闇の中に屍の道が続いている。
人、デーモン、犬やドラゴンの死骸が積み重なっている。
それらは全てジョンの手によって作られた道であり、そしてその道は遥か彼方の王の玉座に向かって続いていた。
「―――」
行かなくては。
輝く時代に終焉を。
そして虐げられた者たちが生ける時代を。
全ては覚悟の上で作り始めた、歩き始めた道。
「―――きっとお前が不死の勇者なんだなあ」
声が聞こえる。
「―――おれたちの希望だ……」
声が、響いている。
「―――連れてってくれ、あんたと一緒におれたちのソウルを……」
死骸に躓き、ジョンは転んだ。
”クレイモア”が死骸の道に突き刺さり、血で汚れた刃が倒れる己を映し出した。
ボロボロの鎧、装飾した美しかった祖国の国旗も、破れ、汚れ、背中に靡いていた。
「どうしたのだ? まだまだ道は続いているぞ」
「―――まだ……」
「さあ立ち上がれ、不死の勇者よ。戦え、戦うのだ。神々の屍を積み上げろ。そうしなければソウルは集まらん、玉座への道も開かぬ」
「まだ、足りないのか……」
掠れた声が鎧から零れ落ちた。
どれだけ殺してきた。
どれだけ奪ってきた。
善も悪も振り払って。
闇の中から蛇が囁く。
「引き返したくなったか? 後悔しているのか? ならばなぜ歩き始めた? なぜあの不死院で朽ち果てなかった? どうして牢獄から世界を見続けなかったのだ?」
「黙れ……」
”クレイモア”を支えに立ち上がる。
震える足に力を込め、傷だらけの体に鞭を打つ。
「それでよい……。さあ、進め。今からでも遅くはない。貴公が葬ってきた者たちのために、貴公が奪ってきた神々のために、貴公を信じて朽ちて逝ったものたちのために、玉座を目指せ―――」
それっきり、蛇の声は聞こえなくなった。
ジョンは歩き始めた。
彼方に輝く玉座を見据え、屍に剣を突き刺して。
なれど。
未だ玉座には至らず―――。
Soul of oratoria
「えっ? か、歓楽街?」
「ああ」
「知ってます、けど……」
「案内してくれ」
「案内!?」
と驚愕の表情を浮かべた少女にジョンは、「ああ」頷く。
すると、怒声が夜空に響いた。
「見つけたぞ、クソ犬が!」
「ひっ……!」
「手間ァ取らせやがって……! 覚悟はできてんだろうなァ!?」
「う……」
路地裏から現れた一人の男は背中から一振りの”ロングソード”を引き抜き、怒りの表情で少女を睨む。
その視線上に、ジョンは割って入った。
「待て」
「あァ!? なんだテメエ……。こいつの仲間か?」
「いや、違う。この娘はこれから俺を案内するところだ。手出しは無用に願う」
ジョンが告げ終わると、男は噛みついた。
「やっぱり仲間じゃねえか! テメエも痛めつけてやらあ!!」
「……火の粉は掃う主義だ」
振りぬかれる”ロングソード”を引き抜いた”クレイモア”で打ち払う。
安物なのかジョンの”クレイモア”とかち合った”ロングソード”は刃が折れ、男の腕が上へ跳ね上がる。
ジョンは体の流れを殺さずにそのままステップし、男の体に肩で体当たりをすると、そのままに壁へと押し付けた。
「カハッ……。て、テメエ……。
「聞け。今はなすべきことがある、故にお前の命は奪わない。
「……!」
「わかったか? ならば行け」
「くそっ」と吐き捨て、男は路地裏に走り込む。
その姿を見届けたジョンは、少女へと向き直った。
「あ、ありがとうございます。冒険者さん」
「礼は不要だ。それと、
「!!」
「詮索はせん。行くぞ、案内しろ」
”クレイモア”を背中にしまうのを見届けた後に少女は歩き出す。
怯えたようにチラチラとこちらを窺ってくる彼女に、ジョンは若干の居た堪れなさを味わった。
8
「ここが歓楽街です」
南のメインストリートを抜け、更に南東へ。
視覚を刺激するピンク色の光に、露出が多い服装をした女性たちが男たちに微笑みかけているその場所は、淫靡な雰囲気が蔓延していた。
漂う香水の香りに鎧の中で顔を顰めたジョンは、少女へと向き直る。
「ご苦労だった。お前はもう帰っていい。いや、帰れ」
「えーっと……。本当に案内してほしかっただけなのですか?」
「……それ以外に何がある?」
「助けたお礼にゴニョゴニョ……」
「……さっさと帰れ」
そう言ってジョンは”ソウル”から金の硬貨を数枚取り出して少女に渡す。
「駄賃だ。上手く使え」
「案内だけで、こんなに?」
「物の価値観は人によるだろう。ではな」
ジョンは踵を返し、夜の街へと歩き出す。
露出が極端に多い中で鎧姿が闊歩しているのは大変ミスマッチだったが、そんなことを気にするほどジョンは繊細ではなかった。
呼び止めるキャッチガールを避け、人を避け、先へ先へと進む。
勘を頼りに角を曲がり、進もうとしたところで声を掛けられた。
「待ちな」
同時に腕を掴まれ、ジョンは停止を余儀なくされた。
仕方なしに立ち止まり、振り返る。
黒の長髪に引き締まった体、鍛えられつつも女性としての色香もしっかりある体つきをした褐色の彼女は、踊り子のような衣装に身を包んでいた。
記憶に新しい衣装だ。
「
「回りくどいやつだ……。言いたいことがあるならはっきり言え」
ジョンの物言いを鼻で笑うと、彼女は
「私はアイシャ。”イシュタルファミリア”のアイシャ。歓楽街の治安を維持する
「”イシュタルファミリア”、か……。僥倖だな」
「なに―――!?」
疑問符を浮かべるアイシャは、次の瞬間に己の身体にめり込んだ拳を感じた。
口から息を吐きだし、痛みに膝をつく。
「恨みはないが少し眠ってもらう」
「あ、んた……」
「許せ」
手刀を振り下ろし、アイシャの意識を刈り取るとジョンは”ソウル”から”魔術師の杖”を取り出し、掲げる。
「”姿隠し”を」
詠唱に呼応して金の鱗粉が杖から降りかかると、ジョンの体は透けて背景に同化する。
すると同時に路地裏、歓楽街から複数の娼婦たちが姿を現した。
「今日は不作―――ってアイシャ!」
「どうした!」
「だめだ、完全に気を失ってる……。どうしよう?」
「取り敢えず、
アイシャを囲んで話す娼婦たちの後ろで、背景が揺れた。
9
”イシュタルファミリア”本拠”
金色の外壁に、
「なんだ、お前たち。ぞろぞろと」
上階の一角から声をあげたのは”美の神”イシュタルだった。
僅かもない衣で乳房や腰を覆い、金銀を使った冠に耳飾り、首飾り……。
様々な豪華な装飾をし、正に女王と言わんばりの風貌。
「大変なんです、アイシャが誰かに襲われて……!」
娼婦の言葉に、「なに?」と疑問の声をあげたイシュタルは、次いで”風”が吹いたのを知覚した。
同時に宮殿を支える柱の一つに、どこからか現れた一本の槍が突き刺さる。
「なんだ? なにが―――」
「イシュタル様、お下がりください! なにかが……!」
そう言いながら囲う団員の声に、イシュタルは言い知れぬ恐怖を感じた。
「―――神イシュタルとお見受けする」
「な―――ッ!?」
「他者の命を自身の都合で消費する、その傲慢さを償え……!!」
背後からの声に膝を折られ、口を封じられる。
同時に、イシュタルの艶やかな身体から一本の剣が生えた。
「先に逝け。俺もいずれ逝こう」
拘束が解かれ、背中を蹴られて剣が抜ける。
ジョンはその場で剣を構えなおし、倒れ込むイシュタルの首を短い動作で跳ね飛ばした。
「イシュタル様―――ッッ!!」
「貴様ァッ!!」
「哀れな羊に用はない」
”クレイモア”を盾にして攻撃を防ぎ、そのまま突進。
団員たちを吹き飛ばしてジョンは走る。
「追え! 逃がすな!」
「
怒声の中を駆け抜け、ジョンは窓から下へと飛び出した。
屋根に着地し、転がりながらも走り続ける。
「遊郭の方に逃げたぞ!」
「チッ、鬱陶しい……」
放たれる矢を切り払い、ブーメランを避け、突っ走る。
和風の建物の屋根に飛び移り、更に駆けようとしたところで、降りかかったのは樽だった。
「無茶をする……!」
”クレイモア”で迎撃するが無茶な体勢で切り払ったせいか、”クレイモア”に引っ張られる形で後ろへと倒れ込んだジョンは、追撃を交わすために横へと転がって建物の通路へと落下する。
通路の木を何本か圧し折り、しかしそれを気にする間もなく走る。
「どこだ!?」
「見失ったぞ、探せ!」
追手は見失ったようで、好機と踏んだジョンは部屋の一室に滑り込む。
しばらくここでやり過ごすのだ。
「お待ちしておりました、旦那様」
「……なに?」
そう言って頭を下げるのは金髪の少女で、煌びやかな紅の着物に身を包んでいた。
特徴的な耳と尻尾を揺らし、
「今宵、夜伽をさせて頂きます、春姫と申します」
と告げた。
to be continued......
あと一、二話で一章完結です