違法少女ホモホモなのはViVid(略してホモビ)   作:ルシエド

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 一日経ってから思ったんですけどなんで自分こんな作品書いてるんですか?


棒を握らなければ お前でシコれない 棒を握ったままでは お前を抱き締められない

 謎の男の襲撃の翌日。

 

「姉さんに会ったんですか?」

 

「ああ、ブラックさんの関係者というのは本当だったんですね」

 

「ああ、敬語はいいですよアインハルトさん。歳も同じでありますし。

 自分の敬語はこれ以外の話し方を親に教わっていないから使っていないだけであります」

 

「え? 同い年?」

 

「ミウラさんの先輩なのは、飛び級したことがあるからでありますので」

 

「と、飛び級……」

 

 アインハルトは彼を年上だと思っていたので、ちょっとびっくりした。

 

 あの夜に名前だけ名乗って消えていったタクマチ・タクヤなる女性は、ブラックと同じKBTIT一族の人間である。

 その動きには武術の達人に時たま見られる、芸術品の如き美しさがあった。

 刀を使うその戦闘スタイルは、アインハルトの知人の一人の動きを思い返させていた。

 

 "タクヤ・シェベルを思い出す……あ、間違えた、ミカヤ・シェベルだった"と脳内で可愛いミスをするアインハルト。

 ブラックはタクヤさんのことを何か言おうとして、言うのをやめて、無難に語る。

 

「……はい、自分の姉代わりの人間です。それだけであります」

 

「そうですか。とても高い技量を持っているように見受けられました」

 

 悶絶調教師のタクヤ。管理局教導隊で密かに活躍している女性である。

 KBTIT一族の田村河内というAV女優と似ていると根も葉もない噂を立てられ、「レズAVに出てる」と一時期ネット民の玩具にされかけたが、単に声が似てるだけだと言われて騒動が沈静化したという過去を持っている。

 外見はあまり似てなかったそうだ。

 

 その後ネットはタクマチと高町が似ているということで「高町なのはがレズAVに出ている」という噂が広がって、ネットにおける彼女も過去の人となった。

 当時ミッドグーグルで高町なのはと画像検索すると、一ページ目をこの悶絶調教師タクマチの画像とAV女優田村河内の画像が埋め尽くしていたという話だ。

 三人は声ぐらいしか似ていないので、一般の人は首を傾げたという噂である。

 

「私が昨晩会った男に、心当たりはある?」

 

「すみません、ありませんであります」

 

「あるの? ないの?」

 

「ありませんであります」

 

「どっち」

 

 昨晩の襲撃者には、ブラックも心当たりはないらしい。

 アインハルトは自然に敬語で話そうとして、けれど先程敬語の会話から敬語を使わない方がいいのかと思い口ごもり、けれど身に染み付いた敬語のせいで話し辛そうにしていた。

 

「……あの、やっぱり私、敬語使っちゃだめ?」

 

「あ、すみません。

 その方が話しやすいならそちらでどうぞ。

 考えてみれば自分も敬語の方が話しやすいわけでありますしね。

 想像力と気遣いが足りていなくて申し訳ない。すみませんでした」

 

「あ、頭を上げて?」

 

「非礼を詫びます」

 

「ああ、ええっと、一回はこういう話し方をしておきながら、ごめんなさい」

 

 頭の良さそうな同い年の異性とタメ口で気軽に話している内に、なんだか少し照れくさくなって敬語に戻そうとして、ぐだぐだになって、ぐだぐだに頭を下げ合う。

 相手の性格や会話のテンポを掴みかねている時に、話下手が時々やらからすあれだ。

 アインハルトの頬が少し赤く見えるのは、おそらく錯覚ではあるまい。

 異性との距離の測り方が絶望的にヘタクソで、微笑ましさすら感じる。

 

「そういえば、ブラックさんは古代ベルカの野獣王についてどのくらい知っていますか?」

 

「資料で残っている範囲のみ、であります。

 覇王イングヴァルトの覇王流(カイザーアーツ)と対になる迫真空手の使い手。

 かつては覇王と王の威厳をかけて国同士の大戦争にハッテンしたと伝えられています」

 

「……」

 

「タドコロと覇王イングヴァルトの実力は、ほぼ互角だったと聞いています」

 

 『あれ』が『そう』なら、また襲撃に来るだろう。

 アインハルトはまたしても古代ベルカの時代から続く因縁に足を掴まれた形になった。

 

「やはり学説で私の記憶以上のことを知ることは難しいんですね」

 

「学説とは事実ではなく、移ろいゆくものです。

 今や聖王オリヴィエも学会においては男の娘説が主流でありますからね」

 

「え、なにそれ聞いてない」

 

 ―――衝撃が、アインハルトを襲った。衝撃が大きすぎて、表情も声も固まっていた。

 

「ええと……では少し失礼して、自分から講義をさせていただきます」

 

 オリヴィエは女とは思えないほど平坦な胸をしていたという。

 この時点で男疑惑があった。

 更には野獣王国のホモの多くがアインハルトの先祖・覇王クラウスを性的に狙っていたという記録が残っていたため、クラウスと仲が良かったというオリヴィエもまたホモなのではないか、という名推理が冴え渡る。

 その上彼女はゆりかご搭乗後は『聖王』と呼ばれていた。

 「女だったら聖女王とか呼ばれるもんじゃないの?」「男だったから聖王って呼ばれてたんじゃね」という主張が、オリヴィエ男の娘説を強烈に裏付ける。

 せめておっぱいがあれば何か違っただろうに。

 

 聖王オリヴィエのクローン体・高町ヴィヴィオが将来巨乳になると見込まれていることも、この学説を補強した。

 「クローン体が巨乳だったなら元の聖王も巨乳でないとおかしい」と誰かが言った。

 「オリヴィエの胸がクローン体と違うのは男だったからなんじゃね?」と誰かが言った。

 おかげで乳首くらいしか胸に出っ張りのないオリヴィエは、現代のミッド学会においてすっかり男の娘扱いを主流化されてしまっていたのである。

 

 オリヴィエ×エレミアを支持する『聖王の百合かご派』と呼ばれる学者グループがこの主流である流れに逆らっているものの、微弱な抵抗と言わざるを得ない。

 ちなみにブラックは限りなく中立に近い位置に居る。

 

「おかしい……おかしいです! 私は知っています! オリヴィエが女の子だったと!」

 

「アインハルトさん落ち着いてください」

 

「それが男扱いってなんですか!」

 

「女にしか見えない男が好きな人が学者には多いそうでして。

 学説も細かい所が論理的に詰めてあって、学説の仕上がりがとんでもなかったであります」

 

「性癖じゃないですか! 私はこの目で見た記憶があります! オリヴィエは女の子で―――」

 

「でもヴィルフリッド・エレミアの性別は誤認してたのでしょう?」

 

「うっ」

 

 ミウラ経由で情報を仕入れられるらしいブラックは、アインハルトの痛いところを突く。

 

 アインハルトの先祖は聖王オリヴィエとも親しかったが、もう一人の親しかった友人の女性を生涯男性だと思っていた。

 その勘違いが正されたのは、アインハルトの代になってからである。

 "聖王が女だったと勘違いしていたのでは"と言われれば、反論できないのだ。

 

「聖王の裸を見た記憶も持っているのでありますか?」

 

「それは……持っていませんが」

 

「ならば聖王がスカートの下に聖王棒を隠していないとどう言い切れましょうか。

 エレミアと同じようにイングヴァルトが性別を誤認していた可能性は否定できません。

 もしかしたら聖王オリヴィエは巧みに全てを隠していただけで、男の娘だったのでは?」

 

「そんな……いやまさかでも……けれどしかし……

 私の中に残ってる記憶にオリヴィエの裸体なんて……でもなんで……

 ……まさか本当に男……? ……王位継承権とかそういう……偽装工作……嘘……」

 

「……まあいじわるはこのくらいにして。

 アインハルトさんがそう言うのであれば、聖王は女性だったのでありましょう」

 

「え」

 

 オリヴィエの性別に真剣に悩み始めたアインハルトが、ブラックの言葉に顔を上げる。

 

「当時の人間の記憶、これを資料として発表すればいいのです。

 あとは着目されるようちゃんと理論立てて、論文を作って発表すればいい。

 ちょうど自分も一つ研究を終えた直後で手空き。

 これでも縁というやつであります。聖王オリヴィエの男の娘疑惑、自分が払拭してきましょう」

 

「……!」

 

 オリヴィエ男の娘疑惑を晴らせる人間と、その人間の言葉の形に変えて発表できる人間が協力することができれば、学会に大嵐を引き起こすことができるかもしれない。

 聖王オリヴィエは女装男の娘でクラウスを狙っていたホモ野郎という学会の定説を、覆すことができるかもしれない。

 

「誰かが見たもの。

 誰かが言ったこと。

 それを文という形に変換して保存する。

 人が文献と呼ぶ参考資料の数々は、そうやって生まれてきたのであります」

 

 論文は他の論文を参考し書かれ、未来の論文には逆に参考にされるもの。

 過去の論文から未来の論文へと繋がる関係性は、図にすれば木のような形に見える。

 言うなれば『文献の樹形図』だ。

 

 アインハルトは古代ベルカの時代の悲劇の過去を知っている。

 もしも、それが繰り返されないことを望むなら。

 もしも、その悲しみを"オリヴィエで最後にする"ことを望むなら。

 『この過ちを繰り返してはならない』という警告を残すことを望むなら。

 ブラックは学者という立場から、正しい形の歴史を残し、かつて起こった悲劇を二度と起こさないようにすることができるかもしれない。

 

「アインハルトさんの覇王イングヴァルトの記憶。

 自分で良ければ、それが捻じ曲げられることを防ぐお手伝いを、したいのでありますが」

 

 彼女が望むだけでいい。話を聞かせるだけでいい。

 ただそれだけで、彼はオリヴィエにかけられた風評被害の一切合財を払拭し、かつて古代ベルカの時代に起きた悲劇を教訓と化し、人類に残すことができるだろう。

 アインハルトからすれば願ってもないことであり、彼女は思わず身を乗り出して、彼にそれを頼み込んでいた。

 

「お願いします、お願いします、オリヴィエの名誉を守ってくださいっ……!」

 

「が、頑張ります」

 

「クラウスのあの純粋な想いを、変に解釈されないようにしてください!」

 

「が、頑張ります」

 

「お願いしますよ!? お願いしますよ!? 特に男の娘説はチリも残さないでください!」

 

「が、頑張ります……」

 

「それだけのことをしてくださるなら私なんでもしますから!」

 

「が、頑張りますので! 女の人がそういうこと気軽に言うべきでないと思うのでありますが!」

 

 アインハルトは必死だった。

 それはもう必死だった。

 同時に、"現在唯一の希望"である彼に対して途方も無いリスペクトを感じていた。

 オリヴィエ・ゼーゲイブレズヒトの名誉を救えるかもしれないのは、アインハルト視点彼しか居ないのである。

 

 ミウラが彼を聖王教会所属と言っていた以上、彼は基本的に聖王のクリーンなイメージを維持する側の人間であるのだが、アインハルトはその辺りよく理解していなかった。

 

「も、申し訳ありません。少々取り乱しました」

 

(少々……?)

 

 こほん、と頬を赤くしたアインハルトが咳払いして、露骨に話題を変えようとする。

 

「あの……不躾ですみませんが、ブラックさんはどうして学者を志したんですか?」

 

 仕事にも学問にも関係のない、個人に踏み込む話題。『仲良くなるため』以外の目的など無いその話題に、一瞬だけブラックは躊躇って、すぐに元通りの表情に戻る。

 

「ミウラさんは知らないようでしたが、自分が野獣先輩と呼ばれている理由を御存知ですか?」

 

「? いえ、知りません」

 

「のけものです、のけもの。

 自分は昔から同性との付き合いが上手く行かない方でありまして。

 初めて友達が出来たのも中学生くらいの頃でした。

 のけものの先輩だから、野獣(のけもの)先輩。いじめ用の隠語みたいなものです」

 

「―――」

 

 少女が彼を見る目が、少しだけ変わった。

 

「自分が少し格闘技をかじり始めた頃には、由来も忘れられていたであります。

 おかげで蔑称だったものは愛称になり、すっかり自分の呼び名も野獣先輩になってしまって」

 

「それは……なんと言っていいか……」

 

「あ、気にしているわけではないですよ?

 寂しくはなかったです。幼い頃は、近所のお爺ちゃん達と一緒に遊んでいましたから」

 

 陰のない笑顔。過去を乗り越えた者が見せる、触れられると痛む過去を努めて明るく話そうとする笑顔。アインハルトにも、見覚えのある笑顔だった。

 

「自分は、仕事が忙しい両親の間に生まれました。

 姉代わりに面倒を見てくれたのが悶絶調教師のタクヤさん。

 彼女が居ない時に、祖父母や近所のご老人達に面倒を見てもらっていたのであります」

 

「へえ……意外ですね。家庭教師に色々と教わって育った人のようなイメージを持っていました」

 

「そうでもないであります。

 お爺ちゃんの昔話は楽しかった。

 お婆ちゃんの歴史の話は楽しかった。

 お爺ちゃんお婆ちゃんと一緒に見る時代劇は楽しかった。

 『昔』を見たり聞いたりするのは、それだけで楽しかった。

 だから飛び級してどんどん先に進んで、早くに歴史を研究する学者になったのであります」

 

 先祖(クラウス)の影響で格闘技を始め、チャンピオンになったアインハルトからすれば、祖父母の影響を受けてこの歳で学者になったブラックは、シンパシーを感じる相手であったようだ。

 

「ブラックさんは、そのご老人達が大好きなんですね」

 

「お恥ずかしい話であります。これが、自分が今学者をやっているつまらない理由です」

 

「そんなことはありません。立派な理由だと思います」

 

 自分より先に生まれた人を尊重する。

 自分より先に生まれた人達から何かを継ぐ。

 過去を生きた誰かの経験を文に書き記し、後世の者達に残す。

 自分より先に生まれた人達と、自分より後に生まれてくる人間を繋げるという、歴史家の責務を果たせる人間になる。

 それがブラックの基本スタンスである。

 

「遠い昔の人が、今の自分達にどんな言葉を残したか、それが知りたいだけであります」

 

 線の細い美形は、照れくさそうにはにかんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜もトレーニングで走っていたアインハルトは、昼間の会話を思い出して、ほっこりした気持ちになる。

 いい人だったなあ、とアインハルトは思った。

 同様にブラックも彼女に対し似たようなことを思っていたのだが、口に出さねば伝わるまい。

 本来ならこの歳の少女が夜間に走り込みをするなど愚の骨頂であり、身の危険を考慮すれば絶対にしてはならないことだ。

 が、アインハルトは強い。

 ある程度治安が悪い場所で走り込みをしていたところで、高ランク魔道士の犯罪者を素手でぶちのめす彼女に、害を為せる者など居ないのだ。

 

 だから、治安の悪い地区で不良達の会話を無視しながら走って行ける。

 

「おい知ってるか? 管理局の若手エースがホモビに出演してたんだってよ」

 

「こいつはあの宗教の過激派原理主義が黙っちゃいませんね……

 ホモビ出演スンナ派とホモビ出演シーヤ派の対立も止まってないってのに」

 

「大丈夫だろ、最近は管理局も頑張ってる。事前に止められるはずさ」

 

「マリオでもあるめーし、そんな毎度毎度綺麗に終わらせられるか?」

 

「キノコ王国とカメ帝国の小競り合い治めるよかよゆーよゆー。

 あれって要するにきのことカメ、キノコと亀頭の対決だからな。

 絵面にすりゃ二国のチンポフェンシングをマリオが止めてるようなもんよ」

 

「キノコも亀頭も類似(ルイージ)だな、ぎゃはは」

 

 ここは不良含む頭の悪い人間がちらほらと見える地区だ。

 人も多くなく、音の通りもそんなに良くはない。不良が楽しげに話していても、アインハルトまでその声は届かない。

 その逆も然りで、アインハルトがそれなりに音を立てても、聞こえない人は多いだろう。

 

『テレビの前のみなさーん!

 本日の番組は、クラナガンの労働環境にメスを入れたいと思います。

 プライバシーのため、顔を隠し声を変えております。

 七歳の頃に管理局に入り現在勤務年数二十年の方にお越しいただきました』

 

『よろしくお願いします』

 

『ではまず質問です。何故そんなに幼い頃に入局したんですか?』

 

『当時は若く、お金が必要でした。孤児だったので生活費が欲しかったのです』

 

『なるほど』

 

『管理局は幼くして入局しても、歳相応に面倒を見てくれます。これだけは真実を伝えたかった』

 

 電気屋店頭のテレビの前で足を止めることもなく、走り続ける。

 この場所は目的地ではない。

 だから足は止まらない。

 彼女は人気の無い場所であれば、どこでもよかった。

 

「出てきなさい。昨日と同じく、私に挑むその敵意があるのなら」

 

 誰も居ない広場でアインハルトがそう言うと、遠方から魔法の刃が飛来した。

 

「ゲイブレード」

 

 回転する刃をアインハルトは軽々避けるが、避けられた刃はUターンして再度アインハルトに襲いかかる。

 

「野獣は聖獣使いでマラグーンだってはっきりわかんだね」

 

 何度避けても襲いかかる追尾の刃。アインハルトはひょいひょいとそれを避けていく。

 

「おっ、大丈夫か? 大丈夫か?」

 

 そして襲撃者の位置を、煽りの声を手がかりに特定。用済みと言わんばかりに、背後から迫る刃の魔法に振り向きすらせず、拳の衝撃波でそれを破壊した。

 

「覇王空破断」

 

 優れた聴覚により、風切り音だけで魔法の位置を特定し、破壊する。

 さらりと魅せる格闘の妙技に、襲撃者は舌を巻いた。

 

「何故あなたは、私を襲うのですか?」

 

 アインハルトの問いかけに、昨晩も彼女を襲った迫真空手の使い手―――正体不明の謎の男は、野獣の眼光をギラつかせ、答える。

 

「クラウスよぉ……お前のことが好きだったんだよ!」

 

「ファッ!?」

 

「やろうぜ(建前) やろう(本音)」

 

 堂々とした王道を往くレイプ宣言に、流石のアインハルトも動揺する。

 

「おい、冷えてるかー?」

 

「!」

 

 瞬間、野獣のアイスティーが迫る。氷の魔法効果は広範囲を飲み込むが、アインハルトは鋭いステップで鮮やかに回避していた。

 

「ばっちぇ冷えてますよー」

 

 回り込むようにステップを続け、謎の男の腹を抉るように殴ると、甲高い悲鳴が上がる。

 

「ンアッー!」

 

 野獣の咆哮を無視し、少女は自分の距離でのインファイトを始めた。

 

(やりづらい……というか、何故か怖い! 意味の分からない怖気がする!)

 

 何度もクリーンヒットが入る。

 そのたび野獣の咆哮が上がる。

 だが"ここからが怖い"と、クラウスですら封印していたはずだった野獣王との戦いの記憶が断片的に蘇り、少女の心を戦慄させていった。

 

 迫真空手の理念は『昏倒』、そして『一転攻勢』だ。

 格闘技は昏睡レイプの一手段でしかないという基本理念と、決して諦めず希望を信じ、どんな窮地からも逆転するという真髄が、その二つを迫真空手の代名詞としているのである。

 一撃必殺と一発逆転。

 ゆえに古代ベルカの時代には、それを「主人公御用達格闘技の鑑」と評する者も居た。

 頭の病院に行って欲しい。

 

「界王拳114514倍、見とけよ見とけよ~」

 

 追い込まれれば追い込まれるほど、迫真空手の一転攻勢の威力は増大し、覇王断空拳以上の威力の拳を放たせていた。

 

(以前より明確に強い! 動きが良くなって、使う技が増えている!)

 

 迫真空手の攻撃を受けながし、カウンターで殴る。

 そのたび上がる何か気持ち悪い声に生理的嫌悪感を感じつつも、アインハルトは的確な攻防を選択し続けていた。

 謎の男は戦いの中でも徐々に強くなっている。

 アインハルトもクラウスの記憶の影響に徐々に慣れ、本来の実力を発揮できるようになりつつあるが、いつまでこの男の不可思議な成長に付いていけるか分からない。

 

 滅びの足音とホモビの足音が近付くような、そんな音がした。

 

「調子こいてんじゃねえぞこの野郎!

 ホモのくせによぉ、何がしゃぶれだぁ、お前がしゃぶれよ!」

 

 滅びの美学を持つ者は負けるべき時をわきまえているが、ホモビの美学を持つ者はただひたすら意地汚い。

 謎の男は拮抗した戦況を動かすべく、より自分が有利に戦える場所に向かって駆け出した。

 

「待てっ!」

 

 その後をアインハルトが追うが、敵を追うことに夢中になるあまり、アインハルトは偶然そこを通りがかった通行人にぶつかってしまった。

 

「あでっ!」

「あだっ!?」

 

 夜の戦いの第一幕を終え、謎の男を追うアインハルト。

 疲れからか、不幸にも黒塗りのジークリンデに追突してしまう。

 後輩を庇い全ての責任を負った三浦に対し、車の主、暴力団谷岡が言い渡した示談の条件とは……

 

「ジークさん!?」

 

「って、ハルにゃん!?」

 

 服装を見る限り、ジーク――アインハルトの友人にしてライバル――もまた、夜のトレーニングの途中であったようだ。

 驚きを抑えて周囲を警戒するアインハルトだが、既に謎の男の気配は消え失せてしまっていた。

 

(……そうか。クラウスを知っているなら、『エレミア』も知っている。

 私達二人が揃った時点で、私達二人が共闘すると確信して逃げたのか……)

 

 敵にも考える頭はあるようだ。

 

「ハルにゃん、どしたん? その傷」

 

「え? ……あ」

 

 アインハルトが戦いの前に展開していたバリアジャケットを見てみると、心臓の辺りの服が切り破られていた。

 彼が蛇拳と呼んでいた技の痕跡であるようだ。

 あと少し技の入りが深ければ、意識外からの攻撃で心臓に穴が空いていたかもしれない。

 

「なーんか見覚えある傷やな」

 

「! 何か知っているんですか、ジークさん?」

 

「ハルにゃんも完全に知らんってわけやないやろ」

 

「?」

 

(ウチ)がプッツンして殺しそうになった手を咄嗟に止めた時。

 殺しそうになった一手を必死に意志で止めた時、こういう傷になるんや」

 

「……」

 

 自らの意思に反して体が人を殺しそうになった時、自分の意志でその一撃を止めようとすると、こういう傷跡が残るのだという。

 

「ありがとうございました、ジークさん。では、また明日」

 

「んっ、了解。また明日ー!」

 

 ジークと別れ、アインハルトは謎の敵が消えた地域を遠目に睨む。

 謎の敵はある地域に逃げ込もうとしていた。ある地域が自分にとって有利な場所であると認識していた。ある地域の手前で自分の気配を消した。

 これが隠蔽工作である可能性もあるが、その地域が謎の敵の根城である可能性は高い。

 

 ここは、聖王教会やベルカ自治領などが存在するミッドチルダ北部、その南端。

 山間から流れる沢と、そこから繋がる小川、そこから派生するいくつもの沢で有名なマイナー観光地。

 地図で見ればミッド北部の下端に見えるその場所は、その立地のせいか、地元民からはもっぱら『下北沢』と呼ばれていた。

 

(敵の根城か、敵の根城に繋がる場所は、おそらくこの周辺にある)

 

 明日の昼に調査する。

 そう心に決めて、アインハルト・ストラトスは帰宅する。

 その日の晩御飯はカレーだった。

 

 

 




 聖地巡礼
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