【ARIA】 その、いろいろなお話しは……(連作)   作:一陣の風

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中編です。
調子にのって、つい「あの人」を出してしまいました。
苦笑してスルーしていただければ幸いです。

それではしばらくの間、よろしくお付き合いください。


第七話 中編

 

-起承前-

 

 

 

 < ETA-1330M >

 

「こっちに行ってみましょう」

私はそう言うと、アリスちゃんと杏を食堂の方へと誘った。

 

「アリスちゃん。アテナさんは、本当にこっちに行ったの?」

「はい。杏先輩。途中まででしたが、でっかい確実です」

「この先にあるのは、食堂、玄関ホール、事務所、それと談話室……くらいかな?」

「横手に行けば、ゴンドラ乗り場もありますね」

 

「うん。もしかしたら、残ってた不思議が解明できるかも……」

「アトラ先輩、予感がするんですか?」

「ええ、女のカンってヤツかな?」

「でっかい、スゴいです」

 

 -ごめん、アリスちゃん

  やっぱり私の胸は、罪悪感で痛んだ。

 

「唄が聞こえる……」

杏が言った。

私達が耳をすますと、確かに、かすかだけど、どこからか唄のようなモノが聞こえてくる。

 

「これはっ」

アリスちゃんが叫ぶ。

「ピアノの時と同じです。これは七不思議のひとつ。どこからともなく聞こえてくる不気味な歌声……」

「でも、どこから?」

 

私達が今居るのは、なんの変哲もない、普通の通路だ。

しいていえば、配管の太いパイプが天井近くを這い回ってるだけで……

 

 

 -がたぁん!

 

突然、廊下の先で、何かが倒れるような鈍い音が響いた。

 

「ひっ」

アリスちゃんが、しがみついてくる。

「い、今のは何でしょう……」

「食堂の方から聞こえてきたみたいだね」

 

すると今度は………

 

 -ずる…ずる…ぺた…ぺた……

 

と、何かが這いずるような音が。

 

「こ、これは」

私の腕をつかむ、アリスちゃんの手に力がこもる。

「深夜、食堂を這い回る、謎の物体?」

「行ってみましょう」

私達は食堂へと、ゆっくりと歩を進めた。

 

 

「ここで待っていてください」

 

食堂は、月明かりを受けて、ぼんやりとその姿を浮かびあがらせていた。

 

「私も一緒に行きます。そんな、アトラ先輩にだけ、でっかい危険な目に……」

アリスちゃんが、間髪いれずに言う。

 

 -ああ この子ってば……

 

「ありがとう。アリスちゃん。分かりました。では、一緒に行きましょう。でも約束は忘れないで。あなたはプリマ・ウンディーネなんですから」

「アトラ先輩……」

「じゃあ、私の後から、ゆっくりと。杏、アリスちゃんをお願いね」

「らじゃっ!」

 

私達は、ゆっくりと食堂の中に入っていった。

 

 そこには-

 

心揺さぶる、甘いにおい。

鼻孔をくすぐる、バターのにおい。

お腹の虫を刺激する、蜂蜜のにおい。

 

 

「アレサ部長?」

アリスちゃんが、びっくりしたように声を上げた。

 

そこには、山盛りのパンケーキのお皿を片手に持った、アレサ部長が立っていた。

 

 

 アレサ部長。

アレサ・カニンガム部長は、オレンジ・ぷらねっとの人事部長だ。

でもその実権は、人事部長のそれを遥かにしのいでいた。

他店ですでに、プリマ・ウンディーネとして名声を得ていた彼女は、オレンジ・ぷらねっと移籍後、中核メンバーとして、その実力をいかんなく発揮。

初期のオレンジ・ぷらねっとを支える、強力な人材だった。

やがて、プリマ引退後、請われて人事部長に就任した彼女は、そのウンディーネ以上に優れた手腕を発揮して、数々の施策を実行。

その結果、オレンジ・ぷらねっとは、わずか十年で老舗の大手水先案内店「姫屋」をしのぐ

営業実績を上げることになった。

 

すごく切れる人。でも、その実、私達ウンディーネのことを、常に深く思ってくれている人。

そして今回の……

 

 

「うん? あなた達、どうしたの?」

「え、いえ、あの、どうして部長が……アトラ先輩?」

アリスちゃんが困ったように、私を見る。

 

「どうしても、なにもアレサ部長がパンケーキ焼いてた」

「っへ?」

「なに? 私が夜食作ってちゃいけないの?」

「え、いえ。その……夜食?」

「そ。最近忙しくてね。深夜までお仕事。夜食にパンケーキでも食べてないと、やってられないわ」

「はあ……あの、アトラ先輩」

 

「ええ。どうやら、そういうことね」

「はい。相手がアレサ部長であれば、コックさんも、警備さんも、でっかい何も言えないわけです……」

「うん」

「深夜、食堂をうろつくモノ……アレサ部長だったんですね」

 

 

「で、あなた達は、こんな時間、こんな所で何をやっているの?」

「あ、あの七不思議……」

「え?」

「い、いえ。なんでもありません……」

「アリス・キャロル。いえ、オレンジ・プリンセスっ」

「びくっ」

「もう、就寝時間はとっくに過ぎてるわよ。部屋に帰って、早く休みなさい」

「は、はい」

「若さを過信しちゃダメよ。もうホント。時間がたつのは早いんだから…私も昔は……」

「で、でっかい失礼しました!」

 

『過去の回想』(ぼやき-ともいう)に入り始めたアレサ部長に、アリスちゃんは、あわてて、その場を去っていく。

私と杏は、アレサ部長と顔を見合わせると、声を立てずに笑い合った。

 

去り際、アレサ部長は、こっそりと親指を立て、エールを送ってくれた。

 

 

 

 < ETA-1330M >

 

「ああ。びっくりしました」

アリスちゃんが、ため息まじりに言った。

 

私達は、アレサ部長と別れた後、玄関ホールの方へと歩いていた。

 

「まさか不思議のひとつが、アレサ部長だったなんて」

「ええ。とんだ盲点だったわね」

「はい。ほんと、でっかいびっくりです」

「あれ……?」

 

杏が不意に立ち止まった。

「どうしたの、杏」

「あれ、見て」

 

杏の指差す方向。そこはオール置き場。

そこでは、なにかの影が、ゆっくりと移動していた!

 

「あれは?」

「行ってみましょう」

「はい!」

 

通常、夜のオール置き場は、誰もいない。

その必要がないからだ。

常夜灯が、ほのかな灯りをともしているだけで………

 

けれど今。

誰かがランプを片手に、その場所を妖しげに徘徊していた。

 

「あれは……いったい誰でしょう」

「と、いうか、いったい何をしているのかしら……」

 

やがて人影は、私達が隠れている通路のすぐそばまでやって来た。

 

「先輩方。どうしましょう」

「私にまかせて!」

「杏先輩?」

 

杏は言うが早いか、すばやく立ち上がると、その人影に向かって駆け出して行った。

 

「ちょっ。杏先輩!?」

 

つられたように、アリスちゃんも飛び出して行く。

 

「こらあっ。そこで何をしてるのぉ!」

叫ぶ杏に、その人影は、ゆっくりと振り返った。 その人は-

 

「蒼羽(あおば)教官?」

 

振り返ったその人は-

指導教官の蒼羽さんだった。

 

 

 蒼羽さん。

蒼羽・R・モチヅキさんは、アテナさんの同期で、私達ウンディーネを指導するプリマ・ウンディーネ。

ゴンドラ・ツアーはしない代わりに、私達シングルやペアに、マン・ツー・マンで操舵や観光案内を教えてくれる、いわば、ウンディーネの先生-といった人だ。

 

特に蒼羽教官は、私と杏の指導教官で、その厳格さでは名が通っていた。

けれど、つい最近起こった、とある出来事で私達は、蒼羽教官の厳格さに秘めた、その本当の思いを知ることができた。

私達がもっとも信頼する指導教官。 いえ、先輩。

 

 

「ん?杏じゃないか。どうした」

「蒼羽……教官?」

「なんだい。二回も人の名前を呼んで……そっちにいるのは、アリスとアトラか?」

「あ、はい。蒼羽教官。こんばんは」

「こんばんは-には、ずいぶん遅い時間だがな。どうかしたのか?」

「えっ。いえ、あの……蒼羽教官こそ、こんな時間に、こんな所で、何をなさってるんですか?」

「オールの点検」

「え?」

 

「お前達のオールの点検さ」

「ええ?」

「オールの汚れは、心の汚れだ。どんなにウンディーネとして優秀でも、自分の使う道具を大切にしない奴はダメだ。

 だから私は毎晩、ここでこうして全部のオールを点検している」

 

蒼羽教官は、ずらりと並んだオールを、いとおしげに見回した。

 

「そういえば、アリス。いや、オレンジ・プリンセス」

「は、はい」

「お前のオール。キレイに使ってるのは関心だが、二、三日前に見たとき、小さな亀裂が入っていたぞ。気が付いてたか?」

「え……いえ、あの、すいません」

「いや、かなりじっくり見ないと分からない程度の傷だからな。しょうがない。

 だが、早めに修理しておいた方がいい。でないと、いずれ一気に壊れてしまうぞ」

「は、はい」

「明日の朝にでも言うつもりだったんだが、ちょうどよかったかな」

 

「あ、あの蒼羽教官」

「ん、なんだ」

「私のオールを見てくださったのは、二、三日前とおっしゃいましたよね」

「正確には三日前だな。それがどうかしたか?」

「い、いえ。なんでもありません。お休みなさい」

「ああ、早く休めよ」

 

オール置き場から立ち去る時、今度は私の方から、そっと手を合わせ、頭をさげた。

蒼羽教官は、子供のような笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 < ETA-132oM >

 

「…………」

「アリスちゃん?」

「結局……」

「え?」

「結局、移動するオールの不思議は、蒼羽教官だったんですね」

「うん……それぞれのオールを点検する内に、掛ける場所を間違えたってことね。 

 特にアリスちゃんのは、手元に下ろして、じっくりチェックしてたみたいだから……」

「蒼羽教官。ああやって、みんなの分、見てくれてるんですね……」

「ええ。 ……私達、頑張らないとね」

「はい」

 

 

「さっ。これでとうとう、残った不思議は、ひとつだけになったわね」

「はい。さっき聞こえた、謎の唄声ですね」

「そうっ。 こうなれば、絶対今夜、その不思議も解明しましょう!」

「はい、アトラ先輩、杏先輩。でっかい頑張りましょう!」

 

そして、再び-

 

「唄だ……」

あの唄が聞こえてきた。

 

たださっきと違って、今度の唄はだいぶ、はっきりと聞こえていた。

「談話室の方からです…でも、この歌声は……」

 

 -さすがはアリスちゃん。 もう分かったんだ。

 

私達は談話室に急いだ。

 

「アテナ先輩っ?」

 

そこでは、おりからの月明かりに照らされて、アテナさんが、まるで一枚の絵のように、優雅に唄を口ずさんでいた。

 

「この唄は……」

「ええ、祝福の唄。あの音楽室で見つけたのと同じ唄ね」

 

アテナさんの謳声は、静かに、しかし力強く、夜のオレンジ・ぷらねっとに響いていく。

 

「でも、確かにアテナ先輩の声は、よく響きますが、どうして食堂近くの通路まで届いたのでしょう。でっかい距離あり過ぎです」

「秘密は、たぶんアレね……」

私は、談話室の高い天井の上を走る、太いパイプを指差した。

 

「パイプですか?」

「実はあれ、空調用ではなくて、飲料水用のパイプなの」

「飲料水用パイプ……」

「ええ。液体は気体より、音の伝導率が高いわ。だから、アテナさんの歌声が、あのパイプの中の水を伝わって、あんな遠く離れた通路まで届いたのよ。 

 もっとも誰の歌声でもそうってワケじゃなくて、やっぱり我らが『セイレーン <天上の謳声>』の通り名を持つ、アテナさんの歌声だからってことね」

「……なるほど」

 

 

「あれ。アリスちゃん? それにアトラちゃん、杏ちゃんまで……どうしたの?」

 

私達に気が付いたアテナさんが、声をかけてきた。

「どうした…は、こちらのセリフです」

「え?」

「アテナ先輩こそ、こんな夜中に何やってるんですか? 私、でっかい心配してたんですよ」

「ああ、ごめんね、アリスちゃん。ちょっと唄のお勉強したくて……でも夜中に部屋の中で謳ってたら、アリスちゃんに迷惑かなって……」

「でっかい、迷惑ですっ」

「……アリスちゃん?」

 

「私がアテナ先輩の謳を嫌うわけないじゃないですか! そんな風に思われることの方が、でっかい迷惑です!」

「アリスちゃん……」

「さあ、部屋に戻りますよ。まだ歌い足りないんでしたら、ご自分の部屋でやってください!」

「はあ~い☆」

 

アテナ先輩が、ものすごく嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「アトラ先輩。杏先輩。すいませんが、今夜はこの辺で」

「分かりました。アリスちゃん。また明日。アテナさんも、お休みなさい」

「はあ~い。アトラちゃん。杏ちゃん。また明日ねぇ」

「それでは先輩方。失礼します。お休みなさい」

 

そうしてアリスちゃんは、とても嬉しそうに私達に手を振るアテナ先輩を引きずるようにして自分達の部屋に帰っていった。

 

 

「どうやら、事件は解決かな?」

杏がちょっと、上目使いに私を見た。

「ええ。そうあってほしいわ。正直、もうくたくたよ………」

「うん。じゃ、私達も帰ろっか」

「ええ。どちらにせよ、明日までね」

「うん。明日がね」

 

 

 後に。

疲れていたが故に、その時の杏のセリフの意味を、ちゃんと考えられなかった自分を、深く後悔することになる……

そう。全ては明日……いえ、今夜に………

 

 

 

 

 < ETA-0960M >

 

 

  Un discorso di interludio-間奏話 Ⅱ

 

「あれ?」

「どうしたの、アトラちゃん」

「眼鏡がでてきた……」

「え? 昨日見つからなかった眼鏡?」

「ええ。変ね。昨日、ここは確かに探したハズなのに……」

「よかったじゃない」

「うん。でも……変ねぇ」

「な、何かのカン違いじゃないの? ほら。よく言うでしょ? 自分のことは、よく分からないものだって」

 

「う~ん……消えて現れる眼鏡」

「え?」

「これって、もしかして、七番目の不思議じゃないわよねぇ……」

「何、ぶつぶつ言ってるの? それより、早く、朝ご飯食べに行こ」

「もしそうなら、大変なことが……」

「もう。アトラちゃん。先に行くわよ」

「あっ、ちょっと待ちなさいよ。杏。 杏ってば……」

 

 

 

 < ETA-0900M >

 

「杏先輩、アトラ先輩。聞いてください!」

「な、なに。アリスちゃん、どうしたの」

 

オール置き場。

出遅れたせいで、食堂で一緒できなかった私達に、アリスちゃんが顔を見るなり詰め寄ってきた。

 

「ペアなお友達も、シングルな先輩方も、プリマのみなさん方も、なぜか、でっかい、でっかい、よそよそしいんです」

 

 -ああ。それは、たぶん………

 

「え、そうなの? でもそれはどういう……」

「きっと私達が、オレンジ・ぷらねっとの不思議を、解明していることが原因だと思われます」

「そんなこと……」

「いえ、絶対そうに違いありません。それに……」

 

「オレンジ・プリンセス。オレンジ・プリンセスはどこにいる?」

不意に、アリスちゃんを呼ぶ声が響き渡る。

 

「は、はい。アリス・キャロルはここにいます」

あわてて右手を上げて、返事をするアリスちゃん。

 

「オレンジ・プリンセス。あなたはもうプリマなのよ。自分の通り名を、ちゃんと使いなさい!」

そう言いながら現れたのは、アレサ部長だった。

 

「アレサ部長?」

「オレンジ・プリンセス。今日の仕事が終わったら、すぐに私のところに来なさい。寄り道は許しません。これは、部長命令です。…それから夕べの食堂での件は他言無用です。いいですね」

 

言うだけ言うと、アレサ部長は、足早に去って行ってしまった。

 

 

「先輩方。見ましたか」

「え?」

「アレサ部長の肩、小刻みに震えてました。あれは怒りをこらえていたのです」

「ええ? でも何に怒っているの?」

「ですからぁ」

アリスちゃんは、少し『ぷぃ』っとふくれると、言い放った。

 

「あれは、絶対私達に、不思議を解いてほしくないのです」

 

 -かわいい

正直、ふくれっ面のアリスちゃんは、とてもかわいい。

私にはそっちの趣味はないけれど、思わず抱きしめたくなるような、かわいさだ。

 

「えええ? そんなことって」

「いえ、それしか考えられません」

「でも、アリスちゃん。もう残ってる不思議なんてないわよ?」

「いえ、ひとつだけあります。それは……」

「それは?」

「第13款待倉庫、開かずの間の『ウェン・リー』の正体です」

 

 -おっと 確かにそれは盲点だった

 

「そうね。確かにそれは気になるわね」

「アトラちゃん?」

「分かったわ、アリスちゃん。私も少し調べてみるね」

「はい。ありがとうございます。 ところで……」

「はい?」

「アトラ先輩。眼鏡変えたんですか?」

「ああ、これ?」

 

私は、かけていた眼鏡をはずした。

それは、今朝見つけた紅い眼鏡だ。

これは、私がシングルに昇進した時に買った眼鏡。

今日のこの日。

全てがうまくいきますように-

と、半分、縁かつぎでかけた、私のラッキー・アイテム。

 

「あ、ああ。そ、そうなんですか。それはそんなに、でっかい大切な眼鏡だったんですか」

 

なぜか急に視線をそらし、あわてだすアリスちゃん。

 

「どうかしたの?」

「い、いえ。なんでもありませんですじょ?」

「じょ?」

「さ、さあ。アトラちゃん。時間よ。早く、トラゲット乗り場に行きましょう」

「え? ええ……」

杏が腕を引っ張りながら言う。

 

 -なに? 今の………

 

「それじゃあね、アリスちゃん。また夕方」

「は、はい。杏先輩。アトラ先輩。お気をつけて」

「うん。ありがと。アリスちゃんもね」

 

こうして私と杏は、トラゲットのために右に。

アリスちゃんは、ゴンドラ・クルーズのために左に。

それぞれ、分かれた。

 

こうして『その時』に向かって、事象は収束してゆく。

 

 

 

 < ETA-0300M >

 

 

  Un discorso di interludio-間奏話 Ⅲ

 

「お疲れ。アトラ、杏」

「お疲れ様、あゆみ。また明日ね」

「ああ。明日…な」

「………」

「どうしたの、アトラちゃん」

「今日のあゆみ。なんか変じゃなかった?」

「え、そ、そうかな」

「うん。なんか妙にうきうきしてて……」

「はひぃ。分かるんですか?」

「うん、まあ、付き合い長いから……ね」

 

「それよりアトラちゃん。用意はいいの」

「ええ、なんとか間に合ったみたい。後は……」

「頑張ってね」

「はいはい。でもちょっと、心が痛むなぁ」

「ほへ? どういうことですか?」

「ん~なんか、騙してるみたいでね」

「でも、それは、しょうがないよぉ」

「うん。確かにそうなんだけど……ちょっとね」

「優しいんだねぇ」

「な、なにバカなこと言ってんのよ。さ、さあ、行くわよ」

「らじゃっ!」

「それ、なんなのよ……」

 

 

 

 < ETA-0210M >

 

「お帰りなさい」

「アトラ先輩?」

 

 午後六時半。

今日、すべての業務を終えて、最後のゴンドラが帰ってきた。

 

「お疲れ様です。って、他のゴンドラは?」

「みんな、もう帰ってきてるわよ。アリスちゃんが最後」

「そう……なんですか。あっ、すいません」

 

私はアリスちゃんに手を貸すと、ゴンドラを収容した。

 

「どうしたんですか?」

オールをいつも通り、アテナさんのオールの横に掛けると、アリスちゃんが訊ねてきた。

 

「実はね。最後の不思議が解けたの」

「え? 『ウェン・リー』の正体が分かったんですか?」

「ええ。行きましょう」

「行くって、どこへですか?」

「もちろん、第13款待倉庫。開かずの間。『ウェン・リー』の所よ」

「あ、でも私、アレサ部長の呼び出し受けてて……」

「大丈夫。ほんの少しだけだから。なんなら、後で私も一緒に行ってあげるわ」

「は……はい」

「じゃ、行きましょ」

私は、アリスちゃんをうながすと、ゴンドラ置き場を後にした。

 

 

この季節、ネオ・ヴェネツィアの夜は早い。

窓の外はもう三日月が輝き、おだやかな星空が広がっていた。

 

月明かりに照らされた通路を、私達は第13款待倉庫へと急いだ。

 

「あっ。アリスちゃん。こっち、こっち」

『開かずの間』の前で、杏が手招きする。

「杏先輩?」

「時間通りね」

「ええ。用意は?」

「OKだよ」

「うん。っじゃ、始めましょうか」

「らじゃっ」

 

私は、ドアノブに手をかけると、ゆっくりと扉を開いた。

『開かずの間』が開かれてゆく。

 

 

 

             Essere continuato (つづく)-

         

 




次回、大団円!
ホントか!?(スライディング土下座)
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