あのバーでのlessonから翌日。
アイドルになると決心した凛、そんな、凛の元に先日、彼女が話していたスカウトが再び姿を現した。
そして、今度は偶然にも凛の隣に寂園がいる。
今日は夕方から息抜きにと学校を終えた凛を誘って夕食に赴こうと寂園は考えていたのだが、どうやらその予定は少し変更しなければならないみたいである。
凛はなんだか、寂園との予定が邪魔されたのが嫌だったのかムッとした表情を浮かべてスカウトの顔を真っ直ぐに見据えていた。
しかし、寂園はというとそれを興味深そうににこやかに笑みを浮かべながら目の前に現れた仏頂面で厳つい顔をしたスーツ姿のスカウトの男性を眺めている。
「凛さん、これから話しだけでも…」
「またですか、今から彼女と予定があるのですみませんが…」
そう言って、隣にいる寂園の腕を掴みそそくさとその場から立ち去ろうとする凛。
これで3回目のスカウトだ。確かに寂園には自分はアイドルになりたいとは言ったが、彼のように毎回スカウトに来られると正直、困ると凛は感じていた。
それにこれから、寂園と食事をするという予定もある。だからこそ、今回はこのスカウトを突っぱねてやろうと凛は思っていたのだ。
しかし、一方の寂園はそんな凛の意思に反して、にこやかな笑顔を浮かべて静止するように促しはじめた。
「ヘイヘイ、stop凛! oh、貴方が凛が話していたscoutかな?」
「あ…はい…、ところで貴女は…」
「私? oh sorry、私はこういう者ダヨ」
そう言って、寂園はスカウトに名刺を手渡した。
その名刺を見たスカウトは目を丸くしながらそこに書かれている文字にゆっくりと目を通し、さらにお返しにと自分の名刺を手渡す。
それを目の当たりにしていた凛はなんだか不機嫌そうにその光景を黙って眺めていた。
「エンターテイナー…ですか…。舞・K・寂園さん?」
「堅苦しいから舞でOKだよ、マイケルでもno problem だけどネ、武内さん」
そう告げる寂園はニコリと笑顔を浮かべて、名刺を交換した武内という名のスカウトと握手を交わす。
そんな2人のやり取りを見ていた凛は2人の間に割って入ると寂園に告げる。
「ちょっと、舞…!」
「凛、この人はniceなスカウトさんですね! 今時珍しいスカウトだヨ!」
「へ? な、どういう事?」
そう言って、サムズアップして来る寂園の言葉に驚いたように声を上げる凛。
しかし、寂園は何食わぬ顔で腕時計で時間を確認すると、目の前にいる凛をスカウトしに来た武内という人物にこんな提案をしはじめた。
「ヘイ、Mr.武内、この後TIMEは大丈夫?」
「え? あ、まぁ、はい。時間には余裕はありますが…」
「OK! それじゃ今からyouも来ると良いよ!それじゃ凛、レストランにlet's go!」
「ちょ!? 待ってよ!舞!」
「ま、舞さん?」
そう言って、寂園はいつものようなテンションで楽しそうに凛とスカウトの男性、武内の腕を掴み行く予定だったレストランに向かい歩きはじめる。
それに付き合わされる武内は困ったような表情を浮かべていたが、もはや、こうなると寂園の独壇場であった。
それから、繁華街をしばらく歩く事、数分。
3人はアメリカンな感じのお洒落なレストランへとやってくる。そのレストランを見た凛と武内は明らかに戸惑った様に寂園を見つめていた。
しかし、寂園は相変わらずの様子で店内にいる店員に声を掛けると握手を交わして英語で話しを繰り広げている。
それから、寂園は親指で背後を指差しながら笑みを浮かべ、待機している2人にこう話しをしはじめた。
「OK! とりあえず3人分のseat。getできるみたいだから私について来て、come on!」
「う、うん」
「なんだか、凄い店ですね…」
「HAHAHA! don't worry ! すぐに慣れるヨ!」
2人はそのまま、寂園に連れられて店内をしばらく歩くと外の景色が見える窓側の席に案内される。
そして、武内と寂園、凛は対面する形で椅子に着席した。周りを見渡せば外国人の人が非常に多い、日本であるのに席に座っている2人はどこかアウェイな雰囲気があった。
しかし、周りを見渡していた凛はステージがある事に気づくと、寂園にこう質問を投げかける。
「ねぇ、舞、ここってさ…」
「そ、ここも私がLiveするのに使ってる場所」
「やっぱり…」
「ふふん、良いplaceでしょ? まぁ、トムのバーでやる事が割と多いけどね?」
肩を竦めて笑みを浮かべ凛に告げる寂園。
ここでも寂園はたまに歌やダンスを披露し、客の集客を行なっている。もちろん、寂園がLiveをするとなればここは物凄い人だかりができてしまう。
そんなたくさん訪れた人が店に落として行くお金の一部から寂園は収入を得ているのである。
以前、バーに置いてあった寂園の所有物であるギターやあれらの楽器は元から持っていた完全な頂き物だ。今の寂園に数億もする楽器を購入できるほどの資産は持ち合わせていない。
そして、落ち着かない様に辺りを見渡している武内に寂園は本題について話しをしはじめた。
「それで、Mr.武内、凛をスカウトするきっかけだけどネ? 彼女の何に惹かれたの?」
そう言って、にこやかな笑顔を浮かべて、武内の目を真っ直ぐに見据える寂園。
凛を三度もスカウトするその理由を純粋に寂園は知りたかった。歌唱力か、それとも綺麗に整った容姿か、はたまた、別の何かか。
すると、先ほどまで周りを見渡していた武内はその寂園の言葉にピタリと固まると真っ直ぐこちらを見てくる彼女の眼差しに視線を向ける。
それから、しばらくして、彼は言いにくそうに首の辺りを摩りながら、ゆっくりと寂園にこう告げはじめた。
「笑顔です。私は彼女の笑顔に惹かれました。 …そして、今、私の目の前にいる貴女の笑顔にも、正直に言って惹かれてしまいました。貴女さえ良ければ凛さんと共にアイドルになりませんか?」
先程まで、困った様な表情を浮かべて、目の前にいる寂園から視線を逸らしていた武内はいつの間にか、表情を変えると寂園の目を真っ直ぐに見据えてそう告げてきた。
すると、武内から発せられたその言葉を聞いた寂園はクスクスと笑いはじめた。まさか、三度もスカウトする理由が笑顔だけとは予想もしてなかったからだ。
しかも、今度は凛だけでなく自分までスカウトしている始末である。まさか、こんな風な口説かれ方をしたのは寂園も初めての事だった。
「HAHAHA! 笑顔!Smileですか…!」
「ちょ、ちょっと寂園!」
「OK! OK! フゥ…ちょっと待ってくださいネ」
ひとしきり笑い終えた後、寂園は呼吸を整える様に深呼吸する。
凛だけでなく、まさか、こんな風に彼から自分がスカウトを受けるとは思ってもみなかった。寂園は困った様な顔をする武内を真っ直ぐに見据えて笑みを浮かべる。
「OK、そのスカウト受けてもいいわ、確かにアイドルもエンターテイナーも1番はSmileだもんネ」
「!?…ほんとですか!」
「YES、いろんなofferを蹴ってきたけれど貴方みたいなofferは正直、初めて。だからこそ気に入ったわ」
そう言って、嬉しそうに席から立ち上がる武内に寂園は静かに頷く。
笑顔が素敵なアイドルを見つける彼のスカウトが寂園は純粋に気に入った。だからこそ、彼女は彼のofferを受けることに決めたのである。
しかし、嬉しそうに喜ぶ武内に寂園は『ただし』と念を押す様に話しを続け始める。
「その代わり条件があるけど? 大丈夫?」
「条件?…はぁ、それは何でしょう」
そう言って、武内は首を傾げて寂園にそう問いかける。
スカウトを受けてもらう事は無事にできた。しかし、そのスカウトを受けるにあたって条件を提示してくるアイドルなど今まで武内は遭遇した事がない。
とりあえず、スカウトを受けてもらえるならと武内は寂園の言葉に頷いた。
「まず最初に、私が歌う曲は作詞、作曲、振り付けは全部私、そして、ソロであること。それに凛がソロで歌う場合も私が作曲した曲とか条件はその他、諸々あるけど?」
「え…、それは…」
「あとこの娘の育成plan拝見させてもらっても大丈夫?」
そう言って、提示された条件に驚いている武内に淡々と要望を告げる寂園。
しかし、何故か武内は彼女の言葉に気圧されている、何というか、今まで対面した事がない類の女性だった。
武内は言われるがまま、とりあえず、予定している凛の育成planを書いた書類を寂園に見せる。
それをひとしきり見た寂園は溜息を吐くと武内にその書類をそのまま武内にお返しした。
「なるほどね、ユニット組ませるつもりだったの」
「はい…あと2人とユニットを組んでもらってデビューしてもらう…といった具合でした」
「ふーん、まぁ、ユニットを組むのはno problemネ。まぁ、あとで私が書いた詳しい条件の紙を渡すからそれに目を通しといて」
「…えーと、なんだか話が…」
トントン拍子に進んでると言うつもりだった凛は思わずその言葉を飲み込んでしまった。
よくわからないが、知らない内に凛はスカウトを受ける方向で既に話が進んでいる様である。
いろいろと言いたい事があるが、この2人の話に割って入る様な技量は凛は持ち合わせていない。
そして、寂園は武内に最後に凛と自分をスカウトしたという点に置いて必ず言っておかなくてはいけないことを彼に語り始める。
「さて、Mr.武内、一言言っておくわね? 私はこの娘がアイドルになるのなら…」
そう言うと、寂園はにこやかな笑みを浮かべて凛の背中に手を回す。
それは、寂園が凛と出会ったあの日、メディアに再び立つという選択を自分が取る時に決めていた事だ。
その言葉に武内は思わず息を飲む、これ以上、彼女は自分に何をさせるつもりなのだろうかと。
「私はこの娘に全米チャート1位をgetさせるつもりなんだけど…。貴方、ついてこれる?」
「はい?」
「え?」
その瞬間、2人の空気が凍りついた。
今、彼女はなんと言っただろうか? と凛と武内は顔を見合わせる。確かに2人は寂園の口から全米音楽チャート1位という言葉を聞いた。
日本でも音楽チャートの1位を取るのは至難の技で、それこそ、今はアイドル事務所があちらこちらに建てられている。
それにも関わらず、その、日本での音楽チャートをすっとばして、全米チャートの1位を取ると何事もない様に告げる寂園の言葉は絵空事を言っている様にしか聞こえなかった。
「…それ…本気で仰ってます?」
「YES! なんなら私がmodelを見せようか? youの事務所に所属して渡米して、そのままgetしてきてあげるヨ!」
「…どうやら、本気みたいだね」
そう言って、顔を引きつらせている武内に凛は肯定する様に静かに頷く。
なんの躊躇もなく全米チャート1位を取れると豪語する少女に武内は目を丸くするばかりである。
そして、同時に自分はとんでもない娘に声をかけてしまったのではないのかと、彼はそう思うほかなかった。