仮面ライダー The present day after   作:タキ

4 / 6
姉、という属性が好きな小生。
代表に挙げるなら、リリカルなのはのアミティエ・フローリアン。シンフォギアのマリア・カデンツァヴナ・イヴ、シンデレラガールズの新田美波……だとか。
まぁ、その延長線上で歳上キャラが好きなんですが(リアルに歳をとって追い越してしまっても歳上なのか?というのはご愛嬌)。
それをこじらせた原因は、仮面ライダー1971-1973にあるのです。
本郷猛の姉、絶対美人だったろうなぁーっ。本郷猛、シスコン(と個人的に勝手に思ってる)になるぐらいだもんなーっ。


02/姉弟(前編)

 ――太陽の光が眩しい。

 少年は空を見上げた。雲ひとつない快晴。見渡す限りの青。心地よい風が彼を撫でる。

 さらさらという優しい音が耳を癒す。近くの小川から聞こえる、水の流れる音だ。

 そんな情景に、少年の心はひどく落ち着いていた。

 綺麗。隣にいた年上の少女が――少年にとってはずっと大人に感じる――ぽつりと感嘆の声を漏らした。

 うん。少年はうなずいた。本当に、綺麗だ。

 彼は見惚れていた。今自分がいるこの風景に。そしてなにより……佇む少女に。

 じっと見つめていた少年の視線に気づいて、少女が照れくさそうに笑った。どうしたの。

 少年は顔を逸らして、なんでもないと答えた。彼女はそっか、と返した。

 ふたりは、自然に融けるように静かに落ち着いて景色を眺めた。

 時間を忘れるような、穏やかな時間だった。いや、実際時が止まっていたのかもしれない。ふたりの間だけで。

 何分、何時間そうしていたのか。日が変わるほどにそうしていたのか。それはわからない。

 初老の男が、少し離れた場所から自分たちを見守っていた。

 ――やがて、夜が来た。

 空には丸い金色の月と、無数の星々が輝いていた。

 当然ながら、時間は止まっていなかった。

 だがそれでも、ふたりの時間の流れは止まったままだ。ただ暗くなり、空に光るものが太陽から月と星に変わったに過ぎない。

 ふたりの少年と少女は、今朝と同じ場所で空を眺め続けていた。

 綺麗だね。こんどは少年がつぶやいた。少女はうなずいた。そうね。

 少女は星を指さした。ねぇ、あの星、わかる? そう尋ねてきた。少年は首を振った。

 その仕草を見て、少女はいたずらっぽく無邪気に笑った。そっか。なら、教えてあげる。そう言った。

 星を知らない少年に、少女は得意気に星の話を聞かせた。

 身振り手振りを大げさに、明るく楽しそうに。少女は語った。心を掴まれたように、少年は聞き入った。

 あっ。少年がふと声を上げた。空を指さした。少女も同時に夜空へ向けて指をさしていた。

 流れ星だ。

 願い事しなきゃね。少女が言った。少年はこくりとうなずく。

 願い事、ある?

 うん。もちろん。

 じゃあ、お願いしよっか。お星様に。

 そのとき、また夜空の漆黒に銀色の矢が閃いた。また、流れ星が落ちた。

 そのふたつめの流れ星が合図だった。

 すごい。ほら、ほら……流れ星が、こんなに。

 少女が感動に声を上げた。その光景に目を奪われた。少年もだ。目が夜空から離せない。

 ――流星群だ。

 次から次へと、星が流れては消える。いつ終わるのかわからない。終わらないで欲しい。

 星のシャワーが降り注ぎ、夜の闇を明るくした。

 願い事、こんなにないよ。少年は笑って言った。少女もまた、笑った。私も。そう答えた。

 いつまでもふたりは空を眺め続けた。流れ星はまだ降り止まない。

 ねぇ。少女が囁くように言った。

 少年は流れ星から目を逸らして少女の方を見た。少女もこちらを見ていた。ふたりの視線がまっすぐぶつかる。

 流れ星の話、聞きたい? 少女は柔らかく微笑んで言った。

 その笑顔に魅了されながら、少年はうん、と答えた。

 少しずつ流れ星の数は減っていた。どんどん少なくなっていく。

 

 あのね、猛。流れ星はね――。

 

「姉さん」

 ……本郷猛はそこで目を覚ました。

「……俺は」

 覚醒と同時に思わずつぶやいた言葉に呆然としながら、彼はゆっくりと体を起こした。

 懐かしい夢を見たものだ。子供のころの、楽しい想い出。それが記憶から浮上したのだ。

「……姉さん」

 本郷猛はもういちどつぶやいた。彼は目許を指でなぞるように触れた。

 涙は流れていない。

 そうだ。涙などは流れない。すでに泣くような涙の一滴ありはしない。

 だが……。

「想い出、か」

 彼はぽつりとつぶやき、しばらくベッドの上でぼんやりとしていた。

 やがて彼は壁に掛けてある時計を見た。時刻は朝の六時。

「……」

 猛はベッドから離れると、着替えと身支度を済ませ、朝食を作っているであろう彼女のところへいくことにした。

 自室として使っている505号室から出て、ところどころ穴の空いた階段を馴れた足取りで上がり、603号室へ入った。

 迷うことなく、まっすぐリビングへ直進する。その部屋で、女性がコーヒーを飲みながら本を読んでいた。

「あ……」猛が入ってきたのを認め、憂いを帯びた女性……スミレの顔がにわかに明るくなった。「おはようございます、猛」

 そんな彼女の顔をじっと、彼は見つめた。

「……おはよう、スミレ」

「今、ご飯の用意しますね」

「……」

 猛がなにか言いたそうに、またスミレを見つめる。彼女は少したじたじとしながら見つめ返す。

「あの……?」

「スミレ」やがて観念したように彼は口を開いた。「……手伝おう」

「え?」

「支度を手伝いたいんだが……余計なことだろうか」

「そ、そんなこと、ないです。……いいんですか?」

「ああ」

 ふたりは台所に向かい、スミレが作った朝飯をテーブルに運んだ。

 そして、椅子に座る。

「いただきます」

 ふたりの囁くように小さい声が静かな室内に響く。

 食べながら、スミレは猛の無表情な顔を見た。箸を動かし、自分が作ったご飯を口に運び、ゆっくりと食べる。

〈弐番〉から聞いた話によると、あれでも美味しく味わっているらしい。

 あの探偵が仲間に加わってから、猛は前よりスミレに接しようとしていた。彼女はそれが嬉しかった。

「……どうした」

 猛が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

「え?」

「箸が動いていないようだが。それにこっちをずっと見て……」

「あ……ご、ごめんなさい」

「……」

 スミレは赤面した。なにをやっているんだろう。変に思われてしまった。

「……そうだな」

 猛はひとりでなにか納得したようにつぶやいた。

「たまには出かけるか」

「え……それって……」

「……いつもこんな場所に閉じ込めてしまっているからな」

 彼なりの、スミレを思っての提案だった。彼女の様子を見て、外に出たがっていると解釈したようだった。

「で、でも忙しいんじゃ……」

「今日はいい。……いつも心配をかけている。たまにはこんな日もあっていいだろう」

 そう答える猛に、スミレは誤解であるとは言えなかった。それに、彼の気遣いを無下にできない。

「じゃあ……外に出かけてみます」

 その返事に、猛の顔は少し柔らかくなった……ように見えた。少なくとも、提案を呑んでくれたことに安堵しているようだった。

「……どこか行きたいところはあるか?」

「……行きたいところ、ですか?」

「ああ。そうだな……なにか……想い出のある場所とかは、ないか?」

 

****

 

「いや、しかし参ったねこりゃ」

 にぎやかな繁華街を歩きながら、トレンチコートを羽織った〈弐番〉は独りごちた。

 本郷猛の依頼を受けて、彼は〈博士〉なるコードネームの人物の手がかりを探していた。

 自分の知っている情報通の人間を何人か頼ってみたが、これといった情報は手に入らなかった。

「そもそも、改造人間の技術に明るい人物ってなると……そうとうヤバイんじゃないかねぇ」

 探れば探るほど、組織の網に引っかかってしまう危険がある。

 いや、いっそ組織の構成員を捕まえなければ情報は手に入らないかもしれない。

「どうしたもんか」

 しかし、本郷猛からの頼みだ。なんとしても、応えなければならないだろう。

 覚悟は決めているはずだ。探偵〈弐番〉よ。

 彼は己を励ました。

 危ない橋を渡るしかないのだろう。

「……そういえば、今日はあのふたり、どうしてるんだろうか」

 本郷猛と、緑川スミレ。不器用で生真面目な猛と、弱々しいが芯は強いスミレ。

 早いもので、ふたりと関わってから、すでに一ヶ月が経っていた。

 その間に、何体の改造人間との戦いがあったのか。目まぐるしく、とても覚えていられない。それほどハードな毎日だった。

〈ショッカー〉を相手にすることの過酷は痛いほど身にしみた。

 しかし、その一方で、よかったと思うこともある。

 彼らと関わり、自分の望みが叶えられたこと。それは自分にとって最も喜ばしいことだった。

 自分が理想として描いた、探偵のあり方。

 それを実現させて戦える。それが彼にとって最大の功績である。

 そんな思いを胸に、彼は口許を歪めた。

「と、いかん。ニヤついてしまった。気持ち悪いヤツだなこれは」

 とにかく、もういちど調査を再開しよう。そう彼は考えた。

 まだまだ調べられることがある。少しでも、僅かな手がかりを掴んでみせる。

「それにしても」

〈弐番〉は空を見上げた。どんよりとした曇り空を。

「……腹が減ったなぁ」

 思えば朝食を食べ損ねていた。

 手がかりになりそうな人間を追いかけ回していたら、すっかり朝は過ぎた。しかも、その人間は全くの無関係、情報をこれっぽっちも持っていないとんだ的外れであった。

 ひどく時間を無駄にしてしまったことを思い出し、彼はため息をついた。

「いかんいかん……とにかくどっか食べるところを探すか」

 きょろきょろと周りを見回す。中華料理店の客引きと目が合った。にんまり笑って……「店を探そう」〈弐番〉は声をかけられる前に、逃げるように足早に移動した。

 並ぶ店を値踏みしながら、繁華街の雑踏をかき分けて歩く。盛んに声を上げ、道行くひとに手当り次第に声をかける客引きを避ける。

 どの店もピンと来ない。いっそ、ここを出た方がいいだろうか。

「しかし」一旦彼は足を止めた。流れが詰まり、歩くひとびとは彼を邪魔そうに避けて通った。「ここら辺でなにか情報を……」

 ふと横を見ると、ラーメン屋が目に入った。店名は「竜道」。

「とりあえず……あそこにするか」

 彼は店のドアを開け、暖簾を潜って店内に入った。

 とにかく悩んだって仕方がない。ここで食事をとって、またあちこち駆け回ろう。

「いらっしゃいませー」

 店員の掠れた声が届く。

〈弐番〉は迷わず食券販売機に向かった。特にメニューを吟味することはしない。彼は初めて入る場所では醤油ラーメンを頼むジンクスがあった。

 彼は迷わずボタンに手を伸ばす。

「ここのおすすめは、塩ラーメンですよ」

 しかし、横槍が入った。鈴がなるように可愛らしい、だが同時に艶やかな雰囲気も併せ持つ声だった。

 彼は思わず声の方向を振り向いた。

「こんにちは」

 にっこりと微笑む少女が後ろに立っていた。長い黒い髪が大人びた雰囲気を感じさせるが、その顔立ちにはまだ幼さが残っている。

 白いミニのワンピースを身に纏っており、そのためさらりとした黒い髪がよく映える。

 いちど見たら忘れられない。まさに美少女であった。

「どうかしましたか?」

 しばらく呆けて見とれていた〈弐番〉は、彼女の不思議そうな声を聞いて我に返った。

「ああ、いや、なんでもない……ええと、塩か。せっかく教えてもらったからな、お嬢さんのおすすめにしよう」

 彼は追加でコインを投入し、塩ラーメンを注文した。食券が吐き出され、彼はそれを手に取った。

「ふふっ。絶品なんですよ? きっと、気に入ると思います」

 彼女も食券販売機にコインを投入し、塩ラーメンを注文した。

「はい、塩ラーメンね。そっちのお客さんも……いつもの塩ラーメンね」

〈弐番〉がカウンターの席に着くと、少女はその左隣の席に座った。こちらを見て、また笑む。

 ガラスのコップに水を入れ、それを口に運びながら、彼女のミステリアスな雰囲気に呑まれまいと思考を巡らした。

 なにか、普通ではないと感じる。彼女はいったい何者だ?

「私は普通の人間ですよ」

「な……」

 思わずどきりとし、硬直した。彼女に心を読まれていた。まさか……。

「疑わないでくださいね? 超能力者とかじゃないですよ。ただ……その怪訝そうな目から、だいたいなにを考えているか、わかってしまいますから」

「……」

「ふふふ、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんです」

 にこにこと笑みを崩さない少女を前に、彼はどう対応すべきか迷った。

 固まったままでいる〈弐番〉のカウンターに塩ラーメンが置かれた。その直後に少女のところにも塩ラーメンが置かれた。

「ありがとうございます。……いい香り。いただきます」

 見た目通りの気品のある佇まいで箸を手に取って、ゆっくりとラーメンを食べ始める。

「あら、探偵さん。いつまで固まっているんですか? 早く食べないと、美味しい麺が伸びてしまいますよ」

「あ、あぁ……いただきます」

 促されて、彼もラーメンを食べ始めた。

 食べながら、彼女の様子を窺い続ける。彼女は間違いなく、普通ではない。改造人間でないにしろ、超能力者でないにしろ、普通ではない。

 それに、彼女は自分を「探偵さん」と呼んだ。

 自分はそんなこといちども口にしてはいないし、探偵であるとわかるような素振りを見せてもいない。

 彼は疑惑の目を向けながら、注意深く彼女を観察した。気づかれてはいるだろう。だが、目を離してはいけない。この得体の知れない少女から。

 食べるペースは〈弐番〉の方がやや早く、ゆっくりと落ち着いて食べている少女は、まだ半分も食べてはいなかった。

「そんなに物欲しそうな目をしたって、面白い話はできませんよ?」

 愉快そうにくすくす笑い、少女は水を飲んだ。

「ふぅ。仕方がありませんね」

 そう言って、箸を置いて〈弐番〉をじっと見つめた。上目遣いに、彼女の大きく綺麗な目が探偵の目を覗き込む。

「本当に私、普通の人間ですよ。境遇は普通ではないかもしれませんけど……まぁ、そんなことはどうでもいいですね」

「……」

「まず、自己紹介しますね。私、カオルって言います。歳は十五です。普段は地下で暮らしてます」

 地下。つまりは地下階層のことだ。その通称は〈ヨミ〉。

 金のない人間や、失敗などで社会から爪弾きにされた人間、石神財閥の開発で住む場所を奪われそのまま行き場を失った人間……その他多くのひとびとが集まる場所だ。

 治安は地上より悪く、過激なテログループやレジスタンスが潜伏する場所。地獄のような、悪辣な環境。

 彼女はそこから来たと話す。

 しかし、その話が本当だとしても……彼女の身なりは整っているし、佇まいもお嬢様のそれだ。とても地下の出身の者とは思えない。

「ふふふっ。私、憧れのひとがいるんですよ。だからそのひとの雰囲気を真似してるんです」

「……それで君は。なぜ俺が探偵だと」

「もう。その話になってしまうと本題に移ってしまうじゃないですか」

 頬を膨らませ、カオルは不満そうな顔を見せた。

「まぁ、でも……麺が伸びますし、もう伝えるべきことを伝えておいた方がいいかもしれませんね」

「……伝えるべきこと?」

「箱根に行ってください」

 カオルの顔は一転して真面目な顔になった。こんどは刺すような視線が〈弐番〉の瞳を射抜いた。

「あなたの探しているものがそこにあります」

「なんだって……」

 それはつまり……〈博士〉の居場所ということか。彼女はそれを知っているというのか。

「あるひとに頼まれたんですよ。探偵であるあなたに伝えるようにと」

「誰に……」

「ごめんなさい。それは教えられません。でも、〈博士〉はそこにいるそうですよ。それは間違いありません。だって……あのひとが調べたことですから」

 彼女は……カオルは信じるに値するのか。〈ショッカー〉の一員ではないのか。これは罠ではないのか。

「信じる信じないは勝手ですけれど……あなたが探偵としてどれだけ優秀でも、このままだとなにも情報は得られませんよ」

「……」

 自分はどうすればいいのか。彼は黙考した。

 彼女のもたらした確証も信用もできない情報を鵜呑みにするべきなのか。

 俺は……。

「探偵さん?」

 カオルが彼の反応を試すような表情で彼を見つめた。

〈弐番〉は一回、深呼吸した。

 そして……。

 

 カオルは少し伸びてしまった麺を口に運び、それを味わって食べる。伸びたとはいえ、美味しさに代わりはない。

「……もう少しゆっくり食べていけばよかったのに」

 彼女は右の空席に視線を送ってつぶやいた。

 隣に座っていた探偵はラーメンを食べ終えずに外に飛び出て行った。

 きっと彼は、自分の言葉を信じて箱根に向かったのだろう。

「はぁ。やっぱり、ひとりで食べるのはちょっと寂しいですね」

 彼女はラーメンを食べ終えて、外に出た。

 空は曇ったままだ。せっかく地上に来たのだから、太陽を拝みたかったものだ。

「こんどは、おじさんと一緒に、ここのラーメンを食べにきましょう」

 カオルは楽しそうに、古い歌を口ずさみながらスキップ混じりに歩いた。

 繁華街の雑踏の中に彼女も混じって、一本道を人混みに惑わされることなく、スムーズに進む。

 優雅で落ち着いた、いかにもお嬢様然とした佇まいの少女は、この場所には似つかわしくないと言えた。

 繁華街では場違いなカオルはひどく目立っていた。多くの人間がちらちらと視線を送ったり、振り返って見たりする。

 その反応が少し面白くて、彼女は口許を歪めた。

 そんな彼女のもとへ、ひとりの男が人混みをかき分けて近づいた。

「すまない、遅くなった」

 大柄な男だ。赤いマントを羽織り、そのマントに付いたフードを目深に被っている。口許はマスクで覆っており、表情はわからない。

「あ、おじさん」

 カオルは男に呼びかけられ、彼の姿を認めると、年相応な、子供らしい明るい笑顔を見せた。

「また、ラーメンを食べてたのかい?」

 彼女におじさんと呼ばれる男は少し呆れた様子で苦笑する。

「はい、ここ、美味しくて。おじさんもこんど一緒にどうですか?」

「そうだな。なにもないときにふたりで来てみようか」

「はい! ……あ、コヨミさんには内緒に、ですね」

 しーっ、と人差し指を唇に添えて悪戯っぽく笑った。

 しかし、男は彼女の仕草に頭をかいた。

「どうしたんですか?」

「いや。その仕草……カオルもすっかりあいつに似てしまったな、と少し複雑に思ってね」

 複雑そうな顔を浮かべる彼に、カオルは唇を尖らせた。

「そんなこと言って……。あのひとはおじさんの恋人なのに。嫌いなんですか?」

「そんなことないさ」男はうなずいた。「憎んでもいるけれど、愛してるよ、彼女のことは。あいつは……いつか、私が責任をもって彼女を殺すそのときが来るまで、永遠にそばに添い遂げると誓ったからね」

 微笑しながら答える彼に、カオルはくすくす笑った。

「ふふふっ。よかった。やっぱりラブラブなんですね」

 カオルは男の手を取ってぎゅっと握って、彼の顔を覗き込んだ。彼も優しく握り返す。

「さ……帰ろうか、カオル」

「はいっ、おじさん」

 まるで本当の親子のように笑い合うふたりは、雑踏に紛れてどこかへ去っていった。

 

****

 

「た、猛……こっち、こっちです」

 手招きするスミレに連れられ、本郷猛は彼女の尋ねたいという場所に向かっていた。

 やはり、彼女に外出の話を持ちかけたのは正解だったように彼は感じる。

 いつもより、表情に明るさが見えた。彼女の想い出の場所に行くのだから、それも当然のことだろう。

 彼女の想い出の場所、それは教会だった。

 彼女は二年前までは教会で生活をしていたという。十五歳に父親である緑川博之によって預けられた。

 スミレが安全に暮らせるように、〈ショッカー〉に隷属させられていた自分から遠ざけたのだという。

 教会はあまり大きくはないそうだが、そこの神父がかなりのお人好しで、親を失った孤児を引き取ったり、貧しい暮らしをする家族が働く間、子供を預けておきたいという願いを快く聞き入れ、その子供を預かりもする。

 彼女曰く、とても暖かい、優しさに溢れた素敵な場所なのだそうだ。

「ここ……なんですけど……」

 ふたりは一軒の建物の前で足を止めた。

「ここが、君の?」

「は、はい。でも、こんなに……」スミレは驚きを露わにしながら胡乱に答えた。「ぼろぼろになってるなんて……」

 その教会は廃墟に近かった。まるで人の手がついてないかのような、ひどい有様であった。

「これじゃあ、みんな……」

「……」

 落ち込んだ様子のスミレになんと声をかけてよいよかわからず、猛は黙して見つめるだけだ。

 スミレは言葉を失い、変わり果てた教会をじっと見て呆然と立ち尽くした。

「……あら?」

 そのとき、ふたりの後ろから不思議そうな声が届いた。

 振り返ると、修道服姿の女性が立っていた。ベールこそ被っているものの、綺麗な金色の髪が自己主張している。

「ここに、なにか用ですか?」

 教会を訪れたふたりの男女に怪訝な眼差しを向けて問うシスターに対して、スミレは絞り出すように言った。

「……アンジェさん」

「え……? あなたは……あなた、スミレさん?」

 まじまじとスミレを見つめ、アンジェと呼ばれた女性の顔の緊張がほぐれた。

 スミレは再会の喜びに声を弾ませる。思わず笑顔を露わにしながら。

「はい、アンジェさん。私です。スミレです」

 

 アンジェに案内され、ふたりは教会の中に入った。教会の正門はぎしぎしと異音を発し、今にも崩れそうだった。

「ごめんなさい、髪を伸ばしていたものだから……あなただと、気づけませんでした」

「いえ、そんな……」

 身廊を歩きながら、アンジェとスミレは会話を交わした。久々の再会に、お互い嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ずいぶん大人びましたね、スミレさん。別れてから、もう二年ですけれど……短い間に、こんなに立派になって。とても嬉しいです」

「そんなこと……ないです。私、まだいろいろなことに怯えて……」

「それでも、昔よりずっと、立派に見えますし、女性として綺麗にもなってますよ」

 そう優しく語る言葉に、スミレは恥ずかしそうに俯いた。その様子に微笑むアンジェ。

「ふふふ。恥ずかしがり屋なのは変わってないんですね」

「……はい」

 寂れたチャペルまで歩くと、三人は長椅子に座った。数あるうちの、比較的綺麗な椅子だ。

「そういえば、そちらの方は」アンジェは猛に視線を移して、尋ねた。「スミレさんの彼氏?」

「えっ……」

 スミレは赤面して、否定の言葉を出そうとしたがうまく声が出なかった。

「違う」しかし、猛が躊躇いなくそれを否定する。「俺は本郷猛。彼女の保護者のようなものだ」

「保護者……ですか?」

 困惑した様子で、スミレを見る。スミレは慌ててうなずき、それを肯定する。

「は、はい。保護者と言うのも、ある意味で、なんですけど……その、いろいろあって……」

「そうでしたか。とにかく、元気そうで何よりですよ」

 アンジェは疑問に思いながらも、彼女の返事にうなずいた。

「そ、それよりも」スミレは話題を変えようとした。「教会、どうしたんですか? こんなに、ぼろぼろになって……」

 心配そうに尋ねる彼女に、アンジェは苦笑して答える。

「単に、お金がないだけですよ。神父様も行方不明になってしまって……ここを維持するのが大変なんです」

「そんな……」

 スミレは絶句した。自分がお世話になった教会がそんなことになっているなんて。

 アンジェは愛おしそうに、名残惜しそうに辺りを眺め回しながら話を続けた。

「石神財閥の土地開発の煽りを受けてしまって……この小さな教会も不必要になってしまったんです。神父様はなんとかここを守ろうとしたんですが、叶わず……そのままどこかへ消えてしまいました。残されたのは、私と、ここにいる孤児たち」

「……あの子たち、まだいるんですか?」

「ええ。でも、この有様ですから……そろそろ、子供たちを施設に預けるように話をしてます。そのために私は頑張ってるとこです」

「この教会……なくなっちゃうんですか」

 スミレは悲痛な声をぶつけた。アンジェはなんとも言えない思いを胸に、宥めるように答える。

「でも、想い出はなくなりませんよ。ここにあなたがいた。ここで私たちと過ごした。それは絶対に撤去できませんから」

「……アンジェさん」

 教会のこれからの話が一段落すると、アンジェは手をぱんと叩いた。

「そうだ、スミレさん。せっかく久しぶりに帰って来たのだから、子供たちに会ってみたらどうですか?」

「あ……はい、是非」

「きっと喜びますよ。あなたと会って遊べば」

 

 三人は庭に出た。

 なんども補修して使い続けているのであろう遊具で遊ぶ子供たちが十人ほどいた。歳はみんなまちまちで、六歳ぐらいの子もいれば、それの二倍ぐらいの子もいた。

「皆さん!」シスターはぱんぱん、と手を叩いて子供たちに呼びかける。「今日はスミレさんが久しぶりに教会に来てくださいましたよ!」

 照れながら、スミレは子供たちの前に姿を見せる。

「えと……みんな、元気にしてた?」

 子供たちは、スミレの姿を認めると、わっと嬉しそうな声をあげて彼女に駆け寄った。

「スミレだ!」

「スミレおねーちゃん遊ぼ!」

「うん、もちろん。みんななにがしたい?」

「鬼ごっこ!」

「かくれんぼもしたーい」

「そっか。じゃあ時間いっぱい使って、どっちもやろうね」

 子供たちに引っ張られ、スミレはみんなと遊び始めた。

 少し硬さが抜けないが、お化けマンションにいるときよりは比較的自然な笑顔をスミレは見せていた。

 父を失い、〈ショッカー〉から逃げる身となった彼女の過酷な非日常の毎日おいて、子供たちと戯れることが、どれだけ喜ばしく楽しいことだろうか。

 そんな彼女の様子を見て、猛は心底安堵した。

「あの子、スミレさんは、子供が好きなんですよ」

 アンジェが猛の隣に立って、彼に話しかけた。

「昔はすごく暗い顔をしてたんです。ここに来た最初のころ、五年前は……でも、子供たちと触れ合うようになって少しずつ、笑顔を見せるようになりました。ちょっと、硬い笑顔でしたけどね」

「……昔のスミレも、暗かったのか?」

「ええ。とても辛いことがあったんですよ」

 ふたりは子供たちと庭を駆け回るスミレを眺めながら、会話を続ける。

「あの子から、聞いていますか? 五年前のこと」

 猛は首を横に振った。「この教会にいたことも、今日初めて知ったことだ」

「そうですか。……勝手に話してしまうのは彼女に申し訳ないのですけど、あなたには話しておいた方がいいかもしれませんね。五年前のことを」

「……聞かせてくれ」

「あの子、虐待を受けていたんです」

「……」

「母親に、毎日のように暴行を受けたと聞いています。なぜそんなことをしたのかまでは聞いていませんけど……彼女の父親と彼女自身からその話を窺いました。十歳のときから虐待され始めたと。それを知った父親が、母親から引き離すようにここに預けられたのが彼女が十五のときなので、五年間、ですね。その間ずっと母親に虐められたそうです。父親は多忙のせいで、そのことにまったく気づけなかったと嘆いておりました」

 鬼ごっこをするスミレが子供たちとともに、鬼役の子供から逃げ回る。やや硬い笑顔を振りまきながら。

 だが、とても楽しそうだった。彼女も、彼女の周りもみんな、とても楽しそうだった。

「服の下には、そのとき母親から受けた暴行の傷がついているんです。痣ややけどが全身のあちこちに……酷いものでした。普段は長袖を着て、それを隠してますけど、心の傷は隠せない。だから当時の彼女は全く笑えなかった」

「……だが」話に聞き入っていた猛が口を開いた。「彼女は笑顔を少しずつ取り戻せた。この場所とあの子供たち、そして、あなたのおかげで」

「……そうですね」

 うなずくアンジェは柔らかい笑みを浮かべた。だがすぐに悔しそうな顔を見せた。

「でも、私はあの子に酷いことをしてしまう」

「……」

「あの子の大切な場所を奪ってしまう。傷ついた彼女にとって、この教会がどれだけ……」

「アンジェさん」

 猛が自責の念に囚われるアンジェの言葉を遮った。

「それはあなたのせいではない」

「ですが……」

「それに、あなたは言ったはずだ。想い出は消えない、と。あなたたちと過ごした想い出が彼女の中で生きているなら、それで……それで十分です」

「……」

 猛に諭され、アンジェは黙った。会話が途切れ、ふたりはただじっと庭で遊ぶ子供たちに視線を注いだ。

「たーっち!」

「うあっ!」

 そのとき、鬼役の子供が逃げられなかった子供に手を触れた。その拍子に、タッチされた子供はこけてしまった。

「タクが鬼だー!」

 子供たちが囃し立てる。

 タクと呼ばれる小さな子供は目に涙を溜めながら起き上がろうとする。

 スミレは泣きそうになったタクを案じて、駆け寄ろうとした。

「ほらタク、泣かないの」

 しかし、それよりも早く、少女が彼のもとに駆け寄った。彼女は歳は子供たちの中で最年長らしかった。

「お姉ちゃん……」

「立てる? ほら、手貸したげる」

 そう言って、少女は、タクの姉はすっと手を差し伸べる。

 タクは目をぐしぐし擦りながら、姉の手を取って立ち上がった。

「よーし。立ったらもう泣かないの。いい?」

「……うん」

 鼻をすすりながら、タクは返事をする。

「さて、と」少女はタクに微笑みかけた。「これであたしが鬼ね」

「え……でも」

「いいのいいの。次は泣いちゃダメだからね」

 弟の頭をくしゃりと撫でて、彼女は叫んだ。

「さぁ、こんどはあたしが鬼よ!」

 勇ましい声を上げる少女に、他の子供たちはわいわい騒いだ。

「逃げろー!」

「マリが鬼だっ!」

 逃げ回る子供たちをマリが追いかける。その光景を眺めながら、タクは涙を拭った。そしてまた走り出す。

「……」

 そのふたりの姉弟の様子を、本郷猛は目を離さず見つめた。

 手を差し伸べる姉と、その手をとる弟。

 優しい言葉をかけてくれる頼もしい姉と、それに励まされる弟。

 自分よりも先を行く姉と、それを追いかける弟。

 ――姉さん。

 本郷猛の中で過去の記憶が浮上する。あの姉弟と重ね合わせるように様々な想い出が。

 あの頃の自分は……。

「本郷猛さん」

 アンジェに声をかけられ、彼は我に返った。シスターは自分の横顔をまっすぐ見つめていた。

「あの子のこと……スミレさんのこと、どうかよろしくお願いします。あの子は心の傷が癒えないままで……ひとと接することが苦手な、臆病な子ですから。だから、どうか……彼女のことをもっと知ってあげてください。そして、優しくしてあげてください」

「……」

 猛は庭に視線向けたままだ。黙ったまま、ふたりの姉弟とスミレを交互に見る。

「……お願いです」

「……ああ」

 やがて、猛は口を開いた。いつも通りの無表情であったが、その声には、強い意志と決意が秘められているようにも感じられた。

 彼は短く、静かに答える。スミレの姿を見据えて。拳を固く握って。

「もう、彼女を泣かせはしない」




この前、〈弐番〉こと滝和也は千葉繁さんの声で再生されるだのなんだの言いましたが、楠木美代子は早見沙織さんって感じがします。
神原隊長は玄田哲章さん。
石渡照は間違いなく納谷六朗さん!これは譲れません。
……って、とんだ与太話ですね。
とまぁ、この与太話はこんど活動報告で改めて話します(おい)。
次回は戦闘シーンがありますよ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。