改まって呼ばれる
初めて呼ばれる
紫の青年に
初めて呼ばれる
黄色の子
気まずい静寂が『二人』の空間を支配する。この無音空間は、一人の時よりもつらい。どうしてイイか分からず、ティーカップに手を伸ばす。中身が半分失われて、生ぬるくなったカップを取る
「あ~、もったいないことしちゃった」
独り言を、自分に聞こえる程度の音量で呟いた、はずだった
「ああ、ならリン。それ、ちょっと貸して」
耳ざとく聞き取る彼。いや、この静かな空間には、大きな音量の独り言だったと言うだけ。再び立ち上がって、わたしの前にやってくる紫様。今度はわたしが気圧されて、素直にカップを渡す。ドレッシングチェアーの前に移動
「一口も飲んでないじゃない。即席で悪いけど」
備え付けのサービス品。部屋のティーパック紅茶。わたしのカップに入れて、カップ半分までお湯を注ぐ
「リン、ミルクポット貸して」
「あ、う、うん」
言う彼に、わたしが立ち上がろうとして
「あ、スリッパ」
「そっか、ごめん」
二人用の部屋なので、備品も二つ。スリッパを持ってきてくれる彼
「これ、取り敢えず履いておこうじゃない、お嬢様」
「ん、あ、ありがとぅ」
お嬢様にやや照れる。ついさっき、足を拭かれた構図も頭をよぎる。ダブルで照れる。一度手を洗って、紅茶煎れに戻る彼
「リン、ポッド頂戴」
「ん、がっくん」
今度は立ち上がって渡しに行く。ミルクをなみなみ注ぐ、わたしに向き直って
「はい、即席でごめんな。これ、飲んだら部屋に戻ろうじゃない。今度は慌てず、ゆっくりな」
「あ、あり、がとうがっくん。迷惑掛けてごめんね」
作ってくれる、即席ミルクティー。まだやや気まずさが抜けないわたし。何だろうか、この感覚。失敗したから、変なことを言ったから。いや、そうではないと言えばそう。そうだと言えばそう
「さ、座ったら。俺もこの酒飲んだら眠るつもりだから。今日は寝付けない気がするけどさ。リンもそれ飲んでお開きにしよう。明日があるじゃない」
「あ、う、うん」
さっきから同じ生返事。意識が上滑りしていくのは、きっとさっき、僅か、刹那、そのうちに、思った事が心を浮つかせている。心配してくれて、脚を拭いてくれて、まるで執事様のように。メレンゲを潰さないように触れるほど優しく、扱われたこと。わたしはそれが、宙に浮くほど嬉しいらしい。どこかで自覚して、心の焦点が合っていない
「帰りは送って行こうじゃない。心配だから」
「ぅ、あ、ご、ごめんね」
「あわてな~い」
さっきの二の舞踏みそうなわたしを注意する。一瞬固まってしまうわたし。その手からカップを抜き取り、テーブルに置く
「落ち着こうじゃない、大丈夫か、本当に」
明らかに挙動不審なわたしを、心配そうに看てくれる彼『見て』でなく『看て』で正解だ。夢遊病のように浮つくわたしを『看て』くれる。肩を抱いてソファに座らせてくれる
「さて、リン、深呼吸。その後ゆっくり息をして。落ち着こう。零して吃驚したか、動揺してるみたいじゃない」
言われるままに、深呼吸。何度かしたあと、ゆっくり呼吸する。数分の間、自分の膝だけを見て。ようやくのこと、だんだんと落ち着いてくる
「少しは落ち着いた」
目の高さを合わせるよう、しゃがむ彼、目が合う。また少し、心臓が駆け出すものの
「うん、ありがとうがっくん」
それでも何とか、さっきより、よほど落ち着いている
「ん、よかった。ゆっくりと紅茶飲めば落ち着くんじゃない」
「ホントにありがとう、ごめんね」
ふたたびソファの上、膝を抱えて座る。上目遣い気味に彼を見ると、微笑んで、頭を撫でてくれる、が
「俺も、か。何時までも子供じゃない」
「がっくん、どしたの」
頭から手が離れる。もっと撫でて欲しかった。故に不満が残るので、やや咎めるように聞く。その彼、目つきが変わる。真剣な眼差し、さっきとは別の意味で、心臓が早鐘を打つ
「ごめんな、さっき不用意に脚なんか触って。自分で言ったクセに、子供扱いして、頭なんか撫でてさ。これからは気を付ける。許して欲しい」
照れるように眉を下げ、謝ってくる彼。確かにちょっと驚いた。実際少し、気恥ずかしかった。でも、喜びの方が大きかった。火傷していないか、気遣ってくれたこと。お嬢様と執事、鏡越しに、そんな構図が観られたこと。頭を撫でてくれたことも『気を付ける』とは、もう頭を撫でてくれないということだろうか。心の警報器が、一斉に鳴り響く
「あ、で、でも、わたしはイヤじゃないよ。撫でてくれるのも、膝に乗るのも。さっきも嬉しかった。心配してくれて、拭ってくれて。お姫様みたいな気分だったよ」
思うよりも先に、言葉をしぼり出す。撫でてくれないのはイヤだ。子供扱いはイヤだが、今までのように接してくれないのはもっとイヤだから
「ん、そうか、ふふ、お姫様か。お姫様にしては、ちょっとじゃじゃ馬さんじゃない」
「あ、ひっど~い。もぅ、わかってるよ、自分でもっ。IA姉やルカ姉みたいに、おしとやかじゃないことくらい~」
じゃじゃ馬の言葉に、ほんの少し心がささくれ立つ
「ははは、良く分かってるじゃない。でもまぁ、IAのは、おしとやかってカンジじゃない。ルカはシトヤカな『フリ』は上手いけど。ああ見えて、けっこう元気良し。実は一番おしとやかなのはピコな気がす~る。どうなってるじゃない」
言われてみるとそんな気がする辺り、なんだか『オカシイ』
「俺の部屋までかぼちゃのパンツで来ちゃう、じゃじゃ馬のお姫様。キミは君のままで良いじゃない。誰かみたいになろうなんて考えないで。考え無しで来ちゃうトコロは治してほしいけど」
ちょっとヒニクっぽく言って、微笑む彼の顔は優しい。わたしの事を思いやってくれる、それが伝わってくるのは嬉しいが
「ぅ~わかった、気を付けるぅ」
「うん。俺も気を付ける。ごめんな」
もう一つ、彼から伝わってくる『申し訳無い』という想い。さっきも感じた警戒感『気を付ける』つまり、今までのように接してくれないということ。甘えさせてくれないということなのか。それは嫌だ、絶対嫌だ
「がっくん、そんなに急に変えないで。えっと、頭撫でられるの、わたし気に入ってるの。膝の指定席だって、まだまだ乗ってたいんだから。急に変な大人扱いしないでよぅ」
若干涙目、どんどんと気持ちが下へ向く。ソファの上、縮こまって体育座り状態。自分の膝小僧を観る。少し赤いのは、さっき零した紅茶の熱がまだ残っているから。不意に、頭の上が暖かくなる。錯覚かと思った。だから、顔を上げた
「ごめんごめん、そんなつもりじゃない。さっきからリンに、嫌な思い、させてるみたいじゃない」
立ち上がってわたしの脇に来て、頭を撫でてくれる彼。ああ、錯覚ではなかった、至高の感触
「心配なの、キミの事が。そんな格好で来ちゃう迂闊さ。子供と大人の狭間の危うさ」
名前でなく、また『キミ』と。彼がわたしに接してくれる。どこまでも真剣に。何より真摯に
「だからお小言、言っちゃった。大切なの、キミのこと。それだけは分かって欲しいじゃない。でさ、俺がキミにすることで『もうヤメテ~』ってなったら、いつでも言って。それまでは、今までのまんま。俺の膝は、キミだけの指定席」
片目を瞑る。少し困り顔になって『なんだこりゃ、キザすぎる』なんて笑う彼。わたしの心、込み上げるのは、安堵と幸福を混ぜて、10倍に濃縮したような。なんとも言い表せないような感情
「ありがとう、がっくん。わたし、嬉しい。何だか凄く」
『痛いほどに嬉しい』そんな言葉を聞いた気がする。まさにそれだろうか。きっとにやけていただろうな、わたし
「でもさ、なんでそんなに思ってくれるの」
「ん」
撫で続けてくれる紫様。にやけるどころではない、蕩けてしまいそうだった。そこまで『彼の』ナデナデが好きで、良く『想い』に気付かなかったものだ、自分のなかの。今は思う
「がっくんて、メンバーみんな大事にしてるよね。わたしもそう。わたしも大事にしてくれる。どうしてかな、わたしに優しいの」
さてどう応えて欲しかったやら。もちろん、あの日のわたしは気付かない。それに京の都でめー姉達は言っていただろうに『リンには過保護』と。弟、天使様に輪を掛けて『優しすぎ』る態度で、わたしに接してくれていることに気付いていない発言。その発言に、すこし考えた後彼は
「やっぱりあの日が特別だったから、かな。全部が強烈だった。俺、緊張してたじゃない、実は。尊敬する人達の中に、混ぜて貰えるかって。そしたらさ、すっ飛んできたおチビさんに、有無を言わさず引っ張られてさ。憧れの人達の前に押し出されて。仲間にして貰って」
顎に拳をあてて、クツクツと笑う彼。わたしの頭から手が離れる。これは残念。今度は、ベッドに腰掛ける彼
「天使様の歓迎会で、リン、言ってたけど結んだじゃない、リボン」
「うん、がっくん上手に結んでくれた~」
応じてくれた。エントランスの鏡の前、リボンを結んでくれた夜。覚えてくれてた、紫様。とても嬉しい
「めぐ達が『妹』がPROJECTにまだ居なかったから。それもあるだろうな。レンが自己紹介でさ、確か『兄さん増えた』って言ったじゃない。まだリュウトも生まれていなかった」
腰掛けたままで、上半身を少しかがめてわたしと目を合わせてくれる
「俺も思った『弟ができた』って。その流れで思ったんじゃない。リボン結びながら『妹が増えた』って。随分歳が離れた『兄妹』だけどさ」
「そっか、妹なんだ。わたしがっくんの妹」
「そ、ずっと一緒に過ごしてきた、大事な妹」
嬉しい反面、心のどこかが落胆する『妹』という言葉。まあ『娘』や『孫』と言われないだけ良かっただろう
「そう考えれば、いつの間にか増えてるじゃない俺の『弟妹(きょうだい)』でも、勇馬やピコは、レンとちょっと違う弟感。リン、キミも同じ。めぐやリリとは又違う『妹』」
ちょっと違う、それが気になる。どう、想ってくれているか。どう違うのだろう、思って、彼の眼をのぞき込む
「リンとレンはさ、本っ当、小さな時から一緒だったじゃない。って言ったら、めぐは赤ん坊の時から一緒だったけどさ。俺は、昼間学校行って、面倒は親父が頼んだシッターがみてくれてた。ただ、夜は俺があやしてたし、半分『娘』みたいなカンジなのかもしれない」
わたしの視線を、真正面から受け止めてくれる紫の彼。目を合わせに行ったわたしのほうが、照れてしまう。頬が熱い
「それに、俺自身が『子供』っだった、て~のもあるじゃない。めぐを『護る』って思っても、俺自身まだ『護られる』立場だった。たま~にオヤジが、義理のオフクロが、帰ってくると痛感した」
困り顔になる彼
「世話焼かれること、焼かれるコト。でもそれがさ、大学中退して、独り立ちして、本当に『護る』って立場になった。めぐを、リリを、カルを、さ。まだあいつらは『子供』だった『アニキ』から『親』みたいな気持ちに変わっちゃった」
メンバー全員、本当の『親』からは遠くなってしまった
「ただ、帰ってきたんだよな、オフクロが。めぐにとっては、本当の親が。俺が22の時か。ま、やっぱり家にはあまり居なかったけどさ。一応『家主』が来たわけ。親っていう『護る』人間が帰ってきた。格闘試合とかトレーニングで、俺も家空けることが増えたけど、今までみたいな不安、無くなった。一応『護ってくれる人』がいるわけだ」
顔を下げる彼、一度その表情が少し曇る
「さすがに、めぐ達を残してPROJECTに参加するかは迷った。でも、めぐがさ『わたし達は十分ぽ兄ちゃんにお世話になったから。今度はぽ兄ちゃんの人生(みち)を行って』って」
顔を上げ、今度は微笑みをうかべる
「追いかけてきてくれた時思った『一人前』に成ったなって。まあ、来たばかりの日は、まだその歳じゃなかったけどな、リリカルは。護りたい妹達であっても、あの子ら今もう、自分の足で歩いてる。そこら辺はわきまえなきゃ」
「ぅん~、なぁに、がっくん、わたしは違うって言いたいの。たしかにわたしは大人じゃないけどさぁ、自分で参加を決めたんだよ、PROJECT。自立してるつもりなのにさ」
声に、非難の色を混ぜる。何だか『自立できていない』と言われている気がする。これは聞き捨てならない。すると紫様、顔が真剣モード
「リン、レン、他の子供達もか。確かに『歌い手』としては一人前だ。同じ歳の子供達よりしっかりしてる。でもね、まだ『一個人で』一人前かって言ったらそうじゃない」
また上半身をかがめる、距離が少しわたしに近くなる
「非道い物言いカモしれない。だけど『歌い手』って括りを取って、キミを、いや、レンも、天使様も。一人前の扱いをしてくれない、世の中は。リン、アルバイトできるかな。キミは歌い手の他の『職業』考えたことないんじゃない」
「ぁ」
考えたことも無かった。そう、めー姉に、カイ兄に、紫の彼に『育ててもらった』わたしとレン。いや、ミク姉もだ。兄と姉、二人は始め、アルバイトをしながら歌っていた『食べるのに困らない』などと考えた事があった。めー姉、カイ兄、アルバイトをしていたということは、他の収入が無ければ回らないから。恥ずかしいことに、初めて思い知る
「俺は格闘家、重音は『隊』アルは工場だったか。メイコは喫茶店のウエイトレス、カイトはファミレス。Mikiも寿司屋でバイトしてたっつてたな」
告げられる職業。そうだ、わたし達はまだ『学生』特に、わたしと弟は、アルバイトさえしたことがない。しようと思った事すら無い。それがどれだけ幸せな事か
「ま、職がどうのってんじゃなくってさ。一人前ってのは、そうやって、歌い手を離れたとしても『自分だけで生きていける』状態のこと。そりゃ、絶対誰かの世話にならなきゃ、人間なんて生きてはいけない。でもね」
優しい眼差しが、わたしを包み込む。わたしの心、彼の優しさでくるまれる
「世話になりながら、それでも俺は一人でやって来た。カイトもメイコも、必死にキミを、ミクをレンを育ててきた、護ってきたじゃない。俺も、自惚れ入るけどさ、その一端を担いでいたと思ってるわけ。今、リリもカルも、一応世間に出れば『一人前』と見なされる時もある。キミ達はまだそうじゃない。キミ達はまだ、俺ら大人に『護られてる』状態なワケ。大人には『護る』義務がある」
目線を合わせ続けてくれる彼。何処までも真剣な眼差しに、わたし、合わせた目が離せない
「天使様は、それこそ『息子と娘』ってカンジだけどさ。妹なんだ、キミは『必死』になって、護ってあげたい妹。さっきの小言も、心配だから言っちゃった。それっだって、護ってあげたいからじゃない。だから、その日まで。キミが一人で歩けるその日まで。もう少しでイイ。ちょっと鬱陶しいカモ、だけどさ。キミを、君たちを、護らせて」
彼の想いが伝わってくる。それだけでもう、口の端が上がっているのが、自覚できる。身体が、正体不明の歓喜に痺れている。護ってくれるのだ、ナイト様が。いや『御館様』が、わたしを護ってくれる。刹那セツナの、その一瞬。着物姿のわたしを胸に抱いて、刀を構える紫の御館様。昼間、出陣行列衣装の影響もあったのか、そんな幻影を観た
「ルカが言ってたじゃない、ローファー贈ったあの日にさ。自分の脚で、自由に歩ける日まで。キミが素敵な人生(みち)を歩けるその日まで」
きっと、嬉しくなる事を言ってくれる。彼の瞳、宿る光が訴えかける。一呼吸を置いて、わたしを見つめ直して
「大事なキミを護らせて」
「~~っ」
その言葉に、さすがに視線を外してしまう。正体不明の幸福感に、心の中でもんどりうつ。体育座り状態の膝に、顔を埋める。だって、この上なくニヤ蕩けた(にやけて蕩けた)顔、見せたくない
「そんなに嫌だった、リン」
わたしの動作を『拒否』の仕草と捉えたようだ。紫様、不安げな声で聞いてくる
「違うの~っ、嬉しいのっ。そんなに大事に思ってくれてっ。ぅぅぅ、何か幸せ。だって『大事なキミ』なんて言ってくれたっ」
足の指をワキワキと動かしてしまう。嬉しいなら気付け、などと今のわたし、毒づいてみるが、何の意味も無い
改まる紫
幸せな黄色
黄色い子と紫の青年
二人が何で特別か
結局まだまだ気付かない