凶狼に救いを授けるのは間違っているだろうか   作:ナイジェッル

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十一傷:破るべき限界

 今のベート・ローガは弱い。なにせレナよりも小さく、レナよりもレベルが低いのだ。真っ向から戦えば勝てない道理などない。

 手足が短くなるというのはそれだけで致命的だ。今まで培ってきた戦闘勘すら鈍らせる。

 視点が低くなるということはそれだけで調子を狂わせるものだ。何故なら今まで慣れ親しんだ世界が一気に変わるのだから。

 筋力低下。魔力低下。何より【ステイタス】の低下。

 どれをとってもレナの方が有利になるようにお膳立てしてくれた。

 勝たなければならない。勝って当たり前の戦いだ。

 

 そんな風に、思っていた。

 

 だけど、違う。違うのだ。そのようなものは勘違い。

 否、ただの慢心。増長。過ち。

 【ステイタス】で勝っているから勝たなければならない?

 今はレナの方が冒険者として有利になっているから勝利して当たり前?

 寝言は寝て死ねと、ベートは言うだろう。

 何が、何が有利か。何が勝って当然か。

 そのような幻想を持てるほど、自分は強かったか。

 違うだろう、単なる弱者の一人でしかないはずだ。

 

「ぐ……あァ……っ」

 

 大地に膝をつき、蹲っているのはベートではなく、レナだ。

 能力数値はレナの方が高く、そして耐久力も当然格下の攻撃など微力程度にしか伝わらないはず。痛み自体が緩和されるものなのだが、現実における結果はコレだ。確かな痛みが打撃痕に残り、呼吸を乱す。涙目になるほどの鈍痛が確かに伝わってくる。

 

「なに跪いてやがる、バカゾネス!!」

 

 蹲るレナを黙って眺めるベートではない。

 高く跳躍した子供姿のベートは、重力に従い落下。踵落としをレナの頭を叩き潰す為に容赦なく振り下ろす。そのまま喰らえば割れた西瓜のように脳髄が潰される本気の一撃。

 生物としての本能。レナは痛みをシャットダウンして回避行動を取った。寸止めなんて生易しいことを今のベートは絶対にしないと確信しているが故に。

 ギリギリのところで回避したが、ベートの踵落としはレナの頭があった地面を容易く粉砕した。もし直撃すれば、即死。誰が見てもだ。

 

「なんだなんだその体たらくはァ! これまで何を学んできやがったァッ!」

 

 ベートの猛攻は止まらない。いや、更に加速を続けている。

 怒り。憤り。

 誰でもない、レナを知り、レナを見てきた男だからこそ噴気する。

 

「俺を見ろ! 俺が何をして、何を考え、何を思って動いているかを目に刻め!!」

 

 ベートは吠える。戦い方を、筋肉の動きを、小さき者の戦い方を実演している。

 レナは小さく、か細い。これから先、格上の相手と戦うことが殆どになるだろう。自分より遥かに弱い相手と戦って勝ったところで何の意味も生まれない。いや生まれる時もあるのだろうが、少なくとも今のレナには不要なものだ。

 今のレナに一番必要なものは、生き残る術だ。格上を相手にした場合どうする。体格で勝る相手に挑まれた時はどうする。【ステイタス】の差がある相手を前にしたら、どう動き、考えるのかを理解しなければならない。

 しかし、それは本来のベートでは完璧に教えることはできない。強者が弱者のふりをして教えたところで付け焼刃もいいところ。弱者の戦い方は弱者でなければ務まらない。それがベート・ローガの考えだった。

 【ステイタス】を抑え、肉体を縮め、幼少期にまで遡らせる秘薬。アレを飲み、一時的に本当の弱者になることによりベートはより確実に教えることを選んだ。弱者の幼少期のベートが、格上のレナを相手にどういった対応をするのか。それを実演で教える最適解。

 この際、弱き者に戻るのは目を瞑ろう。恥を飲み込み、全てはレナの為にと思えばこそ。だからこそ、レナもレナでベートの覚悟に報いる形で成長を見せなければならない。

 

「おらァ!!」

 

 それでも、強い。ベートは容赦なくレナの渠に拳を叩き込んだ。

 自分より小さい敵。小さいが故に、小回りが利く。小さいが故に、懐に入られやすい。

 体躯の差は埋めようのないバットステータスだと思っていた。小さきものはそれだけで不利なのだと思っていた。しかし、それがどうだ。ベートはその体格の差をフォローして余りある戦い方を披露している。【ステイタス】差を最大限埋める工夫を凝らしてきている。たかがその程度の要素で勝敗が決するなどあり得ないと体に叩き込んでくる。

 

「このォッ!!!」

 

 レナはベートの左腕を掴み、握りしめた。今のベートとレナであればレナの方が腕力が勝っている。

 一度掴めば、こちらのものだ。手加減もしている余裕はない、このまま組み伏せる!

 

「力任せが過ぎるっつってんだよ」

「!?」

 

 ベートはその力任せな組み伏せを力で対抗するのではなく、柳のように受け流し、敢えて体勢を崩すことによりベートを無理やり組み伏せようとしていたレナの体も釣られて崩れる。その一瞬の隙に今度はベートが自由が効く右手でレナの頭を掴みそのまま地面に叩き込んだ。

 

 「ごっ!?」

 

 自分の力が何倍にもなって帰ってきた。そんな感覚だ。

 これは己の知る剛の技ではない。力をいなす柔の技。

 一瞬で気を失いかけるが、なんとか堪える。

 

 「力で勝る奴が力で劣る敵を前にした時。大抵の雑魚は力技で相手を捻じ伏せようとする。分かるか、それが慢心って奴だ。強者のふりをした雑魚がしてくる基本行動なんだよ」

 

 そうだ。ベートの言う通り、レナは弱体化した今のベートの腕を掴んだ時、確信した。このまま能力差にものを言わせて捻じ伏せれば勝負はつくのだと。力で、体格で劣る相手を有無を言わさず組み伏せれるものだと思っていた。

 それがこのザマだ。自分の力を良いように利用され、あまつさえその威力を何倍にもして返された。

 

 「(そっか……これが、弱い者が格上に食らいつく技術……!!)」

 

 相手の力を利用しろ。自分に至らぬところを相手の力で補完する。

 【足りないのなら奪え】

 シンプルだ。冴え渡るベートの技術の奥底にある理念は、その高度な技術と比べて遥かに単純。合理性から生まれる荒っぽくも計算された極地。

 話を聞いて分かっている気がしていた自分は、実際何も分かっちゃいなかった。こんな技術を、聞いただけで十全に理解できるなど烏滸がましいにも程がある。

 

 「………」

 

 叩きつけられた顔を上げながら、レナはゆらりと立ち上がる。

 

 「ほう……ちったぁマシな顔つきになった」

 

 先程までの我武者羅と言わんばかりに何も考えず突貫してきた時とは違う。さっきまでのレナの目はまさしく何も考えず行き当たりばったりの力任せしか頭に入っていなかった。ベートは何よりそれに腹を立て、怒りもした。

 もしこの時、立ち上がってなおその姿勢が見られるようであれば今度こそチャンスを与えることなく叩きのめす。そう決めていたのだが、どうやら保留になりそうだ。

 

 「どうした。そのまま突っ立っても……!」

 

 ベートが喋っている最中にレナは動いた。今までベートの言葉を遮ることなく耳にしていたあの忠犬みたいなアマゾネスが、不意を突くように動いたのだ。

 悪くない。この場においてようやく遊びが無くなった。しかし相変わらず正面からの突進。例え遊びが無くなったとしても芸もなければ意味もない。無策に突貫する者は愚者だけだ。戦場において勇敢と思われる行動は得てして蛮勇の履き違えである。

 レナは再びベートの身体に手を伸ばそうとしているが、また組み伏せようというのか。何度やっても同じこと。技量が未だ未熟なレナが、幼少期の頃から対人、対獣の鍛錬を積んできたベートに敵うわけがない。そんなことは幾らレナでも気付くものだが、いったい何を狙っている?

 

 「構わねぇ、もう一度その体に叩き込んでやらぁ!」

 

 ベートはレナの腕を掴み、同じように叩き潰そうとした。

 

 「ッ―――!?」

 

 レナは一瞬だけ魔力を腕に籠め、ベートの掴みを振り払った。下手に力を入れるのではなく、緩急を活かした魔力操作。そして今までに無かった不意をついた対応。

 その上、この娘……!

 

 「はぁぁぁぁぁ!!」

 

 ベートの手を振り払った際、若干態勢を崩した体を無理やり起こし、更にベートの足を横薙ぎで蹴り飛ばした。

 たったあの一瞬でここまでの動きをするとは。

 スキル云々の力ではなく、レナ本人が持つ学習能力の高さが伺える。

 為されるがままに宙に浮かされたベート。本来の身体ならばびくともしない蹴りだが、力も体もレナより弱いよう調整されているこの状態では致命的。

 

 「はいやァ!!」

 

 レナは追撃の踵落としをベートの胴体にぶち込んだ。

 先ほど見せたベートの踵落とし。その真似を、この娘はやってのけた。

 

 「ッ!!」

 

 受け身を取る暇もなく地面に叩きつけられ、流石のベートも息を漏らした。

 これは確実に命を絶つ威力を持っている。それを容赦なく使ってくるか。

 いよいよ巣立ちが見えてきたのかもしれない。

 

 「舐めるな、クソガキ!!」

 

 それでも、そう簡単に合格点をやるわけにはいかない。

 ベートは追撃される前にレナのテリトリーから脱した。

 それに深追いをしないレナ。優位な状況から勝利を焦って追ってくるかと思ったら、存外冷静な対応をしてくる。

 

 「………ごふ」

 

 距離を置いたベートは、息を吸おうとした瞬間、吐血した。

 先ほどの一撃は思いのほか、重かったようだ。

 

 「少しは効いたようだね、ベート・ローガ」

 「ほざけバカゾネス。まだまだこれからだ」

 「そういうと思ってた」

 

 拳を握り締め、構えを解かないレナ。隙もだいぶ無くなってきている。

 無駄な力が抜けた。そんな印象だ。

 

 「ちったぁ分かってきたようだな……もちっとギア上げていくぞ」

 「はい!」

 「もっと、もっと俺にお前の可能性ってもんを魅せてみろ」

 「はい!!」

 「テメェの生命力捻り出して、俺の戦場についてこれると、証明してみせろ!」

 「はいッ!!!」

 

 ようやく形になってきたと、ベートは思う。

 脳裏に過るは過去にベートが取り零してきた女達の顔だ。

 救えなかった。助けられなかった。どれだけ己が強くなろうとしても、決して戻りはしない彼女達の生きた姿。

 愛した妹も、初恋の幼馴染も、添い遂げれたと思っていた女も、そしてこんな男を好いてくれた【ロキ・ファミリア】の仲間も。

 決して手放しはしないと誓った者ほど、自分の元から去っていく。だからこそ、今度こそ……ベートは、失いたくはない。この阿呆であり、純粋であり、厄介だが高みを目指し続けるアマゾネスを。

 

 「(生中な鍛え方ではコイツは……生き残れはしない)」

 

 スキルの強さは認める。潜在能力の高さもベル・クライネに並ぶだろう。

 ただ、それだけではダメなのだ。その程度の価値、戦場の中では何の意味もない。

 暗殺されれば終わる。呪いの剣を脇腹に受ければそれだけで死ぬ。理不尽な死が跋扈する。

 あの世界は、そういうものだ。殺し合いとは才能だけではどうにもならない。

 だからこそ手は抜かない。抜いてはいけないのだ。

 本当にこのバカな女を想うのであれば、ベートもまた、殺す気で鍛え上げなければ意味はない。

 もう、取り返しのつかない後悔はまっぴらだ。

 

 そんな想いの中で拳を振るっていると気付いた時。

 なにを想ってレナを鍛えているのかと気付いた時。

 

 ああ、そうか。

 

 「………クソッタレが」

 

 とうの昔に、ベート・ローガはこの娘に毒されていたのだ。

 瑕の一つではなく、護るべきものとして認識させられていた。

 そういう意味では、レナ・タリーはベートに勝っていたのかもしれない。

 それでもまだベートはお前の愛を素直に受け取ってはやれない。

 頬に刻まれた傷は、そう易々と消すことはできない。

 お前という存在がベートの氷を解かす焔というのならば、狼は拒もう。

 

 

 その拒みさえ押しのけれるほどの力をつけたなら―――認めてやろう。

 

 

 お前が雑魚ではなく、弱者でも無くなったと。

 

 

 

 




 今のベートはツン率高くてデレは少ないですが、レナが頑張りを魅せてくれたり、成長したり、何かを気付かされた時は彼の心もしっかり揺さぶられる。
 レナもレナで、ベートに依存するだけではなく、その想うが故に限界を突破できる。
 互いに「お前がいるから今の自分がいる」的な関係性を目指して書いていきたいのです……。
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