艶やかな黒髪。

きりり-と引き締まった眉。

その下の双眸は、らんらんと輝き、意思の強さを表している。

小さく、けれどツンと上を向いた鼻。

口は絶対の自信にあふれ、そこから吐き出される言葉には、何者にも臆さぬ自負があふれている。

背は高からず低からず。

そのプロポーションの良さと相まって、絶対の存在感をかもしだしていた。

 

彼女の幼馴染であり、親友のひとり。

晃・E・フェラーリだ。

 

 

「どうしたの、晃ちゃん」

「お前、ホントに人の話、聞いてなかったな……ほらっ、見ろ!」

晃は、少女の前に一枚の紙を突き出した。

「ん?」

 

 ーと、小首をかしげる少女。

なぜかその仕草に、周囲から、ため息がもれる。

 

「ちゃんと見てみろ! 姫屋からの採用通知だ!」

「あらあら。晃ちゃん、受かったの?」

「そうとも……」

晃は背を伸ばし、再び胸の前で腕を組むと、優越感にひたった表情で言った。

 

「このネオ・ヴェネツィアで、百年の歴史を持つ、あの姫屋だ。すごいだろ?」

「うふふ……晃ちゃん、ウンディーネになるんだ」

「ったり前だ! 姫屋に就職して、サラマンダーになるかぁ!」

「あらあら……」

 

 

 解説しよう。

 

 「ウンディーネ」

とは、街中に張り巡らされた水路を使い、この都市、ネオ・ヴェネツィアをゴンドラと呼ばれる舟を使い、観光案内をする水先案内人のことだ。

女性しかなれず、この街のアイドル業とまで言われている。

大小さまざまな店があるが、その中でも姫屋は、創業百年の歴史を持つ、ネオ・ヴェネツィア最大の水先案内店だった。

 

ちなみに本編には、まったく関係ないが

「サラマンダー」とは、このアクアの気候調整を空に浮かぶ「浮き島」とよばれる場所で行う、火炎乃番人のことだ。

 

 

「晃ちゃんなら、ノームさんや、シルフさんも、できそうだけど?」

「う、うむ……ノームも、シルフも楽しそう……って、ちっがあうううううう!」

 

 

 再び解説しよう。

 

やっぱり本編とは、まったく関係ないのだが

「ノーム」は、アクアの重力を常に1Gに保つ仕事をしている、地重管理人のこと。

「シルフ」は、車の使用が禁止されている、ネオ・ヴェネツィアで、郵便以外の宅配物をエア・バイクを使って配達する運送業者のことだ。

 

 

「女として、このネオ・ヴェネツィアに生まれたならば、誰もが夢見るウンディーネ。 そのトップ・プリマに、私はなる!!」

 

 

 またまた解説しよう。

 

さっぱり本編とは、まったく関係ないのだがー

ウンディーネは、見習いの「ペア」 半人前の「シングル」 

そして、実際にお客様を乗せて観光案内をできる一人前の「プリマ」の三階級に分けられている。

そしてその一人前の「プリマ」の中でも、さらに抜群の技量と実力を持った、ほんの一握りの「プリマ」だけが「トップ・プリマ」と呼ばれ、称賛されるのだ。

 

 

「あらあら。晃ちゃんって、海賊さんみたいね」

「お前、私のことをバカにしてんのか……?」

「うふふ」

「すわっ! うふふ禁止!」

「あらあら」

「あらあら禁止!」

「うふふ」

「うふふは禁止! って言ったろ!」

「あらぁ」

「ちょっと言い方変えてもダメだあああ! って、いいかげんにしろおおお!!」

 

ぜいぜい-と肩を揺らしながら、晃が叫ぶ。

一方、少女の方は「柳に風」とばかりに、そんな晃の言葉を受け流していた。

 

「とにかく。私は姫屋のウンディーネになって、必ずトップ・プリマになってみせる。 お前もよく考えておけっ」

そう言うと晃は踵を返すと、足音も高らかに教室を出て行ってしまった。

「うふふ……」

そんな背中に、少女は微笑みながら小さく手を振り見送った。

 

 

「ねえ、今の子って…4組の晃?」

クラスメートの一人が、少女に走り寄って来た-と思った瞬間、机に足を取られて盛大に引っくり返る。

「あらあら、アン、大丈夫?」

「いでででで…だ、大丈夫よ……」

 

少女の同級生であり親友のひとりでもある、アン・シオラは、頭をかきながら立ち上がる。

「ほんとに大丈夫?」

「大丈夫。大丈夫。 いつものことよ……ところで、今の子ってば…」

「ええ。晃ちゃんよ」

「やっぱり」

「やっぱり?」

「あんた、ホントに自覚ないんだから……」

 

アンは、改めてクラスメートの少女を、まじまじと見やった。

輝くような金髪を二つ括りにした、特徴的な髪型。

白く、細やかな肌。

どこまでも透き通る、アクアマリンの瞳。

いつも、たおやかな微笑を絶やさぬ、その口元。

 

晃・E・フェラーリとは、間逆な位置にある美少女。

我らが『ビアンカネーヴェ Biancaneve』-白雪姫-

 

 アリシア・フローレンス。

 

 

「あなた達二人は、この学年……いえ、学校では有名人なのよ」

「あらあら」

「前の学園祭のとき、アリシアと晃、二人で『白雪姫』ってお芝居やったでしょ」

「ええ。私が白雪姫で、晃ちゃんが悪いおばあさん役だったわ」

 

 -うふふ

と笑うアリシアに、アンはあきれたように言った。

 

「あのときのアリシアの白雪姫も、ため息ものだったけど、魔女役の晃も、みんな、ため息ものだったのよぉ」

「あらあら」

「ったく、ちょっとは自覚もちなさいよ」

 

まさに、あの日。

たかが学園祭のクラス劇で行われた「白雪姫」は、このミドルスクールの歴史上、特記すべき出し物となった。

 

アリシアが演じる優雅で美しさに満ち、気品あふれる(本人はまるで意識していなかったが)白雪姫は、在校生は言うに及ばず、男性教師や父兄達からも、ため息と羨望の眼差しを持って、迎え入れられた。

 

そして、晃。

前半、白雪姫をいぢめる魔女として。 後半は、彼女を助ける王子として、二役に挑戦した彼女は(本人が『私に両方やらせろっ』-と、それを強要したのではあるが) 

その鬼気迫る魔女の演技で、観客を恐怖のどん底に落とし入れ。

続く王子様の演技で、その場にいた全ての女生徒と女性教師、母親達から、熱い吐息と憧れの眼差しで持って、迎えられたのだ。

 

鳴り止まぬ拍手に答え、アンコールに立った二人の姿は、王子と姫という、人類、永遠の憧れを具現化したものとして、人々の記憶の中に、いつまでも刻み込まれる事となった。

 

(それはまた、一部の特殊妄想世界の住人達には、身をよじるような創作意欲をかき立てられた瞬間 -と、いうことなのだが……)

 

 

「あらあら。そうなの?」

「中には、あんた達二人が、本気で付き合ってると思ってる子もいるのよ……ねえっ」

 

アンは振り向きもせず、誰にともなく言った。

……のだが、まわりのクラスメートの首が縦に「うんうん」-と、振られたのは確認するまでもなかった。

 

 

「確かに私と晃ちゃんは、幼馴染だけど……」

「ああ、幼馴染だったんだ。どうりで……」

「ええ。ずっと一緒。昔っから晃ちゃんは変わらないわ」

「へえ……」

昔からあんな調子……何か空恐ろしいモノを想像して、アンは小さく身震いする。

 

 

「昔こんなこともあったのよ」

そんなアンの気持ちを知ってか知らずか、アリシアは晃の武勇伝を語りだす。

 

「私達がまだロースクールの1年生だったとき、初めて浮き島の社会見学にいったの。

 そしたら晃ちゃんってば、自分も良く知らないのに勝手にクラスを抜けだして、私を連れて浮き島探検し始めちゃうんだもの。 ワルよねぇ」

「へ、へえ……」

「結局、最後は、浮き島の男の子達とお友達になって帰ってきたのよ。うふふ」

「うう…すごい。漢らしい……って、女か」

「でも晃ちゃんってば、女の子らしいところもあるの」

「え?」

「だって、さっきのことだって、まだ将来を決めていない私のことを思いやってくれたんだもの」

「今のが…そうなの?」

「うん。素直じゃないけど、とってもいい子なの」

「へええ……」

 

 -そうなのか?

と、アンも小首をかしげるが、もちろん周りから、ため息が聞こえてくることはなかった。

 

 

「それより、あの白い雲を見て思ったのだけど……」

「ん?」

 

アリシアは、窓の外に広がる高積雲を指差しながら言った。

 

「アンの入れた、生クリームのせココア。飲みたいな……」

「……はいはい、姫様。さすれば我が東屋までお越しください」

「うふふ。ありがとう」

「ホント。あんたって子はよく分からん」

「あらあら、うふふ」

 

 

 -30分後

 

「ああ、美味しい。やっぱりアンのいれてくれた、生クリームのせココアは最高ね」

アリシアはカップを両手で包み込むようにして持つと、嬉しそうに言った。

 

ここはアンの家。

学校の終わった二人は、アリシアの操るゴンドラに揺られ、大運河(カナル・グランデ)の近くにあるアンの家へとやってきていた。

 

「喜んでいただけて光栄です。姫様」

「うふふ。 でもこうしていると、アンに初めて生クリームのせココアを飲ませてもらったときのことを思い出すわ」

 

それは、アリシアが風邪を引いて学校を休んだ、とある冬の寒い日のこと。

お見舞いに来てくれたアンが、元気がでるように-と、特別に作ってくれたものだった。

ほんの少しだけ塩を入れ、甘さを引き立たせたココアは、今までアリシアが飲んだ、どのココアより美味しかった。

絶賛するアリシアにアンは、そのとき初めて、将来はカフェを開きたい-とゆう夢を語ったのだ。

 

「アンはやっぱり、将来、カフェを開きたいの?」

「ええ」

アリシアの質問に、アンはきっぱりと答えた。

 

「それが私の夢だもの!」

 

その迷いのないアンの台詞に、アリシアはふと、不安になる。

 

 

-私は本当は何をしたいのだろうか?

 本当は、これといって何をしたいのかも分からない。

 ただ漫然と過ごす日々の中で、私は何をしたいのだろう。

 確かにゴンドラは好きだ。

 ウンディーネにも興味はある。

 けれど、それは本当に私の将来、なりたいものなんだろうか?

 晃ちゃんのように、私は……

 

 

コップを手に、不意に黙り込んでしまうアリシア。

そんなアリシアにアンが、一瞬の間をおいて、明るい口調で言った。

 

「アリシア。お代わりは?」

「え、ええ。ありがとう。いただくわ」

 

アンはアリシアのコップを受け取ると、立ち上がりキッチンへと向かう。

が、その途中で振り向くと、まだ考え込んでいるアリシアに向かって言った。

 

「ねえ、アリシア。今度、一緒にゴンドラに乗ってくれない?」

「え?」

「実は私さ。この街に長年、住んでおきながら一度もゴンドラ・クルーズってしたことがないんだ」

 

アンは、頭をかきながら『えへへ』と笑った。

 

「だからさ、一緒に付き合ってくれない?」

 

アリシアは気が付いた。

これは彼女なりの気遣いなのだ-と。

悩む私を見て、そう言ってくれたのだ-と。

一度、本当のゴンドラ・クルーズを体験してみよう-と。

 

「うん」

だからアリシアは、笑顔でうなずいた。

「うん。喜んで」

そんなアンの心遣いが、とても嬉しかった。

 

「よし。んじゃ、次の日曜日に。予約とかは私に任せて!」

「……アン」

「ん? なにアリシア」

「……ありがとう」

「ば、バカ。きゅ、急に何言ってるのよ……照れるわ」

 

そう言って、あわててキッチンに飛び込んでいくアン。

そして-

何かをひっくり返す金属音と、アンの悲鳴が、お約束のように聞こえてきた……

 

 

 

  ****

 

 

「へ? 予約入ってない?」

 

日曜日。

アリシアを連れ、意気揚々と姫屋の門をくぐったアンであったが……

 

「はい、まことに申し訳ありませんが、本日、アン・シオラ様名義のご予約は入っておりません」

受付のウンディーネが、すまなそうに言う。

「はいい? なんで? そんな………はう!?」

 

突然、何かに気が付いたかのように、アンはアリシアに問いただした。

「ねえ、アリシア。今日は何日?」

「ええっと……11日よ」

「はうああ! 明日だあっ! 一日間違えた……」

「あらあらあら」

 

愕然とへたり込むアンに、アリシアはいつもの笑顔で答え、その背中をそっと叩いてあげた。

 

 

「ごめん、アリシア…どうせならと思って、せっかくトップ・プリマの明日香さんの予約とったのに……」

 

当然のように、ミドル・スクールの学生である二人には、翌日、学校を休んでまでのゴンドラ・クルーズは許されない。

見かねた受付のウンディーネ(名札には、アンジェリア・アマティーとあった)が、キャンセル料も取らずに、料金を全額返金してくれたため、経済的な損失は、ほとんどなかったのだが……

 

 

「うふふ。いいのよ。ありがとう。その気持ちだけで、私は嬉しいわ」

「ううう…ありがとうアリシア。仕方ない。飛び込みで探してみようよ」

「いいのよ、アン。あまり気にしないで」

「いいや、汚名挽回よ。今度こそ、私にまかせてっ」

「あらあら。アン。汚名は返上するもの。挽回はするのは名誉よ」

「おお。さすが我らがピアンカネーヴェ。博識ですなあ」

「あらあら……うふふ」

 

そうこうしているうちに、二人はサンマルコ広場へとやって来た。

そこでは、各水先案内店のウンディーネが、飛び込みのお客を得るために、軒をならべていた。

 

「う~ん。 あそこにいるのは、オレンジ・ぷらねっと。 今、新進気鋭の急成長株の水先案内店なのよ。こっちにいるのは、エンプレスに奇想館。あちらはMAGA社。どれも中堅だけど、歴史はあるわ」

「あらあら。 アンってば詳しいのね」

「アリシアが知らなさすぎなの。つか、やっぱりこれくらいは事前に調べとかないとね」

アンは今日の日のために、いろいろと調べておいてくれたのだ。

 

「うふふ…アン、ありがとう」

 

「ば、バカ。だから、照れるっちゅーの! ……ねえ、アリシア」

「ん?」

「あなたはどこのゴンドラに乗りたい? やっぱり晃と同じ姫屋?」

「んん…私は……」

考え込むアリシアの視線に、突然「アオイイロ」が飛び込んで来た。

 

そう。

それはまるで、あの青い空のように。

それはまるで、あの藍い海のように。

 

つられたように、ふらふらと、そちらに近づいていくアリシア。

 

「ちょっ…アリシアどうしたの?」

あわててアンが追いかけてくる。

その視線の先には、青い制服のウンディーネと、藍いゴンドラが浮かんでいた。

 

「あの……」

「はい。なんですか?」

 

おずおずと声をかけるアリシアに、青い制服のウンディーネが答える。

 

「あの…ゴンドラ・クルーズを……」

「アリシアっ」

あわてた感じで、アンがアリシアの腕を引っ張った。

 

「え、どうしたのアン?」

「あそこはダメだって……」

「ええ?」

 

アンは、そのウンディーネに聞こえないように、小声でしゃべった。

 

「あのゴンドラは、ARIA・カンパニーのゴンドラよ」

「ARIA・カンパニー…」

「そう。極端な少人数主義で、社員はいつも一人か二人。 人気は高いんだけど、入りたくても入れないトコなのよ」

「そう……なの?」

「そう。だから、乗るだけ無駄よ」

「…………」

 

「アリシア?」

「ごめんなさい、アン。私、あのゴンドラに乗りたい」

「ええ?」

「なんだか分からないけど、乗ってみたいの。 ……ダメ?」

 

ちょっと上目使いに、懇願するアリシア。

………無敵である。

 

「うぐぐぐ…身もだえぇぇぇぇ! はあはあはあ……わ、分かったわよ」

「アン?」

「あなたにそんな風にお願いされて、誰が断れるの?」

もし、周りにアンのクラスメート……いや、同じ学校の全生徒がいても、約一名を除いて、誰もがうなずいたことであろう。

 

「ぷいにゅん☆」

突然、白いまん丸なモノが、アリシアに足に絡み付いてきた。

 

「うわっ。 なんじゃこりゃ?」

アンが驚きの声をあげる。

「あらあら?」

「にゅうにゅうん……」

その白くて丸いものは、ぷいぷいとアリシアによじ登って行く。

「猫…さん?」

そしてついには、アリシアの肩まで登ると、まるでそれが当然かのように、腕の中に収まった。

 

「あらあら、見て、アン。この猫さんの瞳、すごくキレイ」

「ほんとだ、きれいな蒼色だね」

「ああ、アリア社長。なにやってるんですかっ」

「社長?」

 

先程のプリマが、あわてて飛んで来る。

「ごめんなさいね。お嬢さん。ほら、アリア社長、降りましょう」

「ぷいにゃ、ぷいぷい!」

けれど、アリア社長と呼ばれた猫は、アリシアの腕の中から、なかなか降りようとしない。

「アリア社長、どうしたんです?」

「あの……」

「え?」

「今、この猫さんのこと、社長って……」

「それはね、アリシア」

 

アンが、その蒼い瞳の猫を見ながら言った。

 

「このネオ・ヴェネツィアの水先案内店では、この猫さんみたいな蒼い瞳の猫さんを、航海の安全と無事を祈るお守りとして、社長にするって伝統があるの。 もちろん、ほんとの社長は、別に人間がいて、お店の経営とかは、その人がやるのよ」

「あらあら、そうなの?」

「そうなのって…アリシアって本当に何も知らないのね」

「うふふ……」

 

アリシアは改めて、自分の腕の中で気持ちよさそうに「ぷいぷい」と甘えている、アリア社長を見下ろした。

「ほんと…キレイな瞳」

「アクアマリンの瞳って言うのよ」

 

いつの間にか、小柄な女性が、アリシア達のすぐ横に立っていた。

「グランマ……」

青いウンディーネが言う。

 

「あなた、アリア社長に気に入られたのね。うふふ…素晴らしいわ」

「あなたが、グランマさんなんですか?」

アンが驚いたように叫ぶ。

「アン?」

「アリシア…あなただって、さすがに聞いたことはあるでしょ? 姫屋でトップ・プリマとして10年以上の実績を誇り、その後、ひとりでARIA・カンパニーを立ち上げ、30年もの長きに渡って、未だにトップ・プリマとして君臨し続け。

 その功績から、すべてのウンディーネの母と呼ばれる、伝説の大妖精。 本名、天地秋乃さん。 通称・グランマ……」

「伝説のグランマ…この人が……」

「まあまあ、そんなに大げさなことじゃないのよ」

 

 ほっ・ほっ・ほっ- っと、天地秋乃-グランマは、素敵に微笑んだ。

 

 

 

「そう。アリシアさんは、ウンディーネになりたいの……」

 

結局、アリア社長はアリシアから離れず、なし崩し的に二人は、ARIA・カンパニーのゴンドラに乗ることになった。

「はい、そうなんです。グランマさん」

「アン?」

「この子、ミドルスクールでもゴンドラを漕いでて、すっごく上手なんです。 学校で1.2を争うほどに」

「あら、それは、すごいわね」

「それに性格もよくて、友達からは『白雪姫』って言われるくらい、いい子で……」

「あ、アンってば……」

「グランマさん…お願いがありますっ」

照れるアリシアを尻目に、突然、アンが叫んだ。

 

 

「あら、何かしら」

「一度、アリシアの漕ぎを見てやってください。それで、もし。

 もしも気に入っていただけたなら、

 この子を…アリシアをARIA・カンパニーに入れてください!」

「あ、アン。 何を言い出すの?」

珍しく、アリシアがあわてる。

けれどアンは、そんなアリシアに構わず、グランマに懇願する。

 

「お願いします、グランマ。ほんの少しだけでいいんです!」

「アン……」

 

「いいお友達ね……」

グランマは、やさしく微笑んだ。

 

「……どう、アリシアさん。ちょっと漕いでみる?」

「えっ、いいんですか?」

アンが驚いたように声を上げる。

 

「あらあら、アンさん。あなたが言い出したのよ」

「あ…いや、それはそうなんですけど……」

困ったように頭をかくアンに、やっぱり優しく微笑みながら、グランマは言った。

 

「ほんとは、いけないんだけどね……誰も見てないし、少しくらいなら、かまわないでしょ」

 

再び、グランマは、ほっ・ほっ・ほっ-と笑うと、ゴンドラを漕いでいるウンディーネに言った。

 

「アンナ、お願い。少しの間、アリシアさんと代わってあげて」

「はい。グランマ」

 

アンナと呼ばれたウンディーネは、アリシアにオールを渡すと、ゆっくりと場所をゆずってくれた。

「すいません」

「ううん。がんばって」

 

アリシアは、アンナからオールを受け取ると、ファルコラと呼ばれるオール漕ぎの支点に、そのオールをゆっくりと差し込んだ。

 

 -これが、ウンディーネのオール

  思ったより重い……

 

家で使っているオールや、学校で使っているオールより、少し重い。

けれど、その分しっかりとしていて、腕に馴染み、持ちやすい。

 

グランマとアンナが微笑みながら。

アンとアリア社長が、期待に胸を躍らせながら、こちらを見ている。

 

オールをしっかりと持ち直す。

 

 

 -アリシア・フローレンス、行きますっ

 そう、胸の中でつぶやくと、アリシアはゆっくりとオールを漕ぎ始めた。

 

 

 -すごい………

 アリシアは感嘆した。

 

 風を感じる

 風がそよぐ

 風が流れていく

 

 波を感じる

 波がはしる

 波がさざめく

 

 -これが、ウンディーネのゴンドラ

  これが、白いゴンドラ

  これが、プリマのゴンドラ

 

 -なんて気持ちいいのだろう

  なんて心地よいのだろう

 

 まるで、あの青い空と

 まるで、あの藍い海と

 自分が一体になってしまったかのようだ

 

-このままずっと

 いつまでもゴンドラを漕いでいたい

 いつまでもこうして、ゴンドラを漕いでいきたい

 

 

 このままずっと、空と海と一緒になっていたい

 

 

アリシアは、はっきりと分かった。

今、はっきりと感じることができた。

私は……

私は……

 

 

 -私は、ウンディーネになりたい!

 

 

 

「ありがとうございました」

アリシアは、アンナにオールを返しながら言った。

 

「ううん。君、すごく、いい漕ぎだったよ」

「え?」

「アリシアすごいっ。すごい、すごい、すごい!」

「ええ?」

アンが、興奮したように、何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。

 

 

「ほんとう。いい漕ぎだったわ……」

そしてグランマは、さらりと言葉を紡いだ。

 

「どう、アリシアさん。ウチにこない?」

「えええ?」

 

「ウチは少人数主義で、人が少ないけど、それでよければ…どう? アリシアさん」

「あらあら、そんな……」

「アンナはどう思う。 あなたもそろそろ、弟子を持っても、いい頃ね」

 

グランマはアンナに…ゴンドラを漕いでいる、ただ一人の社員に訊ねた。

 

「はい、グランマ。 そろそろ私も-と、思ってました。 彼女の腕前は確かですし、それに彼女とはフィーリングが合いそうです。

 ……なんとなくですが」

 

アンナは、悪戯っ子っぽく、ウィンクをアリシアに送る。

 

「そう、それは大事よね。 ねえ、アリシアさん。 あなたさえよければ、ウチは大歓迎なんだけど」

「あらあら…えと……」

「ぷいにゅ~~ん☆」

アリシアが口ごもっていると、突然、アリア社長がアリシアのひざに飛び乗ってきた。

 

「アリア社長さん?」

「おほほ。アリア社長も、アリシアさんを歓迎しているようよ」

 

アリシアは、アリア社長の瞳をのぞき込んだ。

そのどこまでも広がる、藍い、蒼い、そのアクアマリンの瞳を………

 

 

「はい。ありがとうございます。 よろしくお願いします」

 

 

アリシアは、自分でも驚くほど自然に、その言葉を口にしていた。

 

 

「ぷいぷいいいいいー☆」

アリア社長が、喜びのあまり踊り始める。

 

グランマが、ほっ、ほっ、ほっ-と笑う。

振り返ると、アンナが親指をたてて、祝福してくれた。

 

「やったね! アリシア。おめでとう!」

アンが抱きついてくる。

 

 -?

 

アリシアは戸惑った。

アンの行動は、確かにアンらしい。 でもアンらしくない。

うまく言えないけれど、あまりにアンらし過ぎて……

しばらくして、アリシアは気付いた。

 

アンの肩が小刻みに震えていることを。

アンはアリシアの胸に顔を埋めながら、泣いていたのだ。

 

「あらあら、ど、どうしたのアン? 私、あなたのおかげで、ウンディーネになれるのよ」

困惑気味に訊ねるアリシアに、アンはささやくように言った。

 

「……ごめん、アリシア。ごめん」

「え?」

「私…私……あなたのウンディーネ姿、見ることできない……」

「ええ?」

「私、引っ越すの……」

「引っ越す? ど、どこに?」

「お父さんの仕事の都合で、マン・ホームに……」

「マン・ホーム……いつ?」

「今度の日曜」

 

「そんなっ! 一週間後じゃない」

「ごめん。アリシア。ごめん。どうしても言い出せなくて……」

「アン……ああ、だから、あなたは今日……」

「うん。私どうしてもアリシアにウンディーネになってほしかったの。だから私……ごめんね」

「ううん。アン……ありがとう」

優しく抱きしめる。

腕の中に、アンの温もりが、アンの優しさが、アンの想いが伝わってくる。

 

 

アリシアは、視線を上にあげる。

涙がこぼれないように……

ネオ・ヴェネツィアの空と海は、どこまでも青く、どこまでも藍く、輝いている。

それはまるで、アンの心遣いに似て……

 

「藍より青し……」

アリシアは、目に涙をためつつ、ぽつりとつぶやいた。

 

 

「青は藍より出でて、藍より青し……昔の哲学者の言葉ね」

グランマ-天野秋乃は、静かに言った。

 

「グランマ?」

「意味は、藍出ル青……やがて『青-弟子』は、『藍ー師匠』より旅立ち、師を越える」

「師を越える……」

「ええ、でも私は、それだけじゃないと思う」

「え?」

「私はこれは人と人との『縁』のことだと思うの」

「えにし…」

グランマは、相変わらず、もの静かな微笑を浮かべたまま続けた。

 

 

「人は人と出会い。いろんな影響を与え合って、生きていく。

 それは元の『藍』じゃなくて、それぞれにそれぞれの『青』に変わってね。

 今日、出会った私の『藍』と、それを受け取ってくれた、あなた達の『青』は、同じようなモノだけど、けれど、ぜんぜん違うものなの。 

 ね、素敵だと思わない。ふふふ」

 

 

「それぞれの『青』」

「それぞれの『藍』」

 

グランマは、そうつぶやき合う二人に、優しく言った。

 

「ええ。まるであなた達のようにね」

 

「アン……」

「アリシア……」

 

「私に素敵な『青』を、ありがとう、アン」

「ううん。私こそ、素敵な『藍』をありがとう、アリシア」

「そしてこれが……」

 

二人はお互いを抱きしめながら、言い合った。

 

 

  『 私達の【縁】』

 

 

そんな二人を、グランマとアンナが、いとおしげに見守っている。

アリア社長が、その蒼い瞳一杯の涙を浮かべながら「ぷいぷい」と泣いていた。

 

 

ネオ・ヴァネツィアの『アオイイロ』は、そんな二人に、いつまでもふりそそぎ。

そんな二人を、いつまでも優しく揺らしていた。

 

 

 

  ****

 

 一週間後

マルコポーロ国際宇宙港。

 

アンが、マン・ホームに引っ越す日がやってきた。

大勢の仲間達と共に、アリシアもまた、彼女の見送りに来ていた。

みんなの涙の中、けれどアリシアはもう泣いていなかった。

 

涙はあの日。

自分がARIA・カンパニーの一員となると決めた日。

その日の夜に、二人で一晩中かかって使い果たしていた。

 

今はもう、笑顔しか残っていない。

 

「アリシア。見送りありがとう」

「ううん。アンも元気で」

「うん。まかしといて。元気だけが私の取柄よ」

「うふふ。それとドジっ子さんなところもね」

「あちゃっ。アリシア言うねぇっ」

 

はじけるような笑顔。

そう、それこそがアンにふさわしい。

 

「ねえ、アリシア」

「なに、アン」

「あのさ、私、必ず帰ってくる」

「うん」

「それがいつになるか分からない。分からないけど、私は必ず、ネオ・ヴェネツィアに帰ってきて、カフェを開く」

「うん……」

「だからアリシア」

 

アンはきっぱりと言い放った。

 

「だからそのときは、アリシアのゴンドラに乗せて。 そうっ プリマになったアリシアの!」

「ええ、もちろん。その時は必ず」

 

アリシアもまた、そんなアンの言葉に力強く答えた。

 

 

「うん。楽しみにしてる。私の『ビアンカネーヴェ・白雪姫』さま」

「うふふ。私こそ、アンのカフェで、アンの入れてくれる、生クリームのせココア、楽しみに待ってるわ」

「うん。絶対に…絶対に……ね」

 

互いの両手を重ね、無言で見詰め合う二人。

 

そんな二人に、またもや周囲のクラスメートから、ため息がもれる。

何人かが、身をよじり、うめき始めた。

 

 

最終の搭乗案内が、広いロビーに響き渡る。

二人は、万感の想いをのせて、言葉を交し合った。

 

 

 「じゃ、私の『藍』。 またね」

 「うん。私の『青』。 またね」

 

 

大きく手を振り、笑顔で搭乗口へと消えていくアン。

途中、お約束のように、つまずき、すっ転んだのは言うまでもない。

 

みんなの口から、暖かな笑い声がこぼれる。

それは、自分達の大切な友達が、最後に残していった、最高の「縁」だ。

 

 -そう。

 

これが。

これこそが、彼女が私達に送ってくれた「藍」なのだ

 

 ーアリシア・フローレンスは思う。

 

そして、その「青」は、私達の中に広がって……

 

 

「舟」が飛び立つ。

 

その巨体にもかかわらず、軽やかに、穏やかに、ネオ・ヴァベツィアの空に浮かんで行く。

アリシアは、その姿が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けていた。

 

AQUAの空は、海の藍をも取り込んで、今日もどこまでも、青く光り輝いていた。

 

アン・シオラは、こうしてマン・ホームへと旅立って行った。

 

 

 

****

 

「なんだ、なんだ、なんだあ!  相変わらず、ひとりでシケた練習してやがるなぁ!!」

 

赤い制服のウンディーネが怒鳴った。

 

「ARIA・カンパニーを偵察してこい! って言われたから、今日も、いやいやながら来てやったぜっ」

 

 

 -半年後

 

シングルになって、ひとりで練習するアリシアの元に、赤い服のウンディーネ……

晃・E・フェラーリは、毎日のように、なんだかんだと理由をつけ、様子を見に来てくれていた。

 

「……えへ」

 

これも「縁」

そんな幼馴染の心遣いが、アリシアは嬉しかった。

 

 

「アリシア、大ピンチよっ。私達の同世代で、すごい奴がオレンジ・ぷらねっとにいるらしいわ」

突然、晃が叫びだす。

 

「あらあらあら」

「なに、のんきなこと言ってるの、アリシア。 ちょっと本に紹介されたからって、いい気になってない?」

 

それは「月間ウンディーネ」の特別号で組まれた「期待の新星」という記事のことだ。

晃はもちろん、アリシアも、あのARIA・カンパニーの新人-ということで、特集を組まれていたのだ。

 

「うふふ」

「すわあ! いい、アリシア。 誰であれ、次世代・NO-1の地位は、渡すわけにはいかないのよ!」

 

なおも何事かを叫び続ける晃に「あらあら」-と返事を返しながら、アリシアは、目の前に広がる、そのどこまでも「アオイ」空と海とを見回した。

 

いつか私達も、この空と海のように、どこまでも「藍」く輝きたい。

いつまでも「青」く輝き続けたい。

 

けれど、アリシアは知らなかった。

すでにその「縁」が広まりつつあることを。

 

ひとりの少女がマン・ホームで、そんな彼女を紹介した本を喰い入るように読んでいることを。

後日、その少女をも巻き込んで再会したアン・シオラと、大騒ぎをするはめになることを。

 

そして-

わずか数秒後。アンを凌駕する「ドジッ子」ウンディーネと、運命的な出会いを果たすということを。

 

 

こうして、アリシアの「藍」は広がってゆく。

 

 けれどそれは、また別の物語。

 

 

ネオ・ヴェネツィアの空と海は、何も知らぬ気に、どこまでも「青」く「藍」く、ただ、おだやかに輝いていた。

 

 

 

 

 

 

       -Indaco Io appaio ble(藍出ル青)- la fine-

 

 




後書きのような、なにかー

 Indaco Io appaio ble (藍出ル青)
本編タイトル。「藍より青し」 ちなみに私は「性善説」より「性悪説」の方が好きです。

 アリシア・フローレンス
言わずと知れた「スノーホワイト」のふたつ名を持つ、プリマ・ウンディーネ。
実は彼女の制服姿を見たくて、この物語は書かれました。
でも結局は、セーラーかブレザーか決まらず……晃ならきっと、ブレザーなんだろうなぁ(鹿馬)

 アン・シオラ
ARIAの小説「四季の風の贈り物」の第四話「スノーホワイトの贈り物」(作・吉田玲子)
に出てくるキャラクター。
アリシアの同級生。超ドジっ子。 彼女といい、アテナといい。アリシアはドジっ子を引き寄せる特殊能力が!?(笑)

 グランマ&アンナ&アリア社長
ひと世代前のARIA・カンパニーのメンバー。
とても描けはしませんが、どんな会話や時間を過ごしていたんでしょうねい。

 晃・E・フェラーリー
この時の晃さんは、まだ髪が短かったんだなぁ~
あそこまで長くなるには、どんだけの時間がかかるんでしょ?
でも私はショートな晃さんも好きなんですよねい(笑)

 解説しよう
CVはもちろん、あの方。 豚もおだてりゃ木に登る……


まだまだ寒い日が続きます。 こないだの大雪は、みな様、大丈夫でしたでしょうか?
くれぐれもご自愛ください。
次回。「縁」がありましたら、またの御贔屓。よろしくお願いします。

 それではいずれ、春永にー


PS
永井一郎氏のご冥福を、心からお祈りいたします。
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