初めて、二人で過ごした日
時計を見ると、時刻は十一時のど真ん中。ならばと、昼食の準備に取りかかる。鍋に湯を沸かす。うどんを茹でる。茹でたうどんは、冷水にさらす。本日は冷やしうどん。丼に麺を入れ、タップリとかつお節。昆布の佃煮。ササミの缶詰、生卵、葉ネギをちらす。卓に付き、仕上げにしょうゆをかけまわす。彼から教わった料理
「いただきます」
自己満足。おいしい。いや、おいしいのは彼の味付けだからだろう。彼に教わった料理だからだろう。点けっぱなしのTVから流れるCMの音楽。日本有数のチョコレートメーカーの宣伝。美味しいんだよね、ここのチョコ。そういえば、彼はチョコが苦手だった。今も、好物というわけではない。それでも、食べられるようになった。いや、わたしが強制的にしたのだ。チョコレートにも、色々な思い出があるな。そのなかの一つ。北海道から帰ってきた一週後。わたしと彼が、はじめて二人で留守番した日。記憶の図書館の扉の取っ手。わたしは手を掛け、入館する―
「いってらっしゃ~い」
「晩ご飯用意しとこうじゃない」
めー姉、カイ兄は、クライアントとの食事会。ルカ姉は、ミク姉はスポンサー企業とCM撮影の打ち合わせ。レンはソロのコンサート。わたしと彼は、午前中に仕事がはけた。よって、二人で留守番
「ごめんね、殿、お茶漬け程度でいいから」
「アタシもそれ。あと、神威君の浅漬け」
黒塗りの車に乗り込むカイ兄、めー姉。同様に、ロケバスに乗り込みながら
「ミクは、鱈の煮付けが食べたいな~」
「ワタシは、イカと里芋の煮ものを頂きたいですわ」
「作っとこうじゃない。気をつけて、仕事しておいで」
「がんばってね~、ミク姉、ルカ姉~」
リクエストする、食べてこない組の二人。送り出すわたし達。車が見えなくなるまで手を振るわたし
「さ~て、何して遊ぼう、がっくん」
「まずは宿題、しちゃおうじゃない」
「ええ~」
「それが終わったら、お茶にしよう」
「む~、じゃあがんばる~」
そうして、自室で宿題を片付ける。その間に、彼は夕食の下ごしらえをしていたな。課題に取り組みつつ、わたしは漠然と思いつく。我ながらステキな思いつきに、勉強する手が早くなる
「がっくん、終わったよ~」
「おし、お茶にしよ~じゃない」
腰巻き式、黒のエプロンを外し、手を拭いながら彼が言う。その彼に、さっきの思いつきをうちあける
「がっくん。わたし、がっくんのお部屋、見てみた~い」
「俺の部屋。別にイイけどつまんないぞ、見ても」
「見た~い」
「じゃ、行こうじゃない」
そう言って、歩き出す彼。後ろに続くわたし。スキップで
「しかしどうした、いきなりじゃない。部屋が見たいなんて」
「みんなの部屋には入ったことあるけど、がっくんの部屋はまだだから~」
興味津々だった。彼の部屋がどうなっているか。彼の部屋の前、鍵を開ける
「お入いんなさ~い」
「おじゃましま~す」
1LDK。畳ならば、八畳間というところ。個々の部屋の間取りは変わらない。違うのは、個々の部屋模様。そして、窓の位置くらいか。彼の部屋は、モノトーンで統一されている。わりと殺風景な彼の部屋。最低限のものしか持ち込んでいないようだった。置かれた机、本棚が二つ。高床式のベッドの下には半透明の収納ケース。楽譜らしき物が透けている。異彩を放っているのは、頑丈そうなロッカー。同じく、強固に見える錠前。わたしは早速彼に質問する
「がっくん、あのロッカー、何が入ってるの~」
「ああ、ん~。ま、いいか。いい、絶対に触るなよ。カイトとメイコは知ってんだけど」
彼は、ロッカーを開く。出てきたのは、数種類のグローブ。彼が使う、楽器の刀、楽刀(がくとう)そして木箱の中から出てきたのは
「俺、居合い術やっててさ。危ないから触るなよ。これ、居合い刀。切れる刀だ」
「え、すっご~い。やっぱりがっくん、サムライさんだね」
「何度も言うけど触るなよ。切れるから」
いって、彼は腕の傷痕を見せてくる。結構大きな傷。ミミズ腫れ、縫い傷の痕。そうか、だから半袖を着たとき、彼の腕には包帯があったのか。この傷を、隠すため
「撮影の時なんかは、特殊メイクで隠すけど、傷。昔、いまよりずっとヘタだった頃な。手入れ中、扱いをミスってさ。これぐらい切れるから、絶対触るな」
「ん、わかった。刀ってこわい」
「だから、ちゃんと免許もって、届け出もしないと持てない」
「は~すご~い。じゃあ、そのグローブは」
「格闘家やってたときに使ってたヤツ。なんか捨てられなくてさ。格闘家に未練はないけど、これ見ると、鍛えとけって気になる。大切なモノ、護れるようにってな」
「なんかがっくん、かっこいい」
「んなことはないじゃない。さ、もういいかな。お茶にしない」
「がっくん、今度はリンの部屋に来て~」
「いいのか」
「ごしょ~たい~」
「お招きされようじゃな~い」
彼の手を引いて、はす向かいの自分の部屋へ
「ど~う~ぞ~」
「お邪魔しま~す」
招き入れる。今は思う。どうして片付けておかなかったのか、と。脱ぎ散らかした服。読み散らかした本。投げっぱなしの鞄。今思いだすと、顔から火がでそうだ。当時のわたしは気にも留めず
「座ってて~お茶持ってくる~」
と、部屋を飛び出したっけ。一階へ駆け下り、キッチンへ。自分の野菜ジュース。彼にはペットボトルの緑茶。菓子盆に花林糖(かりんとう)もらい物、魚の形をした、おいしい焼き煎餅。ポテチにビスケット。てんこ盛りにして、そろりそろりと、自分の部屋へ向かう
「がっくん、おまたせ~」
「ああ、リン。勝手してごめんな」
片付けてくれていた彼。服は畳んで。鞄は掛けて。本はまとめてくれていて。今は思う。本当に申し訳ない
「わっ。がっくん、ありがと~」
「リン、教えてあげるから。今度から、お片付けしようじゃない」
「ん、わかった。めんどくさいけどがんばる」
「そのイキ良しじゃない」
わたしは、彼から、服のたたみ方を教わった。彼から、片付け方を教わった。そして
「おわった~」
「おつかれサマ~」
「がっくん、なんでこんなにしっかり片付けるの」
彼は答えた
「道具も服も本も。大切にしなきゃ。例えば鞄。無かったら困るじゃない。手じゃ運びきれない。道具も同じ。マイク、無かったら、俺ら歌い手困るじゃない」
「こまる~」
「何でもそう。色んな人に、生き物に、道具に。助けて貰って、俺らが生きていける。ご飯だって。誰かのおかげ。命のおかげ。大切に扱って、感謝しなきゃ」
「そっか。わ~、そうなんだ。がっくん。それってすごいことだねっ」
「すごいことだ。だから、俺達は、その感謝も込めて歌おうじゃない」
「うん。リンそうする」
彼から教わったこと。感謝。全てに感謝する。尊い事だと思う。本当に思いやりに溢れる彼
「がっくん、お茶にしよう」
「ありがとうリン。豪勢に持ってきてくれたじゃない」
「がっくん、リンの部屋に始めて来てくれたから。おもてなし~」
「そっか。俺ばっかもてなされるのも悪いな。リンも始めて俺の部屋来てくれたのに」
「それはいいよ~。リンが無理矢理お願いしたんだから~」
「いや、そうはいかないな。ちょと待ってて」
言って自室に戻る彼。その間に、コップに飲み物を注いでおく
「リン、チョコレート好きだったじゃない」
箱を片手に戻ってくる。手にしたチョコは、有名企業の高級なもの
「昨日、義理って貰ったんだ、スタッフの女性(こ)に。俺、チョコレート苦手じゃない。みんなで食べて貰おうと思ってたんだけど、まずはリンにお裾分け~」
蓋を開けてくれる。宝石のように輝いて見えたチョコレート
「食べ過ぎはダメだから、好きなの三つ、食べていいじゃな~い」
「わぁぁ、ありがとうがっくん。迷っちゃうな~」
迷ったあげく選んだのは、ホワイト、ナッツの入ったもの、そして銀色の包みに入った物に手を伸ばす
「ああリン、それはダメ。酒が入ってるから」
「わかった、じゃあこっちにする~」
最後に選んだのは、メープルシロップが入った物
「「いただきま~す」」
「むぅ~おいし~いがっくん」
「よかった」
「そういえば、なんでチョコ貰ったの~」
「バレンタインだからじゃない」
「あ~。だからめー姉達騒いでたのかぁ」
バレンタインデー。私はこの日まで意識したことさえなかった。めー姉は、家族全員にチョコをくれたから。もちろん、カイ兄のは特別製だったけど。ルカ姉も、国際便でチョコを送ってくれた。わたしにとって、バレンタインは、無条件にチョコを貰える日という認識しかなかった
「バレンタインは、チョコあげる日なんだ~」
「別に無理くりやる行事じゃないじゃない」
「でもでも、もったいないな。がっくんチョコ苦手なんだよね。こんなにおいし~のに~」
「和菓子は好きなんだけどな。洋菓子はモノによるんだよな」
「う~ん。じゃ、これはどう、ホワイトチョコ~」
「うん、普通のチョコとは違うのか」
「全然違うよ~。食べてみて、あ~ん」
食べてくれる彼。うわ、甘。そんな感想の後
「でも、これは美味いな。へえ、チョコレートもいっぱい種類があるんだな。苦手だったから、意識しなかったじゃない」
「はい、がっくんお茶」
「ありがたいじゃない。うん、渋みが良いな」
彼がお茶で一息ついている間に、銀紙をとる
「はい、がっくんあ~ん」
「ん、リン」
「お酒入ってるの。がっくんお酒好きだから。おいしいと思う」
食べてくれた彼
「ぅあっま。でも、うんイイな。ブランデーか、入ってんの。美味いよ、リン、ありがとう」
「はい、三つめナッツが入ってるのあ~ん」
「リン」
「リンも三つ貰ったから。がっくんも三つ~」
「そっか。ありがとう」
もぐもぐする彼。チョコを食べている彼。なんだか可愛らしかった
「ありがとう、リン。美味しかったよ」
「えへへ~。リン、始めてのバレンタインチョコ、がっくんに~」
「はは、そっか。嬉しいじゃない」
ちょうどそこで、昼の洗い物が片付く。意識が今へと戻ってくる。あの時か、彼がチョコ嫌いを克服したのは。克服、と言って良いのかな。まあ、苦手を直したって事で―
神威がチョコ嫌いだった理由はまたいずれ