背骨さえも貫通したのではと錯覚する程の衝撃が見舞われる。
吹き飛ばされ、石畳の上に叩きつけられる。
転がりながら攻撃された腹部を確認するために手を伸ばす。
腹の肉はそのまま、どうやら穴も開いていない。骨にもなんとか異常は無さそうだ。
ただ呼吸するのが困難になった。横隔膜が潰れてしまったのではないか。
空気を取り込もうと口を開けているのに、肺はちっとも膨らんでくれない。
「くそ…」
悪態を吐きながら自身を攻撃したモンスターを見据え睨む。
見た目蛇のようなソレは、胴体をくねらせ衛宮士郎の様子を伺っている。
まるで獲物の活きの良さを、舌なめずりしながら図っている。
向こうからしたらこちらはそれこそ餌だ。
強者が貪る対象でしかない、圧倒的弱者。
お前の勝ちは俺を食らう事。
俺の勝ちは時間を稼ぐ事。
これはもはや能力の比べ合いの勝負では無い。
食われる前に応援が来るかどうかの話
犠牲になった誰かのロングソードを手に、衛宮士郎は歯を食いしばる。
ここから先は根競べ。と、なれば自分との闘い。
ならば、自分だけには負けられない。
いずれ至る理想の壁という奴を打倒した衛宮士郎ならば負けない。
負ける道理が無い。
―――
物語は数時間前に遡る。
目覚めてからかつて無い街の活気に、俺はただ口を開けるだけだった。
いや、元々活気と言うか熱気と言うか…騒がしさが途絶えない街だ。
通りには人が溢れている。あちこちに露店が開かれて子ども達が買い食いをしていた。
昼間から大人達は酒を飲み、裏では酔っぱらいの喧嘩まで始まっている。
石畳を叩く足音が鳴り止む事が無い。
陽気も喧噪も、人々の営みの一部だと再認識せざるを得ない。
「まいった。これはすごい」
「ふふっ、流石の士郎さんもこれには面を食らうようですね」
「意地悪言うのはやめてくれ、リュー」
「すみません」
言葉の外っ面では謝っているが、顔を見ればそんな気持ちなどありはしないのが分かってしまう。
最近のリューはどこか言葉に毒がある気がしてならない。
『士郎さんだから仕方ないですね』―――とか
『やっぱり士郎さんですか』―――だったり
『ほんと、士郎さんですね』―――みたいな
俺の名前を形容詞として使うのはおかしいんじゃないだろうか
俺だからなんだって言うんだ…ったく
「士郎さん、たまには休んでください」
「…はい?」
「意味が分からない、という顔をしていますね。これ以上無いくらい分かりやすく伝えたつもりですが」
「リューさんや、なんか言葉が痛いんだが…」
「痛い程度で収まってしまうのが士郎さんですよね」
「なんでさ」
ほんと、美人が真顔で罵倒してくるとか困る。
なにが困るって、反論なんかしてくるな、してきたらぶっとばす。
みたいな威圧感を放ってくるんだよ、この美人。
ちらりと、なぜか誇らしげな顔で俺に悪態を吐くエルフ様を覗き見る。
―――サラリ
髪が風に浚われる。
その音が聞こえた気がした。
金髪、碧眼。決して長くない髪には、触れられずには居られない魅力が有る。
思わず息を呑む。
彼女の横顔はどこか憂いを帯びた笑顔だった。
少し眉を下げ、口角を上げている。慈しむような笑顔だ。
そこに、ふと覚えの無い騎士の顔を見た気がした―――
頭を振ってその映像を追い払う。
最近、記憶に無い筈の映像が頭を過ぎる、
俺が失った記憶の断片なんじゃないかと、真剣に考えたとしても
いつもふとした瞬間にしかこいつらは現れちゃくれない。
答えを掴もうと手を伸ばそうと、ソレは遥か彼方
決して届かない空虚の向こうに逃げる。
考えることがある。
―――
取り戻したら、俺は今の俺とは違うナニかに変わってしまうんじゃないか。
そんな恐怖が、手を伸ばす俺の足に絡みつく。
「今日は怪物祭、ガネーシャ・ファミリアが企画するお祭りです」
「名前だけ聞くと物騒な祭りだな」
「怪物を
娯楽の為に闘いを観る。
少し引っかかるものもあるが、気にしなくていいものだろう。
「士郎さん」
「なにさ」
「本当に良かったんですか?折角の休みを」
「休めと言ったのはリューだろ?なら責任を取って一緒に休むべきだ」
「また難解な理論を出して来ますね」
「ミアさんだって許してくれた。なら、たまには二人で騒ぐのも悪くない」
「二人…で…?」
「あぁ、思えばこっち、リューに世話になってばかりだった。少しは返さなきゃ」
少し、目を白黒させながらこちらの顔を伺う彼女は
なんというか、ずるい―――
照れ隠しのつもりは無いが頬を掻き二の句を紡ぐ。
「今日はなんでも好きな物を買ってやる。多少の蓄えもあるからな、遠慮は要らない」
「ではあの―――」
「お姉さんお姉さん、0が3つ程多い気がしませんか?」
「士郎さんはなんでも、と言いましたが」
「ごめんなさい。勘弁してください」
そんなバカなやり取りを繰り返していた。
心なしかリューも楽しそうにしている。
本当は弁当でも作ってピクニックにでも洒落込めばとも思ったが
露店を梯子して買い食いに勤しむのも、祭りの醍醐味というものだろう。
道中何人か店の常連と顔を合わせた。
その中の数人は無謀にもリューをからかいいじる。
さすがにこの人込みの中、ましてや大来の真ん中では彼女は甘んじてそのからかいを受けている。
俺はそっと目を閉じ合掌し、常連達の安らかな眠りを祈った。
いい加減お腹も膨れて来た頃合いだ。そろそろメインイベントを見に行こうかと彼女に声を掛ける。
が、言葉が俺の喉を通る前に気づく、彼女はどこか遠くを見据え、眉を寄せていた。
どうした?と、声を掛ける前に視界の端でギルドのエイナを見つける。
どこか慌てるように職員達に指示を出している。
「なにか、あったのか?」
「行ってみますか?」
エイナの元へ、二人で駆け出す。
「衛宮君!?」
「なにかあったのか?なんか慌ただしいけど」
「えっと…」
「さっき向こうに走って行ったのはアイズだよな?」
「え、えぇ…」
「なにか祭りで問題でも起きたのか?なにか手伝えるようなら手を貸すけど」
「士郎さん…」
またか、みたいな呆れた顔をしながらもリューは周囲に視線を走らせる。
その切れ長の瞳は祭りの中にある異常を見逃さなかった。
「どうして武装した冒険者がギルドの指示を受けて方々に走って行くのですか?」
「それは―――」
「武装…?なんだってそんな―――今日はお祭りだぞ」
「祭り…怪物祭―――まさか」
観念したのかエイナはゆっくりと口を開く。
ガネーシャ・ファミリアが
この街の中に、凶暴な、死を撒く、災厄とも言えるモンスターを。
冒険者が多い街と言っても大多数の住人は戦えない人達ばかりだ
子どもも、老人も、妊婦も―――
今を生きる人達が大勢居る。
その人達に危険が迫っている。
黒い太陽が昇り、街が燃え、人が炭化して行く。
理不尽に奪われる命。
慟哭も、懇願も、悲哀も、激情も
なんの意味も成さない。
そんなのは、そんなのは―――
「そんなのは許されない…」
「士郎、さん…?」
「どうしました衛宮さん?」
「エイナ、手伝わせてくれないか。このままじゃ犠牲が出ちまう。その前に皆を避難させないと」
「しかし、今この場で声を荒げて避難を促しては混乱が起きます」
「はい。なので今、いくつかのファミリアにモンスター討伐の依頼をしました。直に鎮圧するでしょう」
「あぁ、アイズがやってくれるなら、それは安心だ。だけど―――」
「士郎さん、なら私達は逃げたモンスター達の捜索。発見次第周りの人達の避難を誘導しましょう」
「そうだな。リュー、手伝って…くれるか?」
「なにを今更言うのです」
「そっか、そうだな。ありがとう。助かるよ」
「ちょっと!二人とも!?」
「そういう訳だエイナ、出来る限りのことはする」
「はぁ~~~…わかりました。ではお願いします。ですが決して無茶はしないでくださいね!」
「あぁ、わかってる」
「ほんとかなぁ…」
「安心してください。士郎さんの面倒は私が…」
「お願いします」
「なんでさ」
俺が不満の声を上げると、二人してジトッとした目でこちらを睨んでくる。
いやいや、そんな目を向けられる謂れは―――
「「あります」」
「はい」
思わず認めてしまった。
いや、こんなことをしている場合ではない。
モンスターを見つけたらなんらかの方法でアイズに知らせる事が出来るなら、それが一番なんだろうけど
そういう訳にも行かないのが現状だ。
なにせ連絡方法が無い。
だから、最悪は時間稼ぎをしなきゃいけない状況になるということだ。
街の人達の避難を優先したとしても、犠牲が出るかもしれない。
だからと言ってそれを許すつもりは無い。
それは絶対の誓いだ。
「行こうリュー」
「はい、士郎さん」
俺の言葉に深く頷く彼女と共に、郊外へ走りだす。
心臓が俺を急き立てる。
走れ、奔れ、間に合わなくなる前に
走れ、奔れ、自身の理想と、守るべき者達の為に
走れ、奔れ――――
怪物祭がスタート
2話、もしくは3話で書き上げようと思います。
よろしくお願いします。