SIDE 美波(幼少期)
「はぁ・・・」
今日は日曜日、私は公園のベンチで溜息をついている
あの後も海人は部屋からほとんど出てこない
必要最低限の行動しかしない・・・まるで生きる希望を失ったかのように・・・
もし私が海人を虐めたりしなかったら・・・
もし私が家を飛び出したりしなかったら・・・
海人はこんな目に会わなくて済んだんだ
・・・過去に戻れるなら自分を殴り殺してしまいたいくらいだ
そんなことを考えていると・・・
「隣、いいかい?」
「え?」
声がした方を向くと、大人の男性がこちらを見ている
・・・あ、よく見るとこの人、海人を助けてくれた医者の先生だ
白衣じゃないからすぐに気付かなかった・・・
「あれから海人君はどうだい?」
私は静かに首を振ると、先生はそうかと呟いた
「野球ができなくなったことがよっぽどショックだったんだね」
「・・・海人、大きくなったら野球選手になりたいって言っていたんです。毎日頑張ってチームでエースに選ばれて・・・なのに・・・私が全部台無しにしちゃった!海人の夢を壊しちゃった・・・私のせいで・・・」
「泣かないで・・・僕が何で今日ここにいると思う?」
「え?そりゃ・・・仕事・・・」
「そう仕事だよ。今日は病院は休みなのにね・・・ちょうど今から君の家に行くところだったんだよ」
「ウチに?」
「そうさ・・・海人君がもう一度野球をする方法を伝えにね」
・
・
・
・・・え?
今・・・なんて言った?
海人が・・・もう一度野球をできる・・・?
「か、海人の肩は直るんですか!?」
「それは無理だ。海人君の肩は現在の医療では直すことは出来ない。投球は出来ないよ・・・『右肩』はね」
「そ、それって・・・」
「そう、左投げに転向するのさ。レントゲンを見直したところ左腕は奇跡的に無事のようだからね。それにほら、この本にも肩を壊した選手が利き腕と逆の腕で投球するという前例も出ている」
そう言って先生は古い書籍や資料を私に見せてくれた
私の心に一筋の希望の光が差し込んだ
海人がもう一度野球を始められる
そうすればきっと元気を出してくれる
そう思った私は早速海人の元に・・・
「ちょっと待った」
・・・行こうとしたが、先生に呼び止められた
「ここからが本題なんだ。この作業は簡単なことじゃない。何年かかるかわからないし、うまくいかないかもしれない。もし、うまくいかなかったら海人君は再び絶望の淵に落とされることになる。まだ10歳の君にこんなことを言うのは酷かもしれないけど・・・この話を海人君に伝えるかどうか、よく考えてほしいんだ」
ようするに先生が言いたいことは、失敗したときのショックは今より大きいから左投げ転向ができることを伝えるかどうか、よく考えろってことよね・・・
たしかに・・・絶望の中にいる海人に希望を見せてまた絶望に落とすなんて残酷すぎる
・・・だけど・・・
「それでも私は・・・海人に夢をあきらめて欲しくないです。また大好きな野球をして、笑ってほしいです。失敗は怖いけど・・・可能性が少しでもあるならそれに賭けたいです」
「・・・そうかい。ならこれを持って海人君の元に行ってあげなさい」
そう言って先生は書類の束を私に手渡す
「これは?」
「筋力トレーニングやストレッチのやり方。他にも指先の感覚を利き腕と同じようにするやり方を書いた物だよ。参考にするといい」
「あ、ありがとうございます!」
「弟さんを支えてあげるんだよ」
「はい!」
・・・あれ?そういえば・・・
「あの・・・先生、今日は病院は休みって言ってましたよね?じゃあ先生はもしかして海人の為に休みの日にわざわざこれを・・・?」
「患者のアフターケアも僕の仕事の内だからね。さ、海人君の所に行ってあげなさい」
「は、はい!ありがとうございました!」
私は先生にお礼を言って自宅に向かって走り出した
きっと海人は元気を取り戻してくれる
そんな期待を胸に私は自宅のドアを開けた
「海人!ビックニュースよ!」
叫びながら家の中に入る
・・・あれ?
海人の部屋・・・空いてる?
中を覗いてみるが、海人の姿は無い
トイレかと思い、そちらを覗くがどうやら違うらしい
「お姉ちゃん・・・」
「あ、葉月、海人は?」
「・・・また・・・お兄ちゃんを虐めるですか?」
「っ!」
葉月の言葉と視線が胸に刺さる
葉月にとって私は、大好きなお兄ちゃんを虐める悪い人なんだ
「・・・たしかに今まで私は海人にたくさん酷い事をしてきたわ。言い訳はしない。でもね、もう二度と海人を虐めたりしない。約束するわ」
「ホントですか?」
「ええ、大好きなお兄ちゃんを虐めてごめんね」
「わかったです。・・・お兄ちゃんはさっき外に出て行ったです」
「どこに行ったか聞いてる?」
葉月は首を横に振った
どうしたんだろう?
食事ですら、出てこなかったのに自主的に出てくるなんて・・・
とりあえず私は海人の部屋に入ってみた
そして暗いので電気をつける
「な、なによこれ・・・」
部屋中に貼ってあった野球のポスターはビリビリに引き裂かれていた
荒れ果てた部屋を見て呆然としていると、一冊の日記帳が机に置かれていることに気付いた
部屋中荒れているのに、なぜか机の上にはその日記帳以外何も置いていない
気になった私はそれを手に取り、ページを捲った
『今日もお姉ちゃんとお話ができなかった。僕はバカだから何でお姉ちゃんが僕とお話してくれないのかわからない。もっと勉強を頑張らなくちゃ。そうすればお姉ちゃんとも昔みたいに仲良しに戻れるよね』
私はページを捲る
『野球チームのレギュラー発表で僕はチームのエースに選ばれた。お姉ちゃん、喜んでくれるかな?もっともっと頑張って、試合で活躍して、お姉ちゃんに笑ってほしいな』
・・・私は大馬鹿だ
海人はずっと私と仲良くしたかったのにそのことに全然気付かないで傷つけて・・・
なんて愚かな事をしてきたんだろう・・・
泣き出しそうになるのをグッと堪えながらページを捲っていく
あれ?なんかこのページ、字が歪んでるような・・・
『車に撥ねられて腕が折れちゃった。試合に出られないのは残念だけど、お姉ちゃんが無事だったからいいや。腕が直ったらまた頑張ろう』
そっか・・・折れた腕で書いたから字が歪んでいるのね
『今日もお姉ちゃんがお見舞いに来てくれた。あれからお姉ちゃんは僕と笑ってお話してくれるようになった。すごく嬉しいです』
「私の事ばっかりじゃない・・・」
ふふっ、と笑いながらパラパラとページを捲る
・・・?ここからページがしわだらけになってる・・・
なんだか濡れて乾いた後のような感じだ
『・・・腕が治ってお姉ちゃんとキャッチボールをしようとしたら、肩に激痛が走った。お医者さんに診てもらったら、もう野球は出来ないって言われた・・・』
そこから先はしばらく白紙が続いた
パラパラと捲っていき、最後のページに何かが書いてあった
その文章を見て、私は血の気が引いた
そこにはたった一言
『生まれ変わったら・・・もう一度野球ができるよね』
「うそ・・・でしょ・・・?」
私は思わず日記帳を落とす
最悪の展開を予測し、呆然とする
「・・・あれ?」
机の上に二つに折りたたんだ紙が置いてあることに気付いた
おそらく日記帳の下に置いてあったんだろう
私はそれを手に取り、開いて読んだ
その紙には・・・こう書いてあった
『もう・・・生きていけない・・・お父さん、お母さん、お姉ちゃん、葉月。今までありがとう。お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう。お姉ちゃん、せっかく作ってくれたご飯、残してごめんなさい。葉月、最近、遊んであげられなくてごめんね。みんな・・・さようなら』
それを読んだ私は・・・・
「いやあああああああああ!!」
大声で泣き叫びながら海人を探す為に家を飛び出した
大好きな野球ができない苦しみから死を選んだ海人
はたして美波は海人を止めることができるのか・・・?
次回も頑張ります