一人ぼっち、だから寂しい
さびしんぼだから来ちゃったの
家の時と、同じ気で
向かったラウンジ。わたし達より早く、そこに居たのは
「ああ、皆さんにも、同じ出来事があったようですね。私達も恐縮しきりでした」
「天使様がモテモテでさぁ。マジで、サーセンってカンジ~」
「「「「ありがとうで~す」」」」
デザートを探しに行っていた、キヨテル先生ご一行。結局は、数多の甘味にお総菜まで頂いてしまったとのコト
「ごめんね感もあるけど、ぅ~れしいよね~。こんなに歓迎してもらえて~」
「ほんとうですね。たいへん、ありがたいことです」
「ありがたいよね、リュウト君。こんな風にしてくれて。IA姉、感謝しないとね~。わたし達、大好きな『歌う』ってこと、してるだけなのにさ~」
眉を下げる、IA姉。頭を下げるのは、お利口のリュウト君。わたし、思ったことが、口をついて出る。思えば、だ。わたし、食べるに困ったことはない。つまり、仕事が絶えていない証。仕事をとってきてくれる、プロデューサーさん達にも惜しみなく感謝だ。各々の『悪ノリ』は玉に瑕(たまにきず)だけど
「ッハハ、リン、な~んか、メー姉みたいな事言うな~。言ってることはマジだけどさ」
「大事なことじゃないの、リリ。何度でも思っちゃおうじゃない。イイ子だぞ~リ~ン」
リリ姉、やって来て、お総菜を置いた紫の彼、共に撫でてくれる。どちらの感触も素晴らしいけど、やはり、紫様のが格別だった。お総菜を置いて、手を洗って荷解。賜り物を並べ始めるころ
「ただいま~、あはっ。何かみんなも同じみたいよぉ、カイト~」
「色々と頂いちゃってさ。ついでにめ~ちゃん、試飲ですでにご機嫌」
酒瓶やおつまみを手に、腕組みで入ってくるめー姉、カイ兄。試し飲みが、本番呑みになっているめー姉、上機嫌。困り顔のカイ兄、少しだけ嬉しそうなのは、姉を独占出来るからだろう。酔っためー姉、お世話できるのは、カイ兄の特権
「拙者モご相伴に預かってしまったでゴザルヨ」
「じゅ~すのお試し、うまうまごめん」
やや、顔が赤いアル兄。新婚二人の後方、酒瓶の包みを両手に来る。カル姉の包みはソフトドリンクか。酔っているとはいえ、別段、足取りも意識もしっかりしているのは『さすが』のめー姉とアル兄。カイ兄も、惣菜並べに加わる。その辺りで
「こんなの安くして貰っちまったぜ、申し訳ねえ」
テト姉が両手持ちで持ってきたのは、丸々一羽。アヒルの香草焼き。お腹の中には、ご飯が詰められているという
「ゎ~あ、鳥さんだ。ゎたしはちょっとニガテかな~」
肉が嫌いではない、が、どちらかと言えば、お野菜やお魚派。骨付き肉や、分厚いお肉が苦手なIA姉、たじろぐ
「ふぇふぇふぇ、絶対美味いぜ、IAたん。このアヒルたんは」
「すっげ~。豪勢じゃ~ん、重音さん」
「わぁぁ、鳥さんだ~。おいしそ~う」
どす黒い笑みを浮かべるテト姉。ザ・肉好きのリリ姉、いろはちゃんは興味を示す。早くもコップ酒を手にするめー姉は
「アタシも苦手かな~。焼き鳥とか、鳥モツ煮込みなら、大好きだけどね。でも、お店の皆さんには感謝だわ~」
「ナカノRiceガキニナリマフ~」
鳥味ご飯が好きなオリバー君。各々方、種類別好みを述べる。何時か思った『好き嫌いが無くなる』と。ちょっと違ったか。でも、食べられない野菜は無いし、魚や納豆もみんな大好きだ。多少の味付けや、目玉やきの黄身の堅さ肉など、好み分かれるメンバー。その辺は仕方ないよね
「しかしコレ、しまっておかないとフラグじゃない。倒れちゃう」
「あ、だね、殿。テト姉さん、切り分けるか、しまうかするから―」
そう、この丸ごとアヒルはかなり、いや、決定的にまずい
「ただいま~。中華ちまきも、団子も美味そうだよ~。ヒッ」
「わわ~レン君ッ」
遅かった。卒倒するレンを抱き留めるミク姉。最悪のタイミングで帰ってきた
「言わんこっちゃナイ。取り敢えず、今からでも閉まっとけ重音」
「あ、オレこの間に切り分けちゃうよ。中華包丁借りてくる」
額に手を当てる紫様。調理場へ向かうカイ兄。わたしの弟は、丸焼きの鳥、というか、鳥の肉がが『食べられなく』なってしまった。わたしと片割れの故郷、酪農実家『〆て食べる』事は良くあるのだという。ただ、直接目にするには覚悟がいる。紫の彼が言う『命を頂く』顕著な証
「ダラシナイぜ~レンたんよう。鳥たんの捌きゴトキ」
「重音、おまえと一緒にするんじゃナイ。ほとんどのヤツは見たことがないんだ、〆るトコ」
「うん、テト姉さん。ぶっちゃけオレもない」
そう、五歳で実家を離れたわたし達『命を頂く』場面は、見たことなどない。酪農牧場は、五歳年上の兄と姉『倫人兄と蓮香姉』が跡継ぎ。二人がしっかりと継いでくれているおかげで、わたしとレンは歌い手に専念できるのだ。その実家、昨年帰省したおり、運悪く『頂く場面』を見てしまったレン。以来、卵を除いた、鳥全般が食べられなくなったほど。それはトラウマとなっていた。克服のため、カイ兄、紫様が苦心。調理方法を見直し、カレーやシチューに入れる。挽肉にするなど、形を変えれば、ようやく食べられるようになったのが、つい最近。今だその段階の片割れ。この丸々の鳥さんは、あまりにもハードルが高い
「う~レン君、しっかり~」
レンを抱き上げて、ソファに運ぶ。膝枕してあげるミク姉。IA姉がおしぼりを手渡し、弟の額に当てる。はて、僅かに嬉しそうなのは何故だろうと思った
「レン君のお世話は、ワタシとミクさんでいたしますわ」
水を手に、ルカ姉、ミク姉の隣に座る。こちらもおしぼりで、片割れの頬を拭う。ミク姉の手にも水を渡してあげる。レンの脚を、膝に乗せる。姉二人に介抱される弟。真心のお総菜を温め直し、テーブルの準備が整い始める頃、ようやく復調し始める弟。意識を取り戻したとたん、真っ赤になって跳ね上がる。爆笑メンバー。リリ姉と勇馬兄が、大層片割れを冷やかした。あの夕方から始まった宴も大盛り上がり。どのお総菜も、真心が籠もった味で美味しかった
「みんな~、明日は『皆さん』のために気合い入れるわよ~」
酒瓶を三本空け、解散する前に声だし。大いにご機嫌のめー姉の宣誓に、メンバー、一同大賛同。酒瓶三本は、かなり手加減をしたほうである
「あ、みんな~プロさん達からの言伝。商店街の皆さんがね、好意で、個室とってくれたんだって。しかも、ダブルを一人で使えるって。それぞれフロントで、鍵受け取ってね」
「天使様は三人一部屋な。男女分け、保護者は、リリとテル、お願いしようじゃない」
後片付けを済ませ、部屋に向かう前、聞かされる
「了解しました、神威さん。では、オリバーさん、リュウトさん、私と同室、同じ部屋です」
「ラッジャ~、おにぃ。ユキ、いろは、ウチと一緒~」
「「わかりました~せんせ~」」
「「は~い、リリちゃ~ん」」
キヨリリ『先生』に呼ばれる天使様、それぞれ喜ぶ。ホテルの部屋に一人で泊まったのは、この日が初めて
「オヤスミ~めっぐ姉っ」
「お休み、リンちゃん。ゆっくりしてね~」
隣の部屋のめぐ姉とアイサツ。初体験に、ついつい気持ちが高揚する。大人に成ったようで。部屋に入って、私物を置く。二人部屋を、一人で使える贅沢さ。シャワーを浴びる。寝間着のキャミソールとかぼちゃパンツに着替える。髪を乾かしベッドの上で一息つく
「さ~あ、明日はがんばらなきゃねぇ―」
誰に話しかけたというのか。いつも隣に『誰か』が居た。今は、この部屋に一人きりなのだ。そう思うと、とたん、感じる孤独感。さっきまでの高揚は何だったのだろう。急激に募る寂しさ、一人なんだ、この部屋に、と
「マンションにも、自分の部屋あるのにな」
独り言。でも、確実に違う『一人感』レイアウトが全く違う部屋。自室と違う、暖色系の淡い灯りに、感触の違うベッド。静かな空間に聞こえる、車の行き交う音、遠くにサイレン。あまりにも静かで、電気の音まで聞こえる。遠くから響くサイレンの音。わたし達が暮らす土地と、驚くほど違う音、空間。その違いに、NYで気付かなかったのは『彼』が隣に居てくれたから。京の都で『神威の姉』達と笑っいあっていたから。いつも誰かが隣にいたから。あの日は違った。隣にあるのは、使わない、カラのベット
「―」
立ち上がって、窓に近づく。いつもと違う景色。立ち並ぶ高層ビル、その上に瞬く、航空灯。明かりが灯るフロアより、真っ暗なフロアが多い、そんな時間帯。急激に込み上げる寂寥感。初めての、一人ホテル部屋。メンバーと一緒の時で良かった。誰かに会いたくなって
「―っ」
嘘つけ、彼に逢いたくなって。部屋の鍵を持って駆け出す。部屋を飛び出して、フロアに出て。エレベーターホールへ駆けてゆく。中々来ない、エレベーターに苛立って、あらかじめ聞いていた、一つ上のフロア、彼の部屋。走って行く
「がっく~ん、今大丈夫~」
扉の前、呼び鈴を鳴らし、ノックをする。しばらくの間、返事がない。再びノック。彼の都合など考えないクセに
「お風呂かなぁ」
などと呟いてみせる『束の間』が『無限』の間となり、わたしに襲いかかってくる。遮二無二、寂しくなる。早く速く、迎えて欲しい。いつものように、優しい低音のあの声で、わたしを迎えて欲しい。扉に背を向け、しゃがみこんだときだった
「おまたせじゃな~い、リン。声で分かったんだけどさ。ごめんな、髪乾かしていたじゃない」
扉が開いた。薄着、首にタオルを掛け、水気を含んだ髪。逢いたくて仕方なかった人の声。彼に背を向けたまま、一息。溢れ出そうな涙を飲み込んで
「―。あ、がっくん、遊びに来た。少し良いかなっ」
わたしはとびっきり笑顔だったと思う。しかし紫の彼、やや驚きと『咎(とが)』が混じった表情
「兎に角入って」
入室を急かされる。何事か分かっていないわたし、機嫌良く入る、と
「リ~ン、何時までも子供じゃないんだから。まあ、子供ならイイってワケじゃあ無いけどさ。そんな格好で出歩いちゃダメじゃない」
開口一番、格好を指摘される『子供じゃない』その言葉に、心の何かが反応する。会いたかった彼が、不機嫌そうなのも相まって
「でも、明日も『お稚児さん』の中に組み込まれてるよ。やっぱり子供じゃないのかな、わたしもレンも」
この年代って、大人達は、都合の良いように使い分ける。子供扱い、大人扱い。何だか腹立たしい
「リンは、行列するって聞いたとき『子供じゃない』って不満げだったじゃない。してほしいかな、子供扱い」
聞かれて考える。そう言われれば、して欲しくない、子供扱い。いっつまでも『子供だから』とか『子供のくせに』とか
「でもさ、して欲しくないんじゃない『大人扱い』大人なんだから自分で、とか、大人なら自己責任とか」
痛いところを突かれてしまう。確かに『大人の権利』を与えて貰えない歳なのに。その『大人達』は都合の良いときだけ、わたし達の年頃の人間を『大人扱い』する
「さて、じゃあリンはどう。子供でいたい。大人として扱って欲しい。自分の都合で切り替えちゃってない」
「あ」
さらに痛いところをクリーンヒット。何も言えない。言えないけれど、込み上げてくる不満。だいたい、なぜ
「う~、そ~かもしれないけどさ。何でわたし、いつの間にかがっくんに『お説教』されてるのさぁっ」
「気付いたか、お説教してるって」
あ、これは本気だ。何故だかは知らないけれど、紫様ご立腹。身が竦む
「リンは今、昇ってる。大人って舞台へのハシゴをゆっくりとさ。大人かって言ったらそうじゃない、でももう『完璧子供』でもない。気を付けろよ、自分を大事にしてほしい。家じゃない処で、そんな格好で出歩いちゃダメ」
『ダメ』と同時に、ゲンコツポーズ。仕草だけで、決して当てることはない『まあ、家でも問題ないとは言えないけど』そう言って途中から、目が優しくなる紫の彼
「俺は、キミのことを大切に思ってるんだから。リン、はじめに声を重ねてくれたキミのこと。キミみたいに可愛いのを『変な目』で見るヤツだっているんだ。一緒の時なら『必死』に護るけど、一人の時は気を付けなきゃだめじゃな~い」
両頬を包んで言ってくれる。お説教で沈みかけていた心と心拍が、何とも言えない照れくささへと浮き足出す
「ぬぅ、わかった、ごめんなさい」
可愛いなどと言われ、謝る声に嬉しさが混じってしまう。お説教、本当にわたしのことを思いやってくれたお小言。叱られて『嬉しい』なんて、わたし、変な趣味じゃないだろうか
「素直でよろしい。まぁ、俺自身大人できてるかなんて分からないけどさ。人生の先輩から忠告、オッサンの小言と思って許して欲しい。だいたい『男は一生子供』なんて言われるじゃない」
背中を押され、ソファへの着席を促される。ドレッシングチェアーのイスを引っ張り出して、わたしの正面に座る彼
「がっくん、じゃあ、大人に成るって何なのかな。わたしやレン、ミク姉、あ、そうするとリリ姉とかMikiちゃんもかな。子供でも大人でもなかったら、何だろう」
聞いてみるわたしを、優しい眼差しで見ていた彼。一度、呻くように声を出して
「何だろうな、一番難しいと思う、リンの年頃って。俺も覚えが有るよ、大人なんだから、子供なんだからってさ。好きに使い分けるなよって」
「あ、分かってくれるんだ。でもなら、がっくんだって使い分けないでよ~」
不満が口をついて出る。やぶにらみのわたし
「ごめんゴメン。だけど、その年を越えてきたから分かる事もあるワケ。ダテに歳とってるわけじゃない。だから、そういう『経験』を積むための時期なんじゃない、リン達の歳ってさ。大人を練習してるって考えてもいい」
「練習~」
首をかしげた覚えがある
「練習して、上手くなってるじゃない、化粧の仕方。そんな風に、大人に必要なものの練習」
微笑む彼、一度会話を切って立ち上がる
「さてと、リン。これからルームサーヴィス頼もうと思うけど、何か一緒に頼む」
「ありがと~がっくん。お願い、オネガ~イ」
髪を解いた彼、僅かに残る水気をタオルで拭いながら
「じゃあ、このメニュー見て、選ぼうじゃない」
「やった~」
鏡台机の上、メニューを手渡してくれる。誰が支払うかなど考えもせず、図々しく、選び始めるわたし。やっぱり子供だ。迷って決めたのは
「ろいやるみるくてぃ~」
「おっけ~い。すみません―」
フロント直通電話を使い、早速、注文してくれる彼。告げ終わり、タオルをベッドに置く。再び丸小テーブルを挟んで座る。正面、紫の彼
「だけど、どしたリン。突然来たじゃない。寂しくなっちゃった、トカ」
イタズラ少年のような顔、訊いてくる彼。図星だ。でも、それを口にしてしまうのは恥ずかしい。あの日はそう思って
「や、違うよ。えっと、明日の行列とか話し合おうかなって」
無理矢理取り繕う。その言葉を考える中で、わたしは『反撃してみよう』などという浅知恵にたどり着く
「あ、もしかして、がっくんの方が寂しかったんじゃないの~」
「うん、そうだな、寂しかった」
「え」
あまりにも以外。明確な肯定に驚く
「考えてみれば無かった、全員集合の仕事で、個室に宿泊って」
話し始める彼。その視線は、窓の外の夜景に向く。ただ、その眼差しは、どこか遠くを観るようだった
「いつもは、誰かと同じ部屋でさ。みんなで集まって騒いで、楽しい気持ちになってさ。幸せなまま、誰かとごろ寝。個別の仕事で一人部屋とかはあっても、みんなと一緒の時は無かった、一人部屋って」
脚を組みだす彼。膝の上で両手を組んで、背もたれにもたれかかる。一連の動きが、総て大人の仕草
「昔は一人の時のが多かったのにさ。妹が生まれて『妹達』と暮らすようになって。PROJECTに来て、リン達と過ごすようになって。いつの間にか忘れちゃった、一人での過ごし方」
来客を告げる、呼び鈴が鳴る。一度話しを打ち切り、向かう彼。手に、英国紅茶とウィスキーが乗ったトレイを持って戻ってくる。わたしの前に紅茶、砂糖、ミルクポット。彼の前、グラスとミニボトルのウィスキー
「お疲れさま~、リ~ン」
「オツカレ~、がっくん」
ウィスキーグラスとティーカップをあわせ、口に含む紫の彼。わたしは熱々のミルクティーに、息を吹きかけ、冷ましにかかる。中々、適温にならない紅茶。彼はいつもの仕草で、お酒を含む。会話の無い時間が、逆に期待を抱かせる。窓の外を見つめる彼が、次に、何を話すか。でも結局焦れてしまって
「がっくん、さっきの話し、続きあるの」
「ん」
「寂しいって。一人の過ごし方、忘れたって」
「ああ」
もう一口、ウィスキーを含む。少し考えてから
「みんなが仕事で、俺、留守番とか。逆に、一人仕事とかだと違うけどさ。みんなと一緒で一人になるって寂しいなって。リンは平気だった、今日一人で」
「実は寂しくなって。来ちゃった、がっくんの部屋」
今度は意地を張らず、素直に肯定する。寂しさで、この部屋に押しかけたのだから。いや、わたしの場合『彼と一緒でない』ことが、嫌で嫌で仕方なかったのだろう。ただ、あの日は漠然と寂しいと思っただけ。彼も『寂しかった』との声に、どこかで安心するわたし。安堵したように、微笑む彼。わたしは、言葉を続ける
「みんなと一緒なのにさ、なんだか一人っきり。のけ者みたいで寂しくなっちゃって」
「あはは、俺も同じ。勝手なモノじゃない、普段は『プライベート』とか言ってさ、個室持って、鍵まで掛けるのに。環境が変わったら『一人じゃ寂しい~』なんてさ」
脚を組んだまま、イスの背もたれに寄りかかる彼。お酒を含む。大人な仕草が、本当によく似合う。子供だったわたし、彼の仕草に高まる鼓動。その理由はに気付かない。目の前の紫様、今度は天井を仰ぐ。真顔になって、目が細まる
「幸せな事じゃない。ほんの少し、距離置くだけで、寂しくなっちゃうほど、最高の仲間に囲まれてさ。食べて、飲んで、歌って、生きて」
独白のようにつぶやく彼。その彼、脚を組むのを辞める。少し前屈み、膝の上で手を組んで、わたしに向き直る。綺麗な瞳に打ち抜かれ、輪を掛けて、鼓動が早くなる
「ありがとな、リン。あの日『キミ』と歌えたこと、それが今の俺を作ってる。ミクの歌を聴いて、PROJECT参加を決めたけどさ。初めて会った日、キミと歌ったこと。あの経験はきっと一生の財産だ」
真正面、紫の彼。今までに感じた事のない『何か』を感じた。彼の想い。なぜなら
「がっくん、今『キミ』って言ったね。そういえばさっきも。何時もは『リン』って」
「ああ、言ったかな。何だろう、少し改まっちゃった。大事な思い出、キミと俺だけじゃない、初対面で、声を重ねたの」
喜びが、心の底から滲み出す。彼も又、特別の思い出として、心の中にしまっておいてくれた。それが本当に嬉しくて、想いの器から、歓喜の湯水があふれ出す
「がっくんもっ熱っ、ぅあっつぅ」
「リンっ」
迂闊に身を乗りだしたわたし。手にしていた紅茶を零してしまう。その熱さに身じろぎして、さらに零れ出る紅茶。膝の上に、半分ほど零してしまう。熱い液体はスネを伝って、足先へ。なんてバカなのだろうか。瞬時にグラスを置いて立ち上がる紫様。さっき置いたタオルを引ったくるように掴んで来る
「大丈夫か、火傷してない」
「っつ~」
確かに熱かったが、このくらいで火傷はしないだろう、と思う。わたしの手からティーカップを離し、受け皿に戻す。片方ずつ、脚を拭いてくれる彼
「あ、ごめんね、がっくん。大丈夫だよ、タオルも汚しちゃって」
「本当か、ムリするんじゃないぞ。タオルは後で、クリーニング代払っておけばいい。スリッパ脱いで」
ただ、真剣な眼差しで脚を拭かれている。ふと、奥の鏡台に目が行く。映し出される自分の姿。キャミソールにかぼちゃパンツ、部屋用の使い捨てスリッパ。そんな格好で、彼の部屋まで来てしまった。そのわたしが、あたかも『王子様』にお世話をされる『お姫様』のように、足を取って、脚を拭いてもらっている。そのシチュエーションに、胸の鼓動が大きくなる。自分の心臓の音、彼に聞こえてないかと思うほど
「よしっと。ん、火傷は確かにしてないみたいじゃない。まだ少し熱持ってるみたいだけど」
「ぴゃっ」
されるがままのわたし。拭き終わった彼、確かめるように、私の膝小僧、手を当てる。熱い紅茶で火照った(ほてった)膝、優しい感触と冷たい彼の手のひら。温度差、心地よさ、恥ずかしさ。心臓が飛び出す、そう思ってしまうほど跳ねる。口をついて出た、間抜けな悲鳴
「リン、大丈夫、どした」
脚を持ったまま、目を丸くする紫の彼
「あ、う、ううん、何でもナイ。だ、ダイジョウブ」
「本当か」
「うん」
不思議そうな顔のまま立ち上がる彼。心臓の全力走が収まらず、ソファの上、縮こまるわたし。体育座りの状態。上目遣い気味に彼を見る。タオルを畳み、鏡台に置いている。その彼、鏡に映るわたしが、縮こまっているのを認めたようで
「リン、本当に大丈夫」
聞いてくる。実は心拍数がまだ戻らず、どう返すかも考えられない
「あ、だ、ダイジョウブだから。ほんと、ホントだからね、がっくん」
「あ、ああ、わかった」
ヘタに必死なわたし。気圧される彼、無言になる
気を付けなきゃダメ
大人じゃなくても
気を付けなきゃダメ
もう子供でもない