正義と剣製と白兎   作:健坊

3 / 18
自己の在り方

冒険者と呼ばれる人達が居る。

彼らはこの街、オラリオだけに存在する迷宮…所謂ダンジョンへ潜る者達だ。

そこに至る理由は様々だ。強くなりたい、お金が欲しい、地位や名誉、ファミリアと言われる家族形態の拡大等々

しかして名前の通りそこは『迷宮』だ。

帰らぬ人、四肢を失う者、大切な人を亡くしてしまう者、様々居る。

以前に一度だけ会ったことがあるエイナと言う女性に聞いたことがある。

彼女らが所属している組織『ギルド』では冒険者達へのサポートをしている。

駆け出し冒険者達が不足しているダンジョンに対しての圧倒的と言っていいほどの危機感の無さを彼女らは懇々と説く。

なるほど、確かに彼女らにとってはそれが仕事だ。説き、教え、導くと言っては傲慢だろうが

それはひとえに彼ら冒険者達に死んでほしくないからだ。

善意から来るその教えを一笑に付してしまう者も中には居るが、多くの人間が彼女らの組織に敬意と感謝を示している。

本来彼ら、彼女らは一人の冒険者に執心しないよう努めている。

昨日までは笑って彼女にセクハラして弄んでいた屈強な戦士が

今日は物言わぬ骸となって仲間たちから見送られる。

それが日常の一コマなのだ。

生と死のバランスが余りにも取れすぎている。

死と言うものは個人に向けられる概念としてはその意味を濃くするが、大衆に向けられるとその存在が希薄となる。

誰しもが『自分は死なない』と思っているのだ。

無論、自信があるだろう。

日々鍛えてきた肉体、培った経験、未来予知と言えるまでの経験から来る戦術理論。

まして、神からの恩恵でスキルや魔法等も駆使することが出来るのだ。

そうして生きてきた自分が、なぜダンジョンのモンスター等に負ける?そんな道理は無いのだと鼻で笑うのだ。

 

そしてそうした者達が率先してその身の熱を失っていく。

後悔など無い。無念など抱くことは無い。そんな感情を覚える前に死は彼らの肩をほくそ笑みながら叩く。

 

「やぁ、残念だけど君の冒険はここで終わりだ」

 

そんな軽い言葉で、人の一生を数秒で終わらせる。

俺にはダンジョンという存在自体が死神のように思えてならない。

だから、本来なら自分も彼らを引き留めて、違う道を生きてはどうか?と問うてみたい

しかしそれらはきっと彼らの尊厳を酷く傷つけるものなのだろう。

今、目の前で俺が作った料理を満面の笑みで頬張っているひとつのファミリアがある。

赤目白髪の少年。ベル・クラネル

黒髪のツインテール。神、ヘスティア

この神の眷属はベル一人だけだという。

一人でダンジョンに潜ることなど当たり前らしい。

危険では無いのかと問うと、そりゃそうだと笑われる。

しかし先ほどのエイナが彼にきつく言い聞かせていると聞いた。曰く―――

 

「冒険者は冒険をしてはいけない」

 

なにを馬鹿な事を―――と、笑ってはいけない真理だ。

明日の糧を、将来の夢を叶える為に冒険する彼らに、死なないで、どうか生きて帰ってと

懇願にすら届きうる究極の願いの一つの形だ。

神の口元をナフキンで拭ってやる心優しい少年だ。

彼に死んでほしくない。

もちろん、この店で知り合った数多くの気前のいい、馬鹿野郎達も同じだ。

俺は繰り返す。

 

「また俺の料理を食いに来てくれ」

「おうよっ!!」

 

皆がみな、そう笑顔で店を出る。

それきり、顔を見せることが無くなったやつもこの二月で多く居る。

一人二人では無い。十人、二十人にも上る未帰還者。

胸がギシリと痛む。訃報を聞く度に叫びだしたくなる。

もう止めてくれ。そう言っても彼らはその歩みを止めないだろう。

覚悟がある?戦いの中で死ぬのは本望?そんな馬鹿な、死んではいけない。死んではなんにもならない。

叶えたい夢があったんだろう?守りたいナニかがあったんだろう?貫きたい矜持があったんだろう?

死んでしまっては…なにも出来ないじゃないか。

 

「ベル…」

「ふぁんれふかひろうらん」

「お前は死ぬなよ」

 

俺の言葉が彼の鼓膜を叩く。俺の言葉の重みを理解したのか、口一杯に頬張っていた料理を無理矢理嚥下して

真剣な眼差しで俺へ返事をした。

 

「はい、僕は死にません。神様を一人になんか出来ないし、叶えたい夢がありますから」

「そうか…そうか」

 

俺の言葉にはなんの意味も無い。なんの効果も生まない。

俺に神の恩恵は無い、恩恵を受けて生まれたスキルに『彼らを守護する』ナニかなんて、無いのだ。

それがただ悔しい。

こうして親交を深めたこの少年を守る力が俺には無い。

それがただ悔しい。

 

「士郎さん」

 

ふと、心痛に悩む俺にベルは声を投げかける

 

「なんだ?」

「ありがとうございます」

「…?」

 

そのお礼の意味が、俺にはわからなかった。

 

「今でこそ、エイナさんや神様、シルさんが僕を心配してくれます。でも、僕がこの街に来たときは本当に一人でした。本当の意味で一人だったんです…」

「ベル…」

「そんな僕に手を差し伸べてくれました。とっても嬉しいです。だから僕は死にません。差し出された手を握った責任があります。僕はきっと死んではいけないんです」

「そうだ。ベル、お前は死んじゃいけない。お前が死んだらシルだって悲しむからな」

「士郎くん!縁起でもないことを言わないでくれるかな!?ベルくんの事はこのボクが守るんだから!」

 

口の中に押し込んでいたものを調理した人間に飛ばすという罰当たりなことをする神に苦笑を零す。

二人は笑いあう。

これはきっと幸福だ。

こんな形を、俺は()()()()()()()()()()()

けして崩さぬよう砂上の城を守るんだ。

 

「それにアイズの件だってあるしな」

「あぅっ!そ、それは…それはですね!!」

「べ~る~く~ん~?」

「ななななな、なんでしょう神様!!?」

「まぁだ、ヴァレン某のことを忘れられないようだねぇ?」

「いや、ヘスティア様。それは無理だろう…命の恩人を忘れることなんて出来ないぞ」

 

呆れながらも俺はそんなことを口にするが、同時にどの口がそんなこと言うのかと罪悪感が俺の後頭部に黒い呪いに似た塊をぶつけてくる

一瞬視界が真っ赤になった。ヘスティアを見るとなぜかたまにある光景が思い浮かぶ。

黒い髪の毛を両サイドで縛り垂らしている『あかいあくま』の笑顔を…。

 

俺、呪われたりしてたんだろうか―――?

 

「ふん!なんだいなんだい!ベルくん、君は本当に浮気者だね!」

「そんな!僕が神様の事を置いて他のファミリアになんて行きませんよ!?」

「どうだか、そのヴァレン某に誘われたらほいほいと付いて行ってしまうくせに!」

「神様~~」

「ほら、ヘスティア様。飲みすぎだ、ベルが困ってる」

「士郎くんも飲め!」

「飲むか!!仕事中だ!俺は!」

 

酔っ払いの相手は疲れる。なにせ理知的な行動をしないからだ。

現に、仕事中だと言っているのにヘスティア様が「わかった!じゃあ飲もう!」と杯をこちらに向けてくる。

まぁ、この酔っ払いロリ巨乳の神様は無視して

 

「士郎く~~ん、ベルくんがぁベルくんが盗られるよぉ~~」

「はいはい。それでベル、アイズには会ってちゃんとお礼を言えたのか?」

「それが…」

 

しょんぼりと両肩を落として重い溜息をつくベルに、しょうがないと苦笑を浮かべる

 

「確かそろそろ『ロキ・ファミリア』が遠征から帰ってくるはずだ。三日後…だったか、その日の飯代は俺が出してやるから顔を出せ」

「いいんですか…?」

「心残りを持ったまま死地へ飛び込むなんてするもんじゃないからな。ちゃんと決着を付けてまた頑張れば気の持ちようも変わるだろ?」

「そう…ですね、はい!ありがとうございます。士郎さん!」

 

人懐こい笑顔を惜しげもなくばらまくこの弟のような存在は、確かに妙にこちらの庇護欲をそそるものがある。

エイナやシルが放っておけないというのは、ベルのこういう人徳のせいなのだろう。

…なんだか妙に背中がピリピリするのは絶対気のせいだ。絶対だ。

 

「じゃあまた来ますね!士郎さん!ごちそうさまでした!」

「あぁ、気を付けて帰れよ。あとそこのつぶれた神様は邪魔だから連れて帰るように」

「あはは…」

 

ほら、行きますよと潰れながら涙を流してベルの事を呼び続けるヘスティア様をベルはその小さい背中で背負う。

何度も振り返り、手を振るベルに応えながら俺の今日の一日が過ぎていく。

振り返り、店の玄関ドアの取っ手に手を掛けた瞬間、背後から悲鳴と吐瀉物を撒き垂らす音を聞いた気がしたが

無視することにする。頑張って生きろ、ベル。

 

 

 

 

 

 

衛宮士郎の朝は早い。

昨晩の片づけから、翌日の仕込みを終えて床に就くのは深夜に針が進まる頃合いだが

朝靄が晴れる前に俺は目を覚まし、顔を洗って意識を覚醒させる。

これから始めるのは鍛錬だ。

俺は冒険者ではない。そもそもどこかのファミリアに属している訳では無いし、神の恩恵など受けた訳でも無い

別に鍛えて損は無いだろう。酒場と言う職場に居る都合上、荒くれ者達の対処もしなければならない

が、そんな不届き者は片手で足りるほどに少ない。少ない上に大体がミアさんの一喝か一睨みでご退場される。

体力づくりと言えば恰好はつくかな?なんて無駄な思考を隅に追いやって俺は膝を組んで座禅する。

所謂瞑想というものだ。

体を苛めて体を平常時から遠く離れた状態へ持っていく。ここからの精神統一は至難の業だ。

乱れる呼吸、荒ぶる脈動、高まる体温。

それらを均して一点に集中する。

 

「はぁ――――――」

 

深く、深く息を吐く。

肺の中の酸素を吐き出し、からっぽにする。元々今の衛宮士郎はからっぽの存在だ。そこに至る上で困難などどこにもない。

次に朝の新鮮な空気を体の隅々にまで溶け込むよう充填させる。

血液の流れを意識する。体のあちこちに張り巡らせている神経を尖らせる。

朝靄の湿度、温度、朝日の光度、熱、風の強弱、それらの情報を俺に作ったセンサーから感じ取る。

これが何を意味するのか、俺にはわからない。

ただ、ずっと前からこういうことをしてきたのではないか…いや、していると体が言っている。

なのになぜやらない?俺と言う意識において、体がそう疑問をぶつけてくる。

正しいのはこうではない。衛宮士郎はそうでは無いのだ。

感じることが理ではない。

理解し、解析することが本懐だ。しかしそれすらも派生でしかない。源流となるナニかの為に、衛宮士郎は座禅を組むのだと

 

―――イメージしろ

 

本当に衛宮士郎はからっぽなのか?

例えそれが本当に真実だとしても、からっぽのままでは居られないのでないか

記憶を失い、自分を見失い、自らの脚で立ち上がることさえ困難だとしても

その胸の中に

からっぽのはずの心中に

三つの宝石が鎮座しているではないか

青く、赤く、桜色に輝く小さな宝石が

その身を中から照らしているぞ。

 

―――イメージしろ

 

肌で感じるだけでは足りないか?

心の中だけでは狭すぎるか?

ならば言葉を紡げ

世界に問い質せ

発声し、その耳に打ち鳴らせ

何を言うのか?

そんなこと考えるまでもない。

衛宮士郎が紡ぐのはただ一つ、自己を変革させるたった一つの言葉

それは祝福であり、呪いである。

自らを違う者に変えるなど、本来あってはならない

それは呪いだ。

自らを違う者に変えるなど、本来出来ない筈だ

それは祝福か。

 

―――イメージしろ

 

ここではないどこかでぶつけられた言葉がある。

それは誰が言ったのか、なんと言っていたのか

常にイメージするのは――――

 

はっきりと最後まで思い出せない。

心は不思議と落ち着いている。

昨晩、ベルの覚悟を聞いてから、ずっと胸に残っているものがある。

それを形容する言葉を俺は持ち合わせていない。

ただ、なぜかそれを綺麗だと感じた。死ぬわけにはいかないと言い切った少年は美しかった。

ざわざわと俺の心の中が騒めいて止まない。死ぬわけにはいかないと…。

それは、誰が抱いた覚悟だったのか。

思い出せない、思い出すことなど出来ない。ただ映像が走る。剣を振るう自分の姿を幻視する。

酷い頭痛だ。役立たずの脳みそが思い出す事を拒否しているのか

虚ろな目でいやいやと駄々をこねるように頭を振っている。

もう終わったんだ。終わったことだ。お前はここで休んでもいいんだ。だから止めろ。

決してそれは口にするんじゃない。衛宮士郎は終わった。

確かにみんながハッピーで終わるエンディングでは無かったさ。

涙があった、嗚咽が、懺悔と後悔、憎悪と愛情が満ちていた。

だけどお前はちゃんと終わらせた。

そこに後悔なんぞ欠片程も無いだろう?

衛宮士郎

お前の理想は終わりを迎えた筈なんだ。

 

誰の声か。他でもない、自分だ。

自分の声が聞こえる。

それでも俺は衛宮士郎を張り続けなきゃいけない―――と、知らず叫んでいた。

 

―――イメージする

 

冒険者達が腰から下げているそれをいつも見つめていた。

ソレらに対する憧れでもあるのかと、疑問に思うときもあったがそうではない。

頭の中、心の中、そうではない。もっともっと深い所。そうだ、衛宮士郎が衛宮士郎足り得る為に必要なもの

『起源』と、言ってもなんら可笑しくはないだろう。

長く、両刃の物。

短く、二刀を持って一つとする物。

鋭く、貫く事に重きを置いた物。

強く、斬るでは無く叩き潰す事に特化した物。

それすなわち剣。

剣だ。

イメージするのは剣。

そこへ至った時、背中に熱を感じた。ズブリと、数千度のマグマが棒状になって俺の背中を貫いた。

俺を殺す物か、俺を生かす物か、それとも―――

 

どれほどの時間が経ったのか、周りの世界が停止したかのような錯覚を知る。

唇を噛み切り肌を濡らす鮮血。熱した油のように熱い汗と、底冷えする絶対零度の汗が混じり合う

砂嵐が巻き起こっていた意識が気づけばクリアになっている

その向こう、赤焼けた荒野に一本の黄金の剣が刺さっている。

 

―――イメージする

 

輝くそれは王が担うに相応しい剣だった。

そうだ、この剣にはかの王しか触れられない、振れない剣だ。

俺ではあの王には為れない。届く筈がない。

しかしそれでも手を伸ばそう。

あの剣に届いた時、なにかを思い出す気がする。

手を伸ばし、剣の柄を握る。

剣は答えない。俺には応えてはくれない。

そんなの分かっていたことだが俺では届かない。

ならば届くように己を変えるしかない。

一つの言葉を紡ぎ、自己を変革する。

 

掠れ、ひしゃげたようなカラカラの喉から絞り出た言葉は

それでも力強かった。

 

同調開始(トレース・オン)

 

三つの宝石の輝きがなお一層強くなった気がした。

 




書ける時に書くのが信条ではありますが
書けない時は髪の毛が無くなるくらい悩みます。
まだまだ士郎の自分探しは終わりません。
3話書いて物語一向に進まない…。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。