雨が降り続いていた。髪から垂れた雨雫が頬を伝い、地面へと落ちていく。レフィーヤは胸に抱えた杖を震えながらも前へと押し出し、二の足を開いた。
積み上げた戦闘経験がさせる、戦闘態勢だ。アイズもそれを察してか”デスペレート”を一振りし、踊るように構えた。
長い間傍で見続けてきたが、あんな構えは見たことがない。レフィーヤは半ば確信を持ちつつも、
「あの鎧の人に……なにかされたんですね」
と問う。
数秒の沈黙後、アイズは静かに語った。
「レフィーヤはどうして戦うの?」
「どう、して?」
「わたしは強くなりたかった。誰よりも、なによりも。だからジョンの側についただけだよ」
そう言い切るアイズの語調に乱れはなく、纏う雰囲気に変化は見られない。それはつまり彼女は本気なのだとレフィーヤは悟った。
杖を握りしめ、震える声で再度問う。
「その選択が、わたしたちと戦うことになっても……」
「構わない」
寄せ付けない切り返しにレフィーヤは思わず息を呑んだ。その言葉は構える”デスペレート”のように鋭く、胸に突き刺さる。
「レフィーヤはどうして戦うの?」
アイズが再び問う。
金などではない。力を求めたわけでもない。そう、自分はただ―――。
ただ、目の前の金色の光を追いかけていただけだ。追いつき、共に生きたいと、ただそれだけのために戦ってきた。
そして今もなお、金色の光はこの胸を焦がしている。
「わたしは……。わたし、は……!」
記憶の仲間と目の前のアイズ。二つの間でレフィーヤの心が大きく揺れた。
Soul of oratoria
螺旋剣が地面に突き刺されば、そこから自然と炎が湧き上がってくる。
ソウルから取り出した骨片をくべれば、篝火が出来上がった。
「―――盾を」
槍を掲げ、フィンが静かにそう号令を掛けると、剣を持たずに大盾だけを装備した冒険者たちが一斉に動き出した。
同時にリヴェリアが後方へと下がり、それに追従するように冒険者たちは動く。やがて足を止めたリヴェリアを囲むように盾が構えられた。
盾の円の中心で、リヴェリアが高く杖を構える。遠目から見ても分かる詠唱のそれだった。
次に剣と盾を装備した数十人の冒険者が壁のように広がり、剣を後ろに、盾を前面に押し出して構える。
一連の動作を見届けたジョンは「―――ふん」と鼻を鳴らした。
思考の必要すらない、待ちの戦術。となれば魔術師が放つのは致死級の一撃だろう。
猶予は一分か、それとも十秒か。地面に突き刺さった”クレイモア”を見つめ、しかしすぐに抜き取る。使い古された柄から伸びる布が風に舞い、踊る。
「さて、始めるか」
”クレイモア”の柄を両手で強く握りしめる。天高く構え、そのまま背中へと垂らし、姿勢を低く構えた。
この”クレイモア”は
「総員、覚悟を決めろ。君たちの神が己にとってなによりも代えがたいものならば、奮起せよ!」
「―――応」と波が起きた。同時にジョンは駆けだす。大きく足を開き、地面を蹴り飛ばし、姿勢を更に低くして
「フレイヤ様の為に!」
オッタルが立ちふさがると察するや否や、ジョンは片足を伸ばし、片足を曲げ、地面を削りながら減速する。しかし勢いは殺さず、そのまま回転へと移行する。
地面を抉りながら下から上へと振り上げられる”クレイモア”とオッタルの大剣とが衝突した。
「ぬ、う―――!」
「いい武器だな。しかしそれだけでは……!」
オッタルの巨体をものともせず、ジョンは”クレイモア”を振り切った。2メドルほどの巨躯が宙へと浮き、そのまま吹き飛ばされる様は異質であった。
「【―――黄昏を前に
遠くから聞こえる詠唱に向かってジョンは更に加速する。
「【魔槍よ、血を捧げし我が
「【ヘル・フィネガス】」そう唱え、フィンは右手の親指で額を打った。額から伝達される魔力が瞬く間に全身へと行き渡り、最後にフィンの眼を紅く染めると、彼は咆哮した。
理性を感じさせない、敵意と殺意に満ちたフィンを見、ジョンは「ほう」と戦闘中にも関わらず興味深い声を上げた。
「理性を代償に力を増してるのか? だが―――」
「オオオオオ―――ッ!!」
横薙ぎに振られる長槍、ジョンに焦りはなく、加速して一気にフィンの懐に入り込む。そして小柄なフィンの頭上から肘鉄を打ち下ろそうとした時、彼と視線が交錯した。
しかしジョンに躊躇いはない。鎧の重量に加えて鍛え上げられたソウルの身体から繰り出される肘鉄は、容赦なくフィンへと襲い掛かった。
鎧を纏っていないフィンならば、容赦なく骨を砕き、致命傷となる一撃。だが、それは彼の左腕が犠牲になることで致命傷には至らなかった。
「やるな」
「―――シィッ!」
即座にジョンを蹴り、後ろへと下がりつつもフィンは空中で長槍をジョンへ向けて投擲する。
風を切る鋭い一撃はしかし、身体を捻ることで避ける。
地面へと突き刺さった槍を引き抜き、ジョンは地面へと着地するフィンへと投げ返した。
が、フィンもまた着地の姿勢を更に低くし、まるで地面に這うかのような体勢を取ることで回避する。槍が己の頭上を飛んでいくのを感じ、フィンはその場、その高度で回転し、槍をつかみ取った。
「―――そう。
掴み取り、着地したフィンを暗い影が覆う。深く引かれた”クレイモア”、その切っ先が瞳に映り込む。それは紛れもない死の形、だがフィンは目を閉じることはなかった。
なぜならば―――。
「させんわい!」
仲間が、友が、助けてくれると
それを悟った瞬間、ジョンは横から訪れた衝撃に吹き飛ばされる。受けた衝撃から瞬時に己の中のソウルたちが【バッシュだ】、【シールドバッシュだ】と囁く。
その囁きを一蹴し、相手を見つめる。
記憶に新しい、立派な髭の男、ガレスがそこにいた。
「ワシらの勝ちじゃ」
「まだ分らんぞ。お前程度なら二秒あれば事足りる。魔術に対しては……お前の屍を盾にするとしようか」
”クレイモア”を構えなおし、ジョンは突進した。ガレスは大盾を持っているものの、その程度であれば容易に崩せる。
盾を蹴り飛ばし、首を断つか―――! 接近し、構えられた大盾を下から掬いあげるように蹴り飛ばす。大きく飛ばされた手を見ることなく、ジョンは”クレイモア”をガレスに突き刺し―――。ガレスが、盾以外の装備を持っていないことに、気が付いた。
ガレスの後ろで組まれた隊列が水を裂くように分かれ、そして杖を構えたリヴェリアが目に映る。
「お前―――!」
「ガハハ……。二秒もあれば、十分じゃわい……! やれい! 腐れエルフ!」
「【吹雪け、三度の厳冬――】」
間に合わない―――。ジョンの思考が行き着く。
「お主も一緒に……こい……!」
「【我が名はアールヴ】」
ウィン・フィンブルヴェトル。それは時さえも凍てつかせる極寒の吹雪。
襲い掛かる白い景色と、鎧を突き抜ける寒さに、ジョンは「見事」と一言だけ洩らして意識を手放した。
1
「そう……君が例え死ななくとも、凍らせてしまえば関係がない」
傷だらけのフィンが白い結晶に向かって話しかける。
複雑骨折した左腕をポーションで癒しつつも、続けた。
「僕らは定期的に君に魔法を掛ける。永遠に、ずっと。リヴェリアが死ねばレフィーヤが。レフィーヤが死ねば彼女の子供が。僕らは君を封印し続ける。僕らの―――勝ちだ」
歓声が上がり、戦士たちは喜び合う。あるいは一緒に凍ったガレスを思い、泣いた。
悪夢の化身、ジョン・ドゥは封印された。神々と人に平穏が戻り、オラリオに平和が戻ったのだ。
そう、思われていた―――。
季節は巡り、凡そ数百年の時が流れた。
栄えたオラリオの郊外には決して魔法を切らしてはならないという氷獄の塔が建ち、エルフの魔法使いたちが度々その塔を凍らせている。
しかし……。ある好奇心旺盛な少年が、その塔に掛けられた魔法を解いてしまった。正確には、中の氷を砕き続け、中に何があるのかを確かめてしまったのだ。
そして
「クハハ―――! 何度味わっても苦いものだなァ! 敗北の味は――!」
少年は見た。
少年は聞いた。
狂ったように笑う男は浴びるように何かを飲み、そしてまた笑う。次に発した言葉は、驚くほど底冷えした声だった。
「さて、
男はどこからともなくナイフを取り出し、鎧の隙間から己の首へと突き刺す。
血が噴き出し、倒れ込んだ男はやがて動かなくなった。
そう、
2
目を開ける。
見慣れた篝火に、突き刺さった”クレイモア”が映り込む。
「―――盾を」
嗚呼、嗚呼。覚えている、覚えているぞ。”ダークソウル”が蠢き、囁く。
ジョンは立ち上がり、酷く懐かしい面々を視界に捉えると、語り掛けた。
「認めよう」
「……なんだって?」
「お前たちを、神の使徒として。
”クレイモア”が銀色の粒子となって消える。代わりに現れたのは、無骨な大斧だった。
刃も、柄すらも鉄で造られたそれは従来の製法で造られたものではなく、不死人によって具現化されたソウルを鍛えることによってのみ得られる特殊武器。
真空の刃で敵を両断する死の業で多くの英雄たちを葬ってきたゴーレムの斧である。
「喜べ。神に殉教したいという貴様らの願いは、今日此処に叶う」
”ゴーレムアクス”が風を纏う。
その場にいた全員が死の気配を感じ取り、反射的に武器を構えた。
「さあ、死ぬがいい」
鎧兜のスリットのその奥で、ダークリングが強く、怪しく輝いた。
to be continued......
おったる「(´・ω・`)」