【ARIA】 その、いろいろなお話しは……(連作) 作:一陣の風
「ゴンドラ出まぁ~す!」
「あらあら、かわいいウンディーネさんね」
元気いっぱいにトラゲット用のゴンドラを操舵するアリス。
そんな彼女に、街のおばちゃん達が話しかけてくる。
第11話 『Traghtti』 PART-2 [ Un Profilo ]
「あら、あなた、手袋なし……プリマなの?」
「いやだ、あなた知らないの? この子、アリス・キャロルよ」
「えっ? あの飛び級昇格の? オレンジ・ぷらねっとの? まあ、かわいらしい」
「あ、ありがとうございます」
「まあまあ。 孫があなたの大ファンなの。 あとで教えなきゃ」
「そんなこと言ったら、ウチの娘にも教えなきゃ。 アリスちゃんがトラゲットしてるって」
「ほんと、かわいいわぁ……」
「あっ。これ今そこで買ったリンゴなの。 ひとつあげるわ。食べて食べて」
「そうだ。夕方、パニーニを焼いてきてあげる。 よかったら、受け取って」
「は、はい。ありがとうございます。 よろしくお願いします」
おばちゃん達だけでなく、おっちゃんやおじさん。 小さな子供達まで、アリスに気楽に話しかけてくる。
そこには、ゴンドラクルーズでは決して味わうことのできない、街の人々との暖かな、ふれあいがあった。
「あゆみさん……」
「なに? アリスちゃん」
交代して、アトラと杏が操舵するゴンドラを見送りながら、アリスは、かたわらに腰を下ろしている、あゆみにポツリと言った。
「私……前に、あゆみさんが一生シングルでいたい。ずっと、トラゲットをしてたいって言ってたの、分かります」
「ん?」
「灯里先輩が言ってました。
トラゲットは街の人達だけじゃなくて、
その想いまで運んでくれるんだって。
その心までも運んでくれるんだって。
私、今ならその気持ち、でっかい分かります。
私、今日、トラゲットができて、ホントに良かった……」
「アリスちゃん……」
あゆみは横にいるアリスの横顔を盗み見た。
アトラと杏の操るトラゲットのゴンドラを見ている、アリスの横顔を。
その、とても嬉しそうな横顔を。
その、とても満足そうな横顔を。
その、とても輝いている横顔を。
「そっか。 うん。 ありがとう」
あゆみは満面の笑顔で答えた。
「あれぇ? 後輩ちゃん。 こんな所で何やってんの?」
「藍華先輩? それに晃さんまで……」
不意の声に振り向くと、そこには二人の姫屋のウンディーネが、一匹の黒猫を肩に乗せ立っていた。
ひとりは「クリムゾン・ローズ(真紅の薔薇)」の通り名をもつ、プリマ・ウンディーネ。 晃・E・フェラーリだ。
彼女は、あまたいる、このネオ・ヴェネツィアのウンディーネの中でも、抜群の人気と技量を誇る、トップ・プリマ・ウンディーネとして、その名を轟かせていた。
もうひとりは「ローゼン・クイーン(薔薇の女王)」の通り名をもつ、プリマ・ウンディーネ。 藍華・S・グランチェスタ。
彼女は、創業百年を誇る姫屋の創業者、グランチェスタ家のひとり娘。
若干、十八歳でありながら、今年開業したカンナーレジョ支店を束ね、着実に、その成果をあげていた。
そして、その肩の上に背筋をピンと伸ばし、いかにも気位が高そうに座っているのが、姫屋のヒメ社長だ。
このネオ・ヴェネツィアにおいて青い瞳の猫は、航海の安全を守る、守り神として、各、水先案内店で『社長』として迎え入れられているのだ。
「はい。 私は今、トラゲット要員として、お仕事をしています!」
アリスが胸をそらしながら言う。
「へ? トラゲット要員? なんで? トラゲットは、シングルのお仕事よ? あゆみさん、どういうこと?」
「それが実は……」
あゆみは、これまでのいきさつを二人に説明した。
「ええ~。 それっていいの?」
「緊急避難処置ってヤツでね」
「蒼羽教官?」
背後からの声に振り向けば、病院から戻ってきた蒼羽が苦笑を浮かべ立っていた。
「教官。 あの子どうなりました?」
対岸から戻ってきたアトラと杏が、そんな蒼羽に訊ねた。
「ああ……どうやら過労気味なのを無理してたみたいだ。
二、三日は安静だな。 まあでも、それ以外は別状なし-だ」
「そうですか……よかったです」
「そういうワケで、お二人とも、どうか目をつぶってくださいよ」
蒼羽はウィンクしながら、藍華と晃に言った。
「えと……あなたは」
「ああ。失礼。私はオレンジ・ぷらねっとの蒼羽・R・モチヅキと言います。
姫屋の藍華さんと晃さんですね。
お二人のご高名は、かねてから、お聞き及びしていました」
「ああ。あなたがオレンジ・ぷらねっとの蒼羽さんでしたか。こちらこそ、お噂はかねがね。 業界イチの指導教官だと」
「いえいえ。 私なんか、晃さんの足元にも及びません」
「また、そんなご謙遜を。 私の方こそ、一度、お会いして、指導方法などを伝授していただきたかった」
「いや、私の指導方法など、名にしおう『クリムゾン・ローズ』の晃さんに比べれば……」
「いやいや、そんな。
私より指導教官No-1の名声を得ていらっしゃる、蒼羽さんの方こそ……」
「あの藍華先輩」
「ん。何よ、後輩ちゃん」
なぜか、だんだんとヒートアップしてくる晃と蒼羽の会話を無視して、アリスが藍華に訊ねた。
「藍華先輩、この後、時間あります?」
「ん? ええ。今日の私は午前中でお終い。んで午後からは久しぶりに晃さんと、打ち合わせを兼ねた、お茶会を……ね」
「つまり、午後からは、時間あるんですね」
「んん? どういうこと?」
アリスの瞳がキラリっと光った。
「では、私の代わり。 でっかい、お願いします」
「ななっ? 急に何言い出すのよ」
「私、もうすぐ昼の営業が始まるんです。 だから、誰か代わりの人をって-思ってまして」
「ちょ、ちょっとアリスちゃん」
あゆみが、あわてて割って入る。
「お嬢は……藍華さんはプリマですよ」
「あゆみさん。 私のこと呼び捨てでいいですってば。
って、その通りよ。 私もうシングルじゃ……」
「私だって、シングルじゃありません」
「い、いや。アリスちゃん。 アリスちゃんの場合は、あくまで緊急避難的な特例で……」
杏も、あわてて口をはさむ。
「じゃあ、藍華先輩の場合も、でっかい緊急処置です」
「あのねぇ……」
「それに藍華先輩も、トラゲットしてみたいでしょ?」
「わ、私は前に一度やったコトがあるから…そんな今更。
た、確かに楽しかったげどね。でも私はもうプリマなんだし……」
「にやにや…にやにや……」
「な、なによぉ。後輩ちゃん。 その、にやにや笑いは」
「藍華先輩っ」
「な、なに?」
「口で何を言っても、体は正直ですね。 へへ…ほら、もう。 オール握ってますぜぇぇ……」
「ぎゃあああああああっス!?」
そう。
いつの間にか藍華は、無意識の内にオールを手に取り、いつでも漕ぎ出せる体勢をとっていた。
気がつけばヒメ社長も、しっかりと、トラゲットのゴンドラの先端部分に座り込み、微動だにせず、前を見据えて座っていた。
「うう……これも優秀なウンディーネの、悲しい性なのね……」
ヒメ社長の、その凛とした横顔を見ながら、藍華のボヤいた。
みんなの優しげな笑い声が響き渡る。
「おいっ。 あゆみ!!」
突然、晃が叫んだ。
「は、はい!?」
「お前、今からレースをしろ!」
「はあ?」
「なに、間抜けた顔をしているっ。 レースだ。レース! すぐ支度しろ!!」
「えええ?」
「おいっ。 アトラあ!」
今度は、蒼羽が叫んだ。
「は、はい!?」
「こちらは、お前だっ。 お前がレースに出ろ!」
「えええ?」
「ちょ……いったい、どういうことですか?」
「どちらがより優れた指導員か、お前達のレース決めるんだ!」
「はいい?」
「勝ったほうが、より優秀な弟子を育てた……つまり」
「つまり、より優秀な指導員って事だ!!」
「はあ……」
「だから、あゆみ……」
「いいか、アトラ……」
晃と蒼羽は、同じように叫んだ。
『 必ず、負けろっ! 』
『はいいいいいいいぃ?』
「いいか、あゆみぃ。
蒼羽さんが、より優れた指導員であることを証明するために、必ず、負けろっ」
「いいか、アトラぁ。
晃さんが、より秀でた指導員であることを証明するために、絶対に、勝つなっ」
『なんじゃ、そりゃあああああああ!』
『うっさいっ。黙れっ。シバくぞっっ』
何故か息もぴったりあった晃と蒼羽のセリフが、二人の抗議の声を圧殺する。
「ゴンドラは私達のを使え」
「そら。さっさと位置につけ」
『だあああああっ』
泣き喚くアトラとあゆみにかまいもせず、晃と蒼羽は言い放った。
『 用意どん! 』
『 早! 』
あわあわあわ-と
飛び出して行くふたり。
そんな二人を見送って、晃と蒼羽はどちらともなく笑い合うと、お互い右手を出し合い、がっちりと握手を交わし合った。
「あのぉ……」
そんな感動的なシーンの、その全てを、ぶち壊すかのように、杏がつぶやいた。
「トラゲット要員。私しかいなくなっちゃったんですケド……」
『 ま”』
二人の横顔が固まった。
「アリスちゃんは、もうすぐ営業で離れなきゃならないですし……そろそろ、お腹も空いてきましたし……」
「……ええとぉ」
「もしかして、何も考えてませんでした? ふげげげげげえ?」
「そんな空気の読めないこと言う、アホな口は、この口かあ! この口かあ! この口かああああ!!」
再び、杏のほっぺたをつねり挙げながら、蒼羽が叫ぶ。
「うげげげげげ。 しょ、しょんな……あほびゃさん。ごみゅたいにゃ…」
「誰が、アホじゃああ!!」
「ふげげげげげえげげっ」
「私がやりましょう」
「晃さん?」
腰に手を当て、晃が仁王立ちしながら言い放った。
「あの二人が帰ってくるまでの間。 不肖、この私。 晃・E・フェラーリが、トラゲットを勤めます」
「ふええぇ?」
「い、いや、そんな……」
やっぱり、杏のほっぺをつねりあげたまま、蒼羽が言う。
「姫屋、いや、ネオ・ヴェネツィア・No-1のトップ・プリマの晃さんに、トラゲットをしていただくワケには……」
「いえ、蒼羽さん。元はと言えば、こうなった責任の一端は、私にもあります。 ぜひ、やらせてください。 なあ、藍華っ」
「はっ、はいいぃ」
「おお。もうオールを持って準備しているのか。 感心感心。
それでこそ、次代の姫屋を背負ってゆく、我らが『ローゼン・クイーン』-薔薇の女王様だ」
「いやあ、これは、その……あはは」
「藍華先輩。 でっかいケガの功名です」
照れる藍華に、アリスがすかさずツッコんだ。
「うっさい。 いらんこと言うの禁止! あの子みたいにほっぺた、つねられたい?」
未だに蒼羽にほっぺたをつねられたまま『 あうあう 』と呻く、杏の横顔を見ながら、アリスは、ひきつった笑顔を見せた。
「私は他のトラゲット乗り場も見に行かなければならないので、あとをよろしくお願いします。 晃さん」
そう言って、すまなそうにする蒼羽に向かって、晃は笑って答えた。
「任せてください。 その間のことは私が責任もって見させていただきます。 ……それと」
「はい?」
「これから私のことは、晃、と呼んでください」
満面の笑顔で、そう言う、晃。
「……分かりました。それでは私のことは蒼羽、と。
よろしく、晃」
同じく、満面の笑顔で答える、蒼羽。
「こちらこそ、蒼羽。 では、また後で」
「ええ。 また後で」
こうして晃と蒼羽は、笑顔で分かれた。
ただひとり。
アリスだけがいつまでも名乗り惜しそうに、トラゲット乗り場を振り返っていた。
こうしてトラゲットは、新たなステージに突入するのであった。
Essere Continuato(つづく)
『Traghetti』PART-2 [ Un Profilo - よこがお] -La' fine
後書きのような、なにかー
「ご隠居、テイヘンだあああ!」
「なんだい、八っつぁん。 藪から棒に?」
「いえ、壁から釘です…」
………
………
PArt-2を、お届けします(うがががが…)
ええと…つまり、その…私は↑のような
人のいい、八っつぁん、熊さんが、まわりの、やっぱり人のいい人達を巻き込んで大騒ぎする。そんな落語的世界が大好きなのです(汗)
ですから今回も、そんなお話…(濁汗)
もし、みな様に、こんな世界観のARIAを許していただき、ちょっとでも微笑んでいただけたなら、これに勝る幸せはありません。
まだまだ続きます。変わらぬ御贔屓をいただければ幸いです。
それでは、やっと(つか暑いし!) 春永にー