凶狼に救いを授けるのは間違っているだろうか 作:ナイジェッル
これだけは言わせてくれ。
アニメ出演、おめでとうゥ!!
「………本当に効くんだろうな……コイツァ」
ベート・ローガは自室にてテーブルに置かれたポーションをジト目で見つめている。それもかれこれ一時間ほど。彼にしては珍しい。何かに対して悩み、動かず、熟考するなどベートらしくもない。時間は有限であるが故に、1秒でも無駄にせず力に変えようとするのがこの狼だ。そんなことは誰よりもベート自身が理解している。しているのだが、今回ばかりは即決からの行動に移せないでいた。
前回のデバフポーションは怯まずに行けたのだが、コレばかりは流石の【
「あのクソジジイを信用してないってわけでもないが………」
このポーションを購入したのは自分だ。効果も分かっている。殆ど眉唾モノの存在と知られていたポーションを、もしかしたらあの店主なら持っているのではないかと思い、半ば半信半疑で注文したもの。それが翌日に届いた。
「(まさか本当に存在しているとは)」
もしこれが本物であれば、それこそ女性が血眼になって得ようとするものだ。それは確信できるとベートは思う。しかしそれは俗な使用理由である。今からベートがこのポーションを飲む理由には該当しない。
「…………」
これはレナ・タリーを育てる為に必要なリスク。実質的に己の肉体を賭けに出しているようなものだ。というかなぜ俺がこんなことをと何度思ったか分からない。
「………はぁ」
その溜息を最後に、ベートは乱暴に手に取り、一気にポーションを飲み干した。それは覚悟を賭した男の行動に他ならない。半ば自暴自棄も含まれているが、ポーション如きにどうにかなるほどやわな生き方はしてないと自分に言い聞かせて。
ベートは飲み切ったポーションを力強くテーブルに叩きつける。効果など、嫌になるほど早く出た。
「(ルォ……体、がッ………!!)」
感じる。己の肉体が急激な勢いで弱まっていっていることに。幾度となく傷つき、傷つけてきた筋繊維が収縮している瞬間を。骨格が歪み、臓器が撓み、本来あるべき姿から遠のくーーー否、逆光していくのを感じる。
「ガァ……ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
狼の遠吠えは、仮住まいしている宿全てに響き渡った。無論、隣の部屋で休息しているレナの耳に届かぬ筈もない。すぐにドタドタと煩い足音を響かせながらベートの部屋に近づくレナの気配。しかしベートはそれに対応できるほど余裕はなかった。あるはずがなかった。今の彼は、自分自身の異常を収めるだけでも精一杯なのだから。
「どうしたの!? ベート・ロー………」
いつものおふざけとは違う、愛しい男の叫びに血相を変えて飛び込んできたレナ・タリー。脳内が常にお花畑かと思わせる幼いアマゾネスでも流石に非常時では適切な反応を怠ることはない。そこは及第点と言える。
しかし、その叫びを発したベートの姿を見たレナは思考を一瞬にして停止させた。目を見開き、口を大きく開け、まるで信じられないものを見ているかのようなリアクションをしたまま固まっている。
「この薬、効き目がエグすぎんだろクソッタレ………」
「べ、べべべべべ」
鍛え上げられた強靭な筋肉はまるで見る影もなく、それはまるで少年のか細い体。
幾千もの戦いに明け暮れた傷は消え失せ、それはまるで宝石のような純白な肌。
まるでこれが誉れだと言わんばかりにピコピコと動くは小さく可愛らしい獣耳。
「ベート・ローガが………」
「アン?」
「小さくなってる可愛いいいいいいいい!!」
年齢はおそらくリトルルーキーくらいだろうか。しかし身長はあの小柄で有名なリトルルーキーよりも一回り小さく、あの整った顔立ちの青年は若き少年へと形を変えていた。
レナは目を輝かせてベートに向かって大きく跳ねた。その姿は例えるなら宝に向かってダイブする古の怪盗の如く。なぜベートが小さく事態になっているかなど二の次だと言わんばかりの本能的行動。
しかしレナは失念していた。あのような少年の姿に変わり果てていようとも、今レナが跳びつこうとしているのはーーーーー【
「ヘッ、丁度いいぜバカゾネス!」
勢いだけで飛び込んでくるレナの腕を払い、その勢いを殺さずに受け流す。ただそれだけでいい。馬鹿正直に受け止めることも迎撃することなく、相手の力を利用すればそれで事足りる。
「そゥら!!」
「ほあああああああああ!?」
華麗に決まった巴投げ。放り投げられたレナの行き先はお約束の宿の外に繋がる窓である。それはもう盛大にガラスが割れ、大きな音を立ててレナ・タリーは場外に弾き出された。それはもはや何も思うこともない、いつも通りの日課であった。
…………
………
……
…
場所は移り、
しかし、今回はいつもと違う。あの屈強な肉体を持つベートは見る影もなく、物理的に縮み、あれほどの体格差があったにもかかわらず、今ではその体格差も逆転してレナの方が大きい。
「あ、あのー……ベート・ローガ………その姿は、どうしたの?」
宿屋の二階から放り投げられてようやく冷静さを取り戻したレナは遂にその質問を口にする。だって朝起きたらあの大男が小さい少年になってましたとか奇天烈な事件にも程があるというもの。いくらレナでもそれをスルーし続けることはできない。いったい彼に何があったというのか。
「自分で縮んだ」
「は?」
「ポーションを飲んで、自分でやったんだ。二度言わせんな」
彼はカラになった瓶をレナに見せた。ベートの言っていることが本当なら、それは秘中の秘薬である若返りの薬。金貨1000枚に値する伝説のマジックアイテム。日頃から老いに悩む女性に見せたら喉から手が出るほどの代物であるのは間違いない。いったい何処からそのようなアイテムをベートが入手したのか。
いや、違う。問題なのはそこではない。一番知らなければならない要点は別にある。
「若返った理由は?」
ベートは若さに渇望する男ではない。むしろ今から成長することを望んでいる雄だ。自ら弱かったであろう少年時代にまで肉体を若返らせる行為自体が彼の生き方に反する行い。おおよそベート・ローガという男に似合わないものなのだから。そんなことは誰よりもレナが一番実感している。
「テメーをもう一段階、成長させる為に必要なことだった。それだけだ」
レナの問いにベートがあっけらかんに答える。
「私の……ため?」
不思議とレナは自分の胸が熱くなったのを感じる。
「テメェは身長もろくにねぇちっちぇ女だ。人間同士の戦いとなれば、基本的に自分よりも体格の良い相手と戦うことになる」
「うっ」
「そうなれば、想定するべきは己よりもデケェ奴を相手に立ち回れる戦い方だ」
「常日頃からベートが言ってることだよね」
ベートがレナを育てる上で力を入れていること。それが格上との戦闘で生き残る術である。自分よりも格下と戦うだけならば鍛える必要はない。最低限の基礎だけを叩き込み、油断しないよう仕上げるのみ。しかし現実はそう甘くはない。自分よりも強く、大きく、そして圧倒的なまでの戦力差で戦わなければならないことが常にある。
「自分よりでけぇ奴、自分よりLv.がたけぇ奴。この二重苦ははっきり言って絶望的だ。だがな、分かってるなバカゾネス?」
「『力の差があって嘆いたところで抗わなけりゃあ死ぬだけ』、だね!」
「そうだ。実力差なんぞ言い訳にしかならねぇ。だからこそ、これまでソレを軸にしたやり方をお前に叩き込んできた。わざわざ
なにも必ず勝つ必要はない。元よりLv.が一つ違えば大人と子供の力の差が生じる。戦士としての駆け引きができるならばまだしも、まだ対人経験も戦闘経験も浅いレナにそれを望むのは酷だということはベートでも分かる。故に勝つのではなく生き残る術を重点的に磨き上げてきた。
「バカゾネス。お前は愚図だが、筋はいい。そこは認めてやる。本当にLv.6になっちまえるんじゃねぇかって素質が、お前にはあるんだろうよ」
「え!?」
それは数少ない、【
「だから、バカゾネス。ここまで俺を認めさせたんだ。今更、失望させてくれるなよ?」
少年体となったベートは静かにレナに向けて圧を発した。それだけではない。殺気の籠った眼光、殺意の詰まった威圧感。今まで感じたことのない、ベート・ローガが獲物を刈り取る際のシグナルをこの場でレナにぶつけてきたのだ。
「………え?」
レナは、震えた。これまでベートを怖がったことなどなかった。どんなに罵倒されようが、殴られようが、まったく意に返さなかった女が、一歩後退ったのだ。それは本能に近い。今まで手加減してくれていたベートはもういない。この少年は、本気でレナを殺す気だ。
「何を怯えていやがる。今の俺は、お前より小せぇぞ。それだけじゃねぇ。Lv.も今や6どころか、Lv.2相当。身体能力においてLv.3の冒険者に劣っている雑魚だ」
一歩、また一歩。ベートは歩を進める。ゆっくりとレナの元まで近づいていく。
「格下相手に億す強者がどこにいる。なぁ、おい」
ベートの言っていることは本当だ。今のベートはLv.2の冒険者レベルにまで力を落としている。恐らくあのデメリット満載のポーションをバカみたいに飲んだのだろう。いくら元に戻るとはいえ、Lv.6にまで上り詰めた第一級冒険者が、そこまでするなど正気ではない。いや、正気ではないことを承知でベートは行動に移したのだ。
今から始めるこの殺し合いは、弱者が強者との断絶したレベル差を覆す為の手段を教える手っ取り早い方法。どうすれば自分よりLv.が高く、体格も上の相手に立ち回れるかをベート本人が直々に実演する為の儀式。
ついに、小さき狼が有効打撃範囲にまで侵入してきた。いつでも殺し合いが始められる、二人の距離。拳を出せば当たる、刃を振るえば切り刻める。そのラインの上に少年と少女は立っている。
空気が重々しい。たまらずレナ・タリーは頬から一滴の汗を滴らせる。
「一時間後にてめぇが生きていたら、この修業は終わりだ」
弱い存在にまで堕ちたハズの冒険者は、どこまでも強者然としていた。
レナは、再度震えた。先ほどのような怖気づいたが故の恐怖からではない。今この瞬間、心の底から好きな男がここまでしてくれたこの日に、歓喜したからこその武者震い。本当に今日死んでもいいと思えるほど、幸せな一日だ。そして確信する。この試練を超えた先に、レナ・タリーはベートが求める強者に一歩近づくのだと。
「行くぞ――――
今までバカゾネスと呼称していた男が、この死合を前にして、はっきりと彼女を名前で呼んだ。
それは彼なりの誠意。彼なりの優しさ。一人の男として、レナ・タリーを曲がりなりにも冒険者の端くれと見なした。
レナはベートに名前で呼ばれたことに対して浮かれることなく、頷いた。そして力強く愛刀の
この高揚感、幸せの末ならば刺し違えてもいい。いや、それではダメだ。生き残るんだ。生き残って、もっともっとベートに認めてもらうんだ。
ドクンッ―――。
彼女の力の源。成長を著しく活性化させるスキルが、背中が、最高潮の熱さを灯した。
本物の殺気に恐怖がないといえばウソになるが、今はこの灯火を胸に賭して挑める。試練を乗り越えるのだ。
「行きます……ベート・ローガッ!!」
冒険者が休息に集う憩いの
ソード・オラトリア12巻
ベート&レナの活躍を肴に誰かと語り合いたい人生だった