【ARIA】 その、いろいろなお話しは……(連作) 作:一陣の風
「シングル諸君、集合!」
凛-とした声がトラゲット乗り場に響く。
「……は?」
「……えと?」
間の抜けた声がトラゲット乗り場に響く。
「んん?」
不審気な声がトラゲット乗り場に響く。
「シングル諸君。しゅ・う・ご・ううううう! こらあ! そこのオレンジ・ぷらねっとの二人っ。 早くせんかあ!」
「わあぁ!」
「は、はあいいい!」
「わっ、なんだよ、急にお前ら……」
第11話 『 Traghetti 』 PART-1 [ Songona della Gondola]
「よおしっ。 振り分けを発表するぞぉ!
北の乗り場の担当は、アラベラ・キャンベル、アーリー・ハーベェイ、アーリー・ウォルツ ……」
ベテラン・ウンディーネが、次々と振り分けを読み上げてゆく。
振り分けを告げられたシングル達は、三々五々、グループを組んで、それぞれの持ち場へと散って行った。
さあ。 今日もトラゲットの始まりだ。
『トラゲット』-とは。
ここ水の街、ネオ・ヴェネツィアにおいて、その真ん中を逆「S」字に流れる大運河(カナル・グランデ)に何箇所かある『渡し舟』のことだ。
ウンディーネと呼ばれる水先案内人。 その中で、未だ客を乗せての観光案内をする資格を持たない『シングル』達。
いわゆる『半人前』の彼女達が、客を乗せて操舵できる、唯一の仕事。
二人で一組になり、トラゲット専用のゴンドラの前と後に立って、操舵するのだ。
また、そのシングル達は、ネオ・ヴェネツィア中の水先案内店、各社から派遣されてくるため、いろいろな会社のウンディーネが見られる。
という、観光名物のひとつともなっていた。
「で……なんでこんな所にいらっしゃるんですか?」
その場に残った、四人のウンディーネの内のひとりが、名前を読み上げていた、ベテラン・ウンディーネに訊ねる。
「いちゃ悪いか……」
その問いかけに、ベテラン・ウンディーネが憮然と答えた。
「い、いえ、そういうワケでは……」
「んじゃ、どういうワケかな? アトラ・モンテウェルディくん……」
「ひいい……」
「えっと、つまりそれは……なんたって、蒼羽教官ですからぁ」
藪をつついて鵺を出す、もうひとりのウンディーネ。
「だから…それはどういう意味かなぁ? 夢野 杏(ゆめの あんず)くん……」
ベテラン・ウンディーネ……蒼羽は低い声で答えた。
「うひっ……」
杏もやっぱり、おびえた声をあげる。
実際、恐いのだ。 この人は。
アトラ・モンテウェルディと、夢野 杏は、ともに『オレンジ・ぷらねっと』のシングル・ウンディーネ。
オレンジ・ぷらねっと、とは最近、急成長を遂げた、新進気鋭の水先案内店だ。
百人からなるウンディーネを抱え、
新人の学生時代からの発掘、育成。
完全寮生活での人材の管理、維持。
そして専属の指導員を配置した、マン・ツー・マンでの教育指導。
と、徹底したその経営方針で、わずか十年で、老舗で最大級の規模と知名度を誇る、同じ水先案内店の『姫屋』を抑えてネオ・ヴェネツィア第一位の営業実績を上げていた。
蒼羽-
蒼羽(あおば)・R・モチヅキは、アトラと杏の、その指導教官だ。
彼女の指導の熱心さと厳格さ。 そして恐ろしさ(?)は、ネオ・ヴェネツィア中に鳴り響いていた。
「フルヴィさんの代理だ」
「フルヴィさんの?」
アビゲイル・T・フルヴィは『クレプシドラ-麗しき時針』の通り名で呼ばれる、同じオレンジ・ぷらねっとのプリマ・ウンディーネ。
どんな季節や天候の変化にも関わらず、リクエスト通りのスケジュールをこなすことで有名だった。
ちなみに『通り名』というのは、プリマ……一人前のウンディーネになった者だけが名乗れる、第二の名前のことだ。
「フルヴィさんが引退して、ルナ1に、ご家族の都合で引っ越されるのは知っているな」
「はい」
「それで、その準備のために、どうしても今日は、都合が悪いってことで、私が代理を指名されたんだ」
「アレサ部長にですか」
「ああ」
そして、よせばいいのに、杏が訊ねる。
「……蒼羽教官。 いったい、なに、やらかしたんですか? ふげげげげえ!?」
「そんな余計なこと言う口わ、この口かっ。 この口かああああ!」
蒼羽は、杏のほっぺたを両手でつねりあげながら叫んだ。
「そりゃ確かに、アレサ部長の秘蔵のワインを勝手に飲んだのは私だ。 ああ、私だよ。
でもな。 そんなに大切なモンならば、無防備に机の上に置いてる方が悪いっ。悪いだろ。悪いよな?
そうだろう? そうだな?
アトラ、杏。 お前らもそう思うだろ? 思うよな!?」
「は、はい」
「はぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ……」
「そうだっ。 私は悪くない。悪いのはアレサ部長だ。 部長の方なんだあ!」
「ふ~ん。そうなの……」
「おべえっ!?」
杏のほっぺをつねり挙げた状態で、蒼羽が硬直する。
恐る恐る振り返った、視線のその先には……
「アレサ部長……」
アトラが乾いた声でつぶやいた。
そこにはアレサが、髪を風になびかせながら、微笑を浮かべて立っていた。
アレサ・カニンガムは、オレンジ・ぷらねっとの人事部長。
だが彼女は人事部長の職にかかわらず、それ以上の数々の社内改革を実行。
先に示した、オレンジ・ぷらねっとの(ある意味)常識外れの改革の、そのほとんど全てを、ひとりで断行し成功に導いた、才女。
彼女の業績は、業界『第三の波』とまで呼ばれ、畏怖とともに賞賛されていた。
「人が気にして様子を見に来てみれば……ふ~ん、そういう事、言ってるんだぁ……」
「いや、あの部長。これはその……」
「蒼羽」
「は、はい」
「向こう一週間。トラゲットの管理責任者としての勤務を命じます。 協会には私から連絡しておくわ」
「でええええええええ!?」
「なに、異議があるの?」
-うふふ
と、アレサが、いっそう深く微笑んだ。
「ありません。 ありません。 ありません」
相変わらず、杏のほっぺたをつねったままの状態で、蒼羽が、ぶんかぶんかと、かぶりを振った。
「そう。それはよかった」
微笑んだまま、アレサが言う。
それは怒るよりも、何倍もの恐怖を周囲に撒き散らしていた。
「しくしくしく……」
蒼羽は -やっぱり杏のほっぺをつまみながら- 涙した。
さすがの鬼教官も、鬼部長には頭が上がらないのだ。
「おい。君、大丈夫か?」
オレンジ・ぷらねっと組のミニ・コントを尻目に、もくもくとトラゲットの準備をしていたあゆみが、もうひとりのウンディーネに声をかけた。
あゆみ・K・ジャスミンは、姫屋のシングル・ウンディーネ。
トラゲットをプリマ昇格のための修行場ととらえる大多数のウンディーネの中で、最初からトラゲット専門の(つまり、ずっとシングルのままの)ウンディーネを希望する、ちょっと異色なウンディーネ。
けれど、その実力は充分、プリマとして通用する腕前を持ち、また、その人望の高さとも相まって、新設された姫屋のカンナレージョ支店の、副店長に抜擢されていた。
「どうした、具合が悪いのか?」
トラゲットは通常、四人で行われる。
今日のココのトラゲットの担当は、アトラと杏。あゆみ。 そして、もうひとりのウンディーネの四人だった。
だが、そのもうひとりのウンディーネの様子がおかしい。
うずくまり、荒い息をついていた。
「だ、大丈夫です……」
だが、振り返ったその顔は、はたから見ても真っ青だった。
「ーかあっ。おいおい。 ぜんぜん、大丈夫そうには見えないぜ。 無理すんな」
「いえ、ホントに大丈夫ですから……」
「どうした?」
ようやく杏のほっぺたから手を離した蒼羽が、近づいてくる。
「なんか、この子、調子悪そうで……」
あゆみの答えに蒼羽は、そっと、そのウンディーネのひたいに手を当てた。
「おい。熱があるじゃないか」
「い、いえ。 ホントに大丈夫です。大丈夫ですから…」
「危ないっ」
立ち上がろうとした彼女が、ふらつきながら倒れ掛かる。
それを間一髪、蒼羽が抱きとめた。
「す、すいません」
「いや、いい。 それより今すぐ病院に行こう」
「いえ、ホント大丈夫です。 みなさんに、ご迷惑をかけるワケには……」
「君は『MAGA』社の茜くん…だな。 カン違いするな」
「え?」
蒼羽はゆっくりと、しかしはっきりと言い切った。
「私達ウンディーネは、会社が違えど、同じ家族だ。
家族が家族に遠慮する必要はない。 迷惑だなんて考えるな」
「蒼羽教官、でっかい、かっこいいです」
その言葉に、その場にいた全員がうなずいた。
「おい。アトラ。杏。 それと姫屋のあゆみくん。
すまないが、ここのトラゲット。しばらく三人でまわしてくれ。
私はこの子を病院まで送ってくる」
『はいっ』
三人が、元気よく返事をする。
「代替要員は、すぐ手配する。 それまでは……」
「はい。 でっかい、はい!」
かわいらしい手が挙がった。
「私。 私がやります!」
「アリスちゃん?」
アリスが、元気良く右手を挙げながら、飛び跳ねていた。
アリス・キャロルは『オレンジ・プリンセス(黄昏の姫君)』の通り名を持つ、オレンジ・ぷらねっとのプリマ・ウンディーネ。
つい最近、若干、十五歳でプリマに昇格…それも見習いの『ペア』から、半人前の『シングル』を飛び越して
一人前の『プリマ』へと、飛び級昇格した、オレンジ・ぷらねっと期待の新星。
「アリスちゃん。 どうしてここに?」
「はい。朝のお散歩中でした」
「お散歩……」
「はい。 そうしたら、たまたま、みなさんの会話が聞こえてきて……
私、私、代わりになります」
「いや、しかし……」
「お仕事なら、今日の私は、お昼からですから、午前中は、お手伝いできます」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「それにアトラ先輩や杏先輩はもちろん、姫屋のあゆみさんとも、お知り合いです。 でっかい問題ありません」
「いや、だからね。 アリスちゃん…」
「トラゲットは、シングルしかできないのよ」
アレサ部長が、冷たい声で言った。
「知ってるでしょ?」
「で、でも……」
アリスはアレサに向かって、必死に言いつのった。
「でも、今は非常事態です。でっかい、たいへんなんです。 だからだから……」
「トラゲットしてみたい?」
「……うっ」
図星を指されて、アリスは絶句する。
「いい、アリス……いえ、オレンジ・プリンセス。
あなたはもうプリマなのよ。
プリマはプリマとしての責任をはたしなさい」
「でも…でも……」
「ん?」
「私、シングルの経験がなくて……」
「…………」
「私、ペアからの飛び級昇格で…シングルの経験がなくて……
だからトラゲットしたくても、できなくて……
でも、灯里先輩も、藍華先輩も、トラゲットは楽しいって……
だから私は…私も……」
下を向いて、小さくつぶやくアリス。
「いいんじゃないですか、部長」
茜を支えながら、蒼羽が言った。
「別に技術的に問題があるわけじゃないし、お客様からも文句はでないだろうし……いや、逆に大喜びかな?」
「蒼羽。簡単に言ってくれるわね」
「簡単でいいじゃないですか? 実際、人手は足りないんだし。
いわゆる緊急避難的処置ってヤツで……」
「……やれやれ。 分かったわ」
「えっ。 それじゃあ……」
「みんな甘いわね」
アレサは小さくタメ息ついた。
「でも、ここで変に断って、テンション下がったまま、午後のお仕事をされても困ります。 ……今だけよ」
ーと、実は誰よりも甘く、優しいアレサは言った。
「は、はい。 でっかい、ありがとうございますっ」
アリスの顔が、向日葵のように輝いた。
「じゃあ、そうと決まれば、あとは任した。 私はこの子を病院まで連れて行ってくる」
「すいません」
茜が再び、謝った。
「だから謝るな。 そうだな、いずれ精神的に、お返ししてくれりゃいい」
「……はい。ありがとうございます」
「よし。アトラ、杏、あゆみくん。 悪いけど、アリスのこと、よろしく頼む」
「はい」
「らじゃっ」
「分かりました」
成り行きを、心配そうに見守っていた三人も、大きな笑みを浮かべてうなずいた。
「じゃあ、みんな。お願い。 私は協会に行ってくるわ」
こうしてアレサ部長は、協会本部へ。
蒼羽は、茜を連れて病院へと、この場を離れた。
後の混乱も知らぬげに……
Essere Continuato(つづく)
第11話『 Traghtti 』 PART-1
[ Sogona della Gondola -ゴンドラの夢 ] -La fine
後書きのような、なにかー
11本目のお話を、お届けします。
えと…その、つまり…
記念すべき11本目! ってコトで、空回り的に力が入りまして…
終わりなき「学園祭前夜」 あるいは果てしなき「夏休み最後の2週間」のような状況が続いています(涙)
(際限なしに「地の文」を書くと、こうなるぅぅ!)
この『いつ明けるかもわからぬ夜』のような駄文に、御贔屓をいただき、暖かい目で最後まで読んでいただけるなら、これに勝る幸せは、ありません。
って事で、細かな解説は次回以降に(スライディング土下座)
それでは、しばらくの間く(part-10まで行くぞ!(泣))、お付き合いください。