soul of oratoria   作:変態転生土方

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お待たせ?


神と人と 3

いつも、始まりはこの篝火だった。パチパチと音を上げて燃え続けるそれは決して消えることはなく、曰く、不死人の骨を薪としているらしい。

燃え続けるのは希望か、無念か。知りたいところではあったが、この世は無常、死人に口なし。確かめる術はない。

自分もいつかこの炎に焼べられる時がくるのだろうか。果たして、そんな時がくるのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()

思考もその程度にゆっくりと立ち上がり、地面に突き刺した大剣を手に向かうべき場所へと歩き始める。

 

「よう。お前さん、まだ諦めてなかったんだな」

 

背後から声が投げかけられる。

足を止め、首だけを回して目だけを声の方へと向けるとそこには疲れ切った顔の戦士が座っていた。青いインナーが透けて見える鋼の鎖帷子を着込み、まるで亡者のような瞳でジョンを見ている。

―――此処、火継ぎの祭祀場にてただ一人静かに時が過ぎるのを待ち続けている戦士。名前は知らず、しかし彼は時に助言をしてくれる存在だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それでも言葉と言える言葉を話す他者というかけがえのない存在としてジョンは彼に感謝していた。

しかし返答は沈黙。戦士もその対応は予想していたのだろう、皮肉一つ言わず興味を無くしたようにジョンから視線を外す。

向けた意識を戻し、ジョンは再び目的の場所へと歩き始めた。

やがて世界が逆転し、辿り着くのは消えぬ篝火。

 

「よう。お前さん、まだ諦めてなかったんだな」

 

()()()()戦士。

彼に悪気はない。同じことを繰り返していることの自覚がないだけだ。誰が彼を責められようか。

これがジョンだけの現実。ジョンだけが知る地獄。―――不死人の地獄だ。

不死人が見る世界に同じ時を生きる者はいない。死に、戻り、それを繰り返して時を積み重ねていく。

形容しがたい孤独感が()()()を蝕んでいく。それを振り払うかのようにジョンはまた歩き出した。

 

「よう。お前さん、まだ諦めてなかったんだな」

 

諦念の混じった低い声を背後に、ジョンは無言のまま空を見上げた。

今は遥か遠い昔、いつか見た時と同じように、変わらぬ青空はそこにあった。

 

 

 

 

 Soul of oratoria

 

 

 

 

「総勢百名弱、か」

「無論志願者はその数倍はいたが、この作戦ならば百名弱で事足りるだろう。……事後のこともある」

 

”ロキ・ファミリア”本拠、”黄昏の館”の一室でオッタルが告げる。

その言葉に反応したフィンは、「君のところ(ファミリア)はどうしたんだい?」と問うた。

 

「アレンに全てを任せてある」

 

その返答にフィンは小さく、「そうか」と洩らした。猫人(キャットピープル)のレベル6、実力派で知られる冒険者……と瞬時に脳裏に情報が浮かぶが、オッタルの”ロキ・ファミリア”の内情を知りたそうな視線に掻き消えた。

フィンは小さく笑い、

 

「作戦後はリヴェリアが団長になるよ。無論僕が生き残れば引き続き僕が務めるけど、その可能性は低いだろうしね」

「よくまとまったモノだな」

 

オッタルの言葉に、「当然反対されたよ。君もそうだろ?」と返したフィンは手元のグラスを呷る。

ギルドを通して発令された討伐作戦にはほぼ全ての冒険者がその手を挙げた。だが、実戦に参加できる冒険者は所謂古参と呼ばれる冒険者たちだけで、多くの冒険者は弾かれた。

鬼の形相で詰め寄ってきた団員たちを思い出したフィンは、

 

「僕らだけが生き残ってはダメなんだ。ロキだけが生き残ってしまっても、ダメなんだよ」

 

と静かに言った。

 

「僕らは後ろの皆の道になる。その道行きには”彼”にも付き合ってもらおう」

「不死人、か……」

 

オッタルの呟きに対してフィンは頷く。

 

「彼の殺気を味わったよ。全身の肌が粟立って、武器を持つ手が震えた。……間違いなく、僕らが対峙した中で最強の敵だ」

「それに加えての不死性とはな」

「本来ならあり得ない話だけど……ロキ曰く、”ウソは言っていない”らしい」

 

「でも―――」とフィンは続け、

 

「この作戦なら嘘か真かは関係ない。どっちだろうと彼を無効化できる」

 

そう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

両断されたソーマの身体が淡い粒子となって巻き上がり辺りを漂ったかと思うと、おもむろに差し出されたジョンの手へと収束する。一際明るい光が部屋を一瞬満たせば、その手には白く燃える炎が握られていた。

幾度となく見てきた()()()()()。この光景を見る度に、己の中で混ざり、廻るソウルたちが騒めく。()()()、と。

具現化した”ソーマのソウル”が粒子となってジョンの中へと吸い込まれる。これで一段落。砕いた訳ではなく、収納しただけだが短く息を吐き、”クレイモア”を担ぎなおした。

ベランダへと歩みだし、少女に地獄と比喩された敷地内を見下ろした。

 

「―――」

 

地面に横たわる者、胸倉を掴み合い吼える者、虚ろな目で虚空を見上げる者……。

それらは確かに地獄と言える光景で、人間がその様を晒して生きていることにジョンは胸の奥に僅かな痛みを覚えた。

しかし助けてやりたいと思っても、その術が解らない。毒や火傷を治す薬はあれど、心の傷を癒す術は持っていないのだ。

 

「―――助けたいの?」

 

不意に上から声が降る。

監視塔の屋根から金色の髪を靡かせて、アイズ・ヴァレンシュタインがベランダへと音もなく舞い降りた。

別段、驚いた様子もなくジョンは静かに頷く。

 

「どうすればいいと思う」

「分からないのに、助けたいんだ」

「奴らは彼らを見捨てた。……俺たちと同じようにな。だから俺が救おう」

 

「どうすればいいと思う」。ジョンは再度問いかける。

数秒の沈黙の後、アイズは口を開いた。

 

「……ギルドがある」

「ほう?」

「敷地内の酒蔵を改造して、毒抜きの施設にする。運営は彼らに任せればいい」

 

アイズは言う。

彼らの状態は謂わば毒に犯されているようなもので、それを治すためには長い時間と療養できる環境が必要なのだと。

一通りの話を聞いたジョンは頷き、踵を返した。

 

「ギルドとやらに向かう」

「ならわたしも―――」

 

そこまで言いかけ、アイズは視線を外に向けた。左手を腰に携えた”デスペレート”に添え、半ば剣を抜く。

ジョンもまた鎧を突き抜け肌を刺す殺意と、背筋を這いまわる蛇のような気配を知覚していた。幾度となく(まみ)えてきた暗殺者たちの気配だ。

ジョンが背中の”クレイモア”に手を伸ばしたところで、アイズが「わたしがやる」と制止する。

 

()()()()()()?」

「迷いはないから」

「ならいい」

 

バルコニーの手すりに飛び乗ったアイズを見送り、ジョンは地面にへたり込んだリリルカの元へと歩み寄る。

膝を突き、視線を合わせたところで

 

「ギルドに行きたい。案内できるか?」

 

と震える彼女を宥めるように優しく尋ねた。

リリルカは小さく頷き、立ち上がる。それに釣られてジョンも立ち上がったが、リリルカはジョンを見上げるばかりで動こうとしない。

自身を見上げる鳶色の小さな双眸に、少しの困惑を抱きながらもジョンは「どうした?」と言葉を掛けた。

 

「どうか……リリをお導きください」

 

目を伏せ、祈るように彼女は言った。

その姿を見たジョンの脳裏にいつかの風景がフラッシュバックする。

”クレイモア”を振り切った自分と、赤い鮮血を吹き出しながら地面へと倒れていく同類たちとが映し出され、掠れた言葉が鼓膜を打った。

 

『我らに救いを―――』、

 

ヒトに救いを。

我らに希望を。

死んでいった同類たちはヒトが生きていられる世界を望んだ。そして今、彼女は自身が導かれることを望んでいる。ならばジョンの答えは初めから決まっていた。

 

「お前がそう望むのならば」

 

 

 

 

 

 

 

 

”ソーマ・ファミリア”を出、ギルドへと向かうリリルカに追従しながらも、ジョンは街中の静まり返った様相に思考をやった。

建物から人の気配はするものの、しかし街中に人の姿は見えず、閑散としている。深夜の時間帯故に不自然ではないが、ここまで人気がないと不審に思うのは当然だった。

すると突然前を歩くリリルカが足を止める。ジョンはすぐさま背中の”クレイモア”に手を添え、リリルカの前へと立った。

雨音に紛れて聞こえてくる靴の音。一つ二つではなく、十かそれ以上の靴音がまっすぐこちらへと向かってきていた。

 

「ジョン様……」

「隠れていろ」

「は、はいっ」

 

上擦った声で返事をしながら路地へと走り込むリリルカの様子を窺いながらもジョンは”クレイモア”から手を放さない。

軽く握りなおし、見据えた闇の中から歩み出てきたのは見覚えのある顔をしていた。

雨が滴っていても端整な顔立ちに、太陽光のような金髪、小柄な体躯には不相応な長槍を肩に抱えた男。フィン・ディムナだ。

傍らに立つ同じく小柄でありながらも鎧の上からでも分かるほど鍛えられた体躯に、立派な髭を蓄えた男にも、筋骨隆々とした長身の男にも見覚えがあった。

皆、覚悟を決めた眼をジョンへと向けていた。後ろに控える戦士たちも同じように。

武器を持ち、盾を持ち、覚悟を決めた。ここまで揃っていて話し合いなどあり得ない。ジョンは一言、

 

「やはり、馬鹿には生きられんか」

「ああ。それはできない」

 

短いやり取りで、すべては決まった。

ジョンは踵を返し、フィンたちへ着いてこいと言わんばかりに背中を見せる。

 

「街に配慮してくれるのかい?」

「当然のこと」

 

向かうは街外れの平原、背中に感じる多くの敵意に呼応するかのように、己の中のダークソウルが蠢いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨を裂き、衣服が濡れるのも構わずにレフィーヤ・ウィリディスはオラリオの街中を走っていた。

抱え慣れた杖を胸に抱き、息を切らしながらも追い続けた輝く金髪の彼女を探す。

”ロキ・ファミリア”全員に敷かれた待機命令、多くの団員が戸惑いを隠せないままに待つ本拠に、アイズ・ヴァレンシュタインの姿はなかった。

嫌な予感がレフィーヤの胸を打ち、居ても立っても居られなかったが為に本拠を飛び出し、今はただ闇雲にオラリオ駆け巡る。

 

「アイズさん……!」

 

最後に見かけた時の底暗い瞳をしたアイズを思うと、レフィーヤの心臓は焦りと不安で高鳴る。

早く見つけなければならない。早く声を掛けてあげなければならない。そんな漠然とした思いが体中を奔り回っていた。

ふと、足を止める。

雨音に紛れて聞こえてくる鉄を打つかのような音が自身の耳に入ってきたからだった。

頬を雨粒とは別のモノが流れる。すぐさま音の発生源へと駆け、その光景を見た。

腰まで伸びた金の長髪を揺らし、黒衣に身を包んだ冒険者の首を斬り飛ばすその光景を、レフィーヤは見てしまった。

 

「アイズ、さん?」

 

震える声で尋ねる。

レフィーヤの声に振り向いたその顔は、間違いなく、相違なく、かつて自分に笑いかけてくれたアイズ・ヴァレンシュタインその人だった。

”デスペレート”から血が滴り、地面に落ちて往く。頬に付いた返り血も、地面に倒れ込む複数の冒険者も、すべてを否定したい一心でレフィーヤは言葉を絞り出した。

 

「アイズさん、ですよね?」

「うん、そうだよレフィーヤ」

 

変わらぬ声色、変わらぬ表情でアイズはそう答える。

 

「その人たちは……どうしたんですか? 襲われ、たんですよね? 襲われなきゃ殺す理由なんて、ないですし」

「それはちょっと違うかな。襲われそうになったのはわたしじゃなくてジョンだよ」

「ジョン……?」

 

心臓の鼓動が早くなっていくのをレフィーヤは知覚した。

足を寒さとは別の震えが襲い、ここから逃げ出したい気持ちが心を支配していく。

 

「レフィーヤも知ってるでしょ? あの鎧の人」

「―――」

 

ダンジョン内での出来事がフラッシュバックし、レフィーヤは絶句した。

どうして、なぜ、そんなことばかりが脳内を駆け巡り、言葉が上手く作れない。

アイズがあの鎧人を守った、それはつまり―――。いや、そんなわけがない。だけども―――。

 

「どういうことなんですかアイズさん……」

「もう答えは出てるはずだよ」

 

淡々とした答え。

 

「教えてくださいアイズさん……!」

「わたしはあの人についていく」

「アイズさんッ!」

「……わたしは、強くなる」

「アイズ・ヴァレンシュタイン―――ッ!!」

 

静まり返ったオラリオの夜空に、レフィーヤの悲痛な叫びが響いた。

 

 

 

 

to be continued......




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