凶狼に救いを授けるのは間違っているだろうか   作:ナイジェッル

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遅くなって……すまぬ……すまぬ


七傷:迷宮の楽園

 「親父、部屋二つ用意してくれ」

 

 ベートは『ダンジョン』の安全階層(セーフティーポイント)、『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』に着くや否や、すぐに『リヴィラの街』と呼ばれる冒険者の街に立ち寄った。

 危険犇めく『ダンジョン』の中層まで辿り着いた冒険者達はこの街で宿を取り、疲れを癒す。モンスターも立ち入らないこの街は、まさしく休息の場として長らく栄えていた。

 

 「あいよ。部屋二つね……ところで【凶狼(ヴァナルガンド)】」

 「アン?」

 「そこの嬢ちゃんは何者だい? アンタが女を連れてこの街にくるなんて珍しい」

 

 『リヴィラの街』で宿を営む店主は不思議そうにべートに付き添う少女について言及した。

 あのベート・ローガが女の宿代まで払い、しかも連れ従うなどこれまで無かったことだ。

 それについてベートは身に見えて歯切れの悪い顔をした。

 

 「あいつァ………」

 「ベート・ローガの嫁です!」

 「………フンッ!!」

 「ほぐァ!?」

 

 話に割り込んできたアマゾネスに無言の鳩尾。衝撃波すら見られた一撃を受けた少女は奇声を上げて倒れ伏した。若干、酷い仕打ちを受けた少女が今も恍惚そうな顔をしている気がするが気のせいだと信じたい。

 そして素知らぬ顔で改めてベートは店主に対してこう答えた。

 

 「あいつァ、疫病神だ。俺にとってのな」

 「おーけー……あまり聞かない方が身のためっぽいから深くは聞かないようにするよ」

 「賢い判断だ。このバカゾネスにも見習ってほしいもんだ」

 

 ベートは「えへへ……また重い一撃貰っちゃったよぉ……妊娠確実だよもうこれ間違いない……」と寝言を口走っている少女をまるで呆れ果てた目で見下した。

 

 「ともかく、俺達は暫くここで世話になる」

 「長居してくれるのは宿主冥利に尽きるが………」

 「分かってる、金だろ。ここはクソたけぇほど金取るもんな」

 「これも立派な商売でね。冒険者には最高の休息を約束するが、そのサービスを維持するのも大変なんだ。『ダンジョン』の中だろうが、金銭の束縛からは逃れられんよ」

 「それを笑顔で言える辺り、テメェも図太くなったもんだ」

 「かの一級冒険者に認められるとは恐悦至極。ではさっそく部屋までご案内しよう」

 「おう……おら、いつまで寝てんだバカゾネス。行くぞ」

 「う…………いてて、本当にベート・ローガは容赦ないんだからぁ。でも好き!」

 

 ベートはいい加減俺も煽り耐性ってやつを付けなきゃなぁと密かに思いながら部屋へと向かう。

 いちいち反応していては身が持たない。普通は嫌気が差すであろうベートの態度を逆に幸福と感じるなど性質が悪いにもほどがある。

 そう憂鬱になりかけている間に、店主は二人の部屋まで案内した。そしてベートに鍵を渡し、店主はまた新たな冒険者の接待に戻っていった。ここは冒険者で栄える中間地点。来客が絶えることはない、というのは言い過ぎだが、少なくとも暇になることも少ないのだろう。

 

 「ベート・ローガ! いったいここで何するの?」

 「………対人訓練だ」

 「え?」

 「何度も言わすなめんどくせぇ。というかさっさと部屋ンなか入れ」

 

 ベートはトロくさいレナの尻を蹴り上げて部屋に入室させた。ここからの話は廊下で出来るようなものでなく、また無暗に聞かれていいものでもない。

 

 「はァ……ったく、つくづく俺の運の無さを呪いたくなるぜ」

 

 ベートは持参の荷物を置いて部屋に置かれていたベッドに腰を掛ける。この荷物とてレナ(・・・・)の為に用意したものだ。それをなんで俺がという苛立ちすら感じる。

 とはいえ一度受けた仕事は完璧に完遂する。妥協などあってはならない。

 

 「バカゾネス。ちょっとコッチに来い」

 「はい!」

 

 そう言うや否やレナは肌と肌が触れ合う距離まで接近し―――

 

 「ちょっとだと言っただろうが」

 

 頬っぺたをベートの掌で掴まれた。

 

 「ったく油断も隙もねぇ。落ち着くって言葉を知らねぇのか」

 「ふごご・ふごご」

 「何言ってるか分かっちまう俺もだいぶ毒されてきてんな……」

 

 自分自身にも呆れながらベートは手を放す。

 

 「いいか、バカゾネス。今の阿呆丸出し冒険者のまま生きてたら命が幾つあっても足りねぇぞ。そこんとこ分かってんのか」

 「大丈夫っ! ベートへの愛がある限り不死身だから! あ、ベートが愛を送ってくれたら無敵になっちゃうかも!」

 「頭が痛くなるようなこと言ってンじゃねェ…………だがまぁ、いいさ」

 「え、いいの?」

 「ああ。これから行う俺の指導に耐え切った上で、そのふざけた態度を取れる余裕が残れば上等だ」

 

 ベートはそう言って懐から一枚の紙を取り出した。

 

 「これが今日からお前がこなさなきゃならねェメニュー 一覧だ」

 「………え? これ、ぜんぶ?」

 「ったりめぇだ」

 

 レナに手渡された紙にはびっしりと書かれたベート直々の訓練法の数々。

 

 「まずは冒険者が疎い対人のやり方ってもんを叩き込む。どいつもこいつも『怪物』と殺し合う基本は身についてやがるが、『人』との殺し合いに慣れてる奴は少ねェ。お前もその一人だ」

 「…………」

 「俺達【ロキ・ファミリア】に喧嘩売ってきた奴は人を殺し慣れている。実際に戦って死にかけたオメェなら嫌でも分かるだろうが」

 「うん……凄く、人の壊し方を分かってた。今までの怪物とは違うって感じがした」

 「その未熟なテメェとクソ野郎共との隙間を埋めていく。いや、上回らせる。その為に此処に来て、その為に用意した」

 

 十分腰を休めたと言ってベートは立ち上がった。

 

 「表へ出ろ、バカゾネス。ここはだだっ広い空間が多く、訓練するにゃあ持ってこいだ。この環境で―――弱者のテメェを、ちったぁまともな程度にまで引き上げてやるよ。まぁ、ついて来れたらの話だがな?」

 

 レナの瞳を見つめるベートの顔は、「お前如きに耐えられるか?」という嘲笑こそあれど、「お前は俺に何を魅せる?」という値踏みするかのような興味の色も映っていた。

 レナは理解した。試されていると。これに応えなければ、女が……否、ベートと肩を並ぶことを目指す冒険者として廃るも同然。

 

 少女は今までのだらしなかった表情をキュっと引き締め、すぐに武装を手にして外に出たのだった。これから行われるであろう試練に畏怖と期待を込めて。

 

 この日から、並みの冒険者なら裸足で逃げ出すであろう【狂狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガによる【挑戦者(ノルン)】レナ・タリーの為に用意された長期訓練が始まった。

 

 

 

 

 ■   ■   ■

 

 

 

 

 ベート・ローガの特訓は極めて特殊だった。彼は「対人、対怪物における基礎の基礎」というが、その中身はそんな生易しい表現で済まされるものではなかった。

 

 「バカが、簡単に呼吸を乱すんじゃねぇ! 一定のリズムを刻んで走れェ!」

 「……ッ、はい!」

 

 まず最初に行われたのがこのだだっ広い十八階層の壁周辺を1000周すること。

 しかしレナとて多くの修羅場を乗り越えてきた冒険者。この程度の持久走程度、どうということはなかった……そう、十全の力を発揮できる、本来のレナ・タリーであればだ。

 

 「はぁ、はぁ……!」

 

 500周を超えた辺りから、既にレナの息は荒くなっていた。あまりにもレナらしくない苦悶の表情を浮かべてさえいる。

 

 「(あの液体……思った以上に、体が………!)」

 

 原因は分かっている。走る前に、ベートから手渡され飲むように言われたポーション(・・・・・)だ。

 アレを飲んだ後から、体力が徐々に吸われていく感覚がある。足腰が弱まり、呼吸は乱れ、動悸が激しくなる。

 この体調不良の原因がアレであるのは明らかだ。

 

 「(でも、なんでベート・ローガは平気なの……一緒に飲んだのに!)」

 

 実はベートもそのポーションと同じものを飲んでいた。そしてレナと同じスピードに合わせて500周以上走っている。いくらレベル差があるとしても、多少は息を乱してもおかしくはないはずだ。というか自分より多くあのポーションを摂取していた気がするのに、どうして!

 

 「(それどころか所どころで私に向かって叫んで叱咤している分、呼吸の乱れやすさもベート・ローガの方が高い……それなのに全く息を切らさないなんて)」

 

 これが第一級冒険者の地力。それを間近で感じ取れる。

 だが関心しているだけでは駄目だ。その技術、呼吸法、動作全てを学ばなければ意味がない。きっとベートが共に走ってくれているのは、自分の為だ。言葉で説明するより、実際の手本を近くで見せ、実践することで分かりやすく伝えようとしている。

 

 「ハッ、ハッ、ハッ―――フッ!」

 

 気合いを入れ直したレナは改めて横目でベート・ローガの動きをじっくり観察する。

 幸か不幸かまだ500周分の時間がある。考える時間など山ほどある。体力? 気力? それは全て根性でカバーするしかない。

 

 嗚呼、心臓が爆発しそうだ。

 

 これは辛い、痛い、苦しい。

 でも、それ以上に、嬉しい。

 

 あのベート・ローガが自分の為に、ここまでしてくれている。

 この訓練だって、まだ初歩的なもの。始まったばかりの、一欠けらでしかない。

 

 ここからもっと、もっと、もっと、彼の想いを感じることができるのだから――――!

 

 

 …………………

 ………………

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 レナは奔った。走り続けた。全身を汗で濡らし、震える足に喝を入れ、ひたすら走り続けた。

 ただ走り続けるのではなく、乱れる呼吸、崩れる姿勢、ばらつく走行速度をコントロールしようと、必死に言うことの聞かない自分の肉体と戦った。

 一度(ひとたび)ふらつけばベートは心配するのではなく激怒する。幾度もモタつけば罵声を浴びせた。

 しかしレナが走行の安定を取り戻そうと足掻く姿には、静かに見守った。

 それを繰り返し、遂に1000周を迎えた。迎えた瞬間、レナ・タリーは糸の切れた人形のように倒れ伏した。

 

 「はぁ……はぁ………は……ごほっ、ごほ!」

 「やれやれだ。最初でこの体たらくたァ先が思いやられる」

 

 地面に倒れ込んでいるレナとは対照的に、ベートは走り出す前と同じ姿勢、同じ呼吸を維持したまま立っていた。まるで疲れを感じていないように見えるのはきっと気のせいではないのだろう。

 

 「だがまぁ、及第点と言ったところだな」

 

 確かにレナはあの持久走のなかでコツを掴もうとしていた。そしてベートの走りを見て自分から技術を奪おうとした。馬鹿正直に走るだけなら見込みなしと赤点をくれてやるところだが、ギリギリのところで合格点ラインを踏み越えた。

 

 草原の一族は手取り足取り丁寧に教えるなんてことはしない。

 『強くなりたければ教えを乞う前に技術を奪え』

 それが基本で、それが当然だった。

 

 レナは試行錯誤の末、正解に限りなく近い走行をし始めた。

 一回目で全てを会得することはなかったが、流石に最初からそのレベルを期待するのは酷というものだ。

 

 「そろそろポーションの効果も消えてきただろ。いつまで寝そべってやがる」

 「………何を、私は飲まされたんですか?」

 「あ? んなもん『毒』に決まってんじゃねェか。致死性はねぇが、耐久力、持久力、反射神経。運動機能全般に悪影響を及ぼす対冒険者用の衰弱系だ」

 

 劇薬使用をあっけらかんに言うベート・ローガ。

 

 「ベート・ローガも飲んでたよね?」

 「おう」

 「私より多めに」

 「レベル相応の量を摂取せにゃテメェと対等の条件にならねぇからな。『デメリットを背負った上での対処法、継続法』を教え込むには俺もそれなりのことをする必要がある」

 「………それ、危険性はないの?」

 「知らねぇさ。俺も今回初めて使ったからな。まぁ信頼できるところのポーションだ。危険性はねぇ、とは言い切れねぇが」

 

 ベートはあの老骨の顔を思い返して淡々と口にするだけだ。

 その口調や物腰に「毒」に対する恐れを微塵も感じられない。

 

 「いいかバカゾネス。人間ってのは、万全の状態で戦えば強ェのは当たり前なんだよ」

 

 きっとこれは自然の摂理だ。常識とも言えることを、多くの冒険者は忘れている。

 

 「適度な休息。最高の武具。数多の装備。まさに最高のコンディションってやつだな。それで弱けりゃ生きる価値すらねェ」

 

 そう、最高の状態で挑むなら、強くなければならない。それで弱いなど論外だ。

 

 「だがよ。自然の摂理で動く俺達の世界は毎回毎回その万全の状態で戦わせてくれるほど甘くはねぇぜ? 最高の武具は折れることも、欠けることもある。数多の装備も、消耗すりゃ無くなる。適度な休息も連戦で戦いに明け暮れる時なんぞあるわけがねぇ」

 

 ダンジョンなど特にそうだ。

 階層を下るごとに装備は消耗していく。

 100あった余力も気づけば20にも満たないことなど多々ある。

 

 「忘れるな。『此処(ダンジョン)』はそういうところで、戦場は更に劣悪な環境だってことを」

 

 そして心に刻め。

 

 「最悪なポテンシャルを最大限に活かし、図太く対応できる感覚を身につけろ」

 

 でなければ―――

 

 「俺達に喧嘩ふっかけてきたクソ野郎どもは、そういう隙を目ざとく見つけ、刺し殺すぞ」

 「―――――」

 「相手ァ俺達と同じ人間だ。人間は思考する生き物だ。そこらの本能で生きる怪物とはまた別方面でクソうざってぇ。そのうざってぇ相手に、お前らはてんで弱ェ。吐き気がするほどにな」

 

 きっとこれはベート・ローガ自身にも言っていることだ。

 人は人であるがゆえに(さか)しい。

 搦め手など星の数ほど思いつく。

 

 「もう一度言うぞ。オメェは弱ェ………弱ェが、そこらの愚図共よりはちったぁマシだ」

 「え?」

 

 思わぬ言葉にレナは顔を上げる。

 

 「勘違いすんな。ちったぁマシレベルだ。この程度で息切れしていることを大目に見てやってのクソみてぇな評価だ」

 

 ベートはそっぽを向いて、溜息混じりにそう言った。

 

 「………チッ。次だ。次の対人訓練に移るぞバカゾネス! たかが準備運動程度にいつまで休憩してやがんだぶっ飛ばすぞ!?」

 

 自身の甘い評価に自分で恥じたのか、それを誤魔化すように声を荒げた。

 その姿は、あまりにも不器用で、少し幼さすら覚えた。

 

 「返事はどうしたァ!!」

 「―――はい!」

 

 ああ、私は生き残れて良かった。

 本当にそう思う。

 準備運動でもこれほど辛いのに、まだまだ辛いことが山ほど待ち構えているのに。

 鼓膜が痺れるほど叱咤されるのに、激怒されるのに。

 

 レナ・タリーの瞳は暗くなるどころか、その光を増し続けていった。

 

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