凶狼に救いを授けるのは間違っているだろうか   作:ナイジェッル

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六傷:ノルン育成計画

 フィンに前途有望な「レナ・タリーの指導」を任された一人の狼人(ウェアウルフ)は大きなため息を吐きながらも、契約を反故にする気はなかった。内容が何であれ団長直々の命令だ。それ即ち【ロキ・ファミリア】の、主神ロキの総意と同価値の意味を持つ。何より一度約束した物事を裏切ることは筋が通らない。また、その指示を完遂しないことには、自身の能力不足と捉えられることもある。そう、これはあくまで自分の為であり、レナの為ではない。ベートは自分に強く言い聞かせながら、歩を進める。

 

 レナには一通りの事情を話し、先に待ち合わせ場所である『バベル』地下一階(ダンジョンの入り口)で合流することになっている。しかしベートはレナと合流する前に、一つ寄り道するべきところがあった。

 そして着いた場所が、古ぼけた廃墟のような一軒家。ベートは懐かしそうに眼を細めるが、すぐにいつも通りのガラの悪い眼つきになり、そのオンボロなドアを開けて入室した。

 

 「邪魔するぜ、クソジジィ」

 

 入店するやいなや息をするように生意気口を叩くTHE・問題児。そのDQN的な姿勢、かつ関わったらろくでもないことになりそうな態度。並みの店員であれば萎縮するであろう第一級冒険者に対して、その店の主、どっかりとイスに腰を掛け、堂々とした佇まいを崩さない人間(ヒューマン)の老人が招かざる客に対して口を開いた。

 

 「アァン? そのドブで煮込んだような腐れ根性声はベートか」

 

 その声はただただ面倒な奴が来たと嫌気が差しているような声色だった。

 

 「おうおうお客様に向かってえらく舐め腐った罵倒だなァ? お客様は神様っていう薄っぺらい信条がアンタのモットーだったはずだがなぁ?」

 「黙れド阿呆。お主のような腐れ餓鬼にはこれでも十分接待した対応だ」

 

 さも当然のように繰り広げられる罵倒合戦。とても客と店主の会話ではない。

 しかし、その喋り方も、態度も、互いに心置きなく言える間柄であればこそ。

 数秒続いた罵倒が収まる頃には、二人共不敵な笑みを浮かべていた。

 

 「相変わらず元気そうじゃねぇか爺。ちったぁしおらしくなってるかと思えば……耄碌してなさそうで残念だ。ボケてたらからかってやろうと思ったのによ」

 「それはこっちの台詞だ……と、言いたいところだが。お主はそこそこ変わったと見える」

 「あァ?」

 「最初に来た時と比べて生意気な罵倒にキレがなかったぞ」

 「なんだそりゃあ」

 「自分の変化にすら気づかんか、傷だらけの野良犬めが。人の優しさに触れたな(・・・・・・・・・・)?」

 「…………!」

 「ほれすぐ顔に出る。精進が足らん証拠だ」

 

 露骨に顔を歪めた狼人(ウェアウルフ)を見て老人は愉快そうに笑った。

 

 「お主のような輩に寄り添ってくれる奇特な人間がまだいようとはな。この世も未だに捨てたものではないと見える」

 「世捨て人紛いが好き勝手言ってくれるじゃねぇか……」

 「だからこそよ。神が当然のように闊歩するようになった異常なりしこの世を誰も疑問に持たぬようになった。神の世と人の世が結合されたと言っても過言ではない。そのような混沌とした世を眺め、批評することこそ我がなけなしの趣味よ」

 

 今の世に呆れ返っているとでも言うような口ぶり。しわがれた声から発せられる言霊一つ一つがこの老人の嘘偽りない本音であった。

 

 「言ってろ怪物爺が……んなことより、こいつを今すぐ寄越せ」

 

 この爺はフィンと同じだ。口でベートが勝てる相手ではない。このまま泥沼の口論に発展する前に、さっさと用件を済ませて出ていく方が幾分も賢い。

 ベートは懐から一枚の紙を渡した。それを受け取り、目を通した老人はまた訝しがってベートを見た。

 

 「これを全てか? そこそこ値が張るぞ」

 「構わねェ。きっちり一括払いで払ってやる」

 「………少し待っておれ」

 

 やれやれと重い腰を上げた老人は古臭い棚を漁り始めた。

 注文を受けたモノは全てこの店に揃っている。

 

 「これで間違いないか」

 

 ドンとテーブルに置かれた品々を見たベートは軽く頷いた。

 ベートは老人の支払い要求にすぐに応じ、一銭の狂いも無く大金を渡した。

 

 「お主はつくづく変わり者であると熟知していたが、まさかここまでとはな」

 「放っておけ。俺だって好きでこんなモンを買ったわけじゃねェんだ」

 「ほう、自分の利益の為ではないと? では他人の為か……お主が? これは驚いた。かの【凶狼(ヴァナルガンド)】が他人の為に一肌脱ぐか」

 「笑いたきゃ笑えクソ爺が」

 「嗤うものかよ。むしろ、そのまま真人間にでもなってしまったらどうだ」

 「それこそ冗談だ。マトモな奴がダンジョンで生き残れるもんかよ……邪魔したな、爺」

 

 どこまでも憎まれ口を叩き続ける男はそう言い残して店を出ていった。

 嵐のように訪れ、そして暴風のように去った男を見送った老人は深く椅子に腰を下ろした。

 

 「フンッ、どこまでも生意気な餓鬼だ」

 

 老人は古びたパイプを取り出し、口に加えて火をつけた。

 

 「だが……ククッ。そうか、そうか。ようやくあの男もマシな面構えになった」

 

 重畳、重畳であると老人は笑った。その笑みは、ベートを嘲笑するものに非ず。まるで孫の成長に喜ぶ祖父のような笑みだった。

 

 ここは珍品揃いの道具商。店主たる老人に名はない。

 

 その店を知る者は少なく、ただ一匹狼がたまに足を運ぶ、不思議な場所である。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 

 品物を揃えたベートはレナが待つ『バベル』地下一階に到着した。

 しかし肝心のレナ・タリーの姿が見えない。軽く周りを見渡したが、やはりあの褐色娘はいない。あの娘なら自分が来た瞬間飛びかかってくるものだが―――。

 

 「チッ、見くびるんじゃねぇぞ」

 

 背後から忍び寄る気配を察知したベートは、その何者かの手が自身の腰に触れる前に掴み、組み伏せた。

 

 「ぎゃん!?」

 

 情けない声を出して地面に這いつくばった人間。その人間こそ、レナ・タリーだった。

 どうやら背後から自分を驚かそうとしていたようだが、相変わらず詰めが甘い。

 

 「俺の背中を取ろうなんざ100年早い。その上気配の隠し方がなっちゃいねェ。おふざけだろうが何だろうが、そこら辺はやるならやるで徹底しやがれ」

 「ら……らじゃー」

 

 関節を極められ、身動きの取れないアマゾネス。腕力こそ人間の比ではないが、相手も身体能力に優れた獣人。おまけに Lv.3とLv.6の圧倒的能力差。Lv.1の差だけでも子供と大人ほどの力量差が発生するのだから、圧し勝てるわけもなし。おまけに技量においてもベートの方が遥かに上だった。まさしく完全鎮圧。不意をついても、まず勝てはしない高みだということをレナは否応無く実感した。

 

 「はぁ、これがLvの差かぁ」

 

 拘束から解放されたレナは珍しそうに悔しがる。

 

 「阿呆が。Lvが同じだろうと結果は同じだ。だから雑魚なんだよお前は」

 「ぬぬぬ。でもすぐ追いつくからね! あのリトルルーキーみたいに!」

 「自惚れるなよ、バカゾネス。アイツの成長は、弱者なりに修羅場を潜ったからこそできたもんだ。んな軽く同じようにできるわきゃねェだろうが」

 

 あの少年の成長は確かに破格そのものだ。スキルの加護があってこそ成立する事例だろう。

 しかし、その全てがスキル頼みと言えば否だ。自身を超える猛者や怪物と幾度となく衝突し、今日まで生き残れたからこそ許された成長だ。

 

 「今のテメェのままじゃ逆立ちしたって俺には届かねェ。良くてあのトマト野郎の下位互換だ。成長が早いだけの冒険者なんざ、それだけの価値しかねぇ。いつかは死という終点にぶち当たる」

 「う………」

 「だからこそ、俺が直々に面倒を見ることになった。このクソ忙しいタイミングでだ」

 

 ベートの黄金色の瞳はレナをじっと見据えている。

 その視線は改めてレナの価値を計ろうとするものだった。

 

 「テメェには言いたいことが山ほどある。だが、こんな場所でしていい話でもねぇ。さっさと行くぞ」

 

 ベートはズカズカと『迷宮(ダンジョン)』の下層に向かって歩き始める。それにレナは慌てて後についていった。

 

 「行くって、『迷宮(ダンジョン)』の何処まで行くの?」

 

 レナは事前に何も聞かされていない。ただベートに『バベル』の入り口で待てとしか言われなかったからだ。

 それにベートは振り向かずに、無愛想に答えた。

 

 「俺達が向かう先は十八階層―――『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』だ」

 

 十八階層とは『迷宮(ダンジョン)』の安全階層(セーフティーポイント)

 だだっ広い空間に大量発生した美しい水晶と、地下とは思えない自然に溢れた地下世界。

 レナはてっきり獰猛な怪物犇く最奥に放り込まれるとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい。いったいその場所で何をするのか、何があるのか。

 ただただレナは不思議に思いながら、ベートの後ろをついて行った。

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 「ほんまにあのベートがレナたんを弟子にするとはなぁ。流石やでぇ、フィン」

 「よしてくれ。元々ベートはレナ・タリーに興味を持っていた。そこを突いたに過ぎないよ」

 

 迷宮都市(オラリオ)最強の『ファミリア』の団長室に相応しい個室では、一人の小人と一柱の神が今注目の冒険者二人について話し合っていた。どちらも喰えない人物として有名で、彼らだけの会話になると何処までが本音でどこまでが建前なのか分かりもしない。

 

 「ほほう、なら相思相愛ってやつやな!」

 「それを本人が聞いたら怒髪天だね。あまり茶化さないでやってくれ」

 「なんやノリ悪ゥ。そういうところがおもろないわ~」

 「僕自身も人の好意に苦戦してるからね。何より人の色恋沙汰を面白半分で突くのは趣味じゃないだけさ」

 

 フィンは自身に言い寄ってくる一人のアマゾネスを脳裏に過ぎらせながら苦笑した。

 同じ苦悩を持つベートを笑いの種にするなんて出来たもんじゃない。

 

 「しかし見物やなぁ。いや心配でもあるんやけどなぁ。特にレナたんが」

 「そこまで心配かい? 彼は元【ファミリア】団長経験者だろう。確かにベートが仲間を鍛える姿は想像できないが、教導者としてのノウハウはあるはずだけど」

 「いや、ベートはともかくスパルタでな。生まれが大草原出身やったんや。あそこを縄張りとしていた【神の恩恵(ファルナ)】に頼らず怪物を狩っていた戦闘民族。博識なフィンのことや。噂くらい聞いたことあるやろ?」

 「………驚いた。あのベートが、大草原の一族出身だったなんて」

 

 知らないはずもない。かの大草原の一族は、神々の恩恵である【神の恩恵(ファルナ)】を用いらずに怪物を数多も狩り続けた伝説だ。『ダンジョン』外とはいえ、その冒険者でない存在が次々と戦果を残していく実績は神々からも大きな注目を寄せた。

 

 「ただ純粋に、神の手も借りずに己が肉体を極めんとした獣人の部族。それ故に冒険者ではなく、狩人として生きて滅びたと聞く」

 「そう、アレはその唯一の生き残り、それも族長の息子や。ベートは自分の過去を誰にも話したがらんからこのことを知っとる奴は数少ないけどな」

 

 もはや口にするのも罪であるかのように、ベート・ローガが隠していた傷でもあるとロキは心の中で呟いた。

 

 「なんで【神の恩恵(ファルナ)】も無く怪物を屠れていたかというと、答えは一つ」

 「冒険者達とはまた異なる、血の滲む鍛錬でその身を鍛えてきたから……か」

 「せや。ただただ自分達の肉体を限界まで虐め鍛えたからこそできた芸当。その真髄を今からあの幼い少女に叩き込むはずやで、あの男は」

 

 肉体改造のプロフェッショナル、教導のプロといっても過言じゃない過去を持つ反面、その厳しさは埒外。

 

 「さて、ベート流のやり方はレナに合ってるかどうか。レナ自身がついて行けるかどうか……色々と心配になることは多いけど、ベートほどレナの育成に適任な者もおらん。無事乗り越えてくれることを祈るしかない」

 「まさにハイリスク・ハイリターンってやつだね」

 「まぁ生易しい試練じゃ急激な成長は望めんし、このくらいのリスクは覚悟してもらうしかない。少々荒療治になるけど、気張って耐えろとしか言えんところや」

 

 ロキは心配だ、心配だと言うわりには口元が緩みっぱなしだった。そこからは絶え間ない期待と興味が溢れ出ている。フィンの目からしても、今のロキは興奮冷めやらぬ神のそれだ。

 

 「ずいぶんと機嫌がいい……よほど気に入ってるようだね。そんなにベル・クラネル(・・・・・・)と同じ冒険者を手に入れて嬉しいかい? 」

 「阿呆! 嬉しくないはずがないやろ! 早熟型やで早熟型! 超のつくレアスキル! あのリトルルーキーの異常な成長速度を裏付ける、可能性の原石! しかも可愛い女の子!ここ大事! これで期待しない主神がどこにおる!?」

 

 ロキは嬉々として感情を発露させる。

 そう、レナ・タリーはあのベル・クラネルと同じ素質を持つ冒険者。ベートに対する熱意が冷めぬ限り決して止まることのない奇跡の仔。これまでずっとベルという少年のめまぐるしい活躍と成長を見せ付けられてきた自分達だからこそ、期待してしまう。あの少年に勝るとも劣らない輝きを。

 

 「まぁ気持ちは分からないでもないけどね。注目すべき点は、そのベル・クラネルのように彼女もうまく成長できるかどうかだけだ」

 

 ベート・ローガは決して器用な男ではない。やることをやり、為すべきを為す。その実直さを少なからずフィンは信頼している。だからこそ、彼がレナ・タリーをどう扱うかも、彼なりの不器用さで進めるはずだと確信している。女子供だろうと容赦はしないだろう。冒険者になった時点で、そんなもの飾りにもならないのだから。

 

 「彼女の恵まれた素質は疑いようもない事実だ。しかしそれだけでは足りない。あの少年の再来になるかどうかは、それこそベート………君の腕に懸かっているよ」

 

 フィンはこの場にいない【凶狼(ヴァナルガンド)】にエールを送った。

 全て滞りなくやり通せ、とまでは言わない。せめてある一定の水準を超えるほどの成果を得られるように、巧く事が運ぶようにという期待を込めて。

 

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