凶狼に救いを授けるのは間違っているだろうか 作:ナイジェッル
私の心は『
お蔵入り予定だった短編なので、ちょっとした暇つぶしになれたら幸いです。
※この小説は原作、ソード・オラトリア8巻から物語が始まります。
多くのネタバレがありますので、ご注意ください。
迷宮都市オラリオ。その名の通り、巨大な地下迷宮を抱える都市の一つ。
その大地を穿ち、下層へと下る迷宮には数多の怪物が点在し、居を構えている。
多くの冒険者――怪物を狩り、『ダンジョン』を開拓する者達は皆、その
天空の超越者、神々もそこに住まい、冒険者に加護を与える。
富も、名声も、名誉も、全て、全てを求めることができる。まさに欲望渦巻く理想郷。
そして数年前、手負いの一匹狼がそのオラリオに訪れた。
名をベート・ローガ。かつて、【
誰よりも強さを求め、誰よりも愛する者達を護りたいと思いながらも、世界の
愛する者を失う度に心に大きな空白を作り、その哀しみを喰らい、成長し続ける自傷の獣。
その底なしの渇望と、絶望が入り混じり、人の形を成した愚者はすぐに新たな二つ名が与えられた。名誉と不名誉が入り混じった、狂い狼に。
【
敵を喰らい、味方をも虐げる、手負いの狼に相応しい称号だった。
『ダンジョン』が通商となり、それを主軸として今日まで不動の地位を築き上げてきた。
多くの神々が在籍しているのも、その潤いが尽きぬ証明。そして神の数だけ【ファミリア】があり、組織も乱立している。競争率が高いというのは、もはや言うまでもない。
その中で最も高名とされる最優の【ロキ・ファミリア】。
オラリオの頂点、オラリオ唯一のLv.7の冒険者を抱える最強の【フレイヤ・ファミリア】。
あの二つの【ファミリア】は別格中の別格だ。迷宮都市二大巨頭と言われ、どちらもLv.6クラスの冒険者を複数人抱える、化物揃いの連中が犇く異界そのもの。
特に【ロキ・ファミリア】は常に活発的に活動し、その度、大きな戦果を持ち帰っている。
ベート・ローガは、その【ロキ・ファミリア】に所属することとなった。
最初は弱小【ファミリア】の団長を務め、誰からも認められる武闘派【ファミリア】になるまで築き上げた功績を持つ彼だが、それも昔の話。とある経緯からその【ファミリア】を
今やLv.6の第一級冒険者である彼なのだが、その気性の荒さから問題児としてもよく上げられる。それでもベートは望むところだと、まるで更正する兆しすら見えない。
尤も、彼の主神であるロキはそんなベートを煙たがりはしなかった。彼の過去を知る者として、彼の矜持や独自の哲学を知る神として、ベート・ローガの生き様を認めているからだ。
「しかし、まぁ……これはまた派手にやったなぁ………」
赤髪が特徴的な女性、主神ロキはオラリオに存在する、とある森に訪れていた。
彼女は糸目の瞳を更に細めて、その森の惨状を見る。
木々は折れ、地面は穿たれ、大きなクレーターがあっちにもこっちにも。
巨大な岩は軒並み粉砕されており、そこには紅い血痕が生々しく残っていた。
ここは一匹の狼と、数多の暗殺者が争った現場だ。
……いや、訂正しよう。争ったのではない。一方的に殲滅された、惨殺された場であると。
死体は既にギルドが片付けたようで、この森には破壊後しか残されてないが、それだけでもこの悲惨さが見て取れる。恐らく、いや、確実に皆殺しにされたのだろう。あの【
数日前、【ロキ・ファミリア】は
ソレと、【ロキ・ファミリア】は激突した。そして、【ロキ・ファミリア】が多くの死傷者を出した。もはや敗北を喫したといっても過言ではない。あのオラリオ最強の【ファミリア】の一角として名を馳せた【ロキ・ファミリア】の大敗だ。さぞ
彼らの最終目的は
『ダンジョン』は壮大な
あのダンジョンから溢れ出るであろう怪物達を、神の加護を受けし冒険者達が絶え間なく駆除する。それを繰り返してきたからこそ、今の平和が成り立っている。
まさに安全装置と言える重要都市。その根幹を破壊し、世を混沌の戦乱期に陥れる。単純にして最悪の目標を、
その過程のなかで、【ロキ・ファミリア】は
まさに【ロキ・ファミリア】と
それにベートは巻き込まれた。
彼らが標的としていたアマゾネスの一人と共に行動していたからだ。
苛烈な暗殺者達の強襲から、ベートはその
その結果が
奴らは―――決して踏んではならぬ
大切な者を奪われる。失う。護れない。
大切な存在を奪われた喪失感は―――彼を蝕む癖に、強くさせる。
また護ることができなかったベートは暴走した。怒りのままに殺戮を行った。暗殺を専門とし、アマゾネス達を狙った【セクメト・ファミリア】は文字通り壊滅。今回の件に関わった暗殺者は、十数人規模だったと聞くが、その全てをベートは狩り尽くした。
慈悲も、許しも、何もない。ただ明確な死だけを届けに、【
この血生臭い森も、彼の怒りの一端でしかない。最も彼を激高させた場所が、更に奥地にある。
その場所を知っている者はベート本人と、あともう一人しかいない。
「アイズたんアイズたん、道案内頼むでー」
「……うん」
ロキはベートを追跡し、この殺戮を目にしたであろう【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに案内役を頼んでいた。元々、この世界では神々は非力な存在だ。
「こっち」
彼女は言われた通りに己の主神を案内する。しかしその表情は、あまり良いものではなかった。
それもそうだろうと、ロキは思う。きっと彼女は初めてだったはずだ。あのベート・ローガの本当の強さを直接目にしたのは。あのティオネ、ティオナたちでさえ【
そして何よりも、決してアレは、あの強さは、気持ちの良いものではない。傷つけ、傷つけられて、その末で強くなるという破滅の刃。歪んだ力そのものなのだから。
「ロキ、ついたよ」
アイズが連れてきた場所は、地面に途方もない大穴が開いていた。
その周囲を見渡すと、この周辺の木々全てが炭化しているではないか。
余波だけでこの有様か。いったいどれだけの熱量が開放されれば、こんなことになる?
ガレスから色々と話を聞いていたが、まさかこれほどのものとは。
「この穴の下に大規模な地下空間があった。そこで、ベートさんは『
「地下空間て……やっぱりこれ、地下から爆炎一つで全て吹き飛ばしたんかい」
アイズは無言で頷いた。
「こんなもんを人間相手に使うなんてなぁ。ほんと、キレたベートは容赦ないなぁ」
ダンジョンの階層主にでさえオーバーキルだろうに、それを人間相手に使えばどうなるか。
少なくとも、真っ当な最期は送れない。血液も、骨も、何もかも蒸発してしまう。魂までも燃やし尽くさんと言わんばかりの怒りがその『魔法』に籠められていたことだろう。
呆れた執念やとロキは呟き、改めて地面にぽっかり空いた大穴を見据える。
「さて、これだけの惨状や。とても『鍵』の手がかりが残っているとは思えんが、念には念を入れて探索してみよか」
わざわざロキがこの場所まで来たのにも理由がある。勿論ベートがどれだけ暴れたか、彼の主神として責任を持って目に焼付けに来たのもあるが、本命は『鍵』に関する手がかりの捜索だ。
なにせベートが焼き殺した人間の一人に、
本来なら生け捕りにして尋問した方が確実であったのだろうが、あのブチ切れ状態のベートにそんなことが出来るはずもなし。案の定「『鍵』の在り処? 情報? 知るか、くたばりやがれ!!」で殺してしまっている。
まぁ何もかも終わってしまったことなので致し方ない。全てを承知の上で、団長のフィンも、主神のロキも、ベート・ローガを止めなかったのだから。
取り合えずロキはアイズにおんぶして貰って、その大穴のなかを降りてみた。
地下は未だに人肉が焼け焦げた異臭が残っており、ここで多くの人間が盛大に燃えたことが嫌でも理解できた。あまり長居しても、身体に良くないのは明らかだ。
「ん~………んん~…………」
そこからアイズと手分けして辺りを虱潰しに漁ってはみるのだが、全くと言っていいほど何も出ない。というか何もない。あるのは既に発動が終えた魔法陣やら、瓦礫やら、そして
「ま、元々望み薄で着たわけやしなぁ」
何もないと分かった以上、ここに長居する理由もない。
「アイズたん。せっかく付き合ってもらったのにごめんなぁ。これ以上探してもないみたいやし、そろそろ――」
「ねぇ……ロキ。一つ、聞いてもいい?」
口数がいつもより倍少ないアイズは、ロキの声を遮ってまでして、彼女に質問をした。
神に対してあまりにも無作法な対応だが、それにロキは笑みを浮かべて頷いた。
「ここまで付き合ってくれたお礼や。なんでも聞きぃ」
「……ベートさんは、『魔力』のステイタスを全く鍛えていないの?」
アイズは見た。ベートの『魔法』の禍々しいまでの輝きを。
アイズは視た。あの常軌を逸した【ハティ】の底知れなさを。
それでもベートが『魔法』を多様したところなんて、これまで目撃したことがなかった。
彼はいつも白兵戦を行い、前線で共に戦ってきたのだ。それでも、ベートが『魔法』を使う姿を目撃したのは、
「ベートは『わざわざ使わねぇモンに、労力を割くほど暇じぇねェ』とか言って、まったく鍛えとらんかった。一切、合切……な」
神の恩恵、ステイタスのアップ。
それは攻撃をすれば力のステイタス、防御をすれば耐久のステイタスが向上するという仕組みとなっている。つまり、扱わなければ鍛えられることはない。それは『魔力』も同じことだ。常日頃から『魔法』を使わなければ『魔力』のステイタスを上げることはできない。
「せやから、ベートは『魔力』をこれっぽっちも、最初の頃からちょびぃっと上がったくらいで、ぶっちゃけ言って初期の頃から変動してないにも等しいところやな」
「それでも………」
「ふむふむ。アイズたんの言いたいことは分かる。つまり『全く鍛えていない状態でこれほどの力を発揮できるのなら、ちゃんと鍛えればもっと強くなれるはずなのに、どうしてベートはしないの?』……と、不思議に思っとるんやろ?」
ロキの言葉に、アイズはこくりと頷いた。
これほどの力。きちんと鍛え上げれば、もっと強くなれる。
ベートが常日頃から強くなろうとしていることは知っている。自分と同じように、毎日新しい一歩を踏み出そうと足掻いている。なら、どうして彼はこの力を持て余しているのか。それが分からなかった。
「ベートの『魔法』を知ったラウルの奴も同じようなことを言いよったよ」
ベートの『
『魔法』を扱う者、『魔剣』を扱う者、そもそも『魔力』を帯びた代物を全て無力化し、己の力に変換する時点で滅茶苦茶にも程がある。『魔法陣』『結界』ですら例外なく喰われるのだから、こと『魔力』関係において無類のアドバンテージが付与される。
それを主軸に、少なくとも補助として扱い、鍛えれば今のベートは格段に強くなる。もしかしたら『魔法』を扱う才能もあるのかもしれない。何にしても成長できる可能性の拡張性が大幅に広がることはまず間違いないだろう。
「ただ、好かんのや。あの『魔法』は、ベートの牙を暴き立てる。ベートの持つ心の傷を、ベート本人が直視してしまう。だから、あの狼は滅多に使わない。鍛えようともしない」
故に、ベートはその破格の『魔法』を己の手で封印している。
「アイズたんは、ベートがあの『魔法』を使役して、戦う姿を見て何を感じた?」
「………」
「力強く見えたか? 美しく見えたか?」
ロキに問われ、思い返すはこの場で強大な焔をその身に宿し、月に吠えるベートの後ろ姿。
圧倒的な力を振りかざし、圧巻とも言える勝利をその手に掴んだ男の背中。
いつもなら、歓喜に震えているだろう【
「―――凄く、悲しく見えた」
雄雄しく、猛々しい慟哭を響かせる【
勝利の余韻に浸ることもなく、復讐を完遂したことに、満足するでもない。
あの時のベート・ローガは罪人のようだった。四肢を己の炎で焼き焦がし、責めているようにすら感じた。まるで、自分の牙で、自分を抉るように。
「そう、アレはベート自身を傷つける。まさに古傷そのものや。牙なんて大層なもんやない」
どれだけ強力であろうと。どれだけ素晴らしい『魔法』であろうと。その力が増せば増すほど、ベート・ローガは己を傷つける。
大切な者を失い、自分さえ傷つき、その果てに得る力は悪魔の契約のようなもの。
【ロキ・ファミリア】の仲間に、一人の少女に刃を突き立てた暗殺者共を殺しに向かうベートを、ロキは見送った。あの土砂降りの雨の中、頬に刻まれた彼の
『悲しいなぁ』
『そうやって、またベートは強くなってしまうんやなぁ』
真正面から【
こんな方法で強くなってほしくはなかった。でも、彼は、強くなってしまう。これまでも、これからも、きっとベートは大切な者を失う度に強くなる。その強さの先に何が待ち受けているのか、何が残るかは、神だけではなくベート本人も分かっていることだろうに。それでも止まることを知らない、憐れで愛おしい
「よりにもよって、あんなもんが発現するなんてなぁ。いやー、神様ってもんは大概がロクデナシや。人格者なんて、そうおらへんね」
あんな『魔法』をベートに授けた天の主は、さぞ残酷な性格をしているとロキは言う。
辛い運命、過酷なものをバーゲンセールの如くベートに見舞う。
まぁそれを乗り越えてきたからこその【
「なら、ロキもロクデナシ?」
「あはは、そらもうロクデナシもロクデナシよ? アイズたんは知らんかったん?」
「うん」
「またまた冗談よしこさん」
ロキは茶目っ気たっぷりで言うが、わりと本気で言っている。何せ、もう既にロキはベートに対して酷い行いをしてしまったのだから。恐らく今日中に、そのロクデナシっぷりがベートを襲うだろう。
「さーて。そんじゃ帰ろか。そろそろ私のプレゼントがベートに届く頃やし」
「プレゼント?」
「せやで。ロクデナシの神様からの、とびっきりのプレゼント。そらもう、あのベートも泣いて喜ぶ一生に一度の贈り物や」
クックックと笑うロキに、終始アイズは頭に?マークを浮かべていた。
唯一 理解したのは、きっとベートはこれから酷い目に遭う。ただそれだけだった。
この世界はどうしようもなく残酷だ。弱き者は強き者に何をされても文句は言えない。弱いままでは奪われ、犯され、失う。嘆いても、憂いても、その立場は好転するなど断じてない。それがベート・ローガが見てきた世界だった。
ベートを可愛がり、また厳しく育てた両親も、
ベートが護るべき者と定めた一人の妹も、
ベートの家族になるかもしれなかった幼馴染も、
ベートを愛し、またベートも愛そうと思った恋人も、
ベートに憧れ、恋をしていた【ロキ・ファミリア】の少女も、
皆―――呆気なく死んだ。
何のことはない。彼らが弱かったからだ。弱かったから、強者に、群れに、殺された。
無残にも喰い散らかされ、嬲られ、蹂躙され、生きる権利を剥奪された。
弱者は抗えない。弱者は死と常に隣り合わせだ。弱者は愛だのなんだのでは護れない。
弱者である限り、自然の摂理に抗える術はない。
ならばどうするべきか。どうあるべきかなど……愚問に等しい。
弱者は、その器を蹴り破らなければならない。命を晒す冒険者ならば尚更だ。
死にたくなければ。殺されたくなければ。奪われたくなければ、強くなれ。
努力したところで皆が皆、アイズやフィンのようになれないことなど百も承知。
それでもべートは弱き者を許さない。我が儘だと、余計なお世話だと言われても構わない。
強くなれないのなら、潔く冒険者など止めてしまえ。
死んでしまう前に、足を洗え。
傷をこさえ、悲しむより、死ぬ方が良いなんて認めない。
己が弱さを喚き散らす暇があれば、その弱き己を見つめ磨き上げろ。
だからこそ、ベート・ローガは常に弱き冒険者を嘲笑う。虚仮にする。
それが嫌なら、咆哮して魅せろ。悔しいと思うなら、見返して魅せろ。
何も言い返さず、見返そうとも思わん腰抜けは一生そのままだ。もはや害悪だ。
強くなる奴は、強くなれる奴は、罵詈雑言如きでは止まらない。
【
【
【
そう、あのクソ生意気な仔兎のように―――。
「今日も逢いたかったよ、ベート・ローガァァァァァ!!」
否、否だ。
弱者の咆哮と確かに言った。強くなる奴は自身の暴言如きでは止まらないとも確かに言った。
だが、奇声を上げながら此方に突っ込んでくるアイツだけは明らかに毛色が違う。
「また懲りずにきやがったか」
酒場で飯を食いながら、今日もヘラヘラと笑う弱者達に苛立ちを積もらせていたベートの元に、何の躊躇いもなく飛び掛かってきた一人の少女。
肌は艶かしい褐色にマセタ民族衣装。極めつけに、発情した獣の如き瞳。
アマゾネス―――高い白兵戦能力を兼ね備えた一族の娘だ。
暗殺者から護れず、死んだと思っていた女は今日もこうしてベートを求め、追いかけてくる。
なんであの時、己はあれほど毛嫌いしていた『魔法』を解禁してまで、彼女に報いろうと思ってしまったのか。今ではもはや人生の汚点の一つだ。
「いい加減……」
何より、何気なく彼女の性癖に慣れてきた己にも嫌気が差す。こう何度も何度も付き纏われては嫌でも慣れてしまうものだが、それでも許せない。
「しつけェんだよッ!!」
激昂し、怒声を上げながら放たれるは【
怒りに任せた一撃などタイミングがズレて外すものだが、それは弱者の理論だ。
ベート・ローガは例え怒り心頭、周りが見えていない状態でも、一撃だけはきっちり抑え、的確に放つ。そうでもなければ、上級冒険者など務まらない。
そう、その筈なのだが―――
「………!」
いつもの日課の如く、アマゾネスの少女、レナがベートの蹴りを腹に喰らい、店内の壁まで吹っ飛ばされる……はずだった。
しかし、直撃するはずの回し蹴りを彼女は紙一重で回避した。これに店内の客も驚いていた。
なにせ今まであのレナがベートの攻撃を回避できた試しなどない。いつもいつも、何の抵抗もなく吹っ飛ばされるのがオチだった。だからこそ、周りの客はさり気なく机の下に隠れるなり、避難するなりしていたのだが、まさかの展開にざわめき立っている。
そして誰よりも、ベートが静かに驚いていた。あれほど怒っていた表情も霧散し、今や真顔になってレナを見つめている。何が起きたか、どうして回避できたのかを本気で考えているからだ。
”こいつ。まさか―――”
伊達に第一級冒険者を務めているわけではないベートは、すぐにその答えに辿り着いた。
レナはというと、まだかまだかとニヤついた表情でベートの口が開くのを待ってる。この期待に応えてやるのは少々癪だが、仮にも己の蹴りを回避されたのだから、此方も問わなければならないだろう。
「テメェ……ランクアップしやがったな?」
「うん!!」
即答である。目が焼けるほど明るく、満面の笑みで応えやがって。
「以前のテメェはLv.2……確かに俺はそのレベル相応の動きに合わせて蹴りを放った。加減はしていたとしても、Lv.2程度の雑魚が回避できるわけがねぇ」
何十回もの蹴りをレナに叩き込んだ経験から、この女はどの程度の速度なら回避できるか否かを否応にも理解してしまったベートは、ある一定の力加減で蹴りを放ち続けていた。
今回も例外ではなく、Lv.2のレナでは絶対に回避できない力で対応した。
それが外された。外したとなると、答えは明確だ。此方の調整に間違いがなく、レナが紙一重とはいえ回避できるまでになったということは、ランクアップ以外に有り得ない。
「褒めて、ねぇ褒めてよベート・ローガ! 私、強くなったんだよ! これでベートのお嫁さんにしてくれるよね!? ねーねーねー!」
「うぜぇ。うるせぇ。ありえねェ。死ね」
「ひどい!?」
「何が酷いだクソアマゾネス。たかがLv.3程度になったからって浮かれてんじゃねぇぞ。まだまだテメェは雑魚だ。クソ雑魚のまんまだ。俺に見合う女はな、そんなことで一喜一憂なんてしねェんだよ。ソレで満足するんならその程度の玉だ。出直してきやがれ。いや、てかもう来るな」
ベートはいつものように、弱者を罵る。飴などやらん。コイツには、罵倒一つで十分だ。
どうせレナは諦めない。折れもしない。その狂った執着だけは、ベートが認めている彼女の長所だった。いや短所でもあるのだが、今回だけは長所として捉えてやろうと思えた。
何せ、どんな形であれ、レナは強くなった。弱者から強者へと変わろうとしているのだから。
「ちぇ…まだまだお嫁さんの道のりは険しく遠いなぁ」
「なら諦めろ」
「いや!」
「そう言い張るならブーブー文句垂れてねェで腕を磨きやがれ」
大きな溜息を吐いて、ベートは元いた席に戻り、酒盛りを改めて再開した。
しかしそれを大人しく見ていることも、去ることもできないのがレナという娘だ。
彼女は堂々とベートの真横の席に座った。あの【
「ねぇベート」
「今度はなんだ……」
怒る気力も無くなったのか、最初の勢いが失われつつあるベート。
この酒場の店主も、常連客も、心の内で「アイツ、ちょっとは丸くなったよなぁ」と呟いた。
しかしその評価が致命的な過ちであると、すぐにその場にいる皆が悟ることとなった。
「私――――【ロキ・ファミリア】に改宗したから!」
刹那、酒場の会場が跡形もなく吹き飛んだ。
鬱憤が溜めに溜め込まれたベートの堪忍袋が、盛大にぶち切れる音と共に。
神であるロキがべート・ローガに与えた
それは『魔法』のように強力なものではない。『魔剣』のような高価な物でもない。
愚直で、素直で、それでいて傷つき強くなる【
手負いの狼は傷だらけ。その傷を癒す者は誰もいない。皆、ベートを置いて先に旅立った。
だから、これが四度目の正直だ。
レナ・タリー。
純粋無垢なる
あの【
彼女が凶刃により傷つき、倒れた際、『
どうかあの憐れで、儚い、灰狼の傍にいてやってほしい。
レナ自身も強くなり、そして彼を護ってやってほしい。
もう、愛おしい
一体の
ベート・ローガ、大好きです。
ダンまちのなかで最も応援している冒険者ですね。
彼の罵詈雑言は、叱咤激励。
誰も彼もが強者になれないと理解していながらも、言わずにはいられない我が儘。
良い奴ではなく、悪い奴でもない。ただ弱者を見捨てられない、そんな不器用な男。
拗らせすぎてツンデレどころの話じゃないですねぇ……だけど、そういうところも含めて好きになってしまったんだから是非もないネ!
追記 短編→続編に改修。
ただ不定期で限りなく不安定な更新速度になると思いますのでどうか御容赦を。