年号と出来事は「コードギアスwiki」さんの年表とその下にあるコメント欄から引用させてもらってます。具体的な表記がないところや字が潰されてる箇所、前後の出来事から外せない年号と出来事は私の妄想で埋めてあります。というより、ほぼ私の妄想です、公式さんごめんなさい。
◆神聖ブリタニア帝国史年表概略◆
年号は西暦。()のなかの数字は皇歴。
古代
58 B.C
ユリウス・カエサルがガリア(フランス)へ遠征。8年に及ぶ征服戦争の後、ガリア(フランス)を平定し、共和政ローマの支配下へ組み込む。
55 B.C
ユリウス・カエサル、ブリテン島に上陸。ケルト諸部族と戦争状態に入る。
2 B.C ~
西暦元年 (皇歴元年以後)
ケルト諸部族の中からアルウィンが頭角を現し、ローマ帝国軍を破り、独立。アルウィン1世と名乗る。
9 A.D (9 a.t.b)
対ゲルマニア戦において、ローマ帝国はトイトブルク森の戦いで惨敗。これによりローマ帝国は領土拡張政策から領土防衛政策へと軍事政策を転換する。
近世
1603 A.D (1603 a.t.b)
エリザベス1世崩御。エリザベス1世の息子がヘンリー9世として即位。
1642 A.D (1642 a.t.b)
第一次ブリタニア内乱勃発。当時の国王エリザベス3世は王都ロンドンから追放される。
1645 A.D (1645 a.t.b)
革命勢力との間で行われたネイズビーの戦いに敗北。さらなる後退を余儀なくされる。
1646 A.D (1646 a.t.b)
エディンバラ城で革命勢力に包囲される。カレー伯(現在のブリタニア公)の尽力によりアメリカ大陸へ脱出、現帝都ペンドラゴンへ遷都し、王室の存続に成功する。
1775 A.D (1775 a.t.b)
南北戦争(第二次ブリタニア内乱)勃発。当初は革命軍に圧倒されるも、レキシントン・コンコードの戦いで盛り返す。
1783 A.D (1783 a.t.b)
国王軍の勝利。内乱を終結させる。
近代
1813 A.D (1813 a.t.b)
テューダー王家断絶。ブリタニア公リカルドが新たに王位に就く。同時に王制を帝制へと改め、国号をイングランド王国から神聖ブリタニア帝国へと改める。神聖ブリタニア皇帝リカルド1世として登極。
現代
1939 A.D (1939 a.t.b)
第一次世界大戦勃発。ヨーロッパ大陸を主戦場として、イギリス連邦、フランス共和国を中心とする連合国側と、ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、大日本帝国を中心とする同盟国側に分かれて7年に及ぶ総力戦が展開される。神聖ブリタニア帝国は静観を保つ。
1941 A.D (1941 a.t.b)
大日本帝国による神聖ブリタニア帝国への宣戦布告があり、第一次太平洋戦争勃発。1942 a.t.bまで主だった戦闘は起こらなかったが、時勢の変化によりブリタニアが先制攻撃し4年あまりの総力戦に突入。
1945 A.D (1945 a.t.b)
ドイツ帝国、大日本帝国の降伏。第一次世界大戦終戦。
1950 A.D~ (1950 a.t.b)
国力の回復を図るため、孤立主義を推進し内需の拡大に努め始める。
1973 A.D (1973 a.t.b)
現E.U.の前身であるE.C.発足。27人委員会の主導で、ヨーロッパ大陸にある国家群の運営方針が決議される。
1986 A.D (1986 a.t.b)
現皇帝シャルル陛下戴冠。
1992 A.D (1992 a.t.b)
欧州連合条約の締結、E.U.発足。40人委員会が組織される。
一応書きました。今後も加筆修正はしますが、評価、コメントなどで邪魔だとか、なくてもいいというコメントが多ければ内容は保存したうえで削除しようと思います。