これは【GGO】であって、【MGS】ではない。   作:駆巡 艤宗

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Episode53 報酬 〜Compensation〜

「……!」

 

シノンは、だんだん現実味を帯びてくる体の感覚を感じつつ、ゆっくりと目を開ける。

 

キリトに誘われて行った先で会った、()()()()

娘の無邪気な笑顔と、「ありがとう」というあの言葉。

 

どちらも、別れて家に帰り、GGOに来た今でも、鮮明に頭に残っている。

 

「……がんばらなきゃな」

 

それをまた思い出し、手を握りしめるシノン。

 

PTSD(トラウマ)が治った訳では無い。

でも、自分がそれを背負ったことで、救えた人達がいる。

 

その事実を、「わかっている」だけでなく、きちんと「知っている」状態になったということは、彼女の中で、大きな精神的(メンタル)優位性(アドバンテージ)になった。

 

「さて……と」

 

そうして彼女は()()、歩き出す。

 

この世界を、間接的には、現実の世界の平和を、守る為に。

 

 

ガチャリ……カランカラーン……

「いらっしゃいませー!」

 

シノンが店の扉を開けると、いつものごとく店主の声が聞こえる。

 

そんな声を聞きつつ、棚の間を抜け、カウンターまで歩いていくと……

 

「……おや、シノンさん!こんにちは」

「はは……どうも」

 

店主はシノンを見ると、挨拶をする。

 

すると。

 

「お待たせ」

「……!」

「できてるよ」

 

店主は、何か意味ありげに微笑んで、シノンを見た。

 

シノンもシノンで、その笑みの意味は理解している。

 

そして……

 

「……はい」

ガシャッ

「……!!」

 

店主は、カウンターの下から、「()()()()」をだし、置いた。

 

槍のように突き出したバレルと、その先についた少し大きめのマズルブレーキ。

比較的スリムな金属製のボディと、アクセントのように目を引く木製のグリップとストック。

そして、その上に鎮座する大きなスコープ。

 

もうお分かりだろう。

 

そう、シノンの愛銃、「ウルティマラティオ ヘカートII」である。

 

「あ、ありがとうございます……!!」

「いえいえ。それだけの事をしてくれたから、お返ししたまでさ」

 

シノンは少し高揚しつつ、店主に感謝の言葉を言う。

 

使い慣れた愛銃が、ほぼ新品同様になるのは、誰だって嬉しくなるだろう。

 

「〜♪」

 

シノンは、珍しく鼻歌を歌いながら、ヘカートIIを手に取って撫でる。

 

実はシノンは、BOBでの死銃戦の際、死銃に、スコープを撃ち抜かれていた。

 

逆を言えば、スコープのおかげでヘッドショット即死判定を免れたのだが……

その対価だろうか、スコープは愚か、()()()へのダメージは大きかった。

 

なぜならば、スコープが撃ち抜かれた時、精密さを求めて、誤差のないようガッチリと固定されていたレールが、その固定の強さが仇になり、引き上げられるように破損してしまったからだ。

 

それにより、フレームに、シリンダーにと衝撃が伝わり、全体のバランスが崩れてしまった。

ネジというネジが折れて歪んで、パーツというパーツが使い物にならないほど形が崩れてしまったのだ。

 

そこで、シノンが店主に修理を依頼。

店主はもちろん快諾し、任務の報酬も兼ねて、()()で修理を行ったのである。

 

「……あれ?」

「ん?」

 

するとその時、シノンが、ヘカートIIの()()()に気づく。

 

店主は、そんなシノンを見て、ふふふと微笑んだ。

 

「これって……?」

「ああ。少しいじらせてもらったよ」

 

そう言って、店主はヘカートIIへ目線を落とす。

それにつられて、シノンもヘカートIIへ目線を戻した。

 

そう、実は店主は、修理だけではなく、()()()()()()()()()()()もしていたのだ。

これに関しては、店主と()()()の独断によるものだが。

 

「どうりで、なんか重たいなと……!」

「ふふ、ごめんね……?」

「い、いえ!むしろありがたいです……!」

「そう……?よかった!」

 

店主は、シノンの明るい顔にほっとする。

 

ヘカートIIには、基本パーツの交換はもちろん、カスタムパーツの組み込みや、付属パーツの取り付けがなされていた。

 

コッキング速度、ゆくゆくは速射力増強に繋がる、ストレートプルボルト。

遠近両方に対応できるように、スコープの前のレールに取り付けられた、斜めにせり出すオフセットアイアンサイト。

その他、後付けサイドレールを装着し、レーザーポインターや、弾道計算装置が取り付けられていた。

 

後付けサイドレールは、シノン好みのパーツがつけられるように2〜3本程度、空きが作られてある。

 

もちろんこれだけではなく、ほぼすべてのパーツが入念に吟味され、カスタム化されていた。

 

セーフティーレバーやトリガーに至るまで、どこのどんなパーツも、研磨し噛み合わせをタイトにして、精度を上げる程に。

 

「すごい……!本当に、ありがとうございます……!」

 

それを、使い手だからか一瞬で察したシノンは、頭を下げて礼を言う。

 

……が。

 

「いやいや、だからね?」

「……!」

「僕は、君の仕事の対価にそれをしただけだ。礼を言われるようなことはしてないよ」

「そ、そんな……!」

 

少し謙遜も含み、店主は微笑みながら固く礼を拒む。

 

それを受けたシノンは少し、むしろ残念そうに口を噤んでしまった。

すると、それを見た店主が、

 

「ふふ……まあでも、そこまで礼を言いたいなら、タスク君に言ってあげて」

「……え?」

「彼も彼で、()()()()()とは言わないけど、そのヘカートIIの修理・改良に貢献してくれたからね」

「……!」

 

シノンが目を丸くし、そして少し、頬を赤らめる。

 

「むしろ、礼を言うなら、そっちが()かな。是非、言ってあげてほしい」

「……わ、わかりました」

「うん。……よろこんでくれてよかったよ」

 

そう言って、店主はそそくさとレジに戻り、来客を待つ姿勢に戻る。

 

……が、店主は見逃していなかった。

シノンの、頬の紅潮を。

 

「やっぱり、青春だねぇ……」

 

そんなことを呟いて、微笑む店主。

 

だがもちろん、本人であるシノンには、その呟きは聞こえていなかった。

 

 

そして、しばらくした後。

 

ガチャ…

「やっほー!シノノン!息してるー?」

「へ!え!?はい!?……きゃっ!」

 

ヘカートIIを眺めたり、触ったりしていたシノンに、射撃演習場から一人のプレイヤーが飛び出してきて、そのまま飛びついてきた。

 

「いやー!近くで見てもやっぱかわいいね!どれどれ……」

 

するとそのプレイヤーは、そんなことを言って、シノンの体の至る所を触り始め、

 

「ひ……!きゃんっ……!」

 

シノンが、店主ですら聞いたことないような悲鳴をあげる。

 

……すると、次の瞬間。

 

ゴンッ!

「あいだぁ!」

 

そのプレイヤーの後頭部が赤く光った。

 

「すまんな。うちのアホが……」

「い……いえ……」

 

あまりの衝撃にそのプレイヤーは、ゆっくりと倒れていく。

 

その後ろにいつの間にか立っていて、拳に赤いエフェクトが煌めくプレイヤーが詫びを入れる。

 

想像には難くない。

シノンにある意味「痴漢」をしていたプレイヤーが、その後ろに立つプレイヤーに後頭部を殴られたのだ。

 

そんな()日常的な光景を眺めていると、シノンはふいに、()()()()に気づく。

 

「……あっ!!」

「……?」

「もしかして、あなた達は……!」

「……ああ」

 

そう言って、シノンは彼らの面影に見入る。

 

「あの時、ウインクしていったあの……!」

 

そう。彼らは、BOB予選の時に、すれ違いざまにウインクしていった二人のプレイヤーだったのだ。

 

 

 

 

 

「……久しぶり……だな」

 

フードを目深くかぶったプレイヤーは、そう言葉を発することで、肯定を示した。




次回!
死銃編【最終回】

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