帰って来た日の物語
紫の青年は
掃除を終え、一息つく。茶の間でTVを点ける。マヨネーズのCM。玉子にこだわっているらしい。そういえば、あの日も玉子を茹でていた。彼が加わった半年後、ルカ姉が来て帰って来る日『お帰り会』を開くため、お祭り騒ぎで準備したあの日。わたしの意識は、ふたたび記憶の森へ、入っていく―
「ルカも親族。プロデューサーの意向でね。一昨年(おととし)から音楽留学して、今日戻ってくるの」
「そうなのか」
ルカ姉の略歴を述べるめー姉。トロの塊をお造りにしながら、紫の彼。刺身包丁は、彼がやってきて、キッチンに加わった調理器具だ。わさびをおろす、専用のおろし器もまた同じ。彼が来るまで、お刺身は、造りで買ってくるのが当たり前だった。わさびもチューブのものしか知らなかった。両方共に、鮮度が命。良いものを選びたいという彼曰く
「殿、いつ見てもまいよな~」
バナメイエビを茹でながらカイ兄
「何言ってんだカイト。おまえも似たようなもんじゃない」
「いやいや、カナワナイのが、けっこうある」
「ほうちょうざむらい、あらわる」
「ははっ、レン、おもしろいじゃない」
「がっくん、ゆで玉子できたよ~」
「お利口さ~ん。もう一手間お願いしようじゃな~い。水にさらして、ミクと殻ムイちゃって」
「「は~い」」
めー姉、カイ兄。両者ともに、料理は出来る。ハウスキーパーがいなくなって、食事は、自分たちで賄うしかなかったから。必然的に。それに、元々、姉兄が、用意することも多かった。ただ、兄の方が、数段腕が上なのは、めー姉を気遣った。わたし達を思ってくれた。カイ兄の、優しさが生んだスキル
「車、出せた方がいいよね。みんな楽になるし」
そう言って、早々に運転免許も取った、優しい兄。紫の彼が来て。普段の食卓、華やかさが増した。質素なモノではあったけれど。本日は特別な日。ご馳走を用意するのは当然だ。彼が来て。わたしは、料理に興味を持った。それは、彼に興味津々だったからなのだろうけれど。彼の傍ら、チョロチョロして。それでも一応手伝って
「リンが料理するなんて、ぼく信じられないな~」
「だから、リンのがお姉ちゃんなんだよ~。なすだって食べられるし」
さもありなんと、胸を張るわたし。不満げな弟は
「なんだよ~自分だってちょっと前まで、魚嫌いって言ってたくせに。なっと~だって、がく兄来るまで、食べなかったくせに~。背だって変わんないじゃんっ」
「背はかんけ~ないじゃん」
ごく小規模な姉弟喧嘩は日常の光景だったあの日
「ど~ど~、二人とも~。でも、ほんとだよね。リンちゃん、お魚あんまりたべなかったのにね~。納豆も嫌いだったのに」
その言葉に、驚く紫様
「そうなのか、ミク。今朝、納豆オムレツ残さなかったし、昨日も、あんだけバクバクさば味噌食べたじゃない」
「がっくんのだと骨まで食べられるんだもん。骨、やっ。オムレツも、クサクないし、甘くておいし~もん」
嫌いだった物、理由を言うわたし
「ああ、さば、圧力鍋つかったからな」
「神威君、細かい配慮ね~。納豆はどんなマジック使ったの。納豆オムレツ、カイトも作ってたのよ。でも、全然食べなくて」
「ちびが多いからな。骨、ささると危ないじゃない。魚の美味い国。骨で魚、嫌いになってほしくないしな。栄養あるじゃな~い。骨と骨の周りの身って。納豆に、カツオフレークまぜて甘めに玉子に味付ける。完全に和風味。甘辛の味でチビの大好物じゃない」
「ありがとね、殿。そんなに細やかに、気遣ってくれて」
「リン、また食べたいなぁ。さば味噌もオムレツも~」
「又、作ってあげようじゃない」
そう。彼の料理の腕はプロ並だ。否、プロだった。調理師免許、持っている。格闘家時代、栄養管理を自分で行った。下積み時代、調理場でのバイトが役に立ったと言っていた。彼に教えてもらった料理は、数知れない。彼の思いやりで、味付けで。生まれた好物は数知れない。まだ彼のように、作ることはできないけれど。愛する彼の、好みの料理を。味付けを。他でもない彼から教えてもらうことが出来た。わたしは、なんという幸せ者だろう。そんな幸福感に浸っているとチャイム音。点けていたTVの音。意識がまた、今へと帰ってくる。ニュースキャスターが発する日付。今日が週末だと気付く。明日休日。ならば本日は、きっと賑やかになる。気合いを入れて、調理をしておこう。まずは、午後から買い出し行かないと―
ワイドショー、外国のスターが賞を授けられたという。司会、主催者とハグをする。外国では当たり前の文化。でも、あの日、わたしはそれを始めて知った。ほんの少し、意識の片割れが、記憶のドアノブ、手を掛ける。ルカ姉の『おかえり会』をした日。記憶へ足を、踏み入れる―
「おかえり、ルカ。心配してたんだよ~。良かった、無事に戻って来てくれて。大きくなって、キレイになって~」
「初めのうちなんて、うっと~しいったらありゃしなかったのよ。カイト。おかえり、ルカ。ホント美人になちっゃって~」
「戻ってまいりました。メイコ姉様、カイト兄様。ああ、お懐かしい」
目を潤ませて、堅いハグを交わす、姉たちと、兄。一人、十秒、抱擁交わす。その、潤んだ目のままで
「まあ、レンくん、リンちゃん。大きくなって。美男子に、美少女にお成りになって~」
レンもまだ、躊躇(ちゅうちょ)なく。わたしは、今でもためらいなく。ルカ姉のうでに抱かれにいく。わたし達をまとめて抱きしめてくれる
「「おかえりルカ姉~」」
「ずっ~とまってたんだよ~逢いたかった~」
「ぼくも~。早くまた、ルカ姉と歌いたかった」
香水を纏い、少し大人びた姉。あらためて見つめられ、少し照れた覚えがある。そうして、ひとしきり。一族同士の交流が続く。久しぶりのうれしさ、懐かしさ。感動の対面。わたしも家族も、気にも留めなかった。彼の心情を。彼は、わたし達の再会を、どんな気持ちで観ていたかを。そうしてようやく、離れて佇む彼。姉が気付いて声を掛ける。彼と姉だけが自己紹介を交わす
「初めまして、神威さん。武勇伝、伺ってますわ。巡音ルカ、16歳です。本日、この時より、どうぞご懇意に。コンセプトは空巡る歌の音(そらめぐるうたのね)です」
おずおずと、桃色の姉。手を差し出して
「よろしくたのむ、ルカ。声を重ねてくれれば嬉しい。しかし、さすがメイコの妹分だ、大美人じゃない。将来有~望~」
堂々と、紫の彼。握手、ハグ。留学先で、ハグは普通の事なのだろう。紫の彼にハグされて、頬を染める姉。なぜか、胸がチックっとする。大好きな姉が帰ってきたというのに、気持ちが下を向く『なぜ』かは、あの時、わからなかった。その気持ちを振り払うように
「がっくん、膝~」
「いいんじゃな~い」
半ば強引。イスに座らせて、彼の膝によじ登る
「あら、リンちゃん。神威さんに甘えんぼ」
「そうなの、ルカ。リン、神威君がお気に入りでね~」
「殿が来た日からああなんだ。もうリンの指定席状態。たまに、レンも乗るんだけど」
「がく兄のヒザ、座り心地い~んだもん」
あの頃は、レンも一緒に乗っていた
「指定席って何、がっくん」
「ここは、誰々だけの場所ってことじゃない」
「じゃあ、がっくんのひざ、りんのばしょ~」
彼の手を無理矢理おなかの前に組ませ、脚をぱたぱたする
「おいおい、はしゃぎすぎじゃない」
困った声の彼
「あ~なったら、神威君動けないわね~。どかないわよ、リン」
「仕方ないこのまま、殿のまわりで乾杯しようか」
「そ~。ど~か~な~い~」
さっきのことなど、無かったかのようにはしゃいだな。本当に彼に迷惑を掛けた。記憶の小部屋、短期滞在から抜け出して、今更ながら反省する―
底抜けに優しい神威。しかし彼は『音』の一族ではない
一人で観ていた『家族』の再会