仮面ライダー The present day after   作:タキ

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並行して書いてる作品の筆はまったく進まないんですが、こっちはすらすら進みます


01/火(前編)

「――いやだから知らないんですって」

 その日は雨の降る日だった。まだ昼間の午後二時といった時間帯だが、太陽がないためとても暗い。

 街路を行き交うをひとびとは傘をさすか合羽を切るなどして雨を凌いでいる。それがなければ適当な場所で雨宿りだ。

「ふーん……白々しいな」

「そもそも、僕が関わってると本気で思ってるんですか? あんまりしつこいと警察呼びますよ」

 そんな雨の中、ふたりの男が立ち話をしていた。

 一方は少し声に苛立ちが見えている。もう一方は雨合羽を羽織った男で、顔はすっぽり隠れていて見えなかった。

「ちょっと待ってくれないか。まだ話は終わってないからね」

 ふたりのうち、しつこく食い下がる男の方はがっしりとした体つきをしていた。よく鍛えている体が雨合羽の上からも自己主張している。

「あなたねぇ……なにも知らないったら知らないんだ。もうついてくるなよ!」

 怒声を吐き出し、うんざりした様子の男はまだ若く高校生ぐらいだろう。ひょろりとした体格で、メガネをかけた地味な少年だ。

 少年はそこで泥がはねるのも構わず早足で逃げるようにその場から去ろうとした。

「知らないんなら」しかし、雨合羽の男はさっと回り込んで道を塞いだ。「このログはどういうことかね」

 男はタブレットの端末にある画像を写していた。それを見て、少年は目を丸くした。

「な、なんで……」

 少年にはそれが見覚えのあるものだった。自分のSNSのトーク画面。第三者が覗くことはできるものではない。普通ならば。

「悪いね……ちょっとこう、調べて、漁ったら出てきたんだよ」

 雨合羽の男の顔は見えなかったが、申し訳なさそうな声色をしていた。

 青年はそこで初めて足を止めた。いや、止まった、と言うべきか。足ががたがた震えて、一歩も踏み出せなくなっていた。

「は、ハッキングしたのか……そんな」

「別に個人情報盗もうってことはないさ。君のそこんところの情報には興味はないから。ただ……」

 男はぽんと青年の肩に手を置いた。

「友達のために、無理に〝クスリ〟なんてやるもんじゃないし、使いたくないものを強引に渡されたことを、隠して庇うことはないんだ」

「う……」

 少年はその場に膝から崩れ落ちた。頬を水が伝った。しかし降りしきる雨のせいで、自分が泣いているのか判断できなかった。

「誰が薬物を君たち高校生に流しているのか、教えてくれるかね」

 少年は肩を震わせるだけだ。だが、しばらくして顔を上げた。「それは……」

「――それは俺だよ」

 そこに声が割って入った。無論ふたりのものではない。

 現れたのは厳つい顔をした、岩のような大男だ。にたにたと下品な笑みを浮かべている。

「子供たちにこんなものを売ってどうするつもりだ」

「あん?」

「薬物を売りつけ、子供の未来を壊すことになんの意味がある? 大人ならば、子供が間違いを犯さないように正すべきだ」

 シリアスな声で問い質され、大男は愉快そうに笑う。

「こんな世の中だ。色んな苦しいことがある。大人も子供も、誰だって逃げたいんだよ。嫌なことから。おまえだってそうだろ?」

「……」

 雨合羽の男は無言で反応を示さない。

「大人だからこうして救いの手を差し伸べてンのさ。それに、おまえだって薬キメてるンだろうよ。わかるぜ、わかる。そんなおまえが説教できる身分か? ん?」

 愉悦に浸り、大男は芝居じみた仕草で語る。雨合羽の男は黙したままだ。

「……その通りだ」やがて彼は重い口を開いた。「だがだからこそ、大人だからこそ。子供の過ちを正さねばならない」

「……あ?」

 大男は不服そうな反応をした。

「間違えた大人だからこそ、子供たちが間違えないように導かねばならないのだ」

「……」

 メガネの奥の、少年の瞳が雨合羽の男の顔をまっすぐ捉えた。

 まるで、〝鉄の仮面〟のように無機質なその顔を。

「説教は終わりだ」男は身にまとっていた雨合羽を脱ぎ捨てた。「これからは――躾の時間だ」

 

「――今までにない驚きの効き目。すべてを快傑する爽快エナジードリンク「ハリマオ」新発売……」

「ん……」ぼーっと店のテレビを眺めていた男は我に返るように唸った。「CMかぁ。いいところで切りやがる」

「ちょっとお客さん、注文まだですか」

 そういえば、この立食い蕎麦屋に入ってから、テレビに釘付けになってしまっていた。

「あー。んじゃ……肉蕎麦で」

「あい、肉蕎麦ね」

 注文を済ませて、またテレビに視線を移す。テレビには退屈なCMが流れる。

 この時間はテレビで探偵モノのドラマの時間だった。人気番組で、映画も公開されていた。だから少し名前は知っていた。「鉄面探偵」というダークヒーロー系の探偵ドラマだ。

「……探偵が実際あれだけ格好がつけれればなぁ」

 男はボヤいた。ちょうど彼の職業も探偵だった。歳は三十代。体格はドラマのあの男と同じぐらいだ。

 仕事はあまり儲かってはいない。顧客も少ない。だがその反面腕は確か……と自負している。

「あんたにゃ三枚目しか無理だよ」

「……うるせー」

 隣のカウンターの中年の男が小馬鹿にして言った。中年は彼に依頼もしたことのある男だ。

「あんたにはもっと危険な仕事が合うんじゃないかね、ケチな仕事よりも」

「やめとけやめとけ、どうせ体がぼろぼろの雑巾みたいになっちまうぞぉ」

「でも、結構体は動ける方なんだってな、案外やれるかも」

「地下階層のレジスタンスチームに入った方が活躍できるんじゃねぇかな?」

 同じ店で蕎麦を食べていた男たちが口々に好き勝手言った。

「……少しぐらいは、ドンパチしたことあるぞ」

 黙っていられず、男は反論した。

「へぇ、なら武勇伝聞きてえなぁ」

「大したもんじゃない」男は出来上がった蕎麦を受け取りながらかぶりを振った。「依頼人がギャングだったんで、仕事済ませたら殺されそうになったからやり返したぐらいだ。それ以来もうこりごりだね……」

 探偵は蕎麦の麺を啜りながら疲れた表情で言った。それを聞いて周囲がにわかにどよめいた。

「はぁ……そいつはおっかねぇなぁ」

「でも驚いたなぁ、あんたもっとビビりだと思ってたよ」

「俺をなんだと思ってんだ……」

 再び視線をテレビに移した。エンディング画面だ。少々陽気な音楽が流れる。気さくな店にお似合いのBGMだった。

「今週も面白かったなぁ。あんたもあれぐらいの探偵だったらなぁ、頼りがいあるのになぁ」

「現実なんてそんなもんだ」男は水を喉に流し込んでからカウンターを離れた。「ごちそうさん。お勘定頼む」

「あ、もう行くのかい」

「これから仕事……なわけないよなぁ」

「一杯付き合わんかぁ」

 探偵はそそくさと支払いを済ませ「遠慮しとく」と一言答え暖簾をくぐって外へ出た。

「……はぁ」

 店の外に出るなり、彼は煙草「ホープ」に火をつけて煙をふかした。

「間違えた大人だから子供が間違いを犯さないように、ねぇ」

 いちどそんなドラマのように格好をつけてみたいと思ったが、いまいちイメージが湧かなかった。

「いかんなぁ」

 曇った空を見上げた。月はすっぽり隠れていた。自分の憂鬱な気分を表したような曇天だった。

「……帰ってクスリ、やるかね」

 探偵はとぼとぼ夜の道を歩き、自分の粗末な事務所に帰った。

 ……その事務所に掲げられたおんぼろの札の文字はかすれて読めるものではなかった。

 ぎじぎし軋む階段を降りて地下へ潜る。ひどく老朽化しているが、それを直すような金もないため放置せざるを得ない。

「……ふぅーっ」

 どかっと事務所のソファに腰を下ろしてくつろぐ。黒色の革のソファは、あちこち破けている。

 探偵は煙草を消して、一本のビンを手に取った。ラベルには「ジュン」と書かれている。一見すればただのドリンク剤だが、違法薬物が混入されているため、使用は禁止されているものだ。

 探偵はそれを一気に流し込んだ。

 今日も仕事はない。依頼はもう一ヶ月なかった。貯蓄もそろそろ苦しい。

「酒は……まだあるか」

 出費がかさむばかり。酒、煙草、薬。そして……いざと言うときの備え。

「体がそろそろ鈍っちまうなぁ」

 懐から煙草とライターを取り出しながら、先ほどの蕎麦屋での会話を思い出した。

 ギャングに殺されそうになり、それを退けたという話に嘘はなかった。ただ、その一件のせいでギャングに目をつけられてしまった。

 しかし、こうして彼が無事生きているのは、彼がギャングの邪魔をしない契約を交わしてしまったからだ。本来なら下っ端を殺したことで報復されてもおかしくはない。

 だが、そこでボスから気に入られたのが彼の命を救った。ギャングから契約を迫られた。選択の余地はなかった。断れば殺される。

 命は惜しかった。自分はそれなりに鍛えているし、武器も所持している。だがそれで集団に適うかと言われれば、当然ながら答えはノーである。

「ん……」

 憂鬱な考えを振り払うため、煙草を一服しようとしたが、ライターに火がつかなかった。

(……いや)

 弄ぶようにライターをかちかち鳴らして火をつけようとする。

(火がつかないのは俺の心も同じか)

 こんなはずではなかった。

 探偵を始めたころはもっと客に頼られる正義漢であったはずだ。そうでなくても、人に頼られる正義漢であろうと心がけたはずだ。

 いつからこんな燻るような毎日になったのか。いつからこんな酒に煙草に薬に頼るようになったのか。

 世の中は残酷で非常だ。そんな世界を子供の目でずっと見てきて、警察になろうとしたが叶わなかった。だから代わりに探偵になった。

 しかし、このザマだ。なんと情けなく惨めだろう。

「……」

 探偵は煙草を吸うのを諦めて、ライターと煙草の箱をテーブルに置いた。

 ちょうどそのときだった。

 ばたばたと騒々しく事務所の階段を駆け下りる音が耳に入った。

 なんだ? 探偵は事務所のデスクに急いだ。そしてそのデスクの引き出し、上から二段目を開け、ずしりと重い物体を取り出す。

「……!」

 探偵は危険を感じ取り、咄嗟にしゃがみ込みデスクの下に隠れた。

 轟音が轟くと同時に先ほどのまで彼の胴体があった場所が穴だらけになった。銃撃だ!

「出てこい! いるんだろう!」

 襲撃者は叫ぶ。それと同時に探偵は身を屈めながらデスクの下から出ていた。

 銃声が轟いた。彼もまたオートマチック四十五口径のハンドガンを発砲して応戦したのだ。

 しかし襲撃者には当たらず、彼もまた反撃した。おんぼろの探偵事務所は激しい銃撃戦でさらに無惨にぼろぼろになっていく。

 探偵はそのまま事務所のキッチンに転がり込み、身を隠した。

 襲撃者はギャングの人間だった。武器はアサルトライフル。彼は襲撃者の姿を一瞬で観察していた。

(しかしどういうこった)

 ヤツら契約を反故にしたのか? そのことはおかしな話ではないが、自分を殺す刺客がたったひとり差し向けられるのはおかしい話だ。

(いや、そんなことかんがえていたって仕方がねぇか……)

 銃撃がキッチンの壁を穿つ。破砕された木片が彼の顔に飛びかかった。

 敵はこちらを炙りだそうとしていた。不用意に近づくのは危険だと両者とも理解しているのだ。

 いまは目の前の敵をなんとかするべし。彼は意を決した。

 キッチンから飛び出し、もう一度デスクの方へと戻るように駆けた。銃撃が彼を追いかける。探偵は滑り込み、デスクを遮蔽物にした。

 アサルトライフルがデスクをさらに穴だらけにしていく……その最中。

 なんと彼は銃撃が止まないうちにデスクから飛び出た。無謀な行動だ。当然、銃撃が彼をまた追いかけ……しかし、突然弾丸の雨がぴたりと止まった。

「う……!?」

 弾切れだった。襲撃者は自分の迂闊さを呪った。探偵はこれが狙いだったのだ。彼は自分が焦っていることを見抜いていたのだ。

(……そうだ。あの野郎、なぜか知らねぇが焦ってやがる)

 その理由はわからない。それが自分を襲った理由に関係あるのかもしれない。だがそれについて考えを巡らすよりも、このチャンス、逃してはならない!

 狙いを定め、襲撃者のアサルトライフルを狙い撃つ。アサルトライフルは弾かれたように手から離れた。

 今だ。探偵はそこで一気に接近し、襲撃者に掴みかかった。そして力任せに壁まで運び、叩きつける。

「いきなりどういうつもりだ! おい!」

 探偵は激昂して問い質しつつ、襲撃者の首をきつく締め上げていた。

「……う、く……」

「おまえらのボスはなにを考えてこんなことをした、言え! 言わなければこのまま……」

「死んで……」襲撃者はもがいた。そして腰に吊り下げていた棒を掴んだ。「死んでたまるか!」

 そしてその棒が探偵の脇腹に当たった。探偵の意識は一瞬遠のいた。全身が痺れ、体から力が抜けていく。襲撃者が手に取ったのはスタンロッドだ。

「んがっ……!」

 糸が切れたように探偵はくずおれる。うつ伏せに倒れた探偵の腹に蹴りがなんども叩き込まれた。

「ちくしょう! ……ちくしょうめ!」

「……」

 まるで八つ当たりをするように探偵に暴力を振るう。探偵は声も出せなかった。

(なんだってんだ、ホントに)

 だが意識はハッキリしていた。痛みに対して苦しむよりも、自分のこれまでの行いに対して後悔の念が浮上する。

(これも因果応報か? 神様め、残酷なヤツだ)

 襲撃者は肩で息をしながら、蹴るのを一旦やめると、探偵が使っていたハンドガンを手に取った。

 その銃口が頭に向けられる。引鉄が引かれれば、間違いなく死ぬだろう。

(クソみたいな人生だった……まったく)

 彼は最後まで目を瞑らなかった。真っ直ぐ、銃口の黒い闇の中を見つめた。

 そして……銃声が轟いた。

 探偵事務所の床が赤く汚れた。

 

****

 

「……ん」

 女性はふと顔を上げた。月明かりがカーテンの隙間を塗って、窓から差し込んでいた。

 さっきまでは雲で隠れていた月が顔を出したようだった。鋭く細い三日月だ。

 女性は読んでいた本を閉じ、テーブルに置いた。

「あのひとは……まだ帰らないかな」

 目の前に置いてあるマグカップを手に取った。中のコーヒーはすっかり冷たくなっていた。

 彼女はそれを喉に流し込んだ。

 あのひとは普段からひとりで出かける。私にはここでじっとしていろ、とだけ言う。

 それについて不満はない。自分の立場はわかっているから。彼の立場も理解しているから。

 それでも、寂しいと思う気持ちはどうにもできない。

「私だけじゃなくて、彼もそうなのかな……」

 あのひとはいつも仏頂面だ。しかし自分を気遣ってくれる優しさはわかる。

 彼はよく傷だらけになって帰ってくる。でもすぐ治る。そういう〝体〟だから。でも心配してしまう。

 どれだけ痛いのか。どれだけ苦しいのか。

 会って間もない自分にはそれは計り知れない。

 でも、だからこそ、それを知りたい。知ってあげたい。

 少しでも、彼が笑ってくれれば。

 あのひとの心が休まれば。

「あ……」ちょうどそのとき、携帯端末が通知音を鳴らした。彼からだ。「もう少ししたら、帰ってくるんだ……」

 彼女は立ち上がると、台所へ向かった。

 ここに帰ってくれば安心できる、そんな暖かい場所を作る。

 それが彼女が思う己の役割だ。

 部屋がまた少し薄暗くなった。

 ――月がまた隠れた。

 

****

 

 探偵事務所の床が赤く汚れた。

「あ……あぁ」

 ごとんと鈍い音を立てて、ハンドガンが落下した。――襲撃者は呻いた。

「なんだ……」

 探偵は困惑した声を漏らした。自分は撃たれなかった。それどころか、撃たれたのは襲撃者の方だった。彼の腕が真っ赤になっている。

「……ただの人間を殺しはしない」

 探偵と襲撃者の後方から、低い声が聞こえた。

 現れたのは、紺色のブレザー姿の大柄な男だ。

 目元はぎらりとした凶暴さと、知的な理性を同居させている。

 ブレザーの上からでもよく鍛えられているのがわかるがっしりとした体つき。

 彼の手には拳銃が握られている。彼が、襲撃者を撃ったのだ。

「お、おまえ……俺の仲間を……」

 襲撃者が撃たれた腕を逆の手で抑えながら、怯えを露わに震える声で言った。

 そこからは一瞬だった。

 ブレザーの男はあっという間に距離をつめ、襲撃者を掴み上げ軽々と投げ飛ばした。

 襲撃者はデスクに突撃し、派手な音を立てて破砕した。そのまま彼はぐったりとして動かなくなった。

「お、おいおい……」

 探偵は思わず戸惑いの声を出した。俺のデスクが……。

「別に殺してはいない。手加減はしている」

 そう言って、ブレザーの男はこんどは探偵の方に歩み寄った。

 よく見れば若い男だった。にわかに荒んだ雰囲気から判別し難かったが、まだ二十代ぐらいのようだった。

「おまえに依頼をしにきた」

 ブレザーの男は未だに倒れたままの探偵を見下ろしながらそう告げた。

「そいつは、有難いね……最近仕事がなかったんだ」

「だがおまえの背後に面倒な連中がいる。まずはそれを払い除ける必要がある」

「あぁ、ギャング共か」

 なるほど、それで、今回の襲撃ってわけか。彼は事態を理解した。

 おそらく、この男は自分と契約を結んだギャングのアジトに乗り込んだんだろう。

 それで俺がこの男……間違いなく只者ではないだろう……を雇ったとでも思われて、あの下っ端が慌てて駆け込んで殺しに来た。

「だが、まだだ。ギャングのボスの用心棒を始末しなければならない」

「あん……?」

 そこでブレザーの男の語調がふいに変わった。どこか殺伐としたアトモスフィア……。

 そして彼は告げた。聞きたくもなかった単語が口から飛び出て来た。

「ヤツの背後には〈ショッカー〉がいる」

 頭を鈍器で叩かれたような衝撃を感じた。

「……それは」

 探偵は自分が巻き込まれている状況に目眩を感じそうになった。夢だとでも思いたいぐらいだ。

 彼は、〈ショッカー〉の名前を知っていた。なるべく関わり合いを避けたかったことだ。関われば、危なくなる。

〈ショッカー〉は世界を支配していると言って差し支えない巨大な組織だ。政治にしろ経済にしろ、そのすべてはヤツらの思うがまま。

 それが彼の知る最低限の組織像だ。彼はとんでもないことに巻き込まれてしまったことを理解した。

「ギャングのボスは〈ショッカー〉の構成員に守られている。そいつがおまえの協力を取り付けるには障害になる。故に倒さなくてはならない」

 普通ならば、こんな話は断りたい。関わりを避けて、逃走したい。誰だって、〈ショッカー〉のことを少しでもを知っているならそうする。彼も同じだ。

 だが……。「なぁ」探偵はやや虚ろな声で尋ねた。「なぜ、俺だ。なぜ俺に白羽の矢を立てた」

「……」ブレザーの男は無表情だ。眉一つ動かさず、彼は答えた。「おまえが信頼できると紹介された」

「誰に……」

「緑川」

 探偵の虚ろな目が開いていく。……ミドリカワ。緑川だと。

「緑川博之からおまえを頼れと言われた」

「あのひとが……」

 緑川博之。その男は彼の恩師のようなものだった。まだ探偵として駆け出しの頃の自分になんどか依頼をしてくれた人間だった。

 離れて暮らしている一人娘の様子を調べてほしい。それを何度も依頼していた。

 そして彼が、探偵に〈ショッカー〉の存在を教えてくれた。この存在にできるだけ注意して生きろ、と。そして、もし……もし関わることになったのなら。

「……先生はどうしてる?」

「死んだ」相変わらずの無表情だが、声には静かな怒りと悔しさを感じ取った。「俺は、助けられなかった」

「……そうか。そうなのか」

 探偵は考え込むように下を見た。そして少ししてから顔を上げた。

「あんた、名前は」

 探偵は男に尋ねた。彼は答える。

「タケシ。――本郷、猛だ」

 その名前を聞いて、彼は笑った。そういうことか。つまり、このときが来たのか、先生。

「ライター、ないか」

「ある」本郷猛はジッポライターをポケットから取り出した。

 探偵は煙草を口に咥え、本郷と名乗る男の暗い瞳を見据えた。

「火を」

「……」

「火を、点けてくれるか」

 猛はなにも言わずに煙草に火をつけてやった。

「ふぅ」彼は旨そうに煙草を一服する。探偵目はいまや見違えるように意志の強い目になっていた。

「ありがとよ。〝火〟が、点いたぜ」

「……どういう意味だ?」

「いや、なんでもない。こっちの話だ」

 そこでようやく探偵は自力で体を起こした。

「まだ名乗ってなかったな。いや、俺の名前は先生から聞いているのか?」

「……」

 猛は首を横に振った。探偵は苦笑する。

「そうか。ってことは住所だけ教えられてここに来たって感じか。……なら、名乗るかね」

 探偵の頭に恩師との記憶が浮上する。

 もし、〈ショッカー〉と関わることになったのなら。もし、目の前にある男が現れたのなら

 ――このコードネームが、俺の名前になる。

「俺は、〈弐番〉だ。よろしくな、本郷猛さん」

 




仮面ライダー1971-1973を読む時、脳内で声がつくのですが、滝和也は千葉繁のイメージです。
ケルベロス・サーガの都々目紅一のような……そんな感じです。
仮面ライダー1971-1973、アニメ化されませんかねぇ。
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