凶狼に救いを授けるのは間違っているだろうか 作:ナイジェッル
ベート・ローガと出会った一人の少女は、恋に落ちた。
ベート・ローガと共に刻んだ時間は、少女の宝物になった。
そして、ベート・ローガの前で、情けなく斃れ、弱くも死のうとしている己に悔いを残した。
まだ、いっぱい話したいことが山ほどあった。
まだ、いっぱい触れ合いたいことが、たくさんあった。
全てが志半ばで潰えるという現実。
何より―――ベート・ローガと交わした約束を、何一つ守れなかった無念。
彼の傍に寄り添いたかった。
そのためには強くならねばならなかった。
だからこれから、強者になろうという誓いを、彼の前で打ち立てた。
それなのに、この様はなんだ。
約束もろくに守れず、ただ彼に我が侭を聞いてもらっただけではないか。
それどころか足手まといになり、勝手な行動をした挙句、死ぬ。
不名誉以前の問題だ。女として、戦士として、アマゾネスとして、こんな終わり方であの世に行くつもりか? 魂を手放し、天界に至るつもりか?
自問自答は繰り返される。
同じ問いかけを幾度となく己に行う。
結局、自分はどうしたいのだろう。
レナ・タリーの前には二つの道がある。
生きたいのか。死にたいのか。
潔く、死という明確な終わりを前にして、大人しくしているのか。
諦めず、死という終わりを前にして、見苦しく生きようと奮起するのか。
どちらを選ぶかは、自分自身で決めなければならない。
仮にどちらを選んでも、結果は同じかもしれない。
無様に足掻き、生を望むというのは醜いことなのかもしれない。
だけど、レナ・タリーの歩みは、既に一点に絞られていた。
足掻け。泥臭く、生を求めろ。
誰の為でもない、自分の為に。
生きようとする意志がある限り、終わりではない。
生き恥を晒してでも、生きて、生きて、彼との再会を果たしたい。
ただその願いを胸に、レナ・タリーは、徐々に弱くなる意識の手綱を握り締めた。
「ここ……は………」
レナが目覚めた場所は天国でも、地獄でもない。薬品やら薬草やらの匂いが充満する、真っ白な部屋に設置されたベッドの上だった。
がやがや、がやがやと、部屋の外から聞こえる慌しい音。人が忙しく歩く足音に、大量の荷物が運ばれる物々しい騒音が聞こえる。
いったい自分は何処にいるのだろう。私は、どうしてこんなところにいるのだろう。
まだ朦朧とする意識が続くレナは、いまいち状況の整理ができなかった。
「……良かった。よく、生還してくれた」
ほっと息をつく女性の声がした。
その凛々しい声のする方向に目を向けてみると、そこには深緑の長髪を持つ、美しいハイエルフが立っていた。自分のような小娘ではない、大人の威厳に満ち溢れた風貌を身に纏う女性冒険者。
レナは、彼女を見たことがある。【
「ここは治療院だ。深手を負った君は、ここに搬送された」
リヴェリアは落ち着いた物腰で、右も左も分からぬレナに優しく語り始めた。
本来であれば、あの『
しかし、それほど強力な『
結果、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療師、【
不幸中の幸いにも、それが完成した間際に事件は起きた。
元【イシュタル・ファミリア】に所属していた冒険者が『
「とはいえ、なにぶん完成したばかりの試験品だった。こうして無事に効果が効いて、生還したのはアミッドの努力と、君達アマゾネスの『生きたい』という意志の強さによるものだ」
今、生きていることを誇るべきだと、リヴェリアは諭す。
助からなかった【ロキ・ファミリア】の仲間たちが、その命を賭した結果でもあるが故に。
「……あ…り………が………とう………」
この命は、【ロキ・ファミリア】の冒険者達に助けられた。その事実にレナは心の底から感謝する。まだ、呂律が回らなくてちゃんと言えないのが心残りではあるが。
「ベー…ト……ろー………が……は………」
彼も、自分のせいで『
「喋ることもままならないだろうに……流石、あの問題児に好意を寄せただけはあるな」
レナ・タリーの一途さにリヴェリアは微笑む。
如何にベートが強さ、顔の良さを兼ね備え得る男と言えど、性格はハッキリ言って捻じ曲がっている。決して善人や俗にいう「良い奴」ではない。それをここまで好いているということは、よほどの物好きか、彼の持つ不器用さの底にあるものに気づいている可能性がある。
「ベートなら、無事だ。無事ではあるのだが」
目覚めたばかりの彼女に今、ベート・ローガが何を行っているかを伝えることは褒められたことではないのかもしれない。しかし、問われたからには、このまま話を逸らすなり、誤魔化そうとしてもきっと見破られる。こういう女性には、きっと言葉のメッキなどすぐに気づく。そういう輩だと、リヴェリアは悟った。潔く事実を語った方が良いだろう。
「奴は―――
リヴェリアは深い溜息を吐きながら、今も雨が降り続ける外を部屋の窓越しから見やる。
もう、何もかも手遅れなのだ。本気でキレたベート・ローガは誰にも止められない。
きっとあのアイズであっても、フィンであっても、ガレスであっても、皆等しく今のベートを相手に力づくで止めようとすることはできない。
「ベートはな。君がこうして生きていることを知らない。死んだものだと思い込んでいる」
「…………!」
「此方も必死だったのだ。より多くの命を助ける為、本部と連絡をしている暇がなかった。それに、未だに元【イシュタル・ファミリア】のアマゾネスたちは狙われている。であれば、襲われて助かった者でも、ほとぼりが冷めるまで死亡を装った方が好都合だろうと、私が独断で判断した」
独断だったとはいえ、これが最善だと信じた判断だったのだ。だが、せめてベートには伝えようともした。しかし時すでに遅し。暴走した狼は全てを狩り尽す為に戦場に赴いた後だった。
「耳を澄ませば聞こえるだろう。奴の遠吠えが」
レナの耳にも、リヴェリアの耳にも、嫌というほど刻まれる狼の遠吠え。もはや
「狼が月下の元で吠える。それは、必ず何かを成し遂げる誓いを意味する」
今もベートは魂を震わせている。
己が身を震え立たせている。
世の不条理を、世の怒りを、天すらも喰いかねない勢いで。
「恐らく今のベートが遠吠えに籠めた誓いは、絶狩」
獲物は逃がさない。確実に殺す。憎悪に塗りたくられた、怪物の合図。
一度目の遠吠えが確殺の誓いであれば、今もこうして吠え続けているベートの遠吠えには何の意味が込められている? 何の為に吠えている?
「一度目は開戦の合図であれば、二度目、三度目の遠吠えは……それは敵の命を絶った証明だ。今の遠吠えで計12回目。ということは、最初の遠吠えを除けば、既に敵の命を11人潰したということになる」
あり得ないペースで人間が殺されていく。如何に相手が
普通であれば、戸惑いが生まれるだろう。冒険者は怪物を殺すことに長けてはいても、人間を殺すことには少なくとも躊躇いが生まれる。会話が成立し、相手にも同じ人の心を持つと理解してしまうから。
しかし、ベート・ローガは只の冒険者ではない。弱肉強食、命を賭して戦場を駆けた族長の息子にして、世界の
一度相手を『殺すべき敵』と認識すれば、後は行動するのみ。強者としての力を、情け容赦なく振るう冷徹さを持っている。そんな男に、躊躇いなど生まれようはずがない。
「
きっとベート・ローガは皆殺しにするだろう。レナ・タリーを襲った人間全てを。許しを乞おうと、逃げようとしようと、一切合切の慈悲も無く、殺し尽くすだろう。
「で…も……ベート…ローガは、傷を………負って」
レナは知っている。彼は深手を負っている。レナを護る際に、幾つもの傷を負ったのだ。
ハッキリ言って今のベートはベストコンディションと言うには程遠い。そんな状態で殺人に長けた集団相手に一人で挑むなど、如何に【
「ああ、知っているとも。だがそれは――――」
ベートを心配するレナに、リヴェリアが何か言おうとしたその時だった。
尋常ではない『魔力』の奔流が、ここではない、遠くの場所から感知された。
あまりの濃度に治療に専念していたエルフ、護衛を担当していたエルフの動きが止まった。
『魔力』に鋭敏な者ほど、今起こっている『魔力』の異常に瞬時に気づく。
「どうやら、遂にベートはあの『魔法』を使ったようだな」
ハイエルフのリヴェリアはその『魔力』の原因を知っている。この膨大な『魔力』を誰が扱っているのか知っている。これは、【ロキ・ファミリア】のなかでも限られた者しか知らない、仲間の『魔法』。決して開けてはならない煉獄の蓋。
その蓋を開けようものなら、必ずそこ一帯は炎に包まれ、地獄を生む。
「窓の外を見てみろ……レナ・タリー」
リヴェリアが指さした窓の外を、レナは言われた通りに見た。見てしまった。
そこには、極大な焔の柱が、此処より遥か遠くの場所で天を衝いている光景があった。
その炎から逃げるように雨雲が霧散し、美しい月が
「あの火柱は【
【
あの狼しか扱うことを許されなかった、比類なき力。
それをベート・ローガは、人間相手に使ったのだ。怪物にでなく、人に対して。
「ベートの『魔法』の正体は
レナは、リヴェリアにベートの奥の手を説明された時、分かってしまった。何故それほどの『魔法』を持ちながら、隠していたのか。否、使ってこなかったのかを。
能力だけを見れば、なるほど確かに破格の力だ。『魔力』に属する全てを無力化するどころか、己がモノとする『魔法』。聞けば誰もがその圧倒的な性能に目がいく。
だが、違う。きっとその『魔法』の注目すべきところは――――。
「
「その様子を見るに、気づいたな。ベートの『魔法』の意味を」
レナが気になったこと。それは
『魔力』を受ければ、火力が上がり、傷を負えば、火力が乗算される。
つまり、この『魔法』は、術者が完膚なきまで傷ついて初めて、真価が発揮されるということ。
「あの『魔法』は己に傷を負うことを
傷つかなければ強くなれない。
傷ついてこそ人は強くなれる。
失う力は、何物にも勝る力となる。
傷だらけの狼が持つ、牙というメッキに覆い隠された傷。
それがベート・ローガが用いる『魔法』の正体だ。
「私はベートの過去を詳しくは知らない。奴は頑なに喋ろうとしないからな………だがその生き方、矜持、『魔法』からある程度、察することができる」
『魔法』が発現するまで、どれだけの仲間が死んだのか。どれだけの血族が死んだのか。どれだけの愛する人間を救えなかったのか。
彼は【ロキ・ファミリア】の仲間に自分の過去を何一つ告げない。なにも喋らない。
代わりに、捻くれた暴言で弱き冒険者達を常に叱咤する。常に怒る。
それは、その行いこそが、素直になれない男の、自己中心的な願いを伝える数少ない手段。
「あまりに歪んだ在り様だ。人を傷つけ、己を傷つけなければ何も伝えられない不器用な男だ。きっとその生き方は、これからも続けていくつもりだろう」
牙を剥き、敵味方を寄せ付けない屈強な狼。
その実、傷を負い、誰からも近寄らせないよう威嚇する手負いの獣。
いずれ破綻するであろう、破滅の道を突き進む自傷の権化。
「レナ・タリー。君が、あの狼を護ってやってくれ」
ベートは確かに強い。しかし、それと同時にあまりにも脆い。
心の傷を癒さず、足を止めず、ひたすら前へと突き進む。
傷口からは常に苦痛が奔っているだろうに。常人なれば正気も保てないだろうに。
彼は遠からず息絶える。力を、力をと求めた先に待つ終着点にいずれ辿り着く。
ベート・ローガとは、死なねば傷も治せない愚か者の名だ。
止めることはできないと分かっている。だから、せめて彼の側で見守る存在は必要だ。
リヴェリアはその人間を、レナこそ相応しいと見定めた。並みの人間ではアレを追うどころか、追随することさえ許されない。だがこのアマゾネスならば、安心してベートを託すことができる。
それだけベートへの強い想いと、多大な成長を見込めるポテンシャルが、彼女にはあった。
「でも……私は………お荷物に………」
「構うものか。今は、足手纏いで構わない」
「え……?」
「いずれ、追いつくのだろう? あの男に」
「―――――」
リヴェリアの言葉に、レナの瞳に光が灯った。
それはレナがベートに約束した誓いだ。
いつか、彼の隣に立ち、背中を預け合える冒険者に成長するという、目標。
その約束を守る為に、レナは生死の狭間から抜け出たのではないのか。
「その目……もはや、返答は必要ないな」
再起した女の目を宿したアマゾネスに、答えを求めるほどエルフも野暮ではない。
「恐らく君はあと一日もすれば歩けるようになる。だが、暫くは安静にしてもらおう。決してベートの元には赴かないように」
「……ほと……ぼりが、醒めるまで………ですか?」
「そうだ。心苦しいが、アマゾネスの殺傷事件が落ち着くまでは身を隠してもらった方がいい。私はその間、ベートに対する言い訳も考えなければならないからな………」
レナ・タリーが生きているのに、死んだと思い、傷心を負っているベートに何も伝えず、黙っていることは少なからずリヴェリアの良心が痛む行為だ。
きっと彼は怒るだろう。殺された少女の為に色々と仕出かしたというのに、当の本人は普通に生きていましたなんて知ったら羞恥の極み。皆が知って黙っていたことも理解したら怒髪天だろう。
リヴェリアは火柱が上がった方角を眺め、一難去った後の対処の数に溜息をついた。
憤激に身を任せた【
凄惨な虐殺現場だったと、その後処理を任せられたギルドの人間は口を揃えて言う。
戦場となった場所からは、死体、死体、死体ばかりが溢れ出る。見るも無残な屍の山が築き上げられ、生存者は一人も確認できず。おまけにアマゾネス事件の首謀者であったヴァレッタ・グレーデは肉片一つも残らなかったという。全てが灰になり、遺体は焼失。この世に彼女がいた形跡すら、残すことは無かった。
これが【ロキ・ファミリア】の仲間と、アマゾネスの娘を死傷させた者達への報復。
【
復讐に駆られ、達成した男は、ここ数日、歓楽街に出向いては思い耽るように黄昏ていた。
仲間達の仇を取ったという成果も、憎くて仕方がなかった【
所詮、買われた喧嘩を買っただけの話なのだ。復讐を成し遂げたからといって、その死んだ人間が生き返るわけでもない。結局は怒りのままに暴れて、終わった。それだけだ。
「クソが……俺は、何を未練がましいことをしてやがる」
ベートは歓楽街にある半壊した高級娼館の前で苛立ちを吐き捨てる。
この誰も住まわない高級娼館は、かつて一人のアマゾネスが隠れ家にしていた場所だ。
『鍵』の情報を得るために、仕方なく取り入ろうとした餓鬼の寝床だ。そして、この隠れ家で、ベート・ローガはその少女と不本意ながらも寝食を共にした。
レナ・タリーは五月蠅い少女だった。その評価は、今も変わらない。
何かにつけては夜這いだの朝這いだのと淫乱極まりなく、頼んでも無い飯も勝手に作る。その上、愛情込めて作ったとぬかす飯は総じて不味かった。慣れもしない料理を馬鹿みたいに一生懸命に作っただけの、中身ばかりのそんな不味い飯だった。
情報を対価に、デートと称して『ダンジョン』で怪物狩りに付き合わされるわ、
思い返せば思い返すほど、ろくでもない娘だったとベート・ローガは笑おうと……しようとしたが、できなかった。いつも見たいに口角を吊り上げ、嘲笑うように下卑た笑みを浮かべる。ただそれだけのことも、今のベートにはできなかった。
レナの好意は、愛し、愛された昔の女達を思い出させた。
これまで遠ざけていた人の温かみは、否応なく彼女達の顔を思い浮かばせる。
そして、己を好いた人間ほど、護れなかった事実がそこにあった。
今回も例外ではない。
あの時、
どれだけ強くなろうとも、Lv.6になろうとも、ベート・ローガは護りきれない。傷つけるだけの牙では、人を救うことなどできはしない。失うことでしか、力を得られない呪われた傷を持つ狼に、何かを助けるなんて力は得られない。
かつて【ヴィーザル・ファミリア】に所属し、【
理解していたのではないのか。愛したあの副団長の女が勝手な無茶をして死んだあの日を境に。
「これだから、弱者は嫌いなんだ」
もういい加減、このウジウジした感情は切り捨てる。強者には必要のない感傷そのものだ。
レナ・タリーという少女は既に死んだ。此処に来ても、彼女はいない。
酒でも飲んで、酔いと共に彼女の存在も心の底に落とし込もう。これまでも、そうしてきた。
「………チッ。またお前か」
高級娼館に対して踵を返し、立ち去ろうとしていた時だった。
ベートの前にどこからともなく、美しい長髪を持つ、可憐な少女が姿を現した。
アイズ・ヴァレンシュタイン。今は亡き幼馴染の面影を持つ女。
この女なら死なねぇだろうという、僅かながらな希望を抱く、数少ない強者の冒険者だ。
「なんの用だ」
大方、様子見でもしてこいとロキに頼まれたのだろう。
彼女から自分に何かしらの接触ないしコミュニケーションを図る際は、必ず第三者の影がある。これまでの経験上、まず間違いない。
「ロキが、そろそろ本拠に帰ってこいって」
やはりロキの差し金か。
ベートはなんやかんやで二日ほど、【ロキ・ファミリア】の本拠地に戻っていなかった。
元々【ファミリア】との折り合いも悪く、今回の件も合わさって、わざわざ帰る気力も失せていた。しかしベートは【ロキ・ファミリア】が誇る最大戦力、第一級冒険者の肩書を背負っている。幹部クラスの人間が長く留守にしているのも、いい加減示しがつかないといったところだろう。
「今、向かおうとしていたところだ」
「そう………ですか」
「なんだ、まだ何か聞きたいことでもあんのか」
アイズは真っ直ぐベートの目を見て離さない。これは心の中で何を、どう聞こうかと無表情なアイズなりに思案している時の特徴だ。
「言いたいことがあるなら、さっさと言え」
気怠そうに
面倒事は、さっさと済ませるに限る。
「いいの?」
「良いっつってんだろうが」
「………そう」
意を汲んでくれたベートの催促に、アイズもまた、覚悟を決めた。
そして彼女は口を開き、問いかけた。【
「何度目かの問い掛けになるけど」
「………」
「ベートさんは………どうして人を見下すのか」
「―――――」
ベートは、絶句した。
それは彼女の言葉の内容のせいではない。
その問いを投げかけたアイズの表情が、まさに己の妹と瓜二つの貌をしたからだ。
『草原の主』に殺された、あの少女と、寸分たがわぬ表情で。
「どうして人を突き放すのか……」
今度は、【ヴィーザル・ファミリア】の副団長と同じ眼差しを向けてきた。
「―――教えてください」
「チッ、どいつもこいつも同じことを聞いてきやがる」
問われたベートは深く、深く溜息をついた。
ああ、どうしてこんな子供に彼女達を重ねるのか。
だから自分はアイズに嘘がつけない。無下にはできないのだ。
あの瞳に対しては、取り繕ったガワだけの回答に意味などないと嫌でも理解させられるから。
観念したベートは、重々しくアイズの問いに答える。
「何度でも言ってやる。俺は、吐き気がするほど雑魚が嫌いだからだ」
「それだけですか?」
「……雑魚のみっともねぇ姿を目にしたくもねぇからだ」
「本当に、それだけ?」
「………雑魚の泣き言を聞くと虫唾が走るからだ」
「それだけ―――」
「しつけェぞ!! それ以外に何があるってんだッ!?」
あまりに粘り強く聞いてくるアイズに、ベート・ローガは吠えた。
感情の蓋を、己の手で開けてしまった音がした。
もう、ダメだ。止まれない。この激情は、一度吐いてしまえば止まることなど知らない。
「お前といい、あのババァといい……どうして其処まで甘くなれる!?」
数年前、まだ今より荒れていた頃、リヴェリアは己を窘めるように「お前の価値観を押し付けて他人を傷つける道理は無い」と忠告してきた。これは善意の押し付けではない、悪意の押し売りだと。
そんなものは分かってる。言われずとも、分かっているとも。
「弱え連中を貶すのは強え奴の役目だ! 俺等がしなけりゃあ、誰がするってんだ!」
弱者に「己が如何に弱い存在であるか」、「己の命が如何に軽いものか」を教えられるのは、強者だけだ。強者だけが『警告』を発することができる。強者だけが、弱者に『忠告』を行うことができる。
弱者を甘やかすな。冒険者は甘やかしてはならない。己の無力さを噛み締め、無意味に散る前に、気づかせなくてはならないのだ。それが強者の責務だ。
「でなけりゃあ勘違い野郎どもが益々増えやがる! 冗談じゃねえ!弱ぇヤツは戦場に出てくるな!弱ぇ女は巣に引っ込んでろ!身の程を知りやがれ!!」
所詮、強者は弱者を完全に護り抜くことなどできはしない。必ず零れ落ちる。
ならば、篩い落としをするしかない。死なせてしまう前に、戦場から遠ざけるしかないだろう。
戦場に立てる弱者は、己の意思を貫き通せる人間のみだ。強者の罵倒に、強者の怒号に、なにくそと吠え返し、見返してやろうという気概を持つ者だけだ。
それができないのなら去れ。「自分が死ぬわけがない」と笑える者など目障り以外のなにものでもない。己の無知さを理解できぬ者に、『ダンジョン』で生き残れると思うな。
「ことあるごとに泣き喚きやがって、苛つくんだよ! もやもやしやがる!!」
弱者は何かにつけては泣き喚く。
どいつもこいつも己の弱さを前にして泣くばかり。
ふざけるな。覚悟を決めて、冒険者になった人間が、何を跪いている。
その情けない姿を俺の前で見せるな。その姿は、かつての己を見ているようで腹が立つ。
「雑魚が目の前で野垂れ死ぬのはもう御免だ!!」
仲間が、知人が、死んでいく。
見知った顔が、土の血色で物言わぬ死体に成り代わる。
暖かな体温は、徐々に、確実に、冷たくなっていく。
そんな下らない過程を嫌というほど見てきた。嫌というほど見せられてきた。
誰も、仲間が死ぬ姿なんぞ望んではいない。誰も、弱者が馬鹿みたいに死んでく姿なんぞ見たくなどない。そしてそれを嘆く者を、直視したいと思える人間なんて何処にいる?
「―――もう、誰も哭くんじゃねェッ!!!」
その言葉は、正真正銘、ベート・ローガの心の叫びだった。
誰も悲しまない、死なない世界なんて夢見ているわけじゃない。
ただ、自分の知る
己の内を、盛大に吐き出したベートは荒く息を吐きながら、肩を僅かに上下に揺らしている。
この告白は恐らく生涯において最初で最後のものだ。もう二度と口にはするまい。
アイズを納得させるには、この感情を爆発させて、全て吐いてしまわなければならなかった。きっと彼女は本心を聞かなければ満足なんてしないと踏んだが故に。
信頼できるアイズだから、こうして恥を忍んで、己の奥底にあるものを曝け出したのだ。
しかし、当のアイズは何か様子が変だった。
納得したような雰囲気を纏っていると同時に、罪悪感めいた、申し訳なさそうに両手を口に軽く当て、憐れむようにベートを見ている。
なんだその目は、なんだその態度は。
背筋に正体不明の悪寒が奔った。
今、ベート・ローガは人生最大の過ちを犯したのだと、直感が囁いている。
「アイズ………」
「ごめなさい」
「アイズ」
「本当に、ごめんなさい……!」
「おい、何でこのタイミングでテメェが謝るのか、きちんと説明を――――」
不審極まりないアイズの反応に、不安のボルテージがMAXになったベートは彼女の肩を掴んで、何を隠しているのか問いただそうとした時だった。
「「「「ベートさぁぁぁぁぁぁん!!!」」」」
ベートとアイズの周辺に立つ、歓楽街の空き家の窓が一斉に勢いよく開き、大量の人間があちらこちらから姿を現した。しかも、その人間とは、一週間ほど前に仲違いしていた【ロキ・ファミリア】の仲間達だった。よほど周到に潜んでいたのか、ベートの感知範囲をギリギリ引っかからないほどの距離を律儀に把握して、隠れていたのだ。
「やれやれ、いつもこれくらい素直だったら此方も助かるのだが」
「そういってやるな。この捻くれ加減が、小僧足らしめてるようなもんじゃ」
「確かに。素直なベートなんて、なかなか想像できないね」
「なんというか、もう驚きしかありませんね」
「ベートの意外過ぎる一面ってやつだねー」
更にリヴェリア、ガレス、フィン、ティオナ、ティオネまで悪びれも無く物陰からひょっこり出てきた。気配遮断に付け加え、狼人の嗅覚を欺く消臭ポーションまで使用していた。
「―――――は?」
これにはベートも、文字通り石像の如く固まった。
仲間が隠れていた? 独白を聞かれていた? 嵌められた? なんだこれ? え? なんだこれ?
フリーズしそうだ。現実逃避をしてしまいそうだ。あまりの事態に、ベートはこれまでにないほど混乱している。
「あ……あ、アイ…ズ」
「ごめんなさい……ベートさんと、みんなが……仲直りしてほしくて……」
アイズは誠心誠意謝るように頭を下げるが、もはやそれすらも視界に入らない。
己が見る世界がモノクロに変化しそうだ。色褪せそうだ。
立ち眩みを覚えるベートに、それでも【ファミリア】の仲間は容赦しなかった。
「ベートさん、聞かせてもらったっす! あの酷い言葉にそんな意味が隠されたんすね!?」
「………本当にごめんさい、私、貴方のことを勘違いしていました」
「俺、俺はベートさんのことを信じてましたよ!」
ラウルを筆頭に、津波の如くベートに押し寄せる仲間達。あれほど蛇蝎の如く嫌っていただろう【ファミリア】の冒険者達は、ベートの心の内を聞いたことにより、その見方を大きく変えていた。元々ガレスやロキがこっそりベートの詳細について教えていたこともあり、もはやその眼差しは羨望に切り替わっている。
「なんというか、私、照れ臭くなっちゃいます……」
特にベートに幾度となく罵倒を受けていたレフィーヤは少し羞恥によって頬を赤く染めていた。
思い返せば、思い返すほど、レフィーヤはベートに助けられていたからだ。
他の団員も皆そうだった。ベートは弱者に容赦なく罵倒を浴びせると同時に、死地において自分達を見捨てることなど一度も無かった。その拳で、脚で、窮地を救ってくれた。低ランクの冒険者ほど、その回数は多かったことだろう。
「『もう、誰も哭くんじゃねェッ!!』に痺れました!」
「神々が言ってました。そういうのを」
「ツンデレって言うそうです!!」
「つんでれ!」
「ツンデレだ!」
「黙れクソ雑魚共がぁあぁぁあぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
「え、ちょ、すいまギャアァァァァァァァァ!?!?」
ベートは熟れたトマトの如く、顔を真っ赤にして群がる団員たちを蹴飛ばしまくった。
わいわい言いながらの大乱闘だ。しかしそこに殺意もなければ、陰気な雰囲気もありはしない。
狼の照れ隠しに、冒険者達は面白おかしいものを見ているようで、笑っていた。蹴られながらも、いつも以上のバカ騒ぎだと、笑っていた。
その光景を眺めていたアイズもまた、笑った。保護者、母親代わりとして彼女を8年間も面倒を見ていたリヴェリアはその姿を見て驚いた。
あれほど表情の喜怒哀楽が乏しかったアイズが、あそこまで盛大に笑ったのは久しぶりに見る。
まさに文句無しの大円満。これにて一件落着。そう締められたら、どれだけリヴェリアの心労は少なかっただろう。どれだけ肩の荷が下りただろう。
しかし、しかしだ。これは、あの事実は、今この時に言わなければならなかった。
リヴェリアとて辛かったのだ。ベート・ローガの傷心具合を知っている中で、あのことを毅然として黙っていることが。それなりにストレスになっていたのだ。この良心が痛むのを我慢していたが故に。
「ベート」
「あァ!?」
「そう息を荒立たせるな」
「うるせぇ! クソッタレが、ふざけたこと企みやがって!!」
このサプライズがよほど効いたのか、まだベートの顔は赤く染まっている。
きっと初めてのことだろう。自分の本心を、ここまで多くの人間に知られたことは。今まで自ら嫌われるような言動を己に強いて、遠ざけていた仲間から寄り添われる経験は。
内心で微笑ましいと思いながらも、リヴェリアは改めて決意した。
「聞け、ベート。レナ・タリ―のことで、話したいことがある」
「…………あ?」
一瞬だった。
先ほどまで顔を真っ赤にしていた男は、その少女の名を聞いたことにより、すぐにいつもの表情に戻った……否、白けたというべきか、いつもより気性の荒さがなりを潜めている。
「くだらねえ……アイツはもう死んだんだ。今更話すことなんてねェだろうが」
拒絶か、拒否か。目の前の男は、その少女の名を出されることを目に見えて嫌がった。
よほど彼女の結末に堪えているのだと鈍感な人間でもすぐ分かる。
だがリヴェリアは退かなかった。退けない理由が、そこにあった。
「いや、ある。あるんだ」
「ねェっつってんだろうが!!」
「大人しく聞け!」
「ふざけんな! 話があるだと? 死んだ女のことでか!? 胸糞悪ィ、死んだ人間のことなんぞ掘り返してなんになるってんだ!? あいつはもうこの世にはいねェんだぞ!!」
ベートは吠えた。あらん限りの力を籠めて。
死者を嘆き、膝を折ることはベートにとって一番やりたくないことだった。
生者の話ならまだしも、死者の話なぞ聞く気にならない。聞いたら、また何かが溢れ出しそうな、そんな恐怖もあったからだ。
想像以上に頑固な対応をする狼に、エルフは最後の手段を使うことにした。
できれば段階を踏んで、きちんとした形で行いたかったが是非もない。
話も聞かぬというのなら、死者の話が受け入れらぬというのなら、別に構わない。
直接、その身に教えてやるだけだ。
「やっほー、ベート・ローガ!」
丁度、出番を待ちかねて飛び出してきたアマゾネス。
レナ・タリーの生存。これこそ、リヴェリアがベートに伝えなくてはならなかった話の内容。
「――――――――」
また、ベート・ローガは固まった。
【|凶狼(ヴァナルガンド)】と恐れられていた男が、隙だらけの状態で固まっている。
心中察して余りあるほどの衝撃が、今ベートの心と体に駆け巡っていることだろう。
今らならあっさり暗殺されかねないほどの呆け顔だ。心ここに非ずと言える有様である。
「ベートもあんな顔ができるのね……」
「あははは! ひど、ひっどい顔!!」
【ロキ・ファミリア】第一級冒険者のアマゾネス姉妹は姉が憐れみ、妹が大爆笑。
誰に対しても不敵な笑みと嘲笑を浮かべているベートのレアな表情に素直な感想を述べる。
「惨いものじゃな」
「死んだと思っていた女性が生きていたんだ。むしろ喜ばないか?」
「フィン。お主もなかなか意地が悪いな」
「あははは」
フィンとガレスは他人事のように話し合っている。実際他人事なので間違いではないが。
ベートがどれだけの覚悟で戦ったのか。どれだけの怒りを持って報復を行ったのか。
それを理解しているからこそ、死んだと思い込んでいた女性が生きていたという事実の衝撃たるや、想像をも絶するものだろう。
「彼女は確かに
皆が自分勝手にベートの有様を酒のつまみの如く言い放っているが、責任感が人一番強いリヴェリアは違った。ベートのショックを十二分に理解しながら、できるだけ追い打ちをかけないよう事の顛末を説明しなければならないという義務感があった。
「レナ・タリーはすぐに【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に運び込まれた。【
放心状態のベートの耳にリヴェリアの台詞が入っているのかどうかは分からない。右から左へと言葉が聞き流れているだけかもしれない。しかしリヴェリアはバツの悪そうな顔をしながらも説明を続けた。
「助けられないと覚悟したその瀬戸際で、アミッドはあの『
『
「皆を救えたわけではない。命を落とした者もいる。そのなかで、レナ・タリーは生を勝ち取った。せめてそれだけは、怒りの中であっても理解してほしい」
ベートは顔を俯かせたまま、動かない。
「レナを含む元【イシュタル・ファミリア】のアマゾネス達はこの騒動が落ち着くまで匿っていた。彼女達が生き残っていることを知られ、また襲われる可能性があった。だから死を装っていたのだが………お前の気持ちを蔑ろにした。今日まで黙っていたことを、心から謝罪する」
リヴェリアの謝罪にベートは怒ることもなく、何一つ反応しなかった。
これは拙いな、とリヴェリアは察する。
ベートは落ち着いているのではない。怒りが込み上げ、臨界点に達したものの、ギリギリ理性が栓の役割を担い、押し留めているだけだ。例えるならば、爆発寸前の爆弾と言ったところか。
嵐の前の静けさに、リヴェリアは大人しく後ろに数歩下がった。これ以上、ベートの近くいれば巻き込まれかねない。そう、今からこの爆発間際の爆弾を棒で突っつく命知らずが声を上げるのだから。
「ベート・ローガ! どうしたの、ほら、心配しなくても私は本物だよ! 幽霊じゃないんだからっ! 寂しかったその想い、私の胸に吐き出してもいいんだよ!?」
「…………」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、元気よく吠えるレナの声を聴いたベートは静かに彼女の眼前までゆらり、ゆらりと揺らめく足取りで赴いた。そして巨大な
この少女が『魔法』による幻術ではないか確かめるように。レナという少女が偽物ではないか確認するように。ガシガシ、ガシガシと犬の頭を撫でるように、乱暴に触り続けた。
あのベート・ローガが女の子の頭を撫でている。その衝撃に団員達は己の目を疑うように瞼を擦っている。当人のレナはというと、これまでないほどベートが自分の体に触れていることに感動すらしていた。もはや言葉も出ないと言った蕩けた表情をしているのだ。
「間違いねェ………確かに本物だ」
ベートの声が震えている。
それは感極まったことによるものか、喜びに満ちたものによるものか―――否、フィン、ガレス、リヴェリアと歴戦の猛者達はすぐに気づいた。
【
「く………」
「く?」
「くたばりやがれェッ、この大バカゾネスがアアアアァァァァァァァ!!!!!」
「ほぐァッ!?」
女性に対して、絶対にしてはならないレベルのボディブローがレナの腹部を貫いた。
本当に肉体を貫通するのではないかという一撃を受けたレナは目をぐりんと白目にして倒れ伏す。それだけに飽き足らず、ベートは更なる追撃を仕掛けようとする。
「べ、べべべベートさんストップ、ストォォォォップ!!!」
「死んじゃう、本当に死んじゃいますよその子!?」
「照れ隠しはもっと穏便にするものっす!!」
「止めろ、ベートさんを止めろォォォォォ!!」
もはや赤鬼と言わんばかりの顔色で、必死にレナを亡き者にしようとするベートに【ロキ・ファミリア】の冒険者達は慌てて仲裁しようとした。しかし『獣化』したが如く暴れるベートに次々と吹き飛ばされていく始末。
「賑やかじゃのう」
「賑やかだねぇ」
「はぁ……結局、こうなるか。アイズ、こっちにおいで。巻き込まれたら大変だ」
「でも、止めなくていいの?」
「構わん。一度、溜まったガス抜きは必要だからな。今のベートは」
「うん。分かった」
触らぬ神に祟りなし。賢い幹部達は、その様を茶でも啜りながら眺めていた。
あの血生臭いアマゾネス事件からはや数日。それを怒りを糧にして解決した男と、命を落としたと思われた少女。二度と出会うことのないと覚悟していた男女のバカ騒ぎが、そこにあった。
この他愛の無い交わりこそ、何よりも傷を負い続けた手負いの狼に効く良い薬となる。
廃墟と化した歓楽街は、その日に限り、これまでにない賑わいを見せたのだった。
【エピローグ】
冒険者とは、言わずと知れた危険な職であると皆は熟知している。数多の怪物と矛を交わし、未知なる仕掛けにより呆気なく命を落とすなんてザラだ。それでも、命知らずの馬鹿共はまだ見ぬ世界を目指して『冒険』を行う。全ては己の夢を掴む為に。
そして志半ばで倒れた
普段日であれば、その広大な墓地に
「みんな、本当に死んじゃったんだね………」
レナは、友人の墓の前でその現実を噛み締める。
仲の良い冒険者も、喧嘩していた冒険者も、皆、等しく家族だった。
元イシュタル【ファミリア】の構成員の殆どがアマゾネス。部族間での繋がりも強かった。
何より、レナは彼女達に可愛がられてきた。今でもその暖かい温もりを思い出すことができる。
しかし彼女達は先に旅立った。もう語りかけることもなければ、笑い合うことすらない。物言わぬ墓石を眺める自身の眼に、涙が溜まっていくのを感じた。別れとは、これほどまでに辛いのかと。親しき仲間の死が、こんなにも虚しいのかと。
「なに哀しそうな顔してんだアンタは。仲間の前だよ、せめて笑顔で送ってやりな」
「アイシャ………」
「辛い顔して見送られるのと、笑顔で見送られるの。どっちの方がレナなら良い?」
「笑顔……かな。やっぱり」
「なら、いつまでもクヨクヨしてんじゃないよ。レナはレナらしく、元気にしてりゃあ死んでいった奴らも安心してあの世に行けるってもんだ」
皆の姉貴分であるアイシャの言葉に、レナは涙を腕で拭き取り、いつもの活力ある顔になった。
そうだ、彼女達をせめて心置きなく旅立たせることが、残された者の数少ない責務。生き残った者が辛い顔をしていたら、いつまで経っても心配をかけさせてしまうままだ。
「アイシャ、私のお墓も作っちゃったんだよね?」
「ああ、作っちまったよ、大金注ぎ込んで……私達はてっきりアンタが死んだとばかり思っていたんだ。ったく生きてるんならさっさと教えろってんだこの馬鹿」
「だって【
全ては
「やれやれ、とんだ大損だ。墓一つ、撤去する手間も増えた」
「酷い!?」
死んだと思われていた冒険者達は密かに匿われ、何も知らぬ仲間は涙しながら墓をこしらえた。
せっかく完成した墓も、その墓に埋まるべき人間が生きているのなら置いていても縁起が悪いだけのものだ。アマゾネス達はその尻拭いも含めて、この墓地にやってきた。
「さーて、アンタ達! 生き残った奴の墓だけさっさと除けちまうよ! 生きてる仲間の墓なんて置かれ続けても、死んだ奴らが迷惑するだけだからね!」
「「「おう!」」」
活きの良いアマゾネス達は各々墓の撤去に取り掛かった。
この作業が終わって、初めて自分達は明日からこの犠牲を割り切って生きていくことができる。
「私はレナの墓をやっちまおうかね。お金出したの私だしな……ぁ―――………」
アイシャはレナの墓の前で、言葉を紡ぐことを止めた。
不意に動きも止め、棒立ちになる元【イシュタル・ファミリア】の姉御。
「これ……ああ、なるほど、くく、あっはははははははははは!!!」
「ど、どうしたのアイシャ!?」
今度は大爆笑し始めたアイシャにレナは心配しながら駆け寄った。しかし彼女はレナの問いに答えることなく、目頭に涙を溜め、腹を抱え、笑っているばかり。どれだけ聞いても彼女は答えない。それにレナは頬を膨らませ、何に笑っているのか直接見ようとした。アイシャは明らかに自分の墓を見て笑っている。落書き、悪戯でもされているに違いないと。
「―――え」
アイシャを押しのけ、自分の墓を見たレナは、言葉を失った。
真新しい白い墓石に少女の名が刻まれている。そしてその墓石の前に、ある物が置かれていた。
レナは、己が見ているものが信じれなかった。幻覚ではないか、とさえ思えた。
彼女はおそるおそる、まるで触れたら消えやすいシャボン玉を触るように、優しく、『それ』を手に取った。
「いやぁ、まったく、アンタが惚れた
盛大に笑ったアイシャは、『それ』を大事に胸に抱いているレナの背中に語りかける。
白き墓石の前に置かれたものとは、レナの好きな物だった。
レナが『それ』について教えた者はアイシャと、もう一人だけ。
そしてそのアイシャはこの墓に『それ』を置いた記憶などない。
であれば、自動的に残る一人に絞られる。というかあの男しかいない。
現実を受け止め始めたレナは、頬が徐々に紅くなっていくのを自覚した。
嬉しくて、嬉しくて、この身に収まらないほどの熱が全身を駆け巡っているのを感じる。
また瞳の涙腺が緩む。あまりの想いに、予想していなかった喜びに、震えている。
「レナ……言いたいことがあるなら叫んじまえ。アイツの地獄耳に、届くようにな」
アイシャの言葉に、レナは静かに頷いた。
『それ』を大事に胸に収め、息を大きく吸い、叫んでしまおう。
幾度もの戦いでさえ得られなかった万感の愛おしさを籠めて。
この狂おしいまでの情熱を高らかに。
今生きているこの瞬間に、最大の感謝を、蒼く広がる空に向けて。
「ベート・ローガぁ!だぁーい好きぃー!!」
レナの胸に抱かれた『
可憐なる
別名、
花言葉は―――『真実の愛』―――『私を忘れないで』―――。