違法少女ホモホモなのはViVid(略してホモビ) 作:ルシエド
アインハルトにとって、彼と話す時間は嫌いではなかった。
ブラックにとっても、アインハルトと話す時間は好ましいものだった。
淫夢語録を習得した者同士の基本的に楽しい会話と、それは似て非なるものであり、異なるもどこか似通うものだった。
ある程度の会話は定型文だけで済み、ある程度の失言や距離感の測り間違えは「しゃぶれよ」で流せる。
淫夢ミームでの会話は、通常の会話が進化した人類の新たなる言語体系なのだ。
それと二人の会話にある程度通ずるものがあるということは、この二人は先祖や血統などの要素を一切合切差し引いたとしても、最低でも気の合う友人にはなれたということだろう。
おそらく、性格の基本相性がとても良かったのだ。
「―――?」
業務的に話すべきこと、聞くべきことだけ話していればすぐに二人の繋がりは終わっていたかもしれない。
けれど性格や会話の相性がいいということは、会話が盛り上がりやすいということ。
話題が繋がりやすいということ。
"楽しくて話が脇道に逸れてしまう"ことが多発するということだ。
ついつい、つまらない話にも花が咲いてしまう。
「―――!」
アインハルトが格闘の話をして、一緒に頑張っているジムの仲間の話をして、学校で友達と過ごした日常の話をして、「楽しそうです」「凄いですね!」と少年が相槌を打つ。
少女が、嬉しそうに笑った。
ブラックが学会の話をして、受験前に起きた話をして、ミウラとの波乱万丈な友人関係の話をして、「そうなんですか!?」「素敵ですね」と少女が相槌を打つ。
少年が、嬉しそうに笑った。
「―――、―――」
悪くない時間だった。
つまらないなんてことはなく、不快なこともない。
自分の知らないことを知る喜びがあった。
別世界の住人だと思っていた相手に共通の話題が見つかると、それだけで嬉しかった。
好きな食べ物の話でさえ、嫌いだった学校の教科でさえ、楽しい語り合いの材料に変えることができた。
けれど、それも有限で。終わりが見えているものでしかなくて。
古代ベルカの失われた歴史の話を、学者が実体験者の記憶に聞く時間は終わりを告げる。
終わってから振り返ってみれば、とても濃く、とても短い触れ合いの時間であった。
「……では以上で、一区切りとさせていただきます。
ありがとうございます、アインハルトさん。
これで自分が貴女から聞くべき話は、一通り聞けたようであります」
「お疲れ様でした。私が話せたクラウスの話が、あなたのお役に立てると嬉しいです」
「役に立てます。必ず」
これで二人の繋がりは切れる。
この繋がりが切れれば、もう二人が繋がることはないかもしれない。
元より別の道を進んでいた二人だ。これを最後に、もう二度と直接顔を合わせなくなる可能性の方が高いだろう。
それが自然な形、あるべき終わりだ。そんなことは二人共分かっていた。
それでも、少年は隠しきれない寂しさを顔に浮かべている。
しょうがないなあ、とアインハルトは思いながら、少年の瞳に映る自分の顔が、彼と同じように寂しさを浮かべているのを見てしまった。
アインハルトの中で、彼に対する呆れが、自分自身に対する呆れに変わる。
"こんな短い付き合いだったのに"と一度思ってしまえば、"でも、いい人だった"という考えが生まれて、少女の胸の内の寂しい気持ちが少しばかり膨らんだ。
だが、これだけで終わりにするわけにはいかない。
アインハルトには一つ、ケリをつけておくべきことがあった。
彼のため、自分のため、そして古代ベルカの時代から続く一つの因縁を終わらせるために、しなければならないことがあった。
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか。ブラックさん」
「なんなりとどうぞ。自分に答えられる範囲であれば、全てお答えするであります」
「……では」
先日ブラックの秘密を知り、そこからアインハルトは一つの推測を立て、それに確信を持った。
「ここ最近私を襲撃していたあの謎の男の正体は、あなたですね? ブラックさん」
それが、引いてはいけない引き金を引いてしまうとも気付かぬままに。
ブラック少年は生まれた時から、自分の耳元に囁く先祖の声を聞いていた。
『菅野美穂……菅野美穂……』
最初は何を言ってるのか分からなかったそれも、歳を重ねるごとに徐々に聞き取れるようになっていく。
『お前さっき俺が喋ってる時、チラチラ聞いてただろ』
「聞いてないですよ」
『嘘つけ絶対聞いてたゾ』
その声に引っ張られ、彼の性的嗜好はホモのそれになっていった。
先祖のせいで男にしか発情しないし、男にしか恋できない。
男友達には女の子に接するようにしかできないし、女友達には同性のように接してしまう。
女に触れることに躊躇いはなく、男に触れれば思わず飛び退いて頬を赤らめてしまった。
幸い礼儀正しく育ててもらえたおかげで、女の子にデリカシーが無いと言われることはなかったが、男の子の間にはホモ疑惑が広がる。
これが、彼が小学生時代にいじめられていた理由だった。
中学からは少し遠い学校を選んだが、それでも変な噂は微妙に伝わっていて、その払拭にまた時間がかかってしまった。
ミウラ等に中途半端に野獣云々の話が伝わっていたのはこのためである。
だが、周囲からの認識がホモではなくなっていっただけで、彼の内部のホモ因子の感染拡大・悪性変異・侵食汚染・絶対包囲は加速度的に進行していた。
『嬉しいダルルォ?』
夢を、見るようになった。
『じゃけん、夜……』
少年は、自分がタドコロになる夢を見るようになった。
タドコロの過去の記憶を、自分自身が追体験するという夢だ。
『おうザフィーラ、誰のクルルァから蒐集しようとしたと思ってんだこの野郎』
『タドコロ王……センセンシャル……闇の書を返してください、なんでもしますから!』
『返して欲しいなら犬の真似しろよ、ヨツンヴァインになんだよ、この野郎』
『やれば闇の書を返していただけるんですか?』
『おう、考えてやるよ(返すとは言ってない)』
『……』
『あくしろよ。服も脱ぐんだよ。……いいよこいよそうそう、しっかし汚えケツだなあ』
古代ベルカの時代に、襲い掛かってきたヴォルケンリッターを全員返り討ちにし、ザフィーラだけを脱がせる豪の者が居た。
それが、野獣王タドコロである。
『オゥン! アオォン! クゥーン!』
絵面がヤバくなったタイミングで、彼の脳が"これはヤバい"と彼の意識を強制覚醒。
「うおわあああああっ!!?!?!?」
起床と同時に、自己防衛本能がその記憶を削除。
だがザフィーラと真夏の夜の淫夢(隠語)したタドコロにシンクロし、その記憶を追体験したショックとダメージは大きく、彼の精神には少なくない変革が起こされてしまっていた。
この夢を見るたびに、彼の心は削られてしまう。
この夢を見るたびに、彼の心はホモに寄せられてしまう。
この夢を見るたびに、タドコロは彼の心を自由にできるようになってしまう。
その果てに自己防衛本能が夢を放棄した結果、まず夢の領域がタドコロに制圧されてしまった。
ホモは嘘つきだ。
逆説的に言えば、正直者はホモではない。ブラックは正直者だった。
だがそんな童貞にして処女であるノンケの正直者も、タドコロ化が進んでしまう。
記憶からの侵食だけで、非童貞化・非処女化・ホモ化が進んでしまう。
これを止める手段は存在しなかった。
『サボりたくなりますよー』
「サボりたくなりますよー」
『なんか学会ー』
「なんか学会ー」
アインハルトと出会った頃には既に、ブラックは自分の中のタドコロを正常に認識できなくなっていた。
『ブラック』と『タドコロ』という二つが別だった頃は野獣王の存在を認識できていても、この二つが完全な同一化を始めれば、それが認識できなくなる。
次第に、自分の中に先祖の人格が現れたという記憶も消え、その事実は無かったことになる。
……何故ならば。
『ブラック』が『タドコロ』になれば、『ブラック』は消え、"自分の中にタドコロが現れた"と認識する主観は一欠片も残らないからだ。
『喉乾いた……喉乾かない? ジュース買おう』
「喉乾いた……喉乾かない? ジュース買おう」
もはや体の主導権はタドコロにあった。
周りの人間はブラックがいつも通りに振る舞っているとしか認識できないが、一見ブラックがその体を使っているように見えても、その体は既に野獣によって屈服させられていた。
タドコロの激しい責めに体が先に屈服させられてしまったのだ。
だが、時折ふとした拍子に、ブラックは自分がタドコロ化していることを思い出し、自分の体の主導権を取り戻すこともできた。
「―――」
思い出して、顔を青くして、絶望して、何かしようとするもすぐ元の状態に戻ってしまう。
「ヤバい……ヤバいヤバいヤバい! 早く追い出―――あれ? 今何考えてたんでしたっけ」
"体は自由にできても心までは自由にできると思うなよ"の精神は、いつだって負けるためにあるのだ。
自分を侵食する野獣の因子に精神を操作され、都合の悪い記憶の閲覧は許可されず、タドコロが許可した記憶だけが思い出すことを許される。
タドコロの存在を認識できる時間が来る頻度は徐々に減り、その時に自分の正常な精神状態を保てる時間も、徐々に短くなっていった。
『レイプは邪悪かもしれないけどホモレイプはピュアだから仕方ないね』
静かに。
穏やかに。
抵抗も許さず。
ホモの先祖の記憶が、少年を塗り潰す。
タドコロは穏やかで純粋な心を持ちながら激しい怒りによって目覚めたホモ。
彼は穏やかで純粋だった……ただし、純粋な悪だがな。
古代ベルカ時代のおぞましい戦乱と狂乱への怒りで目覚めたホモなのだ。
そういう意味では彼もまた被害者ではあるが、同時にブラックに対する加害者でもある。
悲劇とホモの死体が積み上げられる地獄の果てに、タドコロは恋をした。
クラウスに初恋をした。
彼は生涯に見たただ一つの"見惚れたもの"を、今も追い求めている。
『お前のことが好きだったんだよ!』
彼は二重人格者?
否。
彼は野獣人格者なのだ。
そして今、アインハルトに"ブラックが野獣王タドコロなのではないか"という確信に近い問いかけがぶつけられ、少年の姿が裏返った。
少年の肉体は古代から継承したタドコロ因子を受け継ぐ肉体。その遺伝子の一つ一つが、来たるべきその日に備えて変化するように出来ている。
タドコロが表に出て来た瞬間に、年相応の少年の肉体が、身長170cm・体重74kgの恵体へと変化した。
もはや原型をとどめておらず、声も甲高く、肌も浅黒く、頭部もステロイドハゲのそれだ。
「クラウス……お前のことが好きだったんだよ!」
飛びかかる野獣の王。正体を見破られたからか、認識阻害の魔法も使われてはいない。
対し覇道の王の子孫は、姿を変えてそれに受けて立つ。
「ティオ!」
カウンターの掌底が野獣王を吹っ飛ばすが、野獣王の目から放たれた魔法――気持ち悪いビーム――が彼女の追撃を止めた。
「っ!」
『野獣の眼光』である。
見ただけで目からビームを撃つに留まらず、タドコロはビームの反動で後方に飛んで行った。
かめはめ波式飛行術みたいな移動法で、何故かタドコロは逃げていく。
(ここで逃げ? 聖王教の立教大学の方に……追わないと!)
古代ベルカから続く因縁を断ち切るべく、アインハルトもその後を追った。
立教大学の向こうの山に落ち、立ち上がったタドコロは山を歩き出した。
『あのさぁ……邪魔すんな……邪魔すんなよ……!』
だが、タドコロの肉体でありながら、今その体を操作しているのは野獣王ではない。
ブラックだ。
先程アインハルトの指摘でブラックがタドコロの存在を認識し、精神が正常な状態に戻ろうとしたところを、無理矢理にタドコロが表に出てブラックの自意識を抑え込もうとした。
だがそのせいで、ブラックに肉体の主導権を逆に奪われてしまったのだ。
今やブラックの肉体はホモの調教に完全に屈服してしまっている。
肉体を動かせるのも数分が限界だろう。
だが彼の目的を果たすのには、その数分があれば十分だった。
『俺と違ってお前はあいつに執着とか無いダルォ?
付き合いも短い。話した回数も数えられる程度。
ホラ体の主導権をこっちに戻せよ、ホラホラホラホラ』
「すみません、もう返しません。アインハルトさんにだけは、迷惑をかけたくないんです」
ブラックがタドコロの内側から抵抗したのはこれが最初ではない。
だが、これが最後になるだろうという確信もあった。
もはやブラックはタドコロの暴走を止められない。
彼はただ『アインハルトのため』だけに歩を進める。
「初めて会った時、綺麗な人だなって思いました。
話している時、時々彼女が微笑んで、可愛いなって思いました。
格闘技の試合を見た時は、美しいな……なんて、思ってたであります」
それは、少年を恋に落とすには十分なもので。
「でも、恋はしませんでした」
けれど、ブラックという少年を恋に落とすには不十分で。
「だから死にます。
恋はできなかったけど、好きにはなれた、あの人のために」
少年はいつの間にか、高い崖の上に立っていた。
そう、ここに来るために。ここで死ぬために。発射された野獣の眼光の角度を調整して、アインハルト(クラウス)とヤる気満々だったタドコロの肉体を、ここまで持ってきたのだ。
『ファッ!? あっ、おい待てぃ!』
「待ちません」
『死んだって何にもなれないってはっきりわかんだね』
「穢れた血はここで断ちます」
因子にこびりついたホモの妄執は、少年が死ねば止まる。そうでなければ止まらない。止まらなければ、きっとずっとアインハルトに迷惑をかけ続ける。
「貴方のクラウスへの妄執は、自分が持って行くであります。
自分の生きる意味はともかく、自分に死ぬ意味はある。この行動に意味はあるのです」
『まずウチさぁ……未練あんだけど』
「申し訳ありません。それが果たされる未来はないのです」
震える足。震える唇。震える肩。死の恐怖に怯える体を抑えつけ、彼女の微笑みを思い出し、恐怖を少しばかり和らげる。
「……本当に、素敵な人でした」
彼女を想っても、恐怖は消えてなくなってはくれないけれど。
「もしも、生まれ変わりというものがあったなら……」
彼女への想いが、怯えながらでも自殺を選べる勇気に変わってくれる、そんな気がした。
「あの人のような女性に、恋をしたいです」
恋は落ちるものだ。正確にはするものではない。
なのに"したい"と思ってしまう時点で、彼という存在は本当にどうしようもなくなっていた。
その時点でもはや救われない。
したい恋ができない、落ちたくもない恋に落ちかねない、そんな彼の人生最後の決断は、誰かの幸せのために身を投げることだった。
身を投げてもいいと思えるくらいには、彼女のことが好きだった。
恋にならない好意が、彼の心を救うことは、決して無いのだ。
「さようなら、であります」
『待っ―――』
そして、彼は崖から身を投げた。
トーマ阿部ニールくんがファックバイン一家を倒したので次回最終回です