仮面ライダー The present day after   作:タキ

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一万文字ずつぐらいにわけるつもりが、後編が馬鹿に長くなってしまった。
ところで、原作での滝和也は当初〈弐番〉と同一人物ではなく、第二部で初登場の探偵だったというのは有名な裏話ですね。


01/火(後編)

 新宿二丁目。

 ここは都内において一際高層ビルが密集する場所である。

 屹立するビル群から溢れ出る光が地上を明るく照らしている。しかし対照的に、街を歩くひとびとの表情は虚ろで暗い。

 誰も彼もが、明日の希望を持てず、今日を生きるので精一杯。昨日、過去のことなどかなぐり捨てる……そんな人間たちである。

 時折騒がしくなったと思えば、それは暴動の喧騒であるため、無関係の人間は巻き込まれるのを避けて足早に逃げ出す。

 これがいまの時代ありふれた毎日の出来事だ。

 もはや日常茶飯事と化した暴動で誰かが死のうと、関係なければ見向きはしない。暴動で誰かが捕まろうと、それはその人間の自己責任だ。

 どんなに反政府の訴えが正論であろうと、それを声高に主張すれば、世間から糾弾され、一方的に悪と断じられる。

 金のないもの、力のない者はそんな時代でもそれなりに不自由なく生きられる。しかし、そうでない者はそんな理不尽に耐え忍び日々を生きるしかないのだ。

「ふーっ……」

 そんな中、リムジンの窓から暴動の光景をじっと眺める上等なスーツ姿の男がいた。

 髪はオールバックにし、整った美しい顔立ちがはっきりと人の目に映るようにしている。体には余計な脂肪もなく、手足もすらりとしており、まるでモデルのようである。

「また暴動ですか。懲りない連中だ」

 彼の秘書はうんざりするように不服そうな声を吐き出した。

「ここまで来ると、可愛いものだかね」

 彼の名は、クロード黒原。フランスと日本のハーフで、いまの日本において非常に強い影響力を持つ外務大臣だ。

 彼の手腕にかかれば、外国との外交は円滑に進む。実際不気味なほどに。それゆえメディアからはたびたび黒い噂を流されるが、彼はなんとも思わない。

 なぜなら、彼の政治における影響力は、ある組織の力が働いているからだ。そして同時に、彼はその組織の大幹部であった。

「石神財閥の株価はどうだね?」

「えぇ。順調に上がっていますよ。流石は天下の石神大造様と言うべきところで……絶好調です」

「彼にはそれぐらいは当然だ。いまや彼の財閥が国際社会における日本の重要性のすべてを担っているようなものだからね」

 秘書は鷹揚にうなずいた。

 石神財閥は現在の日本で最も巨大な企業である。医療にしろ、科学技術にしろ、食品を作ることにしろ、芸能にしろ、ありとあらゆるビジネスに手を出しそれらすべてで成功を収めている。

 経済をすべて牛耳る巨大企業。それが石神大造率いる石神財閥である。

 そしてその石神大造もまた、クロードと同様に組織の大幹部である……。

 いまの日本はこのふたりに実質的に支配されていると言って過言ではない。

「ところで、君」

「はい、なんでしょう?」

 クロードの声は急に低く重くなった。秘書はそれに釣られて背をピン伸ばした。

「最近、悪い噂を聞くんだがね」

「……悪い噂、ですか」

「そうだ」クロードは首をゆっくりと大きく縦に振った。「なんでも、我ら組織の構成員を狩る存在が現れたとか」

 その話は秘書も耳にしていた。だが、詳細は知らない。自分は組織の下っ端でしかない。

「私も聞いています。ですが、本当なのですか? そのう……組織の生み出す「改造人間」を何人も殺害したというのは」

 クロードはなにがおかしいのか、笑みを浮かべて秘書を見た。

「本当だとも。今日までの犠牲はすでに五十人以上だ。まだまだ増えるかもしれんがね」

「……まさか、〈芽〉ですか」

「ほう。超能力者の仕業だと君は思うのかね?」

「え、えぇ。超能力者の連中なら、なにをしてもおかしくはないと思うのですが……最近は動きが少ないようでしたから、力を蓄えて一気に反抗を……」

 秘書の意見に、クロードはかぶりを振った。少し期待外れと言った様子だった。それを察して、秘書はそれ以上意見を述べるのを自粛することにした。

「彼らは臆病だ。それに、彼らはそんなことをしている暇があるなら仲間をひとりでも増やそうと躍起になるだろう。……まぁ、そんなことはさせないのだがね」

「では、一体……?」

「それを調査させているんだよ。〈監察官〉……あの老いぼれもせっかく延命させてやっているのだから、もっと有力な情報を持ってきて欲しいものだが」

「……」

「ただ、ヤツがなんと名乗っているかは調べがついている。かなり愉快なことだよ」

 愉快だと言う割には、彼の表情に笑みはひとつもなかった。だが声は弾んでいる。器用なものである……。

「そいつは……いったい、なんと名乗っているのですか」

 クロードは秘書の顔をまっすぐ捉えた。秘書は視線を離すまいと努めた。射抜くような視線から逃げ出せば、彼の機嫌を損ねる。

「本郷猛。かつて、〈仮面ライダー〉と名乗り我らの組織〈ショッカー〉を始めとした多くの組織に犠牲を出した悪魔だ」

 秘書はごくりと唾を飲み込んだ。

 本郷猛。〈仮面ライダー〉。

 その単語は組織に属するものであればよく知るところだ。

 史上最強の改造人間。死神。超越者。〈彼〉と対話した者。

 数多くの異名が語られた男だ。しかし……。

「……彼は、死んだはずでは」

「そうだ。彼は死んだ。五十年程前に、仲間の裏切りに遭い、そして超能力者の手にかかって蹂躙された。だが、しかし。彼が死んだという話は、ある時点でも語られている」

「……」

「大昔、一九七三年。〈彼〉の〈聖域〉に踏み込んだ本郷猛はその地で死んだ。当時そう判断された。だが、〈仮面ライダー〉の活躍はその後も続いた」

 クロードの表情はどう読み取ればいいのか分からないものだった。秘書は必死に彼の感情を窺おうと努めた。

「〈仮面ライダー〉は本郷猛ただひとりなのは間違いない。では、一九七三年になにが起きたのか。〈聖域〉に訪れ〈彼〉と邂逅し、なにがあったのか。それを知る必要がある。〝一九七三年の真実〟をな」

「一九七三年の……真実」

 秘書はクロードが口にしたワードを繰り返した。

 クロードはくつくつと笑った。心底愉快そうに。だが顔は真面目なままであった。

「それに迫るための手がかりが、いま現れてくれた。謎解きを楽しもうじゃないか……本郷猛が何者なのか、その実態を。それを知るために――当代の〝本郷猛〟に期待するとしようか」

 

****

 

「なぁ、ここになにがあるんだ?」

「……俺が確保したアジトだ。ここで最低限の生活をしている。〈ショッカー〉との戦闘に備えていろいろと準備をする場所でもある」

 本郷猛に連れられ、〈弐番〉は人里離れた廃墟に訪れていた。

 この廃墟は以前超能力者が潜伏していた市街地であった。そのことを知った一般市民が通報、その結果超能力者の弾圧に大量の〈ショッカー〉の改造人間が駆り出されることとなった。

 表向きには警察や自衛隊が出動したこととなってはいるが、それは〈ショッカー〉が流したデマであり、実際には改造人間による破壊と虐殺がこの地で行われた。

 この市街地で暮らしていた人間は超能力者とそうでない者の二通り存在していたが、見境なく弾圧され、惨たらしく殺された。

 彼らの主張としては、「たとえ普通の人間であったとしても、超能力者と共にいたことは超能力者になり得る可能性が高いことと同義である、故に掃討したのだ」……と言うものであった。

 その惨劇が、旧人類と新人類の間でより激しい溝を作ることとなり、超能力者の抵抗はより激化することとなった。

 瓦礫の山を苦労しながら乗り越える〈弐番〉は、身軽に進んでいく猛に着いていくのがやっとだ。

「随分と……縁起悪い場所に拠点を構えたもんだなぁ」

〈弐番〉は平静を装うと猛に話しかけた。

「……使えるものは使う」

 ぶすっとして猛が呟いた。その様子に〈弐番〉は頭をかいた。

「いやまぁ、別に非難してるわけじゃないが。ただ、呪われたりしたら怖いよなぁ、みたいな」

「……そんな心配はいらない」

「いまの、ジョークなんだが……その、真顔で返されると……なんだ、悪かった」

「別に怒ってはいない」

「あぁ、そう……」

「……」

 猛は黙ってさらに進んでいく。沈黙が少々怖かった。そのため、もういちど話しかけた。

「あー……でもさっきのは不謹慎だったかな。忘れてくれ」

 そう言うと、猛はいきなり立ち止まって、こちらをじっと見た。睨んでいるつもりはないのかもしれないが、彼の鋭い目つきに見据えられ、少しびくりとしてしまった。

 やがて彼は口を開き「……わかった」とだけ答えて、踵を返してまた歩き出した。

 そして〈弐番〉もまたその後を追う。

「……うぅん」

 ……まだ会って数時間だが、この本郷猛という人間はいまいち掴みどころがない。口数が少なく、無愛想な男だった。

 彼がそういう性格なのだと理解はしつつも、こうして協力関係を結んだ以上、コミュニケーションは不可欠だ。

 なんとかならないものか……そう考えているうちに、「……着いたぞ」猛が足をとめてこちらを振り返った。

〈弐番〉は目の前の建物を見上げた。

「これは……マンション、か」

「そうだ」

 廃墟の中にある建物としては、比較的形が残っていた。とはいえ、それでもかなりぼろぼろではある。

 壁がなくなって中の部屋が露出している箇所もあった。

「一応電気も通している。水道も確保している。住む分にはなんら問題はない」

「住めば都って感じだな」

 猛はこくりとうなずき、「中に入るぞ」と言って正面の入口から入っていった。

 その後を追って、〈弐番〉もマンションの中に入った。

「なんというか……〝お化けマンション〟って感じだな、これは」

 ぼやきつつも、遅れまいと猛に続いてマンションの中を進んでいく。

 エレベーターは使い物にならず、階段を上がって六階に行き、廊下を進む。そして、「603」と書かれたドアの前で足が止まった。

「ここだ」解錠してドアノブに手をかけ、猛はぽつりと呟いた。「……ただいま」

「お邪魔しまーす……っと」

 猛とともに玄関の中に入る。すると、奥の部屋から物音が聞こえた。

「他に誰かいるのか?」

「ああ」

 簡潔に答え、廊下を歩く。〈弐番〉も後に続いた。そして、ふたりが奥の部屋のドアの前まで来たところで、ドアが開かれた。

「……おかえりなさい、猛」

 か細く、おずおずとした声が出迎えた。現れたのは、気弱そうな、暗い雰囲気の女性だった。

 歳は二十くらいだろうか。まだ若い。少し長めの黒い髪を後ろで小さく結っている。

〈弐番〉は彼女の弱々しい態度から、どことなく、薄幸そうな雰囲気を感じ取った。

「あ……」女性が〈弐番〉の姿を認めて、少し身構えた。「ど、どなたですか……?」

「……こいつは〈弐番〉だ。この男とこれから協力して〈ショッカー〉と戦う」

 そこへ猛が割って入って説明した。

「どうも、探偵の……〈弐番〉です。よろしく」

「よ、よろしくお願いします……」女性は〈弐番〉をちらりと見て、ぺこりと頭を下げた。「……中へどうぞ。座って待っててください」

「ん、どうも」

「猛も……」

「……」

 猛は小さくうなずいて部屋の中央に位置するテーブルに向かい、椅子に座った。〈弐番〉はその向かいの席に座った。この部屋はリビングらしい。

 ふたりがテーブルに座ったのを確認してから、女性は隣の部屋に消えた。

「彼女は……」

「彼女のことは緑川先生から守るように言われた」こちらに視線を移さず言った。「緑川先生の娘で、名前はスミレ」

「……へぇ」

〈弐番〉は猛の紹介にうなずいたが、実のところ、彼は彼女のことを知っていた。彼女は探偵〈弐番〉のことを知りはしないが。

 彼女の父である緑川博之から何度か依頼を受け、彼女の様子を遠くから見、それを彼に報告していたからだ。

 そのときより……単に遠くから様子を窺っていたからかもしれないが……暗くなってしまったように見える。

「……あの」

 スミレが戻ってきた。手にはお皿。そのお皿には美味しい香りを漂わせる料理が乗っていた。

「オムライス、作りましたから……よかったら、その……」

 弱気な声で猛の様子を窺うスミレ。彼はそんな彼女をじっと見つめる。

 スミレは怯えつつも、目線は逸らさないようにしていた。やがて猛は目だけを動かし、オムライスの方を見た。

「スミレ」猛は手を伸ばした。お皿を掴む。「それを食べたら、すぐに出る」

 その言葉を聞いて、にわかにスミレの顔が明るくなった。「……はい」

 猛はスプーンを手に取り、「……いただきます」(意外にも)ゆっくりと食べ始めた。

 その光景を〈弐番〉が眺めていると、

「〈弐番〉さんも、よかったら……」

「お……いいのか?」

「お口に合うかは……わかりませんけど」

 オムライスを作業めいて口に運ぶ猛の様子をちらりと見て、食欲をそそられた。「それじゃ、いただきます」

 そうして、彼もオムライスを受け取って食べた。――美味い。ふんわりとした卵の食感と甘さが絶妙だった。ケチャップも追い討ちをかけ、ライスに最高の味付けをしていた。

〈弐番〉がスミレの料理に舌鼓を打っていると、猛が立ち上がった。「……ごちそうさま。行ってくる」

「あ……」

 スミレの顔が少し曇った。〈弐番〉が一旦スプーンを置き、猛を呼び止める。

「ちょっと待てよ、俺も行くぞ!」

「……」

 猛が能面のように無表情な顔で〈弐番〉を見た。

「おまえはここでスミレと待っていろ」

「おいおいおい、協力するんじゃなかったのか? なのに……」

「戦闘に同行しろとまでは言っていない。足でまといになる」

「う……」しかし〈弐番〉はそれでも食い下がった。「だが、俺だって戦える。これでも雑魚の相手ぐらいは……」

「そんな依頼はしていない。闘うのは俺ひとりでいい」

 射抜くような鋭い視線に〈弐番〉は怖気づいた。言葉につまり、それ以上はなにも言えなくなった。

 部屋がしんと静まった。やがて猛は踵を返してリビングを出た。

「あ……」

 スミレはその後を追って玄関まで着いて行った。猛は振り返らず、彼女に声をかけた。

「君は〈弐番〉と待っていてくれ」

「……うん」

「ひとりで待ってるよりは、いいだろう」

「……うん」

「……今まですまなかった」

「え……?」

 ドアを開ける前、猛はいちど振り返ってスミレを見つめた。

「行ってくる」

「う、うん……行って、らっしゃい。気をつけて……」

 相変わらずおずおずとした様子で声をかけるスミレ。

「……ああ」そんな彼女に対して、絞り出すように猛が答える。

 猛は迷いなくドアを開けて外に出ていった。やがて、獣の叫びのようなバイクのエンジン音が聞こえ、それは時間が経つにつれどんどん小さくなり、聞こえなくなった。

 明かりのついていない玄関で、スミレは消え入るような声で呟いた。

「待ってる……からね」

 

 猛はオフホワイトのバイクを走らせ、ハイウェイを経由し目的地へと向かう。

 乱暴に車を何台も追い抜いていきながら、彼の心の中でふと後悔の念が生まれた。

 彼はそれを誰に伝えるでもなく、自分の心に押しとどめた。

 いまは、戦いに集中するべきだ。

 彼はさらにバイクのスピードを上げた。

 切り裂くような風だけが彼に追従する。常人ならば、簡単に風に吹き飛ばされるであろう。

 しかし、彼はものともせずにハンドルから手を離した。

 バイクは自動走行で車体を安定させつつ、猛スピードで走る。

 本郷猛は着ていたブレザーを脱ぎ捨てた。彼が下に身につけていた、漆黒の鎧が露わになった。

 ベルトのスイッチを押し、腹部の三つの風車が激しく回転――全身に力が駆け巡る。

 彼はバイクに備えられた液晶画面をタップする。すると、バイクはあっという間に変型し、先程よりも無骨な姿に変わっていた。

 これが彼の、〈仮面ライダー〉が駆るマシン。〈サイクロンF〉である。

〈サイクロンF〉が変型を終えると同時に、猛は仮面を装着していた。仮面は自動的に彼の頭部を包み込み、牙の意匠を持つ〈クラッシャー〉を展開。彼の顔を、彼たらしめる顔にした。

 ――戦闘準備完了。

〈仮面ライダー〉は〈サイクロンF〉のエンジンをさらに唸らせ、流星のように夜のハイウェイを走り抜けた。

 今宵もまた、彼の復讐の狩りが始まる。獲物は、すぐそこだ。

 

****

 

 スミレは重い足取りでリビングに戻った。すでに〈弐番〉はオムライスを食べ終わっていた。

「あーその、勝手にキッチン使ったよ。食べさせてもらったからな、せめて皿洗いぐらいは……って」

「すみません、〈弐番〉さん」

 スミレはソファに座った。そして、体を丸くして体育座りの形になった。顔を膝の間に埋める。

 探偵〈弐番〉は椅子にもたれかかって動かない。じっと天井の亀裂を眺めるばかりだ。

 取り残されたふたりは、やや重苦しい空気を部屋に充満させた。

 互いになにを話せばいいのかわからない。そんな具合だった。

「スミレさん、でいいかな……オムライス、すげー美味かった。ごちそうさん」

「あ……はい。お粗末様でした」

 一旦顔を上げてスミレが答えた。そして、また顔を埋めた。再び沈黙が訪れた。

〈弐番〉は頭をかいた。本郷猛は本郷猛で話しかけづらい人間だが、彼女も彼女でやりづらい。

(常に申し訳なさそうにしているというか……すべてに怯えているというか)

 どう接したらいいのかわからない。

「……なぁ、スミレさん」

 しかし、それでも彼は探偵であった。ひとと喋れずなんとするか。なにより依頼主とその関係者相手になにも話しかけれないなど言語道断である。

「……」

 スミレは頭を上げて〈弐番〉を見た。

「あの男……本郷猛とはどういう関係なんだ? 彼は、何者なんだ?」

「……あのひとは」躊躇いがちに彼女は口を開いた。「お父さんが死んで、目の前が真っ暗になったとき、現れました。どんな過去を送ってきたかは知りません。なにが好きでなにが嫌いとかも。なにも、話してくれませんから……」

「……つまり、ここ最近になって出会ったばかり?」

 スミレはこくりとうなずいた。そしてまた話し始めた。

「私を守るようにお父さんに頼まれた、って。出会ったそのときに言われました。〈ショッカー〉から君を守るって。そう言ってくれました。

あのひとが何者なのかもよく知りません。普通のひととは違うのはなんとなく、わかりますけど」

「……そうなのか」

 どうやら、あの本郷猛と名乗る男の来歴はわかりそうもなかった。彼が緑川博之から話に聞いた「〈仮面ライダー〉=本郷猛」なのか確証は掴めそうもなかった。

「スミレさんは、本郷さんのことをどう思ってるんだい」

 彼のなにを知っているかを聞くのではなく、彼女から見た本郷猛という人間のことを聞くことにした。

「猛は……いつもぼろぼろになって帰ってくるんです。聞けば、〈ショッカー〉の改造人間を狩って来たって……帰るのが三日後だったりして。その間ずっと戦ってたって言って。私……」

 ぶるぶる震えながら、スミレは話した。

「彼が、怖いのか」

 彼女は常に怯えた様子で弱々しく本郷猛に接していた。それは彼のそんな態度に原因があるのではないかと考えた。

 しかし、彼女はふるふると首を横に振った。目には少し涙が溜まっていた。

「私、あのひとが心配なんです……傷ついて傷ついて、それを平気そうに振る舞うのが、すごく、私のことのように……痛くてたまらないんです」

「……」

「私、彼のことはなにもわかりません。知りたくても、なにも教えてくれません。もしかしたら、話したくないような事情があるのかもしれない。過去のことだけじゃなく、いまこうして戦っていることで、どんなに苦しい思いをしているのか、どれだけ痛いのか……それも教えてくれないのが辛いんです」

 ぽろぽろと涙が零れ始める。〈弐番〉は黙って彼女の話を聞いた。

「私は、それを知ってあげたいと思ってます。たとえ迷惑に思われても。少しでもあのひとの心が休まって欲しいから……だから……」

 言葉に詰まったのか、彼女の言葉は続かなかった。〈弐番〉が口を開いた。

「だから、ご飯を作って待っていた?」

 スミレの目が〈弐番〉をまっすぐ捉えた。

「相手のことをなにも知らない。なにも知れない。そンときはまず自分を教えることから始める。そうすれば、いつか相手も自分のことを少しずつ教え始める……って、先生、よく言ってたよ」

「……〈弐番〉さん、もしかして、お父さんを」

「……大切なことだよな。ひととしても探偵としても。心に傷を負ったクライアントってのは多いんだ。そういうときは……まず自分を伝える。そこから、依頼主のことを知るんだ……って、売れない探偵の話なんかはどうでもいいか」

「……」

「ご飯、いつも作ってたんだろ。彼のために。キッチン見れば、わかるよ」

 スミレはうなずいた。彼女の目からどんどん涙が零れた。やがて嗚咽も漏れ始めた。

「せめて、せめてここに帰ってきて欲しいから……ここに帰ってきて、ご飯を食べてもらって、帰ってきてよかった、って思って欲しくて……」

 スミレは溢れる涙を拭いながら、話し続けた。

「私、ひとと話すのは苦手で、口下手で不器用だから。だから……こんな形でしか、私の気持ちを伝えられない。私を知ってもらえないから……」

「……そうか」

 真っ赤になった目で、スミレは〈弐番〉を見据えて震える声で言った。

「……あの、〈弐番〉さん、私の依頼、聞いていただけますか?」

「あぁ。もちろん」

「あのひとが少しでも……ぼろぼろになったりしないように、一緒に戦ってくれませんか……あのひとは断ったけど、私の依頼なら……大丈夫、ですよね」

 探偵は先程の猛の発言を思い出した。「そんなことは依頼していない」と。

「あぁ、なるほどね。それなら、本郷さんも納得せざるを得ない」

〈弐番〉は笑った。うまい考えだ。あの生真面目そうな男だ。この理屈には対抗できないだろう。

「よし、任せな。こう見えても俺はかーなーり強い探偵だからな!」

 と、彼女を安心させるために胸を張って彼は言った。

「ごめんなさい、私の身勝手で……」

「いいんだよ、探偵ってのは依頼主ができないことをやるもんだ」

〈弐番〉は椅子から立ち上がった。そして、廊下に続くドアに向かった。

「〈弐番〉さん……報酬は」

 探偵はぶんぶんと手を振った。

「もう腹の中に入っちまったよ」

「それって……」

「またうまいご飯ご馳走してくれよ。それで十分だからな」

 彼はにっと無邪気な笑顔を見せる。

「ありがとう……ございます……」

 スミレは大きく頭を下げた。

「さて、俺は俺で自分のことを教えに行くか。俺がどんなヤツなのか、伝えなきゃな」

 煙草に火をつけ、紫煙を吹かせながら探偵は戦闘の準備を整える。

「っと……スミレさん、すまなかったな」

「え……?」

 唐突に〈弐番〉が詫びを入れ、スミレは目をぱちくりと瞬いた。

「いつも、ここでひとりで寂しくあの男の帰りを待ってたんだろ? 俺がここに残れば、ひとりで待つことはなかったんだろうが……」

 そう言われ、スミレは少しうつむいた。

「……たしかに寂しいとは感じます。けど、猛が無事でいることの方が大事、ですから……」

「そうか。まったく、こんな優しい女を心配させて、本郷猛ってのは悪いヤツだな」

 と、大袈裟なリアクションをとって〈弐番〉は茶化した。

「……猛は悪いひとじゃありません」

 それに対して、むっとしてスミレが言った。その反応に、〈弐番〉は苦笑した。

「いやだからジョークでな……なんで君といい、本郷さんといい、ジョークが通じんのかね……」

 そんなやり取りをしながら、玄関に行き、〈弐番〉はドアノブに手をかけた。スミレはそれを見送る。「……あっ」そのとき、彼女は声を上げた。

「どうした?」

「さっき、〈弐番〉さん、すまなかった、って言いましたよね……?」

「ん、あぁ、言ったっけな」

「猛も出ていくとき、今まですまなかった、って……」

 それを聞いて、探偵の中で引っかかるものを感じた。

「……その前はなにか言ったか?」

「ええと……。〈弐番〉さんと待っててくれって。ひとりで待ってるよりはいいだろうって。そう言ってました……けど」

 少し困惑した様子のスミレを余所に、探偵の頭ではひとつの考察が広がった。

「……なんだ、そうか。そうなのか」

「え……?」

「いいかい、スミレさん」〈弐番〉はにんまり笑った。「君の思い、届いてたよ」

 

****

 

 薄汚く、ほとんど手がつけられていないようなテナントビルの一階に、五人のギャングがぴりぴりとした空気で緊張の糸を張り巡らせていた。

 彼らは武装し、敵の襲撃に備えていた。ボスは……いや、正確にはボスの用心棒が言っていた。ヤツは来ると。

 ヤツは自分の仲間たちを容易く蹴散らしてみせた。そのおかげで、自分たちのアジトはひどい有様になってしまった。

 いまはこうして、ボスが所有するこのビルに根を下ろしたが……この後はどうなるのだろうか。ヤツは……ヤツが来れば……。

「なぁ」

 呼びかけられ、我に返る。仲間が自分に視線を送っていた。

「なんだ?」

 平静を装おうと努め、彼は余裕がある風に返事をした。

「……すごい汗だぞ、大丈夫か」

 言われて気づいた。自分が大量の汗をかいていたことに。まるでサウナに入っているかのように、ぽたぽたと汗が流れ、床に落ちた。

「おまえこそ……震えてるじゃないか」

「……まぁ、な」

 彼ら五人は恐怖を共有していた。誰もが強がっていた。誰もが逃げ出したかった。

 だが逃げられない。逃げる場所も、帰る場所はない。自分たちが身を寄せ合っていた組織はもはや崩壊したに等しい状況だった。

 ボスは、あの用心棒のいいなりと化していた。あの恐ろしい……怪物に。逃げ出せばあの用心棒に殺されるだろう。

 まさに前門の虎後門の狼、という状況だった。

 五人はその認識を無言で分かち合い、力なく笑い合った。

 ――その瞬間だった。

 ビルの正面入口のガラスのドアがぶち破られた。なにかが突撃し……あれはバイク! ヤツだ。ヤツが来たのだ。

 突っ込んできたそのバイクはガラスを破壊しシャワーのように撒き散らした。

 飛び散るガラスは彼らの着込んだ装甲に阻まれ、傷をつけることはない。彼ら五人はガラスのシャワーの中、一斉にマシンガンを構えた。そして、引鉄を引いた。

 ガラスに続いて、こんどは銃弾が一階のロビーに飛び散った。しかし、侵入者は銃弾を身体に受けて、よろめきもしなかった。

 侵入者はバイクから飛び降りると五人のギャングの只中に猫のようにしなやかに着地した。

 そこからは一瞬のことだった。まず一番近くにいた者に掴みかかり、投げ飛ばす。投げ飛ばされたギャングは仲間にぶつかり、ふたりとも鈍い音を立てて仰向けに倒れた。

 続いて侵入者はその場で身を翻しつつ、別なギャングへと一気に距離を詰めた。そしてそのまま、身体ごと振り抜く勢いで装甲の一番厚い部位に強烈な裏拳を叩き込んだ。

 強い衝撃は堅牢な装甲でも吸収しきれなかった。鈍痛がギャングの体を苛んだ。彼は痛みに全身を弛緩させて力なく倒れた。

 そして最後のひとりは動き回る敵を捉えようと銃を構えた矢先、ひったくるように銃が奪われた。侵入者は奪った銃を鈍器としてギャングに殴りつけた。

 ギャングはバットに打たれたボールのように吹き飛び、床を転がった。

 五人のギャングはなす術なく、侵入者……奇怪な仮面をつけた存在である……に打ちのめされたのだった。

「う……う」

 全員死んではいなかった。激痛に呻き声を上げる。いや、この呻き声は激痛から来るものではないかもしれない。

 ――もう、なにもかもお終いだ。

 帰る場所は怪物に侵略され、自分たちが慕った主はその怪物の傀儡と化した。

 すべて、奪われた。

 五人は泣いた。情けなくも嗚咽を堪えきれずに漏らした。そんな彼らに、仮面の存在は声をかけた。

「安心しろ、死にはしない……とっとと遠くへ行け」

 彼はバイクから降りた。バイクに取りつけていたライフル銃を取り出し、ゆっくりと奥の階段へと向かう。

 そんな彼へ向けて、ひとりのギャングが吐き出すように叫んだ。

「行くところなんか……あるものか。なにもかも奪われて……生きていたって」

 無感情な仮面が彼を見下ろした。髑髏のようなその顔、その複眼に情けなく涙を流す男の顔が映っていた。

「……なら必死になって生きろ」

 彼は冷たく、だがなにかを望むような強い語調で言った。

「生きろ。そして行けるだけ、行け。生きて抜いて、探して、見つけろ。必ず帰る場所はある」

 彼は五人の倒れたギャングの横を通り抜け、階段に脚をかけた。

「必ず帰る場所はある」彼は言い聞かせるように繰り返した。嗚咽を漏らす五人に。そして……自分に言い聞かせるように。「必ず……必ずだ」

 仮面の侵入者――〈仮面ライダー〉は決断的に階段を駆け上がった。

 ギャングたちは呆然とそれを見送った。

 

****

 

 殺風景な室内。家具はオフィスデスクとソファ、そして四方に適当に並べられた観葉植物のみ。

 この室内にいる人間は、デスクに肘を置き、気だるそうに頬杖をつく男と屈辱に震えるギャングのボス、そのふたりだ。

「下が騒がしいな」

 ふてぶてしい態度で、椅子にもたれかかって男は言った。

「……ヤツだ。また、ヤツが追いかけて来たんだ……なんとかしなければ」

 ボスが呻くように言った。しかし男はそれを鼻で笑い……ボスを殴りつけた。

「がぁ……っ」

 ボスは無様に床に倒れた。見れば彼の体は傷だらけであった。痣があちこちにあり、左腕は骨折している。彼はこの男によって暴行を受けたのだ。

「貴様、敬語を使え、敬語を」

「う……」

 男はぐいとボスの髪を掴みあげる。

「貴様は負け組だ。偉大な組織に選ばれない愚民だ。だが俺は違うぞ。選ばれた栄光の人間だ! 立場を弁えろ」

「……」

 ボスはひゅうひゅうと息を漏らした。それを男は嘲笑う。

「俺が貴様の上だ。わかるな? 用心棒だからといって、貴様のようなゴミに仕えてるわけじゃない」

「……」

 ボスは口を金魚のようにぱくぱく開く。それを男は嘲笑う。

「貴様も貴様の部下も使えない能無しばかりだ。なんのために俺が派遣されたと思っている? 貴様ら末端のギャングどもでも偉大な組織の力添えにしてやろうと言う厚意だぞ。もっと死ぬ気で働け!」

 ボスはぎりぎりと歯を食いしばった。そして、遂に言葉を発した。

「黙れ……」

「あん?」

「俺たちには俺たちの生き方がある……俺たちの……自由が……!」

 男は腕を振った。ボスは投げ捨てられ、壁に叩きつけられた。肺の中の空気が一気に吐き出され、鈍痛が身体中に回った。

「がたがた言うな、麻薬売りのクズめ」

 男は冷徹に見下した。対して、ボスは途切れ途切れで、必死になって声を発した。

「俺たちは……俺たちの……」

 彼は情けなく泣いた。自分の悪業の因果応報とはいえ、彼は泣かずにはいられなかった。

「クズめ……」

 男はさらなる暴行を加えようと近づこうとした……そのとき。

「ぬうっ!」

 ドアが荒々しく開かれた。男は瞬時に右へステップを踏んだ。刹那、先程まで彼のいた場所を弾丸が通過した。弾丸はそのまま後方のデスクを破壊しガラスを破壊した。

「……お出ましか」

 男は不敵に笑った。銃撃の主は漆黒の強化外骨格に身を包んだ存在だった。その存在は低い声を放った。

「よく逃げずに待っていたものだ」

「貴様如きムシケラに逃走はするわけがないだろう」

 男はそう言うと、体がみるみる変身していった。全身が緑色になり、目が膨らんだ。口は広がり、長い舌が伸びる。

 ――〈人間カメレオン〉だ。

「貴様、何人か改造人間を殺したからと言って調子に乗るなよ。所詮は〈仮面ライダー〉の名を騙る愚かなテロリストにすぎん。この俺が秩序のために制裁を加えてやろう」

〈仮面ライダー〉はそれを一笑に付した。

「おまえたちのしていることは単なる悪質な束縛にすぎない」

「ふん……それで、束縛から解放するためにこんなクズまでも助けるのか?」

 そう言って、〈人間カメレオン〉は床に倒れる男に視線を送った。

「そいつは麻薬を売り飛ばす唾棄すべきクズだ。そんな男を救ってなんになる? 俺は秩序のため、悪業から足を洗うようにこの男を正してやろうと言うんだぞ。どちらが正しい? おまえがそいつを助ければまた麻薬は……」

「くだらん」

 饒舌に語るカメレオンに、仮面の復讐者は言い捨てた。

「俺の行いが正しいか正しくないかを議論するためにここに来たと思っているのか。俺はおまえたち〈ショッカー〉を一体残らず駆除する。人間を、人間の自由を守るために……今はおまえを倒す」

〈仮面ライダー〉はライフルを投げ捨て、格闘戦の構えを取る。〈人間カメレオン〉も戦闘準備に入った。

「馬鹿め……貴様こそがこの世の悪だ! 正義のために貴様を葬ってくれる!」

 二体の改造人間は同時に駆け出した。拳と拳が正面から衝突する。

 続いてキックを繰り出す。両者ともに右足、左足! 相殺され……続いて左足、右足! これも同時だ……また相殺される。

 そしてもういちど、両者同時に右足の蹴りを、左足の蹴りを放つ。これも相殺……「ぐぉっ!」しなかった! 〈人間カメレオン〉がたたらを踏んだ。

 両者の蹴りはまったく同時であった。だが、先の二撃……威力は〈仮面ライダー〉の方が上手である。故に、三回めのキックに僅かな遅れが生じた。

 伸びきらない、不完全な蹴り脚に鋭い〈ライダー〉のキックが叩き込まれ、〈人間カメレオン〉はダメージを負った。

 そこの隙を突き、〈仮面ライダー〉は次の攻撃をしかけた。体ごと滑り込むように接近し、薙ぎ払うようにチョップを胸に叩き込む。さらに追い討ちをかけ、逆の手で鳩尾にアッパーを叩き込む。

 その衝撃に〈人間カメレオン〉はくの字になって浮き上がった。そして落下する獲物に、〈ライダー〉は肘打ちを背中に振り下ろした。〈人間カメレオン〉は音を立てて床に叩きつけられた。

 床に張り付く緑色の怪物を、〈ライダー〉はボールを蹴るかのように脚を振るった。しかしその蹴りは虚空を切った。〈人間カメレオン〉は床を転がって距離をとり、バネのように起き上がった。

 そして体を起こすのと同時にびゅっとなにかが槍のように〈ライダー〉の装甲を刺突した。

〈仮面ライダー〉は後ずさりする。それを追撃してさらに刺突、刺突、刺突! 装甲がなんらかの攻撃によって傷を負っていく。

 一方的にやられるわけにはいかない。〈仮面ライダー〉は〈人間カメレオン〉の放つ槍めいた武器を掴みとろうと試みた。

 びゅっ。

 風を切る音。来る。〈ライダー〉は反射的に手を動かした。

「なに……!」

 しかし、掴まれたのはこちらの方だった。手になにかが絡みついている。これは……舌だ! 〈人間カメレオン〉の長い舌が、鞭のように伸びて〈ライダー〉の腕を絡めとっていた。

〈人間カメレオン〉は頭を振って〈仮面ライダー〉を引き寄せた。抵抗虚しく、恐ろしい力に引っ張られ、〈人間カメレオン〉の間合いに引きずり込まれた。

〈人間カメレオン〉のブローが脇腹を抉った。右、左、右、左、右……交互に不断に叩き込まれる拳の嵐が〈ライダー〉を襲う。

 拳の嵐が一旦止まると、〈仮面ライダー〉の頭に鋭い蹴りが叩き込まれた。トラースキックだ。

 たまらず〈仮面ライダー〉は大きくのけ反った。しかし、倒れることは許されなかった。彼の首に〈人間カメレオン〉の舌が巻きついた。

「このまま貴様の首を折ってやる!」

 ぎりぎりと異音を上げ、〈仮面ライダー〉の強化外骨格と仮面の繋ぎ目に露出している生身の首が軋んだ。

〈仮面ライダー〉は拘束を解こうともがくが、息ができず、体に力が入らない。……このまま死んでしまうのか!

 ――そのとき、唐突に銃声が響いた。

 最初の一発が、〈人間カメレオン〉の頭部に当たって弾かれた。

 さらに銃声が続く。こんどは連続で。

 次のいくつもの弾丸は〈人間カメレオン〉の体に当たって弾かれた。

 ――それは〈人間カメレオン〉の拘束を緩くするには十分だった。

〈仮面ライダー〉はここぞとばかりに力を込めて、両手で舌を掴んだ。そして……引きちぎった!

「ぎぃーーーーーーっ!」

 絶叫とともに、鮮血が室内に飛び散った。床を壁を天井を汚し、〈仮面ライダー〉を血に濡らした。

〈仮面ライダー〉は銃撃の主を見た。

 一階で無力化した五人のギャングたち。そして……。

「きっちり働きに来たぜ、本郷さん」

「……おまえ」

〈弐番〉だった。彼は笑みを浮かべながら〈仮面ライダー〉に近づいた。

「新しい依頼があってね。おまえさんが無事に帰れるように守ってくれってな」

「……」

 本郷猛は彼の言葉の意味を察して、無言で探偵を見た。

 五人のギャングはぐったりとした自分たちのボスに駆け寄った。

「ボス! ここを出ましょう。立てますか」

「……おまえら」

 ボスが震える声を発しながら、部下たちの顔を見た。

「どこへ行くってんだ。どこへ……もうなにも残されてないんだぞ。金も、売るクスリも。俺たちには、もうなにも……」

 五人のギャングは顔を見合わせて、自分たちの主に笑顔を見せた。

「それでも生きるんですよ」

「やり直すとか、そういうンじゃなくて……とにかく生き抜くンです。みんなで……まだ命は残ってます」

「これからどうなるかはわかりませんけど、でもみんなでいつも通り、生きるんですよ。ボスと一緒なら、絶対……大丈夫ですって」

「……おまえら」

 彼らはわかっていた。自分たちの悪業故に、これからの未来は暗いことは。因果応報を。それでも彼らは顔を明るくしていた。

 本郷猛は彼らの様子をじっと見ていた。彼がなにを思って彼らを見ていたかは〈弐番〉にはわからない。だが、彼らはこれから報いを受けるのは確かだった。

「く、そ……が」

 憎悪に塗れた声が室内に響く。〈仮面ライダー〉は再度構えた。〈弐番〉も銃を構える。

「こんなことあってたまるか……クズどものせいで俺が、この俺がこんな」

 彼は手許の端末を弄った。瞬間、階段を駆け上がってくる音がした。

「おい、なんだよ……」

「〈戦闘員〉を呼んだらしいな」〈仮面ライダー〉は冷静に言った。「雑魚の相手は任せたぞ、〈弐番〉。あのギャングたちのことも」

「いいのかい」

「自分で言ったことだろう。雑魚の相手ぐらいはできると」

「……任せろよ」探偵はにやりと笑った。「おい! ギャングども、階段から離れろ。守ってやれねぇぞ!」

 目を離した隙に、いつの間にか〈人間カメレオン〉の姿が消えていた。窓ガラスが割れていた。外へ逃走したらしい。

「ステルスか」

「カメレオンらしいな……見つけられんのか?」

 ふたりは背中合わせの形になった。〈仮面ライダー〉は窓ガラスの方へ。〈弐番〉は階段の方へ。

「無論だ」〈仮面ライダー〉はうなずいた。「俺は〈仮面ライダー〉だ」

 そう言い放ち、復讐者は〈人間カメレオン〉を追って外へ出た。夜の街へ。暗黒の中に姿を消す。

〈弐番〉は煙草を取り出した。その銘柄は――「ホープ」。

 彼はそれに火をつける。そしてライフルを構えて、精神を集中させた。

「おい、ボス」その最中に、彼はギャングのボスに声をかけた。

「あんたには少し世話になったな。これからはクスリは別の人間から買うことにするぜ」

「……」

「いや」階段を駆け上がる足音が大きくなる。敵は近い。「もう麻薬はやめだ」

「おまえ……目の色が変わったな」

 ボスは探偵の顔をまっすぐ見た。その迷いのなくなった顔を。澄み切った瞳を。

「まぁな」

 室内に黒い波が押し寄せた。薄気味悪い骸骨の〈戦闘員〉が雪崩込んだ。〈弐番〉は引鉄を引いた。彼の握るライフルが火を吹いた。

「ずっと探してたんだ」

 的確に、冷静に〈戦闘員〉の頭部を、首を狙撃する。

「探してたんだよ、俺は。ホープ(希望)に火をつけてくれる、きっかけをな」

 

****

 

 冷たい夜風とともにビルからビルへと飛んで、一心不乱に逃げる影があった。

 その姿は目視できない。深い夜の闇に紛れているから? それとも常人には見えない速度で移動しているから?

 どちらも否である。

 その影の主はステルス能力を持つ恐るべきテクノロジーの怪物であったからだ。

 そして同時に、ナチュラルの力を持つ獣でもあった。

 カメレオンの能力を有した改造人間。それが〈人間カメレオン〉である。

「はーっ……はーっ……!」

 しかし、そんな怪物は手負いであった。口から血を吹き出しながら、血眼になって逃走を図っていた。

 逃げなくてはならない。あの狩人から。安全なところへ……。

「おまえが逃げ込める場所はただひとつ」

〈人間カメレオン〉が次のビルへと着地したとき、声が自分の退路を防いだ。恐ろしい声だった。地の底から湧き上がるような声であった。

 行く手を阻む存在が自分の目の前に現れた。

「そんな……馬鹿な……!」

「地獄のみだ。〈人間カメレオン〉」

 バイクに跨った漆黒のハンターが立ちふさがる。〈仮面ライダー〉。死神が自分を殺しに現れた。

「どうした。俺如きムシケラから逃げるわけないと言ったのは虚勢か」

〈人間カメレオン〉はたじろいだ。ステルス機構は無力だった。

「なぜだ、なぜ……俺の追跡が」

「なぜだと?」冷たく低い声で彼は返した。「おまえがどこへ逃げようと俺は追い詰め、必ず殺すからだ。〈ショッカー〉を潰すために……!」

「馬鹿な! 正気ではない……そんなこと不可能だ。なぜ、そこまで……」

「――復讐だ」

 無慈悲な狩人は即答した。〈人間カメレオン〉はごくりと唾を飲んだ。

「あの日の悲劇を繰り返さないために……こんどは守りたいものを守るために……俺は生きている! 生かされている!」

 無口に、無感情に振る舞う本郷猛とは思えぬほど強く声を張り上げ、激しい憤怒を露わに想いを口にする。

 かつて本郷猛は超能力者によって殺された。だが、そのとき本郷猛を殺そうとしたのは超能力者だけではない。

 直接手をかけた超能力者以外にも、彼を裏切って蹂躙した〈アンチショッカー同盟〉、そして〈人間カメレオン〉が所属する〈ショッカー〉も。

 それぞれが〈仮面ライダー〉本郷猛を排除しようと彼を襲った。

「ではおまえは……それらすべてに復讐をしようというのか!? すべての勢力が敵に回るぞ!?」

〈人間カメレオン〉の驚愕に対して、〈仮面ライダー〉は揺らぐことなく強固な意志で叫んだ。

「復讐を遂げる。そして人間を守る! それに立ちはだかる敵はすべて倒す。それが俺の戦いだ!」

 その〈仮面ライダー〉の叫びとともに、二体の改造人間に光が差し込み始めた。

 ――日の出だ。

 それが合図になった。

〈人間カメレオン〉は一目散に逃走した。この男の狂気を止めることは自分にできないと悟った。勝てはしない!

〈仮面ライダー〉はマシンのエンジンを全開にした。〈サイクロンF〉が咆哮を上げ、急発進した。

 逃げる〈人間カメレオン〉と追う〈仮面ライダー〉。

 ビルからビルへと二者は飛び移り、死の鬼ごっこが始まった。

 全力を上げて跳躍を繰り返し、逃走する〈人間カメレオン〉。だが彼の心中では逃げ場はないと悟っていた。追いつかれるのも自明のことだった。

 だが止まれない! 死にたくはない!

 ステルス機構は意味をなさないと理解した。この男の恐るべき執念を前にすれば、そんなものは飾りに過ぎない。

 彼はただただ走って、跳んだ。

 対する〈仮面ライダー〉はマシンを手足のように操り、ビルを駆け抜ける。屋上を、壁面を走り抜け、追い詰める。

 迷いなく、どこまでも、どこまでも。彼は追尾ミサイルのように追い回す。

 太陽はどんどん顔を出していく。日の光が少しずつ明るくなり、逃走者と追跡者を照らした。

〈仮面ライダー〉はある程度距離を詰めたところで、なにかを投げつけた。ロープだ。先端に鉤爪のついたロープが〈人間カメレオン〉を捕縛した。

 鉤爪付きロープを引っ張りながら、〈ライダー〉は〈サイクロンF〉から飛び降りた。

〈仮面ライダー〉の腹部のベルトが全力回転した。彼の体に力が漲り、その力を拳に集束させた。

〈人間カメレオン〉はロープに引き寄せられ、ハンターの間合いへと一気に連れ込まれた。抵抗虚しく、脱出ができない。

 ――金色の太陽に、二体の改造人間の影が重なった。地上からこれを見上げていれば、さぞかし神秘的な光景に映ったことであろう。

 だが実際は、殺伐とした殺し合いの戦闘の結末である。

 そのとき〈人間カメレオン〉は見ていた。無表情なはずの飛蝗の仮面に鬼のような怒りの形相が浮かび上がるのを。

 ……それは彼の死の直前に見た幻視であったのか。それはもはや誰も知り得ない。

〈仮面ライダー〉の拳が〈人間カメレオン〉の頭を捉え、容易く粉砕した。

 頭を失った全身緑色の不気味な人間の胴体は、地上に落下して衝撃によってばらばらになった。

 それを遥か上から見届け、〈仮面ライダー〉はバイクに再度跨ってその場を去っていった。

 朝を告げるかのような〈サイクロンF〉の猛々しい咆哮が東京の街に木霊した。

 

****

 

「いやぁ、威勢よく雑魚の相手はできると言ったもんだが、酷い目にあったぜ」

 朝日を反射して煌めく海……しかし汚染され濁っている……の近くでふたりの男が佇んでいた。

 ひとりは血まみれのコート姿の男だ。彼は〈弐番〉。探偵である。

「……もう懲りたか?」

 もうひとりは異様な格好であった。黒い強化外骨格に身を包んだ男だ。彼は〈仮面ライダー〉本郷猛だ。

「まさか」

〈弐番〉はぷらぷら手を振った。

 ふたりは互いの戦闘を終え、合流していた。

「さて、と……煙草、切らしちまったんだが、あんた、持ってないか?」

「……」

 猛はなにも言わずに〈弐番〉に煙草を手渡した。

「意外だ。吸わないかと……まぁいい、助かるぜ」

 ふぅ、と〈弐番〉は気持ちよさそうに一服した。

 猛はオブジェかなにかのように微動だにせず、なにも言わず、海を眺めていた。

「……」

 探偵〈弐番〉という男は静寂が苦手であった。耐えられず、また話しかける。

「なぁ」

「……ん」

「スミレさんのことなんだが」

 そう切り出すと、猛の表情にわずかな変化が見られた……そう感じられた。

「あんた、距離を取ってるんだろ」

「……」

「でもな、そんな必要はないんだよ。彼女、あんたのこと……すごく心配してる。だから気を遣わないで、接してやった方がいい」

「……俺は」

 猛は小さな声でなにかを言いたそうにしたが、その後の言葉は続かなかった。〈弐番〉は話を続けることにした。

「あんた、実際わかりやすいヤツなんだな、って思ったよ。不器用な男なんだって。出る前、スミレさんに、今まですまなかったって言ったんだろ」

「……ああ」

「それがどういう意味なのか、考えたんだがね……ひとりにさせるのが申し訳なく思ってたんだよな。自分の立場を鑑みて、それで距離を取って、どう接してやればいいのかわからない。だからスミレさんをひとりにしてしまう。それをずっと申し訳なく思ってた」

「……」

 猛は無言で答えない。だが、今までとは違う表情を見せていた。だから探偵の洞察力でわかる。図星なのだ。

「それで、俺が依頼ついでにあのお化けマンションに一緒にいてやれば、寂しさもなくなる。そう考えたんだろ」

「……そうだ」

 遂に猛は口を開いて〈弐番〉の推理を認めた。

「俺は復讐に囚われた改造人間だ。あの日……俺が守りたいものを守れなかったことの後悔と、かけがえのないものを奪ったことの怒り。それが今の俺を生かしている。そんな俺が、どう彼女と接してやればいい?」

「……」

 猛は訥々と己の胸のうちを語り始めた。

「スミレは、家族を失った。父親を。俺が守れなかったせいで。そんな俺が彼女にどう見向きすればいい? 俺に出来るのは……俺に出来るのは彼女を危険から遠ざけることだ。ただただ守ることだ。それぐらいしか……なにもしてやれない」

「そんなわけあるか」

 ぴしゃりと〈弐番〉は言った。

「悪いな、本郷さん。偉そうなこと言わせてもらうが……あんたは彼女にしてやれることなんていくらでもある」

「……」

「彼女がなんのために飯作ってやってると思ってる? 彼女があんたの帰りを待ってくれてるのは寂しいからだけじゃないぞ? どちらも、あんたが殺伐とした戦いから帰ってきたら、少しでも安らいでくれればいいと思ってるからだ。本郷さん。あんたにできることはそんな彼女の気持ちに応えることだ」

「……」

「彼女の気持ち、伝わってるんだろ。でなきゃ……彼女の作ったオムライス、ゆっくり味わって食べないだろ。……かなり不器用で伝わりづらいが」

 そう言われ、猛は小さくうなずいた。

「……そうだな。もう少し、彼女から目を逸らさずにすることにしよう。……思えば、彼女はずっと、俺から目を背けないように、まっすぐ見ようとしていた。対して、俺は……」

「いきなり直視しろとは言わない。あんただって、複雑な想いがあるんだろうからな。少しずつでも、ちゃんと向き合って、話をしてやってくれ」

「ああ。……ありがとう、〈弐番〉」

 猛の口許がわずかに歪んだ……かもしれない。少なくとも、〈弐番〉にはそう見えた。笑おうとしたのかもしれなかった。彼なりに、精一杯。

 やはり、不器用なだけなのだ。この本郷猛という男は。それを理解して、〈弐番〉もまた口許を歪めて、笑んだ。

「帰ったら、またスミレさんの料理食べたいな。早く帰ろうぜ」

「そうだな」猛は素直に返した。「出ていくとき心残りだった。あのオムライス……美味しかった、と。彼女に伝え忘れてしまったからな」

「……」

 猛の言葉を聞いて、〈弐番〉は固まった。その様子に、猛は怪訝そうにした。

「……なにかおかしなことを言ったか?」

「いや、その……あんた、本当に不器用というか。案外、天然というか、面白いヤツなんだなって思ってな」

「……」

「あー……すまん、気を悪くさせたのなら謝る」

「……別に気にしていない」

 ぶすっとして猛は言った。

「気にしていないって……そうは見えないが……その、悪かったよ」

〈弐番〉は苦笑いし、頭をかいた。機嫌を損ねてしまったか。

「あ、あぁ、そうだそうだ」そこで、話題を切り替えることにした。「協力することにしたが、まだ依頼の詳細は聞いてなかったな。俺はなにをやればいいんだ?」

 肝心なことを忘れていた。あまりにも怒涛の如くいろいろな出来事が起きた一日であったため、依頼を聞き忘れていた。

「……おまえに依頼したいことは、人探しだ。〈ショッカー〉と戦う上で、重要な存在になる」

「そいつは敵なのか? それとも味方か?」

 猛はかぶりを振った。

「まだわからない。〈ショッカー〉の構成員かはたまた別組織の構成員なのかも。だが、緑川先生からは味方につけるべき存在だと聞かされた」

「そいつはいったい……何者だ?」

 

「改造人間の権威。コードネームは――〈博士〉という」




ヒロインの緑川スミレのコンセプトはソフトな楠木美代子さんです。愛が重い系の女性です。

ちなみに今回のちょっとした描写で気づいたかもしれませんが、〈仮面ライダー〉にはまだマフラーがありません。

あぁあと、最初の敵が蜘蛛でなく(まぁプロローグでちょろっと出たけど)カメレオンなのはスカイライダーのオマージュです。それにしても、スカイライダーの第一話ってなんであんなに面白いんですかね。
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