正義と剣製と白兎   作:健坊

2 / 18
目覚めた此処で生きていく

ここは戦場だ。

気を抜いた者からその身を焼くこととなる

背後から死の匂いが迫って来ている。追いつかせてはなるものかと必死に体を動かす。

 

「士郎―――!」

「分かってる!」

 

急かす声にかぶせるように返事をする

飛び火した炎が胸を焼いていく錯覚を覚える

額から流れる玉の汗が心底邪魔に思う。

構ってなんていられない、今目の前のこいつを片付けなければ次には進めない。

腕を振るう。

腕を振るう。

腕を振るう。

あぁ、自分の腕があと6本もあればこの状況なんて容易く打破出来るのに

考えても詮無いのはわかっちゃいるが悪態が頭の中を走る。

 

「士郎さん!」

「あぁ!こいつで上がりだ!」

 

ワッ―――!と、歓声が上がる。

広くも無いが狭くも無い空間に生まれる喜色

さぁ差し出せ、踏み出してみろ。捧げてやろう。

これが、これこそが――――!

 

 

 

「衛宮特製肉詰めジャンボ焼き餃子お待ちーーっ!!」

 

 

衛宮士郎は創る人である。

 

 

 

 

 

「今日もお疲れさまです」

「リューこそ、お疲れさま」

 

差し出されたグラスの中身を煽り、ほっと一息をつく。

今日も戦場から無事に帰還したことを喜びと達成感を覚えながら、向けられた視線に気づく。

 

「どうかしたか?」

「いえ、早いもので士郎さんがココに来てから一か月にもなるのだな…と」

「そっか、もう一月も経っちまったか…」

「行き倒れ自体は珍しくないですが、あそこまで傷だらけなのは町中では」

「だよな。俺自身よくここまで回復したと思うよ」

 

そんな安堵の息を漏らす俺に、また柔らかな視線を向ける女の子

 

リュー・リオン

 

金髪碧眼のエルフの女性

一月前、路地裏で行き倒れていた俺を救ってくれた人

目尻が吊られて本人の厳格さを露わにしている。端正な顔立ちが余計に雰囲気を重くしている

蒼い瞳の底にある冷徹さにはドキリとした時もある。

しかし、それも勘違いだとのちに気づいた。

彼女は優しい。

まぁ行き倒れていた身元不明の男を助けるあたりかなりのお人好しだ。

 

「士郎さんには言われたくないですが」

「なんでさ」

 

ともあれ

何故か傷だらけの瀕死どころか召されるマジ5秒前の状態だった俺をこの酒場に運び

治療し、介護し、世話をしてくれた。

1週間程熱に浮かされて魘されたり、痙攣や引き付けを起こしたりとかなり大変だったらしい。

一部の女の子は未だに俺との距離を測っている節がある。

まぁそれは仕方ない。

先ほどの通り

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それは俺自身起きたとしても変わらない。

 

「なにか、思い出したことは…?」

「…」

 

無言で首を横に振る。

そうですか、と俯き視線を彷徨わせる

なんだか申し訳なく感じてしまう。

リューは美人だ

それもとびっきり

そんな人が悲しそうな顔をするのはきっと嘘だ

笑顔であってほしい

わがままでしかないと思うが、やはり俺の目の届く限りに居る人には笑っていてほしい。

 

「セイバー、貴方は私を見てそう言いました。辛そうでしたが、どこか誇らしげに」

「身に覚え無い単語なんだけどな、セイバー…人の名前というより、役職とか称号とかそんな感じだ」

 

目を覚ました時、俺はリューをセイバーと呼んだ。

目を丸くして驚いた顔を見たのは今のところあの時だけだ

少し勿体ない気もする。また見てみたい。

 

「きっと貴方はそのセイバーという方の為に戦っていたんじゃないかと思います」

「さて、どうなんだろう?」

「傷、だいぶ目立たなくなりましたね…」

「ありがとう、リューや女将さん、ここのみんなのおかげだ」

「私は別に…」

「ありがとう」

「いえ」

 

俺の名前は衛宮士郎

()()()()()()()()()

出身地も、年齢も、両親の名も、体の傷の意味も、ここに行き倒れる前になにを成したのか

どれもこれも不明瞭だ。

なにもわからない

自分が何者なのか、自分自身が一番わからない。

俺はなぜここに居るのか

セイバーとはいったい誰なのか

 

記憶喪失

自分の名前以外になにも思い出せない。

気づいた時、体の震えを自覚した。

それは恐怖だ

自分が何者なのか定義出来ない恐怖

善きものか、悪しきものかさえ不明だ

俺は傷だらけだったという

襲われたのか、襲って返り討ちにあったのか、決闘でもあったのか

一切がわからない。

歯を鳴らし、みっともなく脂汗をまき散らすように体を震わせる

うまく呼吸が出来ない。

喉がカラカラだ、水を飲んでもこれではすぐに乾いてしまう。

まるで錆びついた鋼のように、体が―――

 

「大丈夫です」

 

そう言って彼女は震える俺の手を握ってくれた。

大丈夫、心配はない、自分は貴方の味方だと

そう目で訴えていた。

その瞳の向こう側

蒼く、澄んだ瞳の向こう側

黄金の草原、いつかの朝焼けを思い出す。

俺はきっとなにか成したのだろう

きっと大切ななにか守れたのだろう

それは誇りか、名誉か、地位か、人か、物か

――――理想か

きっと在り方なのだろう

俺はきっと自分を張り続けたのだ。

 

「ありがとう」

「…いえ」

「助けて、くれたんだよな」

「結果的には」

「ありがとう、君は俺の命の恩人だ」

「そんな―――」

「必ず返すよ。あぁ、俺は救われてばかりだから。返さないと」

 

自分の言葉に違和感を覚える

―――救われてばかり

そう自分で口にしたのだ。

そんな記憶なんてないのに

衛宮士郎はからっぽだ

伽藍洞のできそこないでポンコツだ

ただ体一つあるのならできることはある

手もある足もある、目はよく見えているし、言葉だって喋れてる

なら動こう

自分が誰か?

そんなの知るか

もともと自分を確立している人間など居やしないのだ

自分がどうあるべきか、どうなりたいのか

日々の努力と精進でそうやって形成していくのだ

自分というものは、それを人生と言うのだから

なら、俺はここから始めよう。0から

ここが新しい出発点で立脚点だ。

俺の名前は衛宮士郎。

ただそれだけの男だ。

 

体を動かすことに支障を来さない程度に回復した俺は女将さんに相談した。

一文無しのスカンピンではあるがもらった恩を返さないわけにはいかない

しかし自分は記憶喪失で自分の名前しかわからず、なにが出来るかも定かではない

だが、それを盾に何もしないなんて選択肢は無い。

俺をここで働かせてほしい。

眼鏡に適わないのであれば放り出しても無銭飲食だのでひっ捕らえたって文句は言わない

俺を使ってほしい。

そう、真摯に訴えた。

女将さんは一瞬考える素振りをしてからにやりと獰猛に笑った。

引きつく頬に喝を入れてビビらず女将さんを睨む

 

「ここは酒場だ!ならやることなんて考えるまでもないだろう?衛宮と言ったね、まずは掃除、洗濯だ!」

「応っ!」

「いい返事だ!いいかい、出来ることをやろう――じゃないんだ。出来ないことでも出来るよう努力するのが真っ当な人間ってやつさね!」

「わかった」

「よし、なんでもできるようになりな衛宮。生きていく上で覚えなくていいものなんて無いんだ」

 

かんらかんらと笑う女将さん、豪胆とも言えるその存在感に圧倒されながらも俺は覚悟を決めるが

働いている内に気づいたことがある。

どうやら俺は記憶を失う前は、よく調理や掃除などをしていたのだろうということ

脳みその中を開いて調べたい衝動に駆られてしまう

体が覚えているということは、脳みそじゃなくて魂に刻まれているということだ

ちっとも役に立たない脳みそに辛辣な悪態を吐きながら

逆に体のことは誉めてやろう。

ここまでやれるとは、正直思ってもみなかった。

ただ周りから、主夫――?主夫衛宮――?なんて囁かれてしまって戸惑ったこともある

オカンエミヤなんて言ったアーニャのおやつを取り上げたこともある。

そんな日々が続いてはや一月。

周りからも徐々に信用してもらい、打ち解けてきたのでは?と考えられようになった。

最初はウェイターの真似事をしていたのだが、俺の調理スキルに気づいたミアさんが厨房に俺をぶちこんだ

酒場のメニューには無い料理を思いつく俺は重宝がられ、『衛宮の今日のおすすめ』なる日替わりメニューまで作られた

これが思いの他好評で、それなりの人気を出した。

独特な訛りで喋る(どこかで聞いたことがある?)常連の女性にはうちの専属調理人になれとスカウトされたこともある

まぁ、女将さんが一睨みしたらすごすごと引っ込んでしまったが

 

ただ―――

漠然と不安や焦燥感に駆られることがある

このままで本当にいいのか?

大事なことを忘れてやしないか

体を鍛えること常としていたのか

俺はそれなりの体格をしている

きっとソレは俺の日常の一部なのだろう

筋力トレーニングと何故か妙にしっくりくる感覚があったため

木刀を借りて素振りをしている。

それが一体なにを意味するのか

俺にはてんで予想すらつかなかった。

傷だらけだった体の意味を

俺はわざと考えないようにしていたのだろう

今はこの日々の喧騒の中で生きていこう

自分がなにをすべきかと、考え、悩み、それでも

 

それでも

生きてほしい―――と

声なき声が、俺の胸の中から聞こえてくる。

 

「俺は一体、どこに向かえばいいんだろう…。てんで分からないよ」

 

朝が開く時間に空を見上げて、いつか吐いた言葉を誰かにまた投げかけた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。