神威の三姉妹。紫の妹にして、リンにとっての『姉』
彼らが建てた、神威の家
歩く、歩く、商店街。車は、駐車場においてある。張り出されている広告が目に入る。家、格安物件の広告。幸せなことに、私がいま暮らしている家は格安ではない。彼が、彼らが。赤い汗を流す思いで、仕事をし、周囲に頭を下げて、用立てし、建てた家だ。意識は、またも記憶の彼方へ飛んでゆく。彼が、彼らが。家を建てたあの頃へ―
「三人、まとめて合格だすのなんて、はじめてだよ」
「でも、三人ともはずしたくねえなって。しかもまさか」
「妹よ。お前ら、本当に来たのか」
プロデューサーと彼の言葉。そう、三人同時にオーディション合格なんて、後にも先にもない。世間様に認められつつあるPROJECT。稼ぎ頭に成長したミク姉の曲は、何本かミリオンセラーを記録。その上で、メンバー全員が、百万ヒットの歌を出していた。そこにやってきた、わたしにとっては三人の姉。神威の一族。彼の妹
「初めまして~皆さん。神威めぐみ17歳です。ブラコンですっ。憧れのみなさんに加えてもらえて嬉しいです。よろしくお願いしま~す。そだよ~。ぽ兄ちゃんを追いかけてきたよ~」
かわいらしいルックス、抜群のスタイル。柔らかな歌声で、たちまちミク姉と、向こうを張る歌い手になった『暖かな恵音(あたたかなめぐみね)』めぐ姉
「よろしくすっ、みんな。カムイ・リリィ13歳。ウチも、おにぃの歌、みんなのカッケエ歌、聞いて。おにぃと同じ道、進みたくって。参加できて超ウレシ~」
学生らしからぬ、かっこいい、容姿と声『雷鳴の叫び声(らいめいのハスキーボイス)』は、伸びしろが計り知れないと、高評価のリリ姉
「あにさま、おひさし。みなさん、初めて。歌好き、あにさま好き、みんな好き。うれしいうれしい。よろしくよろしく。11歳のカムイ・カル」
『美妙なる声(みみょうなるこえ)』は文字通り。不思議キャラと、くりくりと大きな目があいまって可愛い。と評判のカル姉
「まじか~、お前ら~」
「「「まじだよ~」」」
そういって三人に、飛びつかれた彼。熱烈にハグされる。でも、なんとなく嬉しそうだった。そうだろう。遠くに離れた。彼は以前、寂しげに言っていた。わたしが9歳、六月のある日、彼にとって大切な妹達の歓迎会
「わ~二年ぶり~。ぽ兄ちゃんのごはん」
「がっくん、昔から作ってたの」
わたしの問いかけ。めぐ姉の声に微笑みながら
「俺の親父もさ、音楽関係の仕事してんだけど。世界中飛び回ってて、家にいるほうが少ない。オフクロは、俺が5歳の時、逝っちゃった」
「神威君も苦労人ね」
気の毒そうな顔をするめー姉
「はは、気にするな、メイコ。で、俺が8歳の時再婚。ま、そのオフクロも忙しい人で、家に居ない。10の時めぐが生まれた。二人、生活は全部自分たちでやってたからな。学費だの生活費は、親父が入れてくれたけど」
「ぽ兄ちゃんがお父さんみたいな感じ。わたし達の面倒、みてくれた」
「そのうち、ウチらも一緒に住むようになったんだ。ガッコ、通うのに近かったから。その辺りから、おにぃの稼ぎも家に入れてくれて」
「あにさまが歌い手。自慢だったけど寂しかった」
彼は歌い手として。わたし達だけでなく、妹達まで養っていたことを知る。めぐ姉は実の妹。リリ姉、カル姉は親族。そう彼は話した。初めのうちは共同生活していたけれど、さすがに手狭になる。彼らは少し無理をして、我が家の隣に家を建てた。木造平屋建て、広々とした、日本家屋を。マンションが建つ丘の上には、スペースが幾らでもある
「お隣さんだからいつでも会えるんだけど。引っ越しちゃうと、やっぱりちょっと寂しくなっちゃうよねぇ」
「ほんとよね~。いつの間にか、そんなに一緒に過ごしてたのね、あたしたち」
完成していく家を観ながら、何度か交わされた会話。そう、たった二年とは思えないほど、密度の濃い時を過ごした
「さびしくなるよ~がっくん。たくさん、遊びに行くよっ。いっぱい、遊びにきてね。きっとだよ、絶対だよ」
「何言ってんだカイト。いつまでも、世話になれないだろ。よそものの俺が。まあ、寂しくないって言ったら嘘か。なら、ちょいちょい。ご飯会でもしようじゃない、メイコ、リン」
引っ越しを手伝いながら、またも交わしあった会話。もはや、家族も同然の彼。しかし、彼は言った。自分の事を『よそもの』と
「ああ、カイト。これ、神威家の合い鍵」
「ん。殿」
「悪党なんざ居ないじゃない。好きに使ってくれ」
「神威君、アタシからも」
合い鍵交換。もちろん、個々の部屋の鍵はまた別だが
「ありがとう、メイコ。なんだか実家の鍵みたいじゃない」
「実家みたいなモノでしょ、神威君。ご飯会しましょうね」
「ああ。そうだ、今度落慶式やるから、みんなで来てほしいじゃない」
「らっけ~しきって何、がっくん」
「家が出来たお祝いと、これからよろしく住まわせて~ってお祈りの式」
そう言って、できたばかりの『自分の家』に帰った彼。四六時中聞いていた声が、音が。少し遠くから聞こえるのは。姿が見えないのは。やっぱり寂しいものだった。だから、彼の家に、しょっちゅう遊びに行った。遊びにさそった。でも、家に帰るときには、彼が、彼らが、家へ帰っていくときは、寂しくて。彼の気配がしない家。彼の私物が無いマンション。彼が引っ越して、思い知った寂寥。あの距離感が、思慕の念をよりいっそう、深いものに変えていったんだ。今のわたし、ふと気付く―
商店街で食品を仕入れ、我が家へと帰ってくる。一度、台所で荷物を置く。手を洗う。週末はいつも、誰かが誰かを連れてくる。今日もきっと、連れてくる。縁が深まったメンバー。誰かが誰かと連れだってやってくる。形態は変わったけれど、楽しい事に変わりは無い。ずっと続いてる恒例行事。記憶の日記、またもわたしは手をかける―
「「「「こんばんは~」」」」
ホールから、愛しい声が聞こえてくる。今日も玄関の扉が開く
「生活は別になるけど、仕事や用事がないかぎり。週末、夕食だけは、せめて歌い手全員で食べようじゃない」
縁(えにし)が深まった、メンバーの決まり事。優しい彼の、発案で
「いらっしゃいっ。がっくんっ、めぐ姉っ、リリ姉っ、カル姉」
歌っているときを除けば、一番楽しい楽しい時間。不謹慎な物言いだけど、歌さえしのぐかもしれない、楽しい時間。わたしは、いの一番に出迎える
「やっほ~リンちゃんっ。今日の差し入れはシュークリームだよ~」
めぐ姉とハイタッチ
「おにぃの煮込みハンバーグと、肉じゃが、コブサラダもなっ」
リリ姉に腕が肩に回り
「あにさまごはんも好きすきす~。カイさまごはんも楽しみしみ」
カル姉に頭をなでられる
「「「さあ、いこ」」」
「リ~ンちゃん」「リ~ン」「り~んりん」
わたしは、幸せにもみくちゃにされる。神威家の妹、わたしにとって、新しくできた三人の姉。わたしを本当の妹以上にかわいがってくれる、大好きな、姉。すべてが愛おしくなる声と音に囲まれて、でも
「こらこら、あまりはしゃぐなよ」
わたしが聞きたくてたまらない彼の声。神威家の大黒柱にして、PROJECT男性歌い手の要。カイ兄と実力を二分する、PROJECTの要。この時、すでにそこまでの評価を得ていた彼の声は、一番最後に訪れる
「こんばんは、リン」
ぽんぽん、頭をなでてくれる。至福の感覚に、気持ちが高揚していく
「まってたよっがっくん」
「ん、ああ、ありがとう」
自分の手を見て、なぜか疑問符を浮かべた彼。その理由をわたしは後で知る。リビングに入りながら彼が言う
「お疲れ~。これ、バーボン。もらいもんだけど、メイコに~」
「神威君ありがと~。あ、純米、用意しといたよ」
「これはまた、ありがたいじゃない女王様」
お酒好き二人、意気投合で意気揚々
「いらっしゃ~い、がく兄」
「はじめようか、殿、め~ちゃん」
「発声は~リリィ~」
「アザ~ス。みんな、おにぃ、おつかれ~。ここに、ウチが居んの、マジうれし~。これからも、みんなで歌お~ぜ、じゃあコップ持って」
週末の晩餐会開幕
「「「「「「「「かんぱい、おっつ~」」」」」」」」
並んだ料理。カイ兄が作ってくれた、魚介のパスタ。トロトロ玉子のオムレツ、酢豚。彼作の、煮込みハンバーグ、めだまやきまで乗っている。ホクホクの肉じゃが。コブサラダ。口をつけるわたし達
「神威君のサラダ、最高のおつまみだわ~。バーボンもありがと」
「はいはい、めーちゃん、飲み過ぎないでよ」
「うう~がくさんのハンバーグたまんな~い。三つ星店以上~」
紫の彼が作った料理の感想。全員、感嘆、良い笑顔
「おいおい、ミク。簡単なもんじゃない、そんなの」
「かいさまのオムレツふわとろ、うまうま」
「っおいしっ、このパスタどうやんの、カイト」
「ありがとカルちゃん、リリちゃんそれは―」
カイ兄の料理へのお褒めの言葉。会話を聞きながら、おいしく食べていると
「リン」
思い出したように、彼に呼ばれた。手招きされる
「がっくん」
嬉しくなって、よっていくと
「レン」
「ハテナ」
弟は、不思議そうによってくる。立ち上がり、わたしたちの頭に手を当てて、背を測る
「ん、やっぱりな。さっき会ったとき思って。始めて会ったときより、だいぶ背、でかくなってるじゃない」
ぽんぽん、わたしたちの頭に手をのせて
「旨いモノ、たくさん食べて大きくなれよ」
と微笑む彼
「ありがと~がっくん。大きくなるから、おいしいの、たくさん食べさせてねっ」
「まかせるじゃな~い」
「おれも~。絶対リンよりでかくなってやる~」
「ふ~ん、負けないも~ん」
彼の言葉がうれしかった。はやく。少しでも早く、彼に見合う存在になりたい。何故だか、そんなことを思う時期だった。また少し、記憶の図書館に短期滞在をしてしまった。荷解を始めるわたし。少し上の棚。ついでに買った、ラップを置く。踏み台はもう、要らなくなった―
隣とはいえ、離れるのは切ない
居た場所に、有った場所に、あるものがない
何かが抜け落ちたような
心に穴が、空くような
それでも、新たな関係を
人は求めて、気付いてゆく